東京電力の国有化と解体

森本紀行
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すごい表題ですね。やはり、東京電力は国有化され、しかも解体されるのですか。しかしながら、これまでの論調では、東京電力の将来について勝手気儘な議論を展開する向きに対し、一貫して批判的態度を維持してきたはずですが、自らが、この手の思惑を語るのは、いかがなものでしょうか。

 勝手な思惑ではありません。「東京電力に関する経営・財務調査委員会」が10月3日に公表した報告書の示唆するところ、その報告書に基づいて経済産業大臣が11月4日に認定した暫定的な「緊急特別事業計画」の内容、その後の東京電力や政府の対応、現在の東京電力の置かれた金融面の客観的状況、これらを総合的に勘案すれば、選択肢は自から限られてきて、表題のとおり、東京電力の国有化と解体は避けがたくなるのだろう、ということです。

しかし、そうした先の展望を見通すためには、来年の春に策定される予定の「総合特別事業計画」の内容を確認する必要があるのではないでしょうか。

 その通りではあります。「緊急特別事業計画」によれば、原子力損害賠償支援機構と東京電力は、賠償金支払いについて、「もはや一刻の猶予も許されない」との認識から、あえて、暫定的な計画を策定したのです。その後、両者は、「徹底した経営合理化を敢行していく。同時に、東電の経営・財務に関する徹底的な評価・検討を進め、経営合理化のさらなる深掘りを進めていく」一方で、「賠償費用等の見積もり評価の確度が高まっていくことが予想される」ので、「来春を目途に、「総合特別事業計画」を策定する」としているのです。
 「総合特別事業計画」においては、「今後の賠償金支払いと電気事業を的確に遂行するに足りる財務基盤の安定を図りつつ、電気事業制度の改革の動向等も踏まえ、東電の経営のあり方について中長期的視点からの抜本的な改革に向けた見直しを行う」とされています。
 ということですから、東京電力の将来像は、来年の春までは、確定しないということです。それはそうなのですが、今後の僅か数か月で、画期的に新しい状況が生じるとも思われず、要は、現時点で概ね想定されるような方向へと向かうことは、十分に合理的に予測されることです。

では、現時点で想定されるようなこととは、どのようなことでしょうか。

 基本的には、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書に示唆されている内容の通りなのだと思います。この報告書については、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書の曲がった読み方」という論考を、ご参照ください。
 念のために確認しておきますと、この報告書の中核は、今後10年間の東京電力の資金繰りについての予測計算結果にあります。当然のことですが、予測するまでもなく、基本的に、収支は合わないわけです。ところが、収支は合わせなくてはならないのですから、収支が合うような対策を講じなければならない。結局、この報告書は、非常に厳しい将来展望を示すことで、対策の実施を強く示唆する内容になっているのです。
 具体的には、収支予測計算に際しては、東京電力のあり方について、いくつかの施策の実施を仮定しているのですが、その仮定を置いたうえでなお、収支が合わないのですから、少なくとも、その仮定の完全な実施は最低限必要なものとして、理解されるような仕組みになっています。加えて、その合わない収支を合わせる方策も示唆されているのですが、収支は合わせないわけにはいかないのですから、そこで示唆された対策も、当然のこととして、実施が前提されているのだ、と理解されるわけです。

仮定として置かれ、その実施が見込まれているのは、どのようなことでしょうか。

 大きく四つあります。見込まれているというよりも、既に実施が始まっているものです。
 第一は、電力事業関連以外の資産の売却による資金調達です。KDDIや関東天然瓦斯開発の株式などは、もう売却済みです。今後、上場株式のほか、非公開企業の株式や、社宅等の電気事業外の不動産も、順次売却されていく予定です。
 第二は、徹底した費用の削減です。これは、まさに聖域のない削減であって、企業年金の給付削減のような難しい案件も含まれていますし、間接経費だけでなく、電気事業に直接関係する資材等の調達費、はては発電費用そのものにまで、及んでいます。
 第三は、電気料金の最低でも10%の値上げです。報告書の示した収支予測では、かろうじて10%の値上げを見込んだものだけが、なんとかなりそうな数字になっているのです。ですから、当然に、遠くない将来に、10%以上の値上げが行われるのでしょう。
 第四は、資金調達のあり方です。報告書は、既発行の社債を期限の到来に従い順次償還していくこと、新規に社債の発行を行わないこと、というよりも、現実的には、行い得ないこと、事故直後の主力銀行等からの緊急融資1兆9650億円を約定通り弁済すること、この三つの重要な仮定を置いていますが、これも、その通りに実行されるのだと思われます。

