電力株は買いか、東京電力はどうだ

森本紀行
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今回はまた、かつてなく、具体的で生々しい表題ですね。前回の論考の続きならば、日本の株式市場で宝の山を掘る話でなければいけない。とすると、電力株は宝ということですか。しかし、別なところで、少なくとも東京電力については、株式の価値は、どちらにしても、ほとんどないのだと思います、と述べていたようですが。

 東京電力については、長いこと論じてきて、前々回の論考「東京電力が歩む苦難の道と終点にあるもの」で、一応の総括をしておきました。この中では、確かに、東京電力の株式には価値がほとんどなく、上場維持すら難しかろう、と述べています。ということで、ここで取り上げようとする電力株は、主に、東京電力以外の電力会社のことです。ただし、東京電力の株式も、無価値だとは、いっていませんよ。


確かに、東京電力の事故をきっかけとして、他の電力会社の株価も、大きく下落しました。事故は、東京電力だけに影響のあるものだから、このような、いわば、連れ安は、買いなのかもしれませんよね。

 具体的な議論に入る前に、株式投資の理論といいますか、投資を投機から区別する基本的な理屈を検討しておきましょう。
 昔から、「事故に売りなし」という格言があります。東京電力の事故は、原子力発電所に起きた極めて深刻なもので、普通の事故ではないので、例外かもしれませんが、一般に、企業の工場等の火災、水害、地震災害などは、比較的大規模なものでも、事故の範囲に限界を画すことができ、その復旧に要する時間や費用が合理的に見積もられる限り、一回性の損失にすぎず、当該企業の将来的な事業価値に本質的な影響を与えるものには、ならない場合が多いと思われます。故に、事故に売りなし、ということになるわけです。
 同時に、「事故は買い」という格言もあります。多くの場合、大きな事故を起こした企業の株価は急落するので、そこは買いだ、という意味です。確かに、事故が起きた直後には、とりあえず、事故を起こした企業の株式を売っておこうというのは、投資家の自然な心理でしょう。ですから、株価は、下落する。事故の全容が明らかになり、その事故が企業価値に与える影響が限定的で小さいということが合理的に推計できるようになれば、下落した株価は割安、という判断になる場合もあるので、そこは買いだ、となるわけです。
 株式投資のひとつの古典的手法に、割安なものに投資する、というのがあります。しかし、株価というものは、株式市場での市場原理に基づく取引の結果として形成されるものなので、経済学の原則に従えば、市場価格としての株価は正しい、と認めざるを得ない。つまり、株価は、市場が評価する企業価値を反映したものだ、ということです。一方、割安というのは、株価が価値よりも低い、ということだから、市場原理に反する考え方になる。
 そこで、割安の定義は、株価は一時的に価値を下回って安くなることがある、となります。そのような一時的な割安な状態を作り出す代表的事例が、実は、事故なわけです。事故が、一部の投資家の心理的不安に基づく売りを誘発する。そのような、必ずしも経済合理的ではない投資行動が、一時的な価格の下落を招き、その結果、割安な状況が生まれる。これが、「事故は買い」という格言の、一応の理論的説明です。要は、一時的現象としての割安は、時間の経過とともに解消する、その解消過程では、相対的に高い投資収益が得られる、ということですね。
 余談ですが、私はかつて、「「相場格言」拾い読み」という論考で、立花証券創業者の石井久氏の書いた「実践に役立つ相場格言」という営業用小冊子を紹介したことがあります。ここには、同様な格言として、「不時の出来事があったら買え」、「不慮の災難は、買い」、「突発事故は、売るな」、がのっています。
 さて、電力株は買いか、という問いに戻るならば、東京電力の原子力事故は一時的な問題にすぎず、東京電力の企業価値に本質的な影響を与えるものではないのか、東北電力の地震や津波による被害は一時的なもので、東北電力の企業価値に本質的な影響を与えるものではないのか、他の原子力発電施設をもつ電力会社については、停止している原子力発電所の再稼働をめぐる不透明性は一時的なものにすぎないといえるのか、などという論点に帰着するのです。その答えによっては、東京電力を含めて、電力株は買いだ、ということにもなるのでしょう。


