TPPに打克つ日本農業の底力

TPPに打克つ日本農業の底力

森本紀行
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「日本の明るい未来」第三弾ですね。日本の農業は、どちらかといえば、衰退産業とみられがちで、TPP問題が取沙汰されるに及んでは、崩壊の危機すら懸念されて、当の農業界には強いTPP反対論もあるようです。はたして、日本の農業の未来は明るいのでしょうか。
 
 日本の明るい未来を総合的に論じようとして農業をもちだした以上、日本の農業の未来は明るい、あるいは明るくできる、と確信しているわけです。しかし、TPPは、農業の枠を超えた大きな問題ですし、日本の農業に与える影響も容易には予測できない難問であろうと思います。
 私は、ここでTPP賛成論とか反対論を展開する気持ちは、全くもっていません。そもそも、問題の立て方として、TPPから日本の農業を考えることは、おかしかろうと思います。仮に、TPP拒絶で日本の農業を守ることができたとして、そのことが日本の農業の成長発展につながるかどうか、日本の農業の未来をより明るくできるかどうかは、全く別の問題だからです。
 話は例によって飛びますが、私は、守る、生き残る、再生(そもそも死んでいない)などという言葉が大嫌いです。人間は、ただの動物じゃないのですから、生きるために生きているわけではないのです。成長するために生きているのです。死ぬまで成長するしかないのです。人間が作る社会も同じです。社会も成長し続けるしかないのです。
 もちろん、成長を何で測定するかは、永遠の課題です。従来型の経済指標だけでは、成長を定義できなくなっているのかもしれません。しかし、どのような成長であれ、成長はしなければいけないのです。それは、人間社会の条件だからです。
 加えて、多くの人がそう考えているように、個々の人間の成長が社会の成長につながるためには、人間と人間の関係、社会関係が成長していかなければならないのです。日本の、いや世界のどの国でも、社会の成長を支えてきた主要な社会関係は、家族、雇用、地域社会、の三つだったのです。しかし、経済成長と社会変動は、その三つの主要な社会関係の力を、弱めてしまいました。
 だからといって、今頃の頼りない政治家のように、抽象的な復古論のようなことをいっても意味がありません。21世紀の日本にふさわしい、これからの日本の成長を支える、新たなる人間関係と社会関係の構築を考えていかなければならないのです。事実、多くの人が、同じような思いから、価値観、趣味、信条などを共有する団体、任意の緩やかな組織から認定NPOに至るまで、を立ち上げています。いまや、こうした種々の団体は、社会の重要な要素になっています。ただ、如何せん、今のところは、旧社会関係の衰退を補完するほどの大きな力にはなっていないのでしょうね。しかし、将来は明るい。
 日本の農業にとって、生き残りが問題なのではありません。ましてや、保護政策のもとでの生き残りなど、食の安全保障などという理屈をつけたとしても、広い国民の支持を得ることは難しいでしょう。むしろ、もともと地域社会を支えてきた下部構造としての農業のあり方、食の文化という価値の共同性、季節的集団的集約的な農作業のあり方、第一産業としての農業と第二次・三次産業との産業連関など、人間社会の新たなる関係性の再構築との関連において、農業の成長産業化を考えるべきであろうと思います。
 

TPP阻止で日本農業が生き残っても、それは衰退速度を遅くするだけかもしれない、ということですね。逆に、日本農業の可能性を徹底的に内在的に検討することで、遠からずTPPに打克つ農業の成長産業化への道が開けてくるかもしれない、ということですね。
 
 そうです。しかし、それではTPP支持論のように聞こえるのですが、私は、前にもいいましたように、TPP賛成派でも反対派でもないのです。TPP阻止論は、成長戦略の欠如から、かえって農業の衰退を招く可能性が高く、しっかりした成長戦略のもとでは、TPPに打克つ農業が育つ可能性が高くなる、といっているだけです。いうまでもなく、鍵は、成長への意欲なのです。
 経済は、数字の集積ではなくて、人間の営みです。数字の集積としての経済を成長させているのは、人間の成長への意欲です。TPPに賛成か反対か、という議論は意味がない。そうではなくて、日本の農業界に成長の可能性があるとの信念と、その信念に賭けていく成長志向性の有無が問題なのです。私は、日本農業の成長への可能性と志向性の存在に確信をもつ以上、TPPに打克つ日本農業の将来性についても確信があり、結果的に、TPPに賛成か反対かという議論は無意味になると信じるものです。
 

