東京電力の社債と原子力損害賠償債権の地位

森本紀行
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何かと議論の多い東京電力の社債をめぐる問題ですね。原子力損害賠償債権との関連で、社債の優越性が、良くも悪くも、取りざたされるわけですが、これも、政府の東京電力賠償支援関連法案をみないと何ともいえないわけですよね。

 そうなのですが、そもそも、何ともいえないような不安定な状態を、長く続けていることが問題なのではないでしょうか。東京電力の株式も社債も、取引が継続しています。株式も社債も法律上の財産権です。根拠となる法律の枠組みが定まらない中で、どうして取引可能なのでしょうか。


もはや、投資というよりも投機ですね。

 投機を禁じる理由もないので、それはそれでいいのですが、一方、早く何とかしたらどうだ、という批判は当然ですよね。


一部に、東京電力の法的整理を求める声があるのは、そういう趣旨ですね。

 前回の論考「東京電力の社債権者と債権者と株主は黙っていてよいのか」の最後で述べましたが、東京電力は、「原子力損害の賠償に関する法律」による賠償責任を認めたところで、事実上の債務超過に陥ったと考えるのが自然です。ですから、法的整理という意見がでるのも、当然なのかもしれません。


枝野官房長官は、6日の記者会見で、法的整理の可能性を否定しましたね。

 当然でしょうね。現時点で現行法制の下で法的整理を行うのではなくて、新しい特別立法の下で、つまり制定作業が進んでいる東京電力賠償支援関連法の下で、何らかの「整理」を行うのが、政府方針でしょうし、「原子力損害の賠償に関する法律」の予定するところだと思われるからです。
 実際、この記者会見で枝野長官が指摘したことは、その通りなのでしょう。枝野長官は、二つの理由から現行法での法的整理を否定したのです。一つは、被害者が東京電力に対して有する原子力損害賠償債権を「しっかりと守る」こと、二つは、「事故処理に当たっている事業者の債権、特に中小企業の債権」を守ること、この二つです。
 つまり、現行法の下で法的整理を行えば、原子力賠償債権と、「事故処理に当たっている事業者の債権、特に中小企業の債権」という、法律の目的に照らしたときに厚い法的保護の対象でなければならない弱者の債権が、保護されないことになるからです。具体的に枝野長官が念頭に置いた第一のものは、おそらくは、社債のことでしょう。


一般担保付社債といわれる電力会社の社債の特別な仕組みですね。

 念のために、法律の定めるところを確認しておきましょう。電気事業法は、第三十七条で、社債権者の優越的地位を定めています。いわゆる一般担保の規定です。具体的には、社債権者は、「会社の財産について他の債権者に先だつて自己の債権の弁済を受ける権利を有する」として、特殊な先取特権を定めているのです。
 さらに同条第二項では、「前項の先取特権の順位は、民法の規定による一般の先取特権に次ぐものとする」としています。ちなみに、一般先取特権に優越する特別な先取特権は、租税債権など特別な法律で定められたものに限られます。
 一方、「原子力損害の賠償に関する法律」では、立法時に、原子力損害賠償債権の地位について特別の規定を置くことはありませんでした。したがって、普通に考えれば、一般の損害賠償債権と同等の地位ということです。
 この法律の特色は、原子力事業者の賠償責任について、被害者に過失の挙証責任を負わせずに、事故の発生そのものから端的に責任を認めたことでしょう。そこに、被害者保護の考えがあるのです。ただし、そこまでですね。法の明文としては、特別な賠償債権の保護は規定していない。つまり、法律の字義の解釈だと、社債は原子力損害賠償債権に優越することになるわけです。もちろん、「事故処理に当たっている事業者の債権、特に中小企業の債権」にも優越します。
 債権相互の優先劣後関係は、普通は、問題になることはありません。あえていえば、支払期日の早い順に優先するというだけでしょう。ところが債務履行の原資たる現金が底をつけば、俄然、優先順位が問題になる。だから、法的整理が必要なのです。逆にいえば、法的整理に移行すれば、債権の優先劣後関係が顕在化するということです。だから、法的整理は避けなければならないのです。それが、枝野長官の発言の趣旨です。


