電気事業の自由化と技術革新における金融の働き

電気事業の自由化と技術革新における金融の働き

森本紀行
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電気事業は、大きな歴史的転換点を迎えています。原子力発電を継続するにしても、その電源構成における相対的比重の低下は不可避であり、同時に化石燃料を使う火力発電の比重も上げ得ないのですから、代替電源の開発が急務となる一方で、電源構成の多様化と分散化に対応した送電と配電の基盤の再構築もしなければならない。それには、巨額の新規投資が必要ですが、現在の電気事業の混迷の中では、その資金調達は難しい。その難しさに立ち向かうのが「産業金融の王道」ですね。
 
 本来、電気供給の確保のような社会的に正当な理由によって資金使途が生まれる場合においては、その資金の調達が可能かどうかという問いの立て方はあり得ないはずです。電気は産業と国民生活の基盤ですから、安定供給は絶対的なものです。供給側の条件によって供給量を変えることはできない。その意味で、私は、節電ということに強い違和感を覚えます。安定供給の視点に立てば、需要に応じた供給体制は無条件に作られなければならない。ですから、それが可能かどうかではなくて、新規投資が必要ならば、なすほかなく、そのための資金がないならば、調達するほかないのです。不可能をも可能にしなければならない。それが、産業金融の王道でしょう。実際、人間社会の取り決めに、不可能などないはずですし。
 

しかし、事実として、電気事業の将来のあり方については、大きな不確実性があります。経営環境の不確実性が大きくなると資金調達が難しくなるのは、企業金融の理論の基本ではないでしょうか。
 
 確かに、その通りですが、その論点は前回の論考で取り上げましたね。今回は、表題に掲げましたように、技術革新という別の側面から検討してみたいと思います。そもそも、電気事業の不確実性が大きくなっている背景には、密接に関連した二つの要因、即ち、技術革新と規制緩和が働いているのです。
 もともと、電気事業では、安定供給基盤の確立のためには巨額な設備投資が計画的に行われなければならないことから、高度な規制を課すことで事業の不確実性を小さくし、資金調達を容易にしてきたのです。安定供給義務、規制による保護、資金調達の安定、この三つが三位一体となって、これまでの日本の電気事業を支えてきたわけです。
 ところが、東京電力福島第一原子力発電所の事故を契機にして、一気に、政府による方針転換が行われます。政府は、規制によって電力業界を保護してきたことが、原子力発電所の安全対策の高度化を妨げ、脱原子力への取り組みや再生可能エネルギーの積極的導入への努力を怠らせてきたとの認識へ転じたものと思われます。故に、脱原子力の方向性を打ち出すと同時に、主として再生可能エネルギー分野への新規参入を促すために、送電網の一般開放を含む大幅な規制緩和の方向をも打ち出したのです。結果的に、電気事業を取り巻く不確実性が一気に高まったので、資金調達が難しくなったわけです。
 規制緩和のなかで再生可能エネルギーの開発へ投資を行うことは、規制緩和だからこそ可能となることでもありますが、他方では、新技術の信頼性の問題や、規制緩和とは競争をも意味するわけですから供給拡大とともに電気の価格が低下していく危険など、大きな不確実性も伴います。政府も馬鹿ではないですから、菅前総理大臣が退陣直前まで成立に執念を燃やした「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」(いわゆる「再生可能エネルギー法」)のもとで、固定価格買取り制度によって事業者の危険負担の緩和措置を図り、新規参入を促そうとしています。実は、この法案は、国会に提出されたときに、趣旨として、再生可能エネルギー業者の資金調達を円滑化ならしめることと説明されていたのでした。
 また、こうした再生可能エネルギーの開発案件の資金調達は簡単ではないがゆえに、融資等の対応には限界があることから、より危険負担力の大きい出資金のような形態(いわゆる俗にいう「ファンド」ですね、私の嫌いな用語ですから使いませんが)などの工夫もなされています。さらには、政府としては、大企業の新規参入も見込んでいるのでしょう。既に強固な収益基盤をもつ企業の新規参入ならば、当然に危険負担力も大きいでしょうから。
 おそらくは、政府の読みは、こうした施策等によって、一件の金額についていえば、いままでの巨大発電施設の建設に比較して、はるかに小規模な開発なのですから、資金調達も何とかなるだろうということなのでしょう。
 ところが、肝心の既存の電力会社にとっては、資金調達が難しいのは変わりません。将来の不確実性をより多く既存の電力会社に寄せて新規参入を促そうという政策だからであり、政府が規制緩和(自由化)というものを、そのようなものと考えているからなのです。私の懸念は、こうした政策で本当に電気の安定供給を守ることができるのか、安全な電気の供給は確保されるのか、ということです。
 例えば、送配電の技術革新と、原子力発電の安全な管理のための技術革新については、既存の電力会社に大きく依存することになるはずですが、今の電力会社に十分な財務体力があるのでしょうか。特に、原子力発電所については、完全廃炉へ向かうにしても非常に長い時間を要することですから、安全な廃炉のためにすら技術革新が必要なのですが、果たして人材面でも資金面でも、今の電力会社にそれが可能なのでしょうか。私は非常に心配です。
 

