オリンパスの第三者委員会調査報告書

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック

オリンパス問題を調査していた第三者委員会は、6日に調査報告書を公表しました。何か目新しい情報が含まれていたでしょうか。それとも、想定されていた事実が確認されたということでしょうか。

 おそらくは、この報告書を受け取ったオリンパス自身が、同日に発表した声明に、「当該調査報告書においては、このたびの損失分離スキームによって飛ばした1177億円の損失および当該スキームの維持費用等に充当された額は合計1348億円に上ったものの、新たな簿外債務や水増しされた資産は見つからなかったこと、反社会的勢力の関与が認められなかったことなどが記載されております」とあるのが、この報告書の簡潔な要約だと思います。
 要は、不適切な経理処理はあったものの、その実体的更正は完了しているので、今後の作業として、過去に遡って有価証券報告書の記載の適正化を図ればよい、ということだと思います。念のためですが、実体的な影響の有無という意味に限定しての話です。経営責任等の問題は、全く別のことです。ということで、今のオリンパスの経営実態に与える影響という意味では、何も本質的に新しい情報はないのでしょう。ただ単に、詳細に事実関係の確認がなされただけだ、と思います。
 私は、今回の事案は、おそらくは、オリンパスの企業価値には原理的に影響を与えないだろう、ということを、これまでの論考で主張してきたのですが、それが確認できて、うれしいです。つまり、過去の有価証券投資等における損失を、不適切な処理で、買収時ののれんに振り替え、のれんの償却という形で処理しただけなので、経済的な意味では、実体的な影響はないのだろう、というのが主張だったのですが、それが報告書で確認されたということです。

飛ばしの手口の詳細な解説は、実に面白いですね。


 この報告書、そういう意味では、非常に面白い読み物ですね。勉強になります。もっとも、飛ばしの技法を勉強してどうするつもりだ、といわれるでしょうが、やはり、金融の専門家の一人として、なるほどね、とは思ってしまいます。
 それにしても、飛ばしというのは、用語法としては、品が悪いのかもしれませんね。飛ばしといえば、山一證券を思いだして、懐かしいのですけれども。さすがに、報告書では、飛ばしとはいっていなくて、損失分離スキームを使った損失の移転、といっています。どうでもいいことですが。
 どのようにして飛ばしたのか、いや損失を移転したのか、その具体的手法は私にもわからなかったので、この部分は興味深く読みました。構造的には、損失を内包した資産を、実体価値よりも高い価格で、オリンパスの事実上の支配下にある外部の誰かに、買い取らせなければならなかったはずである、ということまでは分かっていました。それには、買い取り資金がいる。しかも、その買い取り資金は、オリンパス自身からでてこなければならない。さて、その資金を、オリンパスは、どのようにして調達したのか、そこがわからなかったのですが、報告書の詳細な解説を読んで、納得できました。
 要は、オリンパスが保有する預金や有価証券を担保に供することで、簿外の借入れをしていたのですね。まずは、海外のファンド等を簿外で作って、そこで簿外の借入れを行う。ついで、その資金で、オリンパス本体から、損失を内包した資産を買い取る。これで、損失が飛ぶ、いや簿外へ移転する。次に、買収案件に絡めて、買収価格を不当に高くするなり、法外な手数料を払うなりして、資金を捻出し、その資金を先のファンド等へ還流させる。そして、簿外債務を弁済する。そうすると、結局は、損失がのれんに転換する。そして、のれんの償却を通じて、損失を償却する。ただ、それだけのことですね。

その操作には、費用が掛かりますよね。

 報告書によれば、処理された損失が1177億円であるのに対して、その処理に要した費用は1348億円ということですから、差分の171億円は、不当な支出ですね。この金額については、操作に関与した経営陣の賠償責任は、免れないような気がしますね。
 この171億円は、外部の協力者へ、金利なり手数料なりの名目で流出してしまったのですが、報告書には、わかる限り、その流出先も記載されています。ここでの大きな救いは、その協力者の中には、反社会的勢力は含まれていない、ということです。もっとも、調査は完全ではないでしょうから、今後の進展に注目しなければならないですが、とりあえずは安心ですね。なにしろ、反社会的勢力が登場してしまうと、オリンパスは、金融面での支援を断たれて、資金繰り倒産に追い込まれるでしょうから。
 反社会的勢力ではないとはいえ、ここで協力者としてでてくる組織や人間は、道義的な批判は免れない。もしかすると、違法な手法を用いたかもしれず、また税金面でも問題があるかもしれませんね。ここは、司法の登場があるのかもしれません。

簿外借入ですが、どうして監査法人は見抜けなかったのでしょうか。

 そこが、今後の最大の焦点の一つですね。報告書も、詳細に論じている点です。当然といえば当然ですが、監査法人は、預金等の資産の残高の確認をしますし、それが担保に供されているかどうかの確認もします。なのに、どうして簿外債務の存在を発見できなかったか。ここに、監査法人の手落ちがないかどうか、当局の調査と対応が注目されます。
 実は、監査法人は、所定の書式で、残高と担保に供されているかどうかを確認していたのですが、先方からの回答は、先方の様式のもので、そこには、残高の記載しかなかったとのことです。ですから、再度、確認がとれるまで、担保に供されているかどうかの照会をすべきではなかったか、ということが問題になる可能性があります。
 ただし、全体として、非常に手の込んだ操作だったようで、監査法人には、少し気の毒な面もあるようですね。

