東京電力の電気料金値上げを巡る報道について

森本紀行
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またまた東京電力ですか。東京電力の話は、もう長々とやってきて論点も尽きたので、止めにしたのではなかったですか。それとも、新しい論点がでてきたのでしょうか。

 確かに、東京電力については、9月1日に、「東京電力が歩む苦難の道と終点にあるもの」を書いて、ひとつの総括としたのでした。しかし、別に、終わりにしたわけではありません。当面は、新しい動きがでそうもないので、何かの進展があるまで、しばらく、お休みにしただけです。
 政府は、東京電力の経営財務の実態を調査するために、第三者機関を設置しています。「東京電力に関する経営・財務調査委員会」が、それです。この委員会の調査結果報告は、9月の下旬に予定されており、その報告を受けて、10月の初めには、原子力損害賠償支援機構と東京電力との間で、東京電力の原子力損害賠償の履行を機構が支援するための枠組みを定める「特別事業計画」が策定され、本格的な賠償が始まる予定になっています。こうして、具体的な枠組みが決まれば、そこでまた、新たな論点が明らかになるはずなので、議論を再開しようかな、と思っていたところです。
 ところが、そうした事態の推移を待たずに、新聞各紙が、東京電力の電気料金値上げ観測を報道したり、思いがけない展開で、経済産業大臣に、前の官房長官であった枝野氏、あの東京電力向け金融債権に関する債権放棄論を展開した枝野氏、が就任したりで、少し気になることも起きてきたので、今回、東京電力を、再び、とり上げてみた次第です。


表題には、電気料金の値上げに関する報道を挙げていますね。東京電力は、これらの報道を否定しているようですが。

 私が、大きな関心をもったのは、東京電力が電気料金値上げ報道を否定する、その否定の仕方です。
 具体的には、8月27日に、東京電力は、「8月27日付読売新聞の夕刊において、「東電10%超の値上げ打診、第三者委は難色」との報道がされておりますが、こうした事実はございません」という発表をしています。また、翌28日には、「本日、複数の報道機関により、当社の料金改定に関する報道がなされておりますが、こうした事実はございません」と述べています。更に、9月6日には、「9月6日付朝日新聞において「東電 15%値上げ検討」との報道がなされておりますが、こうした事実はございません」とし、続けて、14日には、「9月14日の朝日新聞朝刊で「東電 値上げ3年間」との報道がなされておりますが、こうした事実はございません」というふうに、全て、「こうした事実はございません」という表現で、完全否定をしています。
 最初の三つの発表には、いずれも、「料金改定について言及できる段階ではございません」という説明がついているのですが、9月14日のものには、踏み込んで、「当面、東京電力に関する経営・財務調査委員会でのご議論も踏まえながら、まずは、抜本的な経営の合理化・効率化を進めることで、この間、費用削減や資金確保に取り組んでいくことが不可欠と考えております」という説明がついています。
 そして、不思議なことには、東京電力が否定しているにもかかわらず、報道機関、特に、朝日新聞は、東京電力の発表を全く無視した格好で、電気料金値上げを、あたかも確定した事実であるかのように前提とした上で、関連した報道を続けています。何となく、今では、東京電力の電気料金値上げは、既定の事実として扱われているようで、ただ論点は、その前提としての東京電力の経営努力のあり方に、絞られているようです。これは、一体、どういうことなのでしょうか。


報道が事実なら、東京電力は嘘つきだし、東京電力が真実を語っているなら、報道は出鱈目だ、ということでしょうね。どちらにしても、滅茶苦茶ですね。

 一般に、上場企業については、報道の内容と時期は、情報の適時開示との関係で、大きな問題となります。例えば、報道機関にとって、大企業が絡んだ合併、事業統合、事業譲渡、事業譲受などは特ダネでしょうから、企業側の正式な開示に先手を打って、報道したいのでしょう。そのとき、当該企業は、対応に少し困るのですね。つまり、多くの場合、何らかの不確実性が交渉に残っているからこそ、確定事実として開示していないのだと思われるので、その段階で先に報道されてしまうと、肯定することも、否定することも、できなくなってしまうからです。
 そういう場合、よくあるのは、交渉が進行していること自体は認めたうえで、何ら確定した事実はない、という見解を表明することです。これは、賢明な方法ですよね。報道が全く出鱈目であることは稀で、何らかの交渉が進行しているからこそ、素っ破抜かれるのでしょうから、交渉の存在自体を否定するのは、虚偽になりかねない。一方、適時開示の趣旨からいえば、合意が確定成立している案件の発表を遅らせることはできないはずなので、何ら確定した事実はない、といわざるを得ない。こういう発表だと、事案が成立しても、流れても、嘘にはならない。
 また、決算発表なども、会社の正式な発表の前に、報道されたりすることがありますが、こういうときは、当社の発表したものではない、という表現で、内容の正誤に立ち入らない処理をしますね。これも、上手なやり方で、確かに、嘘にはならないのです。