しかし、支援法の成立が遅れれば、いずれ東京電力の手元流動性がなくなる可能性はありますね。

 ありますね。この危険性についての政府の対応は、急いで支援法を作るしかない、だから野党も協力してください、ということのようですね。その緊急事態における政局の混迷は困りますね。政府の立場からは、政局をやっている場合ではない、ということでしょうが、反政府勢力の立場からは、現政権の下ではまともに支援法も作れないのだから退陣、ということのようですね。国民の立場はどこにあるのでしょうか。


ところで、支援法は、「原子力損害の賠償に関する法律」の第十六条で定める手続きとして作られるものだから、当然に原子力賠償債権の完全な履行を唯一の法律の目的とするものでしょう。いわば、法律そのものが、原子力賠償債権の特別な保護を目的としたものでしょう。この法律の中では、社債権者や、その他の債権者の地位はどうなるのでしょうか。

 原理的に変更し得ない、というのが大方の見方だったのではないでしょうか。


つまり、東京電力の利害関係者の地位は動かないということでしょうか。

 動き得るのは、というか動かし得るのは、株主の将来配当を受け取る権利が、賠償債務が残る限り、事実上なくなるだろうということと、役員や従業員等の内部関係者の処遇等にかかわる部分だけ、ということではないでしょうか。そういうこともあって、政府は、東京電力に対して非常に強く経費削減を求めたのだと思います。


「原子力損害の賠償に関する法律」が原子力事業者に求めた責任というのは、その程度のことなのでしょうか。

 枝野官房長官の言葉を借りていえば、その程度のことでは、「国民の理解は得られないと思う」ということでしょうね。


ここへきて、東京電力の株価が安値を更新したり、格付機関が東京電力社債の格付を引き下げたりしているのは、政策的に「国民の理解」という視点を重視するならば、支援法の中で、これまでの大方の見方と異なる方針が織り込まれるのではないか、という思惑が交錯し始めたからですね。

 そうでしょうね。そもそも、5月13日の経済産業省の「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて」では、どこにも、社債の保全も、株式の上場維持も、書いていません。それは、同日の海江田大臣の記者会見における「 社債につきましては、同じ債権の中でも優先権がありますので、法律に基づいた優先権が維持されるということになろうかと思います。それから、株式の上場でございますが、これは上場企業として東京電力に引き続きしっかりとした電力の供給を行ってもらいたいということが私どもの要請でございますので、そういうことになろうかと思います」という発言だけが根拠になっています。
 菅総理大臣も、枝野官房長官も、海江田大臣が述べたような内容のことは、いっていません。菅総理大臣が、東京電力には「 基本的には民間事業者として頑張っていただきたい」と述べたのは、4月1日の記者会見であって、その後の状況変化を考えれば、もはや意味をもちません。枝野長官には、「銀行の債権放棄がなければ国民は納得しない」という、5月13日の例の発言があります。海江田大臣も、本件に関しては、その後は、何ら発言をしていないと思います。それだけ、政府内部で微妙な議論が水面下で進行しているのだと思います。


5月13日の政府の「支援の枠組み」では、「国民負担の極小化を図ることを基本として」という課題を挙げていますね。これは、政府の負担を減らすためには、東京電力の社債権者や銀行等の債権者へも負担を求めざるを得ない、という趣旨でしょうか。

 そこが非常に微妙なのですね。この文言、実は、原案では、「国民負担」のところが「財政負担」になっていました。海江田大臣が、この変更過程を、わざわざ記者会見で述べています。
 原案のままだと、社債権者や銀行等の債権者へ負担を求める意向を仄めかすようなので、この時点では躊躇があったのだと思います。また、いかにも、政府が東京電力の後ろに隠れる格好になることも、避けたかったのだと思います。
 一方で、「国民の負担」に敢えてしたことは、「全てのステークホルダーに協力を求める」ことという、東京電力に支援条件として突きつけた内容と合っているような気もします。もっとも、ここでの「国民の負担」というのは、電力料金引上げのことかもしれず、よくわからないのですね。
 なお、政府責任については、政府は、世の批判を受け入れる形で、日に日に明確化させてきています。ここは高く評価すべきだと思います。実際、5月17日にでた「原子力被災者への対応に関する当面の取組方針」では、「原子力政策は、資源の乏しい我が国が国策として進めてきたものであり、今回の原子力事故による被災者の皆さんは、いわば国策による被害者です。復興までの道のりが仮に長いものであったとしても、最後の最後まで、国が前面に立ち責任を持って対応してまいります」と述べ、とうとう「国策による被害者」という表現すら使っています。
 こうなると、東京電力を免責にして全てを政府の直接補償とすべきだという、私のこれまでの一貫した主張と変わらないのです。