再生可能エネルギー等の発電についても、将来的には、電気の価格が競争にさらされてきて収益性が低下し、開発投資元本の回収すらできなくなるような事例もでるでしょうね。
 
 さて、自由化とは競争であり、自由化の目的は、多くの場合、競争を通じて経営の効率化を促進させて価格の低下を誘導することだと思いますから、競争に敗れて淘汰されるものがでることも予定のうちでしょうね。弱者の淘汰を通じて、経営規模の大型化が実現し、更なる効率化が実現していくのでしょう。このこと自体には、反対できるものではない。
 私が問題としているのは、果たして、自由化と競争を通じても原子力の安全管理体制と電気の安定供給体制は技術革新によって改善進歩していくのか、ということです。発電や送配電における競争は、経済界における競争がすべからくそうであるように、技術革新による効率化へ向けられるでしょうから、問題はないのかもしれません。しかし、そのことが、原子力の安全管理体制と電気の安定供給体制の改善につながるとは限らないでしょう。
 実は、私は、過去の論考で、原子力発電については、安全性の改善に対する経済誘因を設計することが極めて困難であることを論証しました。安定供給についても、同様な難しさがあると思います。いまどき発送電分離反対などを唱えると、保守反動の電力利権擁護派の反社会分子の烙印を押されること必至ですが、さて現在の制度にも安定供給体制維持のための合理性がちゃんとあるのですから、電力業界内部の専門家の意見も公平に採用したうえで、自由化のあり方を検討してもらいたいものです。
 原子力の安全管理体制と電気の安定供給体制の維持発展については、規制緩和ではなくて、新たなる規制の枠組みを作らなければならないのでしょう。規制の強化は当然に費用の増大を招く。その費用の公平な配賦なくしては、公正な競争環境は作れません。今の政府の規制緩和のやり方で、既存の電力会社と新規参入企業との競争の公平性は保たれるのでしょうか。保たれなければ、原子力の安全管理体制と電気の安定供給体制の維持発展についての経済誘因が働かず、非常に危険なことになるのではないでしょうか。心配です。とにかく心配です。
 

ところで、規制緩和による競争激化が事業の収益性を著しく低下させるなかで、新鋭機の導入を実現してきた航空産業の資金調達のあり方は、参考になりませんでしょうか。
 
 航空産業は、規制緩和が進行した結果、運賃競争が激しくなり、産業界の平均的収益性が低くなったことから大規模な倒産が少しも珍しくなくなったという、なかなか厳しい業界です。わが日本航空も、短期間で再生できたとはいえ、一度は倒産したのです。しかし、安全管理の問題は収益性とは無関係に絶対条件で維持しなければならないでしょうし、燃費効率や稼働効率の改善のためにも、また顧客獲得のためのサービス改善のためにも、積極的な新鋭機の投入は継続的に行わなければならない。そのためには、資金調達できなければならないのですが、一方で、低収益性と事業環境の厳しさは、その資金調達の妨げとなる。構造的には、今の日本の電力業界と似ていなくもないですね。
 しかし、事実として、新鋭機の投入は続けられています。また、航空機製造業界としても、継続的な新鋭機への発注がなければ、研究開発体制の維持もできず、業界における技術革新も起きなくなってしまうところ、発注があり受注残を抱えているからこそ、製造基盤の維持発展ができているのです。
 横道にそれますが、私が原子力発電について感じている最大の懸念は、実は、ここにあるのです。原子力発電は電力業界における拡大政策がとられてきたからこそ、機器製造現場における技術革新が行われてきたのであり、そのことが技術面からの安全性確保の前提になっていたのです。原子力発電については、維持発展が安全性のためにも重要な要素であることを十分に検討の視野に入れたうえで、縮小なり廃炉なりの議論をしていかなければなりません。
 

さて、航空産業が新鋭機発注のための資金調達ができている仕組みは何でしょうか。
 
 航空機リースです。実は、新鋭機を製造会社に発注し、それを所有しているのは航空機リース会社です。航空会社ではありません。これらリース会社は、最近、大手邦銀が米国の大手を買収していましたが、多くは巨大な金融資本の一部門となっています。ですから、高価な新鋭機を大量に発注できるのです。一方、航空会社は、航空機を借りて飛ばしているので、巨額な資金調達の必要がなくなっています。規制緩和による競争と技術革新の間の矛盾を金融の技法で解いているのです。
 規制緩和によって収益性が低下した航空会社は、融資先としては、なかなかに難しい対象です。事実、大型倒産が珍しくもない。ところが、今どきの経済の仕組みのなかでは、飛行機を利用する需要は高水準で安定しています。ですから、日本航空の事例のように、経営破綻しても再生もしやすい。需要が安定していることも、電気事業と同じですね。
 つまり、航空産業では、個社ごとに融資できない場合はあっても、航空産業の総計としては十分に融資先になる。それが、航空機リースを通じた資金供給の仕組みです。航空産業全体としての飛行機の稼働状況が変わらなければ、個社単位における問題はあっても、航空機リース全体の価値も変わらないのです。しかも、巨大な航空機リース会社が航空機を所有することで、最新鋭機への発注も可能にしています。こうして、技術革新への投資も継続的に行われるようになっているのです。
 航空産業の革新のためには、金融の革新が必要だったのです。日本の電気事業の革新のためにも、金融の技法の革新が必要なのです。規制緩和の方法にも、こうした金融面での高度な配慮は必要です。例えば、航空会社に航空機の所有を義務つけるような規制があったとしたら、航空機リースは成り立たなかったでしょう。
 いずれにしても、軽率な規制緩和など断じてあるまじきことであって、原子力の安全管理体制と電気の安定供給体制の維持発展を軸に据え、金融技法への高度な配慮も行ったうえでなければ、制度変更などは行い得ないものと思われます。
 
以上


 次回更新は10月25日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。