東京電力が、こうした事実はない、と断言することの意味が問題だ、ということですね。

 そもそも、こうした事実、というのは何を指すのでしょうね。値上げのことなのか、値上げの検討のことなのか。私は、実は、電気料金の値上げは不可避であろう、と考えているのです。東京電力としても、当然のこととして、何らかの形での値上げの検討をしている、と確信しています。ですから、東京電力の発表が値上げの可能性自体を否定したものだとすると、虚偽の発表になるのではないか、と思わざるを得ないのであります。ここが、私が強く関心をひかれたところです。
 社会常識的に無難な発表は、将来的に値上げせざるを得ない可能性を認め、それを経営努力で回避する所存を表明したうえで、現時点では具体的に値上げ計画として確定したものはない、と述べるあたりが落ち着きどころだと思うのです。それを、こうした事実はない、と断言するのはいかがなものか。
 おそらくは、こうした事実、というのは、確定した値上げ計画のことなのでしょう。どういうわけか、報道内容は、10%とか15%とか、妙に具体的なのですね。さすがに、そこまで、具体的に確定したものはないのでしょう。実際、報道によって、10%と15%というふうに、数字が違うのですから、何ら値上げ幅に確定したものはないのです。そうでしたら、東京電力としても、具体的に確定した値上げ計画はない、と発表すべきでしょう。それを、端的に、こうした事実はない、というのは、適切な表現なのですかね。
 あるいは、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」に値上げを打診した、あるいは委員会との間で公式・非公式に値上げが議論された、ということを指して、こうした事実、といっているのかもしれません。これは、報道の行われた時期に絡めて、取材源との関係でも、興味深いところです。
 「東京電力に関する経営・財務調査委員会」は、6月16日に第1回会合を開き、9月20日までに合計8回の会合がもたれています。会合自体は、この8回で終了していて、後は、9月末までに報告書が取りまとめられる予定になっています。
 読売新聞の報道は8月27日ですが、8月24日が第5回目の会合の日で、「設備投資、資材・燃料・サービス調達等の検証と高コスト構造の改善策」が、議題であったわけです。また、朝日新聞の報道のあった9月6日ですが、この日は第6回目の会合の日で、議題は、「料金制度あるいはその運用の妥当性の検証と改善案」だったのです。これらの符合は、報道の情報源が、この委員会の関係者であることを、強く推測させます。
 もちろん、この委員会は非公開ですが、議事の概要は、内閣官房のウェブサイトに公開されています。それをみる限り、確かに、公式な委員会の場で具体的な電気料金の値上げが議論されたという記録は残っていない。しかし、公開された議事要旨に載っていないというだけで、非公式な機会などでも議論されなかった、ということではないのでしょう。報道というものが、全くの出鱈目でない限り、何らかの確かな情報源に基づくものである限り、電気料金を巡る何らかの議論があったと信じるほうが、妥当なのだと思います。
 だとすると、こうした事実はない、という東京電力のいい方は、やはり、どうなのかな、と思うのです。せめて、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」で検討されていることであり、何ら具体的に決まった事実はない、というあたりが、妥当なのでしょうね。


もしも、本当に、電気料金の引き上げが行われたら、そのときの東京電力の立場はどうなるでしょうか。嘘つき、という感じがしますよね。

 さあ、おそらくは、そのときは、これらの新聞報道の内容とは直接関係のない事由で、つまり、これら新聞報道が仮に何らかの事実を示しているとしても、それとは全く無関係に、値上げが行われるのだ、という説明になるのでしょう。そうしないと、嘘つきになるから。でも、そうなったら、何となく、違和感がありますよね。


ところで、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」では、電気料金について、どのような議論が行われたのでしょうか。

 先ほど申しましたように、議事要旨は、内閣官房のウェブサイトに載っているのですから、それを、ご覧になればいいのです。新聞を読むよりは、正確ですよ、当たり前ですが。しかも、無料、これも当たり前ですが。念のために、場所を教えて差し上げます。内閣官房のウェブサイトへ行くと、政策課題というのがあって、そこに、各種本部・会議等の活動情報というのがある。その中に、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」もあります。
 余談ですが、この各種本部・会議等というのはたくさんあって、内容も色々なものがあるのですね。「死因究明制度に関するワーキングチーム」などというものもあって、何のことかと思ったら、「我が国の死因究明制度の現状は、必ずしも十分なものとは言い難く、近年においても、犯罪死を見逃した事案が見受けられることから」、対策を検討するものらしい。少し、お寒い感じがする。一方で、「月探査に関する懇談会」などという楽しそうなものもあります。
 それにしても、今どきは高度情報化時代で、政府の活動にしても、上場企業の開示情報にしても、源に遡って簡単に入手できるのですから、そういうなかでの新聞の役割とは何なのか、考えさせられます。今回の東京電力の電気料金値上げ報道というのは、取材という独自の情報源に基づくもので、新聞の独自性を発揮しようとしたものだとは思うのですが、政府広報のあり方が、記者会見自体をウェブ上で動画配信するのが普通になってくれば、遠くない将来に、新聞報道の意味と役割の再考は避けられないのでしょう。
 なお、本論に戻りますと、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」の議事要旨を見る限り、東京電気料金値上げについて具体的に議論した節はありません。ただ単に、総括原価方式の問題性や、電気料金の認可制と経営裁量の関係、電気の安定供給体制の確保との関係など、いい尽くされた論点が、抽象的に並んでいるだけのように思えます。少なくとも、公表された議事要旨を見る限り、何ら注目すべきことはありません。だから、ここに載らない非公式の議論にこそ、報道の真価があるということなのでしょうか。
 東京電力は、まだ上場企業です。「東京電力に関する経営・財務調査委員会」の議論は、東京電力の株式の将来価値に大きな影響を与えるのではないのでしょうか。委員会の公式発表以外の情報が、勝手に流れるというのは、どういうものなのか。朝日新聞などは、年金減額や従業員削減など非常に具体的なことまで報じたうえで、21日には、まだ発表にならない委員会報告の素案と称するものまで報道している。報告素案が事前に漏れるなどということがあっていいものなのか。
 報道とは、そういうものなのか、上場企業の情報開示のあり方として、それでよいのか、政府の情報開示に問題があるのか、よく考えないといけないですね。
以上


 以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、9月29日(木)になります。


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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。