厚生年金基金の誤算

厚生年金基金の誤算

森本紀行
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厚生年金基金の誤算ですか。やはり、誤算があったのですね、厚生年金基金には。もっとも、厚生年金基金の存続を強く支持する立場からは、多少の誤算はあっても、克服に勝算あり、ということですよね。
 
 確かに、誤算はあったと思います。誤算といえば、いきなり脱線することになりますけれども、1996年10月22日と奥付に日付のある『年金の誤算』という本に触れなければなりません。日本経済新聞社が出した本で、内容は記者の取材を纏めたものです。今では、当時の年金の世界を知る関係者も少なくなったのですが、当事者として仕事をしていた私には、思い出深い本です。
 前総理大臣の菅直人氏は、実は、この時、厚生大臣だったのです。現在の年金問題の根幹は、1996年の菅直人厚生大臣のもとでも、既に明らかになっています。その事実は、この本のなかに日本経済新聞社の取材班の記録として残されているのだから、いわば証拠みたいなものです。菅直人厚生大臣の時から菅直人総理大臣の時まで、15年間も政府が放置したことが、現在の野田総理大臣のもとで危機として認識されるような事態を招いたのです。
 さて、この本には私も登場するのですが、ある個所では、「森本紀行さんも、厚生年金基金からの相談に東奔西走している。厚生年金基金などが主催するセミナーの講師依頼も増え、「体が二つ欲しいくらいですよ」」などといっている。ああ、懐かしい。
 また、別の個所では、厚生年金基金への社会保険関係の役人の「天下り」について、「役人として社会保険業務の経験があるくらいでは対応は難しい」との私の発言が引用されております。すっかり忘れていた発言です。
 私は、前々回の論考「厚生年金基金の資産管理・運用に携わる者に求められる基本的な資質」で、厚生年金基金の資産運用担当者には資産運用に関する特別の知識経験は必要ない、と主張していますし、厚生年金基金の資産運用の発展に貢献された社会保険関係出身の方々の努力の歴史にも言及しています。そのことと関係した16年前の私の発言の意味は、「役人として社会保険業務の経験があるくらいでは対応は難しい」との私の認識が、同時に、当時懸命に資産運用の改革に取り組まれていた当の社会保険出身の方々の認識でもあった、ということなのです。
 つまり、当時、社会保険出身の方々は、「役人として社会保険業務の経験があるくらいでは対応は難しい」と痛感されたが故に、懸命に努力し、積極的に外部の知見を導入されたのです。私ごときも、そのようにしてご利用頂いた外部の人間だったのです。その私の繁忙ぶり、逆にいえば厚生年金基金側の努力の程度を示すのが、「厚生年金基金からの相談に東奔西走している。厚生年金基金などが主催するセミナーの講師依頼も増え、「体が二つ欲しいくらいですよ」」といっていた姿です。
 さて、では、『年金の誤算』における誤算とは何であったのでしょうか。重要な誤算は、三つあったのだと思われます。第一が、いわゆる高齢化、即ち人口動態の急速な変化により、掛金収入と給付支出の均衡に狂いが生じ始めていたということ、第二が、産業構造の激変のなかで、衰退産業では、掛金収入と給付支出の不均衡が制度の維持を不可能にするほどに進行し始めていたこと、第三が、低金利が定着し始めて、高い金利を想定していた仮定に深刻な狂いが生じ始めていたこと、この三つです。
 これらの誤算は、16年前には危機の兆候として認識されていたものですが、今では、歴然たる事実として、遙かに深刻度を増した現実の問題として、顕在化しています。もしも、今、同様の本の企画をすれば、『年金の危機』という名前になるのでしょう。
 

総合型厚生年金基金に絞った議論をするとすれば、最大の論点は、業種別に作られた基金にとって、その設立母体の業種の衰退は、決定的に深刻な影響、存立基盤を崩壊させるほどの影響を与える、ということですね。
 
