原子力損害補償関連法の成立と東京電力の将来

森本紀行
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前回の予告通り、今回は、やっと成立した原子力損害補償関連の二つの法律についてですね。もっとも、法案の詳細な解説は、これまでの論考で尽くされていますし、国会審議の過程でも、それほど重要な修正や追加があったようでもないですが。

 法案が明らかになった段階で、もう議論は尽きていた、ということですね。一月半の国会審議を経ても、重要な修正等が行われたわけではありません。不安定な政局の中で、とにかく成立にこぎつけたということ、そのことが重要なのでしょう。少し、時間はかかりましたが。
 今回成立した原子力損害賠償関連法は、政府の提出していた「原子力損害賠償支援機構法」と、自由民主党などが提出していた「平成二十三年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律」との二つの法律です。
 二つとも、これまでの論考で、詳細に解説済みです。繰り返しを避けたいので、恐縮ながら、本論の末尾に掲げてある関連諸論考を参照ください。特に、「原子力損害賠償支援機構法における東京電力の社債権者と債権者と株主の地位」と、「なぜ東京電力について冷静な議論ができないのか」との二つが、二つの法案解説を集中的に扱った論考です。
 とにかく、これら法律の成立について特筆すべきは、原子力損害補償に関する政府提出法案と自民党等の対案とが、同時に両方とも成立したことでしょう。政府による野党案丸呑みではないですが、今の政治状況の中で、これらの法案のように成立自体が急務となっているものについては、結局のところ、良くいえば与野党協調の、悪くいえば政治的妥協の産物以外になり得ないだろうことは予想されていて、本当に、そのとおりになったということです。


では、先に、主な修正点を確認しておきましょうか。

 重要な修正は、「原子力損害賠償支援機構法」についてです。修正の要点は、本質的な内容の変更というよりも、法案の前提となっていた事項のいくつかについて、法律の中に明示的表現を織り込んだことです。それは四つあります。第一は、政府の責任、第二は、原子力事業者の経営責任と利害関係者の責任、第三は、東京電力以外の原子力事業者の「負担金」の個別管理、そして第四が、ごく近い将来における制度の見直し、この四つです。


法律成立時に、既に、すぐ近い将来における見直しを規定するのは、異例ですね。まさに当面の合意を優先した結果、目先の妥協の産物になったということでしょうか。

 例えば、法律の中に、「できるだけ早期に」、「早期に」、などという表現が用いられていて、そこでは、その時点の状況を判断して、必要な検討を行い、必要な見直しをし、必要な措置を講じる、などとされています。こういうところは、いかにも暫定的な法律であることを印象付けますね。原子力損害補償の早急なる履行が政策課題なのだから、とにかく、問題を先送りにしても、履行開始を急ぐために、法律の成立を最優先させた結果でしょう。
 しかし、問題の先送りを批判することは簡単ですが、実際的な配慮として、補償履行の開始が急務なのだから、そのことを最優先にしたことは、今の政治状況を考えれば、それなりに妥当な政治判断だったと思います。
 私などは、原子力損害賠償支援機構という大きな仕組みを作ること自体に、必ずしも賛成ではありません。例えば、将来の原子力事故に備えて全ての原子力事業者が参加する相互扶助型の保険制度を作るなどは、別に、いま検討しなくてもよかったのです。とにかく、早急な補償履行、そのことに焦点を絞った法律のほうが、望ましいと考えられます。その意味では、今回成立した自民党等の対案は、東京電力による賠償履行について、政府による先行的仮払いを定めるだけのものなので、政策的に優れているのではないか、と考えられます。
 原子力損害賠償支援機構という永続的仕組みを作って、そのすぐ後で見直しを考えるくらいだったら、最初から、賠償履行に特化した必要最低限の法律にして、後で永続的制度のあり方を定める新たな立法を検討するほうが、合理的だったのではないか、と今でも思っています。そういう意味では、どちらにしたって、当面の暫定的なものにとどまるのですから、それを、急場繕いだとか、将来展望を欠くとか、あり合わせとか、与野党妥協の産物とか、どう呼ぼうが、それ以上にはなり得ないのであって、それでいいではないですか。


そもそも、総合的エネルギー政策自体が見直され、その中で原子力発電の位置付けが大きく動こうとしている中で、今は、損害補償だけに専念し、その余の課題は繰り延べて、繰り延べたことを法律に規定しておけばよい、ということですね。