先ほど、日本農業の成長産業化への方向性として、社会的関係性との関連で、四つの論点があげられました。地域社会、食文化、集団的農作業、産業連関、この四つです。概ね、問題の切り口としては、この四つになるのでしょうか。
 
 さあ、例によって、書きながら話しながら考えるので、違う切り口もでてくるかもしれません。しかし、これまでの長い思考検討の結果としては、これくらいですかね。実は、私は、あるきっかけから農業と金融の関係を考え始めて、もう10年になるのです。その間、多くの方にご教示いただきつつ、今日まで考え続けて、この四つの基本概念にたどり着いたので、おそらくは、今後は、それほど画期的な思い付もないような気がしています。
 

これから時間をかけて順次詳細に論じていこう、ということでしょうが、今回、各論点について概要を示すとしたら、どうなるでしょうか。
 
 それぞれについて簡単に概要を述べることは、論点ひとつを詳細に論じることよりも、難しいです。ここでは、便法として、有名な地産地消という考え方との関係で、論点を整理しておきましょう。
 地産地消というのは、読んで字の如く、地域の産品を地域で消費しようということです。例えば、どの地域にも、野菜農家はあります。しかし、地方といえども大規模量販の食料品店での購買が主流ですが、そこにある商品は、地元のものよりも、地元外からの移入品が主力です。つまり、地域の野菜消費はあっても、それが地域の野菜生産には向かいにくいのです。これだと、地域内循環が縮小均衡へ動くので、地域経済を縮小させてしまう。ゆえに、少なくとも地域内の生産と均衡を図るためには、地産地消にもっていくしかない、というのが基本思想です。
 しかし、単なる地産地消は、典型的な地元農業保護論であって、そこには経済原則である需要優先の考え方が欠落していて、消費者は域外品を品質もしくは価格の観点から選好しているという事実が無視されているのみならず、何ら積極的な成長戦略もないのです。
 これに対して、前回の論考で紹介した帯広信用金庫などの「とかち酒文化再現プロジェクト」は、一言でいえば、十勝で失われた日本酒醸造を復活させようということですから、一見、十勝における日本酒の地産地消運動に見えるのです。しかし、本質は全く違います。
 第一に、これは、積極的な成長戦略であって、十勝の衰退過程にある日本酒産業を守ろうとしているのではないのです。日本酒醸造がないところに、新たなる産業を興そうというというのですから。第二に、競争力のない地元の日本酒を、お願いして買って貰おうという話でもない。競争関係を十分に研究したうえで、商品の差別優位で新たなる市場を開拓しようとしているのです。しかも、その新たなる市場は、十勝の内部にあって外部から来るものでしょう。つまり、十勝産のお酒を飲みたいのは、十勝を訪れる観光客等だということです。
 「とかち酒文化再現プロジェクト」は、多くの点で、通常の地産地消の発想法を打ち破っているのですが、その相違点を、先ほどの四つの視点との関係で、簡単に述べてみようと思います。
 

まず、地域社会との関係では。
 
 典型的な地産地消論は、地域閉じこもりです。これでは、成長できない。地域は、地域のなかに、より小さな単位の地域をもつ、一定の広がりをもったものです。また、地域は、他の地域との間に交易がなされているものです。中に向かっても、外に向かっても、孤立した地域などないのです。
 農作物には、加工用に生産されるものが、少なくありません。ある作物の生産地と、その作物を原料としている加工業の所在地とは、多くの場合、同じではありません。ですから、地域間交易があるのです。さて、農業の成長戦略を考えるとき、加工業を生産地へ誘致できれば、農業生産物の需要を安定化させることができるだけでなく、産業連関的な意味で、地域経済の成長に大きな貢献ができるであろうとは、誰しも考えることです。
 しかしながら、加工業の製品を買う消費者は、製品の原材料地には関心をもちにくいでしょう。いわゆるブランドというものは、製品にあって、製品の原料たる農作物にあるのではない。それが、原料生産地における加工業の成立を阻む主因でしょうし、同時に、他の加工業者への販路の拡大を阻む要因でもありましょう。結局に、長年かけて製品ブランドを確立してきた加工業者の努力の結果、農業生産者の加工業への従属が起きているのです。それが、地域の農業の発展拡大の阻害要因であるとともに、逆に、農業が安定的に存立し得ている要因でもあるのです。
 このとき、地元農業の成長戦略がいかに難しいかは、容易にわかることです。答えは、地域のなかにはない。むしろ、地域の外の加工業者が押さえている市場にあるのです。「とかち酒文化再現プロジェクト」の場合、ここが非常によく検討されていて、商品の差別優位や、十勝以外からの十勝の日本酒への需要などが想定されている。農業の成長のための地域の発想というのは、地域内向的であってはならないのです。そもそも、地域とは、地域と地域の結合の関係を前提にしたものだからです。
 

