「東京電力に関する経営・財務調査委員会」報告書の曲がった読み方

森本紀行
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原子力事故の「賠償の責任主体」である東京電力について、その「持続可能な経営のあり方」を検討してきた「東京電力に関する経営・財務調査委員会」は、10月3日付けで、最終報告書をまとめました。今回は、この報告書の見どころを解説しようということですが、なぜ、曲がった読み方なのでしょうか。

 もしかすると、委員会を構成している有識者の方々の意図と異なることを述べるかもしれないので、失礼がないように、事前に、所詮は曲がった見方である、としておく次第です。もちろん、曲がった見方は、必ずしも、間違った見方であると思ってはいませんが。


報告書の内容については、様々な事前の報道がなされていました。特に、電気料金の値上げについての報道がなされていましたが、実際はどうだったのでしょうか。

 前の「東京電力の電気料金値上げを巡る報道について」という論考で、この委員会の報告書の内容に関して、勝手な報道が先行していくことの問題性について、論じましたが、こうして、報告書が正式に発表されてみると、当然かもしれませんが、報道内容が、やはり、ある程度は、報告書の内容を先取りしていたことがわかりました。
 しかし、報告書は、具体的な電気料金の値上げには、言及していません。結局、東京電力が、値上げ報道を否定してきたことは、正しかったようです。要は、東京電力がいうとおり、「料金改定について言及できる段階ではございません」というのが、報告書の内容でもあります。
 この報告書がとった戦略は、電気料金の値上げをしなかった場合に、東京電力が最大限の経営努力を図ったとして、東京電力の経営が持続可能なものとなるか、という予測を示すことで、値上げに関する議論の出発点を提供する、というものです。報告書の言葉を借りれば、「そのための参考に資する材料を提供するにとどめている」にすぎません。
 ところが、値上げをしなかった場合の東京電力の今後の10年間の財務状況は、到底、経営が持続可能性を保持できるものではないので、結局は、値上げは不可避との印象を与えるものとなっています。また、事前報道においては、10%の値上げが予測されていたのですが、報告書では、確かに、10%の値上げを行った場合の数値例をあげていて、その場合で、かろうじて経営を維持できる最低限の状況となるので、そこから逆算すると、少なくとも10%の値上げは必要だ、と読める内容になっています。
 さらに、現在停止中の原子力発電所(具体的には、柏崎刈羽原子力発電所)について、その稼働を前提とした場合(「定期検査、津波対策工事及びストレステスト等を勘案した上で技術的・手続き的に想定し得る範囲で最も早期」に稼働するとした場合)、稼働が1年遅れる場合、10年間全く稼働しない場合、の三つの場合について、試算が行われています。
 実は、かろうじて経営を維持できるのは、10%の値上げだけが条件ではなくて、停止中の原子力発電所の予定通りの稼働も前提にしたときなのです。稼働を全く前提としない予測では、「著しい料金値上げを実施しない限り、当該前提で事業計画の策定を行うことは極めて困難な状況にあるものと思料される」としています。つまりは、停止中の原子力発電所を稼働させない限り、10%どころか「著しい料金値上げ」というような大幅な値上げが不可避、とすることで、再稼働を強く示唆する内容となっています。
 ただし、論調において慎重な報告書は、「原子力発電所の稼働シナリオならびに料金改定は、本試算のために仮定したものであり、現実の稼働計画や料金改定の検討などとは異なることに留意が必要である」と注意書きを付していることを、申し添えておきましょう。