でも、東京電力を免責にしないのは、やはり、財政上の理由と国民感情への配慮でしょうか。

 そうだと思うのですよね。財政上の理由と国民感情への配慮に基づいて、社債、銀行等の債権、株式などについて、何らかの権利変動の可能性が残る、ということなのだと思います。
 大方の見方のように、支援法の中では、賠償原資の不足を全て政府負担で賄うような仕組みが作られるはずなので、現存の社債権者や債権者等への負荷はないとするならば、わざわざ東京電力に賠償責任を認めさせた経済的意味がなくなってしまうのです。政府負担は、東京電力を免責にして全額政府補償にするのと、実質変わらなくなるのです。しかも、政府は、「国策による被害者」とまでいっているわけだから、東京電力有責とすることの意味は、経済的にも政治的にもないことになるわけです。
 だから、枝野長官の発言は、大きな意味があるのです。東京電力を免責にしない以上、何らかの利害関係者への負荷を求めざるを得ないのだ、というのが、やはり支援法の方向だと思わざるを得ない。
 なお、現存債権の地位が動かないとする大方の見方の論拠は、先ほど引用した海江田大臣の記者会見発言以外に、「支援の枠組み」の中に、「原子力事業者を債務超過にさせない」という明示があることなのです。これが、現存債権の不動を前提にして、不足の全額を政府が拠出して、債務超過を回避するという意味に理解されているのだと思います。
 しかし、「支援の枠組み」では、現存債権の保護は明示していない。だから、「原子力事業者を債務超過にさせない」手段の一つとして、現存債権の圧縮を明示的に否定したものではないのです。


しかし、超法規的なことはできませんよね。現行法との整合性の中で、何ができるのでしょうか。

 さあ、何ができるのでしょうね。条件として充足しなければならないのは、法的整理に移行しない限り、債権の優先順位が問題となることはないのだから、どこかでは法的整理が必要であることと、その手続きの前に、政府が優先順位を高くしたいと考えている二つの債権、原子力賠償債権と事故対策に関して発生している業者の代金受取債権、この二つですが、これについての何らかの法的手当てを行うことでしょう。ただし、後から手当てした法的措置が、それ以前の債権に効力をもつかどうかは、後法の適用ができない以上、難しいのではないでしょうかね。
 もっとも、法的に疑義があるかどうかよりも、時点での社会的使命を優先して、果敢な手当てを打つことは、必ずしも、超法規的とはいえないかもしれません。事実、政府は、東京電力が免責になる可能性について否定しておらず、「最終的には裁判所が法律に基づいて判断する」ということを明言しているくらいですから。
 ところで、自由民主党の河野太郎衆議院議員は、6日に、自分の公式サイトに掲載した記事で、支援法の自由民主党案について、政府が賠償仮払いを実施(現政府は東京電力が仮払いを速やかに行うべきという立場)することで、東京電力に対する求償権を発生させる仕組みに言及しました。
 注目を集めたのは、その求償権の社債に対する優越を法的に手当てする趣旨を述べたことです。この発言は、翌日には、法案に盛り込まれないという形で修正されます。しかし、一つの法理論としては、なるほどね、という感じもないわけでない。政府が優越する求償権をもった形で法的整理への移行を行うことで、結局、政府負担額を、社債権者や銀行等の債権者に一部移転させる可能性を検討したものなのでしょう。
 同じような方向で、様々な議論が、与野党、政府内部で、検討されているということなのです。さて、事態はどうなるのでしょうか。もう時間の猶予はないはずなのです。一日も早く支援法を成立させること、これは、政局にかかわらず、最優先でやってほしいこと、というか、やるべきことです。

以上


次回更新は、6月16日(木)になります。


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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。