オリンパスが悲願として掲げてきた新事業創生ですが、本当の目的は損失処理にあって、悲願自体が偽装であったということでしょうか。

 報告書には、そこまでのことは書いていないですね。しかし、新事業創生の名の下での買収の裏には、常に損失移転と損失償却の動機が潜んでいたようです。さすがに、損失移転と損失償却が主たる目的で、新事業創生が従たる目的であった、とまではいえないにしても、同じくらいに重要な目的になっていたようですね。
 だとすると、買収事案のオリンパスの業績への貢献度にもよりますが、不純な動機に基づく買収がオリンパスの企業価値を毀損したと判定される可能性も、完全には排除できないかもしれません。つまり、操作の影響で、実体的な損失が生じたという可能性ですね。
 そういう意味では、報告書が、後にオリンパスが買収して完全子会社とするアイ・ティー・エックスへの初期投資について、その目的が、株価の値上がり益で損失の一部を相殺しようとの動機に基づくものであった、と認定しているのは、興味深いです。それが、思惑がはずれて、逆に損失を生んでしまったことをきっかけに、最終的には完全子会社化へ至るまで、関与を拡大させていくのです。だとすると、本件に関する限り、有価証券投資の結果生じた含み損を、有価証券投資で取り返そうとした、古典的な愚かしい行為だということになりますので、新事業創生など、大嘘であった、ということかもしれません。
 これは、非常に重要な論点になるのでしょう。新事業創生はオリンパスの長年の悲願、という大前提が崩れると、買収の妥当性そのものを再検証しなければならなくなりますが、現段階では、新事業創生の経済効果はでていないのでしょうから、会計操作が、操作の域を超えて、実体的に大きな影響をオリンパスの経営に与えたことになってしまう。
 また、過去の清算ということになれば、買収した事業の再譲渡を考えざるを得ませんが、その際に大きな売却差損がでるかもしれません。そうなると、その損失は操作に要した費用になるのでしょうから、経営責任は、より深刻で重大なものになると思われます。

自己資本比率の問題はどうでしょうか。

 報告書には特段の言及はないのですが、最大1177億円の損失があったということ、その損失を隠すために簿外債務を負担していたことなどを考えると、本当の自己資本比率は、かなり低くなっていたのでしょうね。しかし、当時の財務諸表から判断する限り、実質的に債務超過に陥っていた期間というのはないのだと思います。
 現在のオリンパスの自己資本比率は、15%と、非常に低いですが、これは、過去の損失を全て実現し、現在では、「新たな簿外債務や水増しされた資産」のない状態に、正常化されているからです。ということは、おそらくは、過去の非常に長い期間にわたって、本当の自己資本比率は、20%未満だったのでしょう。結局、ここに、経理操作の本当の実益があったことは間違いないですね。自己資本比率を偽装することで、経営しやすい状況を維持してきたということです。

それにしても、原初における、操作の動機は何だったのでしょうね。

 報告書も、そこは、明らかにできなかったようですね。報告書は、1980年代の日本企業の多くが、いわゆる「財テク」に奔走し、1990年以降、その損失処理に苦労したこと、その意味で、オリンパスも例外ではなかったこと、しかるに、1990年台を通じて、他の企業が正面から損失を認め、その償却をする中で、オリンパスは、その損失の隠蔽に向かったこと、などを指摘しています。そして、その背景に、オリンパスの経営体質の重大な欠陥のあったことを認定しています。
 しかし、報告書のこの記述を読んでも、なぜ、オリンパスだけが、このような隠蔽工作を選択したのかは、必ずしも明確にはならないですね。報告書が指摘するような経営体質は、程度の差こそあれ、多くの企業においてありがちなことで、特にオリンパスにおいて顕著であった、ともいえないような気がするのですが。

これでもう、オリンパス問題は終わりですか。

 終わりでしょうね。後は、経営体制の刷新といった当然のことが、当然のように実行されるだけでしょう。ただし、東京証券取引所が上場廃止基準への抵触をどう判断するか、が残された問題になります。経済的実益からいえば、いまさら上場廃止にすることが誰の利益にもならないだけに、さて、どう判断するのでしょうね。

以上


 以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、12月15日(木)になります。


≪オリンパス関連≫
2011/12/15掲載オリンパスが好きです」(最新コラム)
2011/12/01掲載オリンパスの株価が下がった理由
2011/11/24掲載オリンパス問題の深層
2011/11/17掲載オリンパスのどこがいけないのか
2011/11/10掲載オリンパスの悲願と裏の闇

≪ 東京電力特集最新版≫
2012/03/01掲載東京電力の不徳のいたすところか」(最新コラム)
2012/02/23掲載東京電力の無過失無限責任と社会的公正
2012/02/16掲載東京電力の責任よりも先に政府の責任を問うべきだ
2012/02/09掲載政府の第一義的責任のなかでの東京電力の責任
2012/02/02掲載東京電力の責任が政府の責任より大きいはずはないのだ
2012/01/26掲載東京電力の株式の価値
2012/01/19掲載東京電力を免責にすると国民負担は増えるのか
2012/01/12掲載東京電力免責論の誤解を解く
2012/01/05掲載東京電力の免責を否定した政治の力と法の正義
2011/12/22掲載東京電力の国有化と解体

≪ JR三島会社関連≫
2011/10/06掲載JR三島会社の経営安定基金のからくり
2009/07/23掲載JR三島会社の経営安定基金と大学財団
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。