ところで、経営の維持とは、どういう状態をいうのでしょうか。債務超過の回避でしょうか。それとも、資金繰りの破綻回避のことでしょうか。

 まずは、試算の前提を確認しましょう。予測期間は10年ですが、その間の電気需要予測や電気供給の技術的な側面にかかわる費用予測などの基礎的な条件については、合理的な推計方法が示されています。これは、委員会が外部専門家の意見等を参考に決めたもので、要は、前提の決め事ですから、議論の余地はないでしょう。
 その上で、非常に重要ないくつかの前提を置いているのです。その第一が、原子力損害賠償費用を見込まない、という仮定です。これは、驚かれるかもしれませんが、当たり前のことです。なぜなら、東京電力が負担する原子力損害賠償費用は、その分、全額、原子力損害賠償支援機構から、資金支援として給付される前提になっているからです。東京電力は、政府から受けた支援額の全額を、将来的に、「特別負担金」という名前で弁済することになるのですが、法律上、この「特別負担金」には債務性がないように構成されているので、予測期間中は、一種の贈与のようなものとして処理しても、おかしくはないのです。その結果、賠償費用を、試算上は、見込む必要がないのです。
 次の重要な仮定は、東京電力の経営の徹底した合理化による、経営費用の大幅な削減と、不要資産(電気事業を維持継続するのに最低限必要な資産以外の全ての資産が対象となる)の売却です。報告書が想定する経営合理化で十分なのかどうかは、今後の議論になるのだとは思いますが、少なくとも、この報告書が想定しているだけの合理化を行わない限り、到底、電気料金の値上げはあり得ないことを、この報告書は、強く主張しているのだと思います。今、その経費削減や資産売却の詳細に立ち入りませんが、それなりに、踏み込んだ内容には、なっているのだと思います。
 そして、これが一番重要な仮定なのですが、東京電力が現時点で負担している金融債務に関する仮定です。まず、社債についてですが、10年間、新規発行を予定しないこととしています。つまり、既存の社債は、順次償還させる一方で、その借換債の発行や、新規の起債は、予定しないということです。また、金融機関からの借入れについては、例の事故後の緊急融資1兆9,650億円を約定通りに弁済することとする一方で、事故前の融資残高は、10年間維持するものとしています。
 結局、この金融債務の仮定の意味するところは、最初から予測をするまでもなく、仮定を置いた瞬間に、東京電力は、立ちどころに資金繰りに窮するだろう、ということです。なぜなら、社債を全て償還し、緊急融資まで弁済してしまえば、全くもって、資金不足になるのは、自明だからです。そして、予測の焦点というのは、まさに、東京電力は、いかに深刻な資金不足に陥るか、ということを示すことにおかれているのです。つまり、経営の維持とは、第一に、資金繰りの破綻回避です。


報告書をみると、資金繰りに関しては、どの予測例でも、破綻が避けられないようですね。

 それは、そうでしょう。金融債務に関する仮定が厳しすぎて、どうしたって、兆円規模の資金不足に陥るのです。その中で、予測期間中の最小現金残高と要調達額の総額において、かろうじて資金不足額が1兆円を下回る程度の予測となっているのが、10%の電気料金値上げと停止中の原子力発電所の予定通りの稼働を前提にした予測だけなのです。この最良の場合ですら、1兆円近く(最小現金残高において約6000億円、要調達額において約8000億円)足りないのです。おそらくは、こういう予測結果から、一部の報道で、15%の料金値上げということが取りざたされたのだと思います。
 なお、最悪の場合、つまり、電気料金の値上げを見込まず、また、停止中の電子力発電所の再稼働も見込まないときは、なんと、最小現金残高が8兆4000億円の不足、要調達額は8兆6000億円という、とんでもない事態になってしまう予測です。


資金繰りと債務超過は別問題ですね。

 その通りです。先ほどの最良の場合、つまり、10%の電気料金値上げと停止中の原子力発電所の予定通りの稼働を前提にした場合ですが、このときは、確かに資金繰りは8000億円の不足になるのですが、それでも、純資産の最小残高が7662億円と予測されていて、債務超過の回避ができるようになっています。一方で、最悪の場合は、約2兆円の債務超過となる予測です。


債務超過は、仮定の中の事故前の融資額の維持とは、両立し得ないですね。

 まさに、そこが、この報告書の究極の論点なのだと思います。報告書がとっている戦略は、客観的な予測数値を示すことで、東京電力の置かれている財務状況の困難性を浮き彫りにし、それに対する解決策の検討の土台を作ることです。
 債務超過になれば、事故前の融資額の維持ができなくなり、そこで経営破綻します。しかし、それは、原子力損害賠償支援機構法の想定していることではないので、結局は、採用し得ない予測結果となるのです。ということは、報告書が、停止原子力発電所の再稼働か、10%の電気料金の値上げの、最低でも、どちらか一方、望ましくは両方がない限り、東京電力の債務超過が避けられないという予測結果を示している以上、報告書の示唆は、明白なのでしょう。
 明白だというのは、おそらくは、債務超過を回避できる措置(電気料金の値上げや、機構による増資引受け等)を予定しているのだろう、ということですが、そうでなければ、債務超過という事態を受け入れたうえで、東京電力を、事実上、国有化したうえで、銀行等に債権放棄を求めるか、どちらかの極端しかなかろう、ということです。