食文化の切り口は明瞭ですね。なにしろ、日本酒を核にした食文化を前提にしてこその、日本酒醸造ですものね。
 
 地産地消では、食文化の拡大は起きませんよね。拡大しなければ、成長しません。話は飛びますが、日本のイタリアンは、世界高水準らしいですね。実際、自分の経験でも、ロンドンやニューヨークの著名な一流店に全く引けをとらない。イタリアの最高の食文化が、日本人を担い手として、日本へも来ているのです。ですから、日本のどこでも、イタリアのワインと食材が売られています。イタリアは、食材を輸出しているのではなくて、食文化を輸出している。これは、フレンチについても同じです。中華もそうかもしれません。
 一方、海外では、日本食は人気ですが、東京のイタリアンのレストランのような状況に、ニューヨークの日本食のレストランがなっているとは思えません。日本の食文化がニューヨークへ輸出されているといえる状況では、ないのです。
 沖縄は、個性の強い文化の特色を維持しています。東京にたくさんある沖縄料理屋では、当然の如く、泡盛が飲まれ、沖縄の食材が供されています。沖縄の食文化の沖縄以外への拡大のなかに、沖縄の農業があるのでしょう。
 結局、沖縄のような、強烈な地方色、地方文化の伝統の残存が、沖縄の競争力なのです。一方、日本の多くの地方は、地方色をほとんど喪失しています。地方の食文化の再興なくして、地方の農業はないのかもしれません。ちなみに、日本の地方の食文化の集合が、日本の食文化です。日本のイタリアンでは、イタリアの何々地方の料理、というものが供せられています。一方で、ニューヨークの日本料理店で、日本地方の食文化が供されているとは、思い難いです。
 

産業連関の切り口も、もはや、自明ですね。地域と地域の産業連関のつながり、地域のなかの産業連関のつながり、この連関の緻密な再設計のなかに、農業の成長戦略があるということですね。
 
 地域のなかの産業連関の再構築は、多くの地域で検討されています。農業生産物という一次産品のままで出荷しないで、加工業を育成することで付加価値を地域内に蓄積していこうという試みです。しかし、先ほどもいいましたように、一般には、地域外の加工業者側にブランドも販売網も握られているので、簡単にはいかない話です。
 むしろ、地域と地域の産業連関のつながり、多くの場合、江戸時代にまで遡るような地域間産業連関を、じっくりと再検討することが先決でしょうね。何事も、歴史に学ぶのは有意義です。今のような仕組みになるまでには、歴史的経緯がある。その仕組みを変えるには、その経緯を学ぶ必要があるということです。
 日本酒は、歴史的に、地元の米と水を前提したものでしょう。「とかち酒文化再現プロジェクト」の場合、十勝の米と水から日本酒が作られるのですが、ある意味、当たり前の酒文化の歴史の再現にすぎないのです。一方で、十勝産の小豆などの農作物を使った加工品は、たくさんあって、十勝のブランドの付いたものが多いですが、その加工業の十勝への移転は、簡単ではありません。結局は、長年、十勝以外の加工業者が十勝産品を使って努力してきた製造の歴史を、十勝の人が同じ時間をかけて再現するしかないのでしょうね。
 

農業作業の問題は、特殊ですね。
 
 ええ、特殊な問題です。ところが、ちょうど、時間切れです。また、次回にしましょう。
  
以上


 次回更新は9月27日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。