 これまで何度も何度も繰り返してきましたが、とにかく、損害補償の早急な履行が一番重要なことなのであって、その他は、全て、補償にめどがたつまで繰り延べるべきなのです。東京電力自体が、「原子力損害の賠償に関する法律」第三条ただし書きによる免責の主張を差し控え、逆に自らの賠償責任を認めたのは、このことをよく理解した上での経営判断だったのです。この健全な常識は、高く評価すべきでしょう。
 一方、そのことの当然の帰結として、繰り延べた課題を明らかにしておいて、補償にめどがついたところで、早急に課題の検討を開始するのは、当然といえば当然で、その当然のことを法律に規定したまででしょう。法律に規定された繰り延べた課題というのは、三つあります。
 第一は、根本の「原子力損害の賠償に関する法律」自体の「抜本的な見直し」です。その要点は、補償における「国の責任の在り方」と、事故収束における「国の関与及び責任の在り方」におかれるのですが、その方向性は、はっきりと、「これを明確にする観点から検討を加え」、となっているのです。
 第二は、今回の事故の補償額が巨額に達することが予想されるなかで、その費用の調達について、「国民負担を最小化する観点から」、何らかの措置を検討することです。ここが、東京電力の将来を決定的に左右するところなので、また後で触れましょう。
 第三は、「電気供給に係る体制の整備を含むエネルギーに関する政策の在り方」であり、その結果に基づく「原子力政策における国の責任の在り方」です。おそらくは、再生可能エネルギー、脱原子力発電、原子力発電国営化、発電・送電・配電の分離、地域分割独占の見直し、などが議論の中心になると思われます。


他の重要な修正点は、政府の責任の明確化ですね。

 「国の責務」として第二条が新設されました。そこでは、政府が「これまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的な責任を負っていることに鑑み」、機構が「原子力損害の賠償の迅速かつ適切な実施及び電気の安定供給その他の原子炉の運転等に係る事業の円滑な運営の確保を図り、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展に資する」という「目的を達することができるよう、万全の措置を講ずるものとする」と定めました。
 「社会的な責任」というのは、必ずしも意味が明瞭ではないですし、「万全の措置」も抽象的ですが、こういう表現にせざるを得ないのは、「原子力損害の賠償に関する法律」の制定時に遡る思想的な問題なのです。つまり、原子力事業を民間の事業とする限り、政府が民間事業に関する責任を直接的に負担することは、理屈上、あり得ない、というのが、現行法の思想なのです。
 ですから、ここをとらえて、政府責任があいまいというのは、酷な評価です。なにしろ、先に述べましたように、この根本の「国の責任の在り方」については、明確化の方向で早期に見直すことを、今回の立法で約束したのですから、それで、いいわけです。
 なお、政府責任という意味での政府による資金補助については、第六十八条(法案第六十五条)に、特別な場合における政府からの直接の資金交付の定めがあるのですが、それとは別に、第五十一条が新設されて、資金補助の範囲が拡大されました。つまり、「特別資金援助」(「特別事業計画」に基づく支援で、東京電力に対する支援の中核をなすもの)についても、「資金に不足を生ずるおそれがあると認めるときに限り」、「予算で定める額の範囲内において、機構に対し、必要な資金を交付することができる」、と定めたのです。
 政府の資金援助の流れは、政府が機構に交付国債を発行し、機構は、その償還を政府に求めることで現金化し、その現金が東京電力に交付される形になります。東京電力は、この交付された資金を、最終的には、「特別負担金」という形で機構へ弁済し、機構が、それを政府へ弁済するのです。政府からの資金交付は、そうした流れの外に特別に設定されるもので、弁済を予定しないから、新たな予算措置が必要になるのです。
 さて、東京電力への支援に関して政府の資金交付が可能になったことで、東京電力のみが単独で賠償責任を負い、政府の責任は後方からの資金支援にとどまる、という「原子力損害の賠償に関する法律」の根本原則が、崩れたことになります。極めて限定的ですが、それでも、事実上の政府の直接補償を容認したことになります。


次は、原子力事業者の経営責任と利害関係人の責任ですね。

 原子力事業者というよりも、個別具体的に、東京電力についての規定を置いたのです。これは、法律としては、異例だと思いますが、この法律自体が、東京電力という特定の原子力事業者による賠償について、政府の支援の方法を定めるものですから、当然かもしれません。実際、「平成二十三年原子力事故による被害に係る緊急措置に関する法律」のほうは、まさに、非常に具体的に、緊急措置の範囲を限っているのですから。「原子力損害賠償支援機構法」も、個別具体的な東京電力の事故に限定したものにしたほうが、よかったのだと思いますが、繰り返しは、やめておきましょう。
 どのような修正かというと、附則の中に、「この法律の施行前に生じた原子力損害に関し資金援助を機構に申し込む原子力事業者」という形で、東京電力を具体的に特定したうえで、「その経営の合理化及び経営責任の明確化を徹底して行うとともに、当該原子力損害の賠償の迅速かつ適切な実施のため、当該原子力事業者の株主その他の利害関係者に対し、必要な協力を求めなければならない」としています。
 必要な協力を求める、ということの法律的拘束力は、よくわからないのですが、支援の具体的な中身は、経済産業大臣が認定する「特別事業計画」に依存する以上、経済産業大臣の行政裁量権の中で、何がしかの事実上の強制力を働かせることは、十分に考えられることです。
 事実、その「特別事業計画」の認定ですが、「機構は、特別事業計画を作成しようとするときは、当該原子力事業者の資産に対する厳正かつ客観的な評価及び経営内容の徹底した見直しを行わなければならない」となっていた最後の「行わなければならない」を、「行うとともに、当該原子力事業者による関係者に対する協力の要請が適切かつ十分なものであるかどうかを確認しなければならない」に修正しているのです。
 つまり、利害関係者に対する協力要請が「適切かつ十分」なものでない、と経済産業大臣が判断するときは、支援が行われないことも、法律上は、あり得るということです。今後の焦点は、まさに、この経済産業大臣による「特別事業計画」の認定に、絞られてきました。