ところで、利益についてはどうでしょうか。

 実は、10年間の累積利益は、どの予測においても、黒字になっているのです。これも驚かれるかもしれませんが、理屈上、利益がでるのは当たり前です。なぜなら、電気事業の構造上、費用を基準に利益がでるように電気料金を決めている(あるいは、報告書の試算の場合は、電気料金に見合う程度にまで、費用の削減を見込んでいる、というほうが正確かもしれませんが)のですから、原子力損害賠償費用を見込まない予測では、仕組み上、当然に利益がでるのです。逆に、この利益を全額吸い上げるように、「特別負担金」が課されてくる、ということです。
 最良の場合では、10年間の累積利益が、4兆3141億円になると見込んでいます。一方、原子力損害賠償額の見積もりですが、報告書が見込んでいるのは、一過性負担として、2兆6184億円、年次負担が、初年度1兆246億円、二年度以降毎年8972億円です。これを、単純に合計すると、12兆に近くなってしまいますが、これには、予測精度に疑問があります。予測に意味のある期間として、2年間をとれば、4兆5400億円です。
 ということで、最良の場合というのは、原子力損害賠償に関する政府支援金の弁済にも、ある程度の見通しが立つものとして、提示されているのです。なお、最悪の場合では、10年間で2兆9000億円もの累積赤字となり、政府支援金の弁済についても、全くめどが立たなくなる予測です。


この報告書がでた後、今後の展開はどうなるのでしょうか。

 この報告書の内容は、原子力損害賠償支援機構に引き継がれます。そして、機構と東京電力が作成して経済産業大臣が認定する「特別事業計画」に反映されることになります。今後の最大の焦点は、大臣認定にあります。ところが、前の論考「枝野経済産業大臣の登場と東京電力の将来」でも詳しく述べましたが、枝野大臣の適用する認定基準は、かなり厳しいものになることが予想されています。さて、どうなることでしょうか。
 どうなるにせよ、法律上、「特別事業計画」が認定されない限りは、肝心要の原子力損害賠償の本格開始ができないのですから、ここは、極めて重要な段階となるのです。


どのようなことが論点となるのでしょうか。

 第一は、資金繰りのめどを、どうつけるか、という問題です。電気料金を大幅に引上げない限りは、また、停止原子力発電所の再稼働を確実なものにしない限りは、兆円単位の外部資金調達が必要になるのだ、というのが報告書の結論なのですから、その資金調達の方法が、最大の論点となるのです。
 原子力損害賠償支援機構からの交付資金の使途は賠償目的に限るので、もしも、機構から資金繰りに関する資金供給を行うのであれば、株式または社債の引受け、あるいは融資という手段になるのだと思います。その場合、一方で、債務超過の回避も図らねばならないので、株式の引受けとなる可能性が高いのでしょう(報告書も、そう想定しているようです)。このとき、当然に、現株価での大規模な増資となるため、株主には、希薄化による大きな損失を与えることになる、これが、法律に定める利害関係者からの協力要請になる、ということです。この場合、東京電力を、事実上、国有化すること、もしくは東京電力を公的管理の下におくことを意味する。さて、ここの判断を、どうするのか。
 銀行等の金融機関に対する協力要請としては、最低でも事故前の融資残高を維持することが、報告書上は、予定されているのですが、はたして、それだけで、政府(あるいは、その背後の国民世論)は、納得するのか。融資額の増額を求めるのか。逆に、債権放棄を求めるのか。
 公募社債の発行は、極めて困難だと思うのですが、原子力損害賠償支援機構からの資本の投入額を大きくすれば、可能かもしれない。資本の増強は、融資についても、残高維持、あるいは融資の増額にとって、比重に重要な意味をもちます。
 債権放棄については、もしも、電気料金の値上げを、計画上、見込まないならば、債務超過になる可能性が高く、そのときは、当然に、債権放棄が起きる。ところが、そのような事態を見通せるような計画の下では、融資残高の維持について、銀行等の協力が得られるわけもない。この辺は、本当に、よくわからないですね。
 後は、もちろん、東京電力の経営合理化の計画が十分かどうか、そして、電気料金の値上げについて、どう判断するか、ということです。この二つは、裏表に絡んでいます。合理化が厳しければ厳しいほど、値上げについての国民の理解が得られやすい、というのが政治判断だと思われるからです。


報告書のとり上げた論点は、かなり広いのですが、もはや時間切れで、他の論点には、今回は触れられませんね。続きは、次回にしましょう。

以上


 以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、10月20日(木)になります。


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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。