それらのことから、どうして、表題の東京電力の国有化と解体がでてくるのでしょうか。

 第四の論点が一番重要です。これを実行すると、東京電力は資金繰りの面で非常に困難な状態に陥る、と予想されるのです。要は、お金が足りなくなるのです。それは、そうでしょう。社債を償還したうえに、約2兆円もの融資も弁済するわけですから。さて、不足する資金を、どのようにして再調達するのか。あるいは、資金が減少していく中で、どのようにして電気事業を継続していくのか。

その答えの一つが、東京電力の国有化なのでしょうか。

 まず、客観的な現状認識として、東京電力が新規に社債を発行することは、不可能だと思います。同時に、東京電力が必要とする資金を全て銀行等からの融資で賄うことも、難しいと思います。銀行等の金融機関に対しては、現在の融資残高を維持するように、協力要請がなされているのですが、融資残高を維持するだけでは、社債の償還や緊急融資の弁済はできないのです。どうしても、巨額な新規融資を引き出すことが必要です。
 結局、残された手段は、増資しかない。増資の目的は二つあるのです。一つは、もちろん、増資そのものが資金調達の方法であること、二つは、自己資本を厚くすることで、銀行等からの新規融資を受け易くすること、この二つです。
 ところが、これも、客観的な認識として、現在の東京電力の株式を引き受けるような一般の投資家はあり得ないのです。故に、増資は、原子力損害賠償支援機構への第三者割当増資によるほかはなかろう、ということです。
 次の問題は、増資額なのですが、現在の憶測では1兆円という数字もでているようですが、最低でも5000億円は必要でしょう。仮に5000億円としても、現在の東京電力の時価総額は株価250円で約4000億円ですから、増資によって、政府は、機構を通じて実質的に東京電力の株式の過半を握ることになるのです。ましてや、1兆円もの増資をすれば、事実上の国有化になることは、避けられないわけです。このような増資を通じた東京電力の実質国有化は、報告書の中でも、示唆されていました。

では、東京電力の解体とは、どういうことでしょうか。

 まずは、報告書を引用しましょう。報告書は、「東電が原子力発電事故の損害賠償及びそれに伴う特別負担金等を支払っていく必要があることを踏まえると、経費支出や設備投資については、電力の安定供給に必要かつ十分な範囲内とすることが望ましい」としています。注目いただきたいのは、設備投資についても、「電力の安定供給に必要かつ十分な範囲内」としていることです。
 ついで、報告書は、「東電管内で必要とされる電力を供給していくに当たって、仮に東電以外の事業者が相対的に低コストで供給できる場合には、卸電力市場においてこれらを積極的に活用していく余地がある」としているのです。報告書は、随所で、東京電力の経営費用の割高さを指摘しています。その文脈の中で、この指摘があることは、今後は、東京電力自身による発電の比重を下げて外部機能の利用を促進していくことを強く示唆したものと、考えられるのです。
 具体的には、今後は、電気事業法でいう卸供給事業者(卸供給というのは、定められた規模、期間にわたって一般電気事業者へ電気を供給することをいうのですが、電気事業者以外で卸供給を行うもののことを卸供給事業者といいます。一般には、IPP(独立電気事業者)と呼ばれることが多いと思います)の利用が拡大していくのでしょう。
 卸供給事業者の活用には、二つの意味があるのだと思います。
 一つは、全体的な経費の削減です。東京電力の発電機能を外部化させるほうが、全体的に効率が上昇して費用を削減できる、という見通しです。これは、あくまでも、報告書の立場ですが、それが原子力損害賠償支援機構へ引き継がれた以上、到底無視し得ない意見であるわけです。東京電力内部には、もちろん、反対もあるでしょうから、自己の経営改革を徹底することで、東京電力自身による発電を残すように努力していくのでしょう。その東京電力の努力が、結局、費用効率の改善につながるなら、それでいいわけです。いずれにしても、外部の発電機能の利用を促進することで、一種の競争原理を導入しよう、ということなのだと思います。
 二つ目の意味は、やはり、資金調達にかかわる問題です。東京電力による資金調達には困難が伴うものの、外部の卸供給事業者は東京電力とは資本面で切り離された存在ですから、全く別な基準での信用評価がなされるわけです。ここに、東京電力管内の全体的な電気事業維持のための資金調達に関して、東京電力本体から切り離された新しい仕組みが導入されることになるのです。つまり、卸供給事業者の活用により、東京電力自身による設備投資を最小化し、それに見合う資金需要を抑えることで、東京電力の資金不足と信用面での資金調達難の問題を、同時に解消しようとしているのです。