最後は、東京電力以外の原子力事業者の「負担金」ですね。

 「負担金」というのは、将来の賠償費用の確保のための業界全体の相互扶助型保険の掛金という趣旨です。ですから、「負担金」を今回の東京電力の事故の賠償に使うのは趣旨に反する、という批判が強くあったわけです。法律上は、あいまいなところがあって、「負担金」を今回の賠償の原資にしようと思えば、できなくもないようになっています。ですから、法律成立の鍵として、この「負担金」の趣旨の明確化が問題になるだろうことは、予測されていたのです。
 どう修正されたかというと、「機構は、負担金について、原子力事業者ごとに計数を管理しなければならない」という規定を置いたのです。「計数を管理」することは、必ずしも、使途を制限することではないので、どれだけの意味があるのか、実効性は疑問です。また、「原子力事業者ごとに計数を管理」することは、相互扶助型の保険制度の掛金としての趣旨にも反します。さて、どういう意味なのか。よくわかりません。
 おそらくは、他の原子力事業者の「負担金」を今回の東京電力の賠償原資に流用することを前提としたうえで、東京電力が「負担金」や「特別負担金」を通じて流用額を機構へ弁済することを、想定しているのでしょう。そのためには、東京電力を含めた各社の支払った「負担金」を個別に計数管理し、本来の「負担金」負担の公平性を回復できるようにしたのだと思います。


いよいよ、今回の主題ですが、法律が修正を経て成立したことで、東京電力の債権者、社債権者、株主の地位について、何らかの変動が生じるのでしょうか。

 残念ながら、おそらくは、債権者、社債権者、株主の地位にかかわる不確定要素は、増大したのだと思います。
 先に述べた早期に見直すとされた事項のうち、補償費用の調達について、「国民負担を最小化する観点から」行われる検討は、実は、考慮する事項が、非常に幅広く設定されているのです。そこでは、事故の原因等の検証、経済金融情勢、東京電力と政府と他の原子力事業者との間の費用負担、東京電力の株主をはじめとする利害関係者間の費用負担、と具体的に示されています。
 東京電力の利害関係者について、はっきりと「負担の在り方等」を検討することが定められています。少し本論から外れますが、先に、「負担金」に関連して、他の原子力事業者が、東京電力の事故の補償費用の原資になる可能性を述べましたが、ここでは、もっとはっきりと、他の原子力事業者の費用負担を検討課題にあげているのです。
 また、これも先ほど述べたとおりで、経済産業大臣の「特別事業計画」の認定手続きの中に、より明確に、より強く、利害関係者の協力要請を位置づけたことも、株主や債権者の地位の不確実性を増す要素だと思います。
 ただし、これも一連の論考で再三述べてきたことですが、賠償履行過程における東京電力の破綻が断じてあり得ないこと、このことは変わらない。賠償が完了した段階では、政府は、「特別負担金」を東京電力に課すことを通じて、事実上、巨大な債権者になるわけです。その段階では、政策次第で、政府が主導する法的整理は可能です。このことも、変わらない。
 何が変わったかというと、第一に、「早期に」、ということでしょうね。賠償自体も早急に行われていくならば、意外と早い時期に、東京電力の法的整理論が浮上してくる可能性はある。第二は、政府による賠償仮払いです。これにより、賠償履行が早くなるし、政府の東京電力に対する大きな求償債権が発生しますので、政府による法的整理の道を開きやすい。第三は、経済産業大臣の「特別事業計画」の認定手続きにおける、事実上の圧力の高まりです。つまり、東京電力自身の手による法的整理の道です。
 それから、早期に見直す事項として先にあげたもののうち、三番目の総合的なエネルギー政策も問題です。事故を契機とした世論の変化をとらえて、一気にエネルギー政策全体の転換を打ち出すことは、政治としては当然なのでしょうが、損害補償に絡めて、損害補償の枠を超える論点にまで言及するのは、本当はおかしい。やはり、ここには、東京電力の賠償費用負担に関連させて、東京電力の解体を含めた電気事業の再編をうかがう意図がみえます。


不確定要素をなくすには、法律で定めた早期の見直しを、本当に早期にやってもらうしかないということですね。

 そうです。そのためには、補償履行を、もっと早期に、完了させることが先決です。

以上


 以上の議論は、過去の論考を前提にしたものですから、できましたら、下にある関連論考を合わせてお読みいただけると、幸いです。次回更新は、8月11日(木)になります。  


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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。