少なくとも、東京電力の原子力事故については、根本的に企業価値自体を毀損するような深刻なものですよね。事故は買い、などといえるものでは、到底ないですね。

 そのとおりでしょう。ですから、私は、東京電力の株式の価値は、ほとんどないものと考えています。
 事故は買い、という格言が成り立つためには、事故の与える影響が限定的であるということ、その事故の損害が将来の企業価値に与える影響が大きくないこと、この二つの条件が必要なのだと考えられます。
 東京電力の原子力事故は、影響を測定することもできない状況ですが、原子力損害賠償に関する政府の支援がなければ経営破綻すると見込まれるほどに、巨額な損失をもたらしただろうことは、確実なわけです。影響は、経営全体に及ぶもので、限定的なものではない。また、廃炉までの費用と時間、損害賠償に関して受ける巨額な政府支援額の長期にわたる弁済、などを考えると、とても一時的な影響とはいえない。東京電力については、将来的な企業価値自体が根本的に毀損した、と考えざるを得ない状況です。


東北電力の地震と津波の被害については、どうでしょうか。

 これは、普通の場合でしたら、事故は買い、の典型的な事例になったのではないか、と思います。しかし、東京電力の原子力事故が、東北電力を含めた全ての原子力発電施設をもつ電力会社について、経営環境に関する不確実性を大きくしてしまったので、今回は、事故は買い、ということにならないのだと思います。


原子力発電所の再稼働をめぐる不透明性ですね。

 「「東京電力は電気事業を継続できるか」という論考で、当時の菅総理大臣が中部電力に対して浜岡原子力発電所の停止要請を行ったことの影響を、論じました。現在、中部電力は、同発電所に対して、約1000億円もの費用をかけて、津波対策工事を行っています。停止による発電量の不足を補うために、火力発電を強化したことから、燃料費負担が大きくなっていますし、稼働しない原子力発電所の維持費用は、稼働しないからといって減りもしないわけです。結果として、当年度通期では、2000億円もの経常損失を見込むに至っています。
 このような状態も、原子力発電所の再稼働が確実なものならば、おそらくは、事故は買い、ということになったのだと思います。浜岡原子力発電所の停止による追加的費用は、まさに、一時的なものにすぎなくなるからです。ところが、再稼働のめどが立たないわけですよね。こうなると、影響が一時的なものとはいいきれなくなる。
 中部電力の場合は、稼働している原子力発電所の停止要請だったので、予想外の事態になったのです。しかし、政治や国民世論の問題として、定期点検で停止している原子力発電所と、建設途上の原子力発電所についても、将来の稼働が確実だとはいえない状況になってしまったのですから、原子力発電所をもつ全ての電力会社が、程度の差こそあれ、中部電力と同様の状況に陥ったのだと思われます。


どうやら、政治的には、脱原子力発電の方向は動かないようです。しかし、電気供給の構造転換を無理なく進めるためには、当面は、原子力発電に依存しないわけにはいかないですね。再稼働を前提にすれば、電力株は買い、ということになるのでしょうか。

 再稼働の問題は、もはや、完全に政治の問題ではないでしょうか。ですから、再稼働を前提にすれば、確かに、電力株は買い、なのかもしれませんが、それは、政治的な思惑に賭ける、投機になるのではないでしょうか。合理的な投資判断としては、やはり、電力株は買い、とはいえないでしょう。
 野田総理大臣は、再稼働に前向きな姿勢も示しているようですね。政府が、はっきりと、再稼働を打ち出せば、もしかすると、電力株は上がるのかもしれません。でも、政治判断に賭けて、その株価上昇を収益の機会と考えるのは、投機であって、投資ではないです。
 なお、必ずしも、大きな不透明性ではないと思いますが、これも政治的要因として、原子力損害賠償支援機構に払う負担金を巡る問題があることを、申し添えておきましょう。


ということは、電力株は買い、が成り立つのは、沖縄電力だけ、ということですか。

 そのようですね、といいますか、そのようだったようですね。過去形です。おもしろいことに、東京電力の事故の後、沖縄電力の株価も急落していますが、今となれば、電力会社の中で、事故前の株価と比較した下落率が一番小さいのが、沖縄電力です。
 もっとも、事故後の安値からの上昇率では、逆に、沖縄電力が一番小さい。これは、当然なのかもしれません。株価変動にも、それなりの合理性があるのでしょう。沖縄電力の場合、株価の下落は、市場全体の下落と他の電力会社の株価の下落に、連動した要素が大きいのだと思われます。ところが、固有に下落すべき要因に乏しいのだから、下落率は小さい。下落率が小さければ、株価が戻るときの上昇率も小さい。しかし、その株価が戻ることの蓋然性は、大きかったのだと思われるのです。合理的な蓋然性を見込めた限りにおいて、沖縄電力については、投機ではなく投資の機会があったといえるのでしょう。