ということは、東京電力の解体というのは、東京電力からの発電事業の分離を意味するのですね。要は、例の発送電分離ですね。

 要は、そういうことになるみたいですね。ただし、私が批判してきた論者の発送電分離というのは、共通して、東京電力から送電網を切り離すことで、送電施設を公共財化しようというものでした。例えば、政府が送電網を買い取るというような仕組みです。ところが、今後おそらくは東京電力が向かうであろう方向というのは、全く逆で、東京電力に送配電機能を残し、発電を外部化していくという方向です。

東京電力の事実上の国有化がなされるとしたら、結局は、政府による送配電網の国有化と同じことですね。

 多くの論者は、原子力発電所の事故を都合のいいきっかけとして利用し、東京電力の経営体質を批判することで、東京電力から送電機能を分離し、特定規模電気事業者(いわゆるPPSです)による再生可能エネルギーの普及を促進しようとしているのです。政府は政府なりに、一応は法律的手続きにより、結果的には、電気事業全体の改革へ向けた土台を作ったわけです。
 来年の春に策定される予定の「総合特別事業計画」において、「電気事業制度の改革の動向等も踏まえ、東電の経営のあり方について中長期的視点からの抜本的な改革に向けた見直しを行う」としていることの意味は、こういうことなのでしょう。
 もう、東京電力問題は終わったのです。後の課題は、東京電力以外の電力会社の改革ですね。経営の合理化について、東京電力でできることは、他の電力会社でもできます。もはや、いい訳の余地がないのですね。こういうことを、他の電力会社の経営者は、わかっているのかしら。

それにしても、国有化された東京電力が原子力損害賠償責任を負うということは、結果的に政府が責任を負うのと、どこが違うのでしょうね。

 原点の問いへの回帰ですね。ももとも、「【緊急増補版】なぜ東京電力を免責にできないのか」の適用のあり方を問い、政府の責任を問題としたことから、一連の論考は始まったのです。そして今、実質的には、政府責任を主とするあり方へ、事実上の収束が行われようとしています。政治的な決着がつこうとしていますね。
 法の正義よりも政治主導が優先したのは残念ですが、結果は、東京電力を批判の矢面に立てて政府への批判を回避し、実質的な政府責任による原子力損害賠償に、電気事業改革を抱き合わせるという、政治的には上手な仕上がりになったわけです。
 しかし、何か割り切れないですね。やはり、東京電力は、「原子力損害の賠償に関する法律」第三条ただし書きにより、免責だったのではないかな。
以上


 以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。
 なお、今年は、これで最後です。一年の半分を東京電力に費やしましたが、結局、最後も東京電力で締めくくることになりました。次回更新は、1月5日(木)になります。来年も引き続き、よろしくお願いいたします。


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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。