JR三島会社の経営安定基金と大学財団

森本紀行
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「鉄」という字は、偏と旁に分けると、「金を失う」になるので、験が悪いのだそうです。

ですから、JR各社は、その会社のロゴマークでは、右の旁のほうを「失」ではなくて「矢」にしています。ご存知でしたか。ところが、一社だけ「鉄」の字を使っています。JR四国です。なぜですかね。
冒頭から、つまらないコネタで失礼しました。さて、本題ですが、JR三島会社というのは、旧日本国有鉄道を分割民営化してできたJR各社のうち、北海道、九州、四国の、本州以外の「三つの島」の会社をいうのです。本州は、東日本、東海、西日本の3社に分割されていて、3社とも完全民営化され、株式上場もされています。ところが、三島会社は、完全民営化に程遠い状態です。それを象徴するのが、「経営安定基金」の存在です。
 旧日本国有鉄道は、JR各社を分離独立させた後、日本国有鉄道清算事業団に継承され、さらに改組を経て、現在では、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(長すぎるので、鉄道・運輸機構と略称されるようです)に吸収継承されています。JR三島会社(およびJR貨物を加えた4社)は、この鉄道・運輸機構が株式の100%を所有する「民間の株式会社」なのですが、実態は政府系の特殊法人です。

さて、JR三島会社の経営安定基金ですが、これは、会社発足時に、営業収支が合っていない部分、つまり赤字になる部分を、資産運用収益で埋め合わせる目的で創設された基金です。

金額は、JR北海道6822億円、JR九州3877億円、JR四国2082億円です。合計すると、1兆2781億円という膨大なものであります。実際のところ、現在でも、3社の営業収支は赤字であって、この経営安定基金からの運用収益で、かろうじて経営を維持しているというのが実状なのです。これは、経営安定基金からの運用収益で三島会社の鉄道事業の継続を支えているということでもあって、それくらい、重要な基金なのです。
 前回のコラム「東京大学基金」では、東京大学の将来の経営においても、基金の運用収益が重要な役割を演じていく計画になっていることを紹介しましたが、JR三島会社においては、発足時から現在に至るまで、ずっと基金の運用収益に頼る状態が続いているのです。このJR三島会社の経営安定基金の運用実態を考察することは、大学財団基金の資産運用にとっても、重要な示唆を与えると思いまして、今回取り上げてみました。
 例として、一番大きいJR北海道を取り上げましょう。2009年3月期の決算公告(単体)を見ると、貸借対照表の資本勘定のところに「経営安定基金」6822億円が計上されているのがわかります。「経営安定基金評価差額金」がマイナスの193億円(評価損だと思われます)あるので、資産計上されている「経営安定基金資産」は6629億円です。一方、損益計算書を見ますと、経営安定基金運用収入が245億円、経営安定基金運用費用が14億円で、ネットの経営安定基金運用収益は231億円です。単純に割算(収益/資産)しますと、3.5%です。高くないですか。高すぎはしませんか。2009年3月期ですよ。企業年金基金などは、マイナス20%も珍しくないという、その同じ期間でプラスの3.5%は奇跡というほかない。

「奇跡」の秘密に進む前に、経営安定基金運用収益の過去の数字を見てみると、2008年3月期273億円、2007年3月期339億円、2006年3月期290億円、2005年3月期290億円というふうに、2008年3月期までは、安定的に4-5%を維持してきたことがわかります。

経営安定基金の元本の6822億円の5%は341億円、4%は273億円です。おそらくは、経常的に発生する営業赤字の予測値と、4-5%の運用収益率とから、逆算して6822億円が設定されたのだろうと思います。ちょうど、東京大学基金が、100億円の事業支出と、5%の運用収益率を仮定して、2000億円基金構想を立てているのと全く同じ論理です。それにしても、この5%という数字は、どこから来るのでしょうね。企業年金の資産運用の関係者ならば、どなたもご存知の5.5%という昔の予定利率を連想してしまいます。いまでは誰も信じない5.5%の予定利率を、です。

いよいよ、高利回りの秘密の解明に向かいましょう。

まず、経営安定基金資産の内訳を見ます。2009年3月期の最大の投資先は、長期貸付金3771億円です。この融資先は、「関連当事者との取引に関する注記」に明示されています。即ち、100%を所有する株主であるところの鉄道・運用機構なのです。さらに、ここには、注があって、「鉄道・運輸機構への貸付金は、経営安定基金の機能維持策によるものであり、利率は年4.99%及び3.73%であります」と書かれています。これが秘密です。
 鉄道・運輸機構への貸付金のことは、鉄道・運輸機構の開示情報からも裏づけが取れます。ただし、財務情報は2009年3月期が未開示なので、2008年3月を見てみましょう。同機構の「助成勘定」というのが、該当する勘定区分です。そこの「長期借入金の明細」を見ると、JR北海道からのものが、期末残で4691億円あります。利率3.92%です。この明細から明らかなように、同機構の民間銀行借入金の金利は、全て1%台ですから、このJR三島会社からの異常に高利な借入金が、「経営安定基金の機能維持策」という名目で、利息という形態の補助金の支出であることは明白なのです。
 では、鉄道・運輸機構の開示資料から、JR北海道からの借入金の残高と金利の推移を見てみましょう。2007年3月期5108億円4.03%、2006年3月期5162億円4.18%、2005年3月期4956億円4.36%、2004年3月期4681億円4.57%です。さて、利息額の概算をして見ましょう。期中平均残高を期初と期末の平均とし、期初金利が1年間適用になるとして、期中平均残高に金利を掛けて利息額を求めます。すると、2008年3月期197億円、2007年3月期215億円、2006年3月期221億円、2005年3月期220億円になります。先ほどの経営安定基金運用収益と比較してください。運用収益の大半が、鉄道・運輸機構からの「利息という形での補助金」であることがわかります。ただ、これだけの秘密です。

それにしても、株主という関連当事者から、実質的な補助金をもらうことで、「経営安定基金の機能維持策」をしていることを、どう捉えたらいいのか、難しい問題ですね。

そもそも、JR北海道の経営の安定のための経営安定基金なのに、その「安定基金の安定」のために、鉄道・運輸機構が補助金を出すということであれば、基金設立の趣旨は、とうに損なわれていることになるのです。北海道を例にしましたが、三島会社全て仕組みは同じです。
 基金が機能しないのは、金利が低いからです。運用収益が年度単位で確実に計上できないとJR三島会社の決算ができない。確実な収益を超低金利下で求めれば、収益不足は明白です。だから、事実上の政府補助金で収支を合わすほかない。これが、JR三島会社経営安定基金の現実なのです。
 全く同じことが、大学についてもいえるでしょう。大学に対する政府の補助金は削減の方向にあります。故に、財源不足を補う目的で、基金からの運用収益が必要なのです。ところが、事業財源に運用収益を織り込んでしまえば、確実な運用収益を単年度ごとに挙げなくてはならない。超低金利の下で、確実な金利収益を上げるには、非現実的なほど巨大な基金を形成しなくてはならない。ここに無理があることは、前回コラムの「東京大学基金」で論じました。無理を解消するためには、基金のほうに政府が補助金を出す格好にならざるを得ないということを、JR三島会社は証明しています。東京大学基金、あるいは、他の大学財団基金、この難問を、どのように解くのでしょうか。

以上


次回更新は、7/30(木)になります!
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。