原子力発電所について、再稼働するにしろ、しないにしろ、いずれにしても、不確実性がとり除かれた後は、電力株に買いの機会がくるのでしょうか。

 さあ、もっと本質的な大きな不確実性があるのではないですか。総括原価方式の見直しと、発電、送電、配電の分離分割です。つまり、現在の電気事業法体制の根本的再編です。電力株というのは、電気事業法体制の牙城である電気事業連合会加盟10社の株式のことです。電気事業法のもとで長く続いてきた電気供給体制と電気料金算定方式を前提にして、電力会社の企業評価が行われているのですから、その根本の仕組みが変われば、割安判断の基礎となる企業価値自体が動いてしまう。その新しい企業価値を測定するだけの情報がないのだから、そもそも、割安判断自体が成立しない。だから、投資判断も成り立たない。現状は、そういうことです。


電力株に買いなし、ですか。

 そうでもないでしょう。電気の供給体制が根本的に変わる、あるいは、変わらねばならない、このことは、もはや、確実でしょう。ですから、そう遠くない将来に、新しい電気事業のあり方が、政府方針として出てくる、といいますか、それが出せないような政府は、この危機的状況の中で、役に立たないのですよ。そのときは、電力会社の企業価値を、ある程度合理的に、判断できるようになる。その新しい価値と比較して、その時点の株価が低いか高いかは、もちろん、わかりません。しかし、おそらくは、株価のほうが低い、つまり、割安になっている、と思います。不確実性そのものが、株価を低位に留める原因になりやすいからです。


しかし、市場原理でいくと、情報は、順次、株価に織り込まれていくことになるから、株価は、その時点で入手可能な全ての情報を含んで、適正に形成されているのではないでしょうか。だとすると、割安という事態は起きないのでは。

 理論的には、そうでしょう。しかし、そのような理論を信じたら、業としての資産運用の大半は、なくなってしまう。公開情報は、誰でも入手できる。それは間違いない。しかし、情報の解釈力は、人によって異なる。そこに、専門家としての判断力の優位性が存在する余地がある。そう考えない限り、専門家の仕事としての資産運用業は成り立たない。


では、電力株の価値、価格ではなくて価値のほうですが、これは、電気事業改革によって、下がる方向へ動くのでしょうか。

 実は、そう思うのですよね、価値は下がるのではないかと。既存の電力会社は、縮小へ向かう原子力発電と火力発電を抱えたままで、再生可能エネルギーへの転換を図らねばならず、新規の参入業者との競争条件で、不利な地位に陥ると思うからです。もっとも、政策的な配慮が働くかもしれませんから、何ともいえませんが。
 なお、価値が下がっても、価格がより大きく下落すれば、割安には違いなのだから、その価値の水準で、電力株は買い、になるのです。東京電力すら、上場を維持し、政府が法的整理を主導しない限り、著しく下がった価値に対して、更にそれを下回る価格がつけば、やはり、割安ですから、東京電力は買い、ということになるかもしれません。
 事故に売りなし、というのは、何も、事故によって価値の低下は起きない、といっているのではありません。事故による価格の下落は価値の毀損幅を上回って大きいことが多いので、売るのは待て、暫らくすると、必ず、価値相当か、それ以上で売れる機会が訪れる、ということにすぎません。
 事故は買い、というのも、事故によって、価値は毀損するかもしれないが、価格が価値毀損幅を上回って下落しているならば、そこは買いだ、ということです。東京電力にはほとんど投資価値がない、と私はいいました。しかし、全くない、とはいっていません。ほとんどない価値を反映した価格か、それ以下の価格でなら、東京電力は買いだ、ということになるのです。
 念のためですが、必ずしも、価値以下の価格で投資しなければ魅力がない、ということではありません。価値相当の価格で投資しても、電力株の場合、配当性向が高いので、それなりの妙味があるということかもしれません。ただし、配当性向そのものが、電気事業改革の中で維持できるかどうかも、現状では、不透明です。旧来の通念で、これほど配当利回りが高くなったら、電力株は買いかな、という発想は危険です。

 下にある関連論考も、併せてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、9月22日(木)になります。


≪ 関連コラム ≫
2010/11/18掲載 日本株投資の魅力
2010/08/26掲載 「相場格言」拾い読み
2010/01/07掲載 「買収できない日本企業の株式の投資価値
2009/12/24掲載 「日本株で中国投資
2009/12/03掲載 「頑張れ、日本株アクティブ運用!
2008/12/18掲載 「フランスにいて浮世絵がわかるか、日本にいて日本株がわかるか(後編)



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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。