 総合型厚生年金基金が、業種別に、主に業界団体を設立母体として設立されていることは、前回の論考で述べました。その背景には、福利制度の充実を通じた人材の確保という業界の共通利益を前提にして、業界各社の間の一種の相互扶助原理が働いていたのです。
 この相互扶助原理というのが、実は、総合型厚生年金基金を理解する上での鍵になる概念なのです。つまり、総合型厚生年金基金では、加入各社ごとの従業員構成の年齢・性別・勤続年数・給与水準等の属性値が異なるにもかかわらず、全加入企業を総計した制度全体の全加入者の平均の属性値をもって掛金率を算出しているのです。このようにすると、理論的には、同一の給付に対して、割安な掛金を払っている企業と割高な掛金を払っている企業とができ、負担を企業間で相互補完するようになる。これが相互扶助原理です。
 こうした相互扶助原理が働くのは、何も総合型厚生年金基金に限ったことではなくて、全ての保険(年金も生存保険という保険です)に共通する本質的な要素です。国の厚生年金も同じことです。予定よりも長生きする人の年金原資は、予定よりも早死にした人が残した年金原資によって賄われるのです。これが年金の基本原理であって、この相互扶助の仕組みが、実は、年金制度の費用負担の効率性を支えているのです。
 よく、年金制度のもとでは、自分の払った掛金が全額自分に戻ってこないで他人の給付原資になるので不公平だ、という人がいますが、なぜ理論的に当然のことが不公平なのか、私には、よくわかりません。もしも、それが不公平なら、生命保険も、損害保険も、全ての保険が不公平です。死亡事故で、支払われた保険料を遙かに上回る生命保険金を受け取る遺族は、不当な給付を得ているのでしょうか。死なずに保険料を払い続けた人は、不当な損失を被っているのでしょうか。
 同一業界に属する多数の企業が、年金制度の掛金負担を平準化し統一化することで、相互に掛金負担を補助し合うものとしての相互扶助組織に参画したのです。それが、総合型厚生年金基金です。したがって、もしも、加入各社が、各社各様の個社の利害によって、損得勘定によって、厚生年金基金への加入や脱退を行ったら、それは、保険理論でいうところの逆選択であって、年金という保険は成り立たなくなります。逆選択というのは、典型的には、自殺の意図を隠して生命保険に加入するような行為です。そのようなことを認めたら、保険制度が崩壊するのは自明でしょう。
 

しかし、厚生年金基金に加入する会社は、厚生年金本体を離脱して厚生年金基金へ加入するのだから、そこには、厚生年金基金と厚生年金本体との間の比較衡量が働いていたのではないですか。つまり、厚生年金基金のほうが有利だとの打算が働いていたはずだから、厚生年金本体の立場からは一種の逆選択であり、保険の原理に反する面があったのではないでしょうか。
 
 その通りです。今となれば、政府も、制度の根幹にあった欺瞞的要素については、反省的に総括するほかないのだと思います。いわゆる「代行メリット」と呼ばれた問題です。
 厚生年金基金のほうが加入員と受給者にとって有利なのは、基金独自の付加給付があるからです。しかし、企業の立場からみれば、付加給付の原資は掛金で負担しているのだから、そこに何も利益はないわけです。わざわざ掛金負担を増やして給付を厚くするために厚生年金基金へ加入するとしたら、その企業の経営者の意図は、従業員の処遇の改善以外にはないでしょう。そのような企業も少なくはなかったでしょうが、それだけで総合型厚生年金基金がどこまで普及し得たかには、多少の疑問の余地があります。
 そこで、普及のために利用されたのが、「代行メリット」です。つまり、厚生年金全体の被保険者の平均を基礎に保険料率が定められているところで、特定の企業や特定業種内の企業集団だけを切り出して、そのなかの被保険者だけの平均を用いて保険料率を計算すれば、同じ給付に対して低い保険料率が算出される場合があります。そのような集団で厚生年金基金を作れば、企業にとっては、経済的利益ができます。それが「代行メリット」です。この「代行メリット」が厚生年金基金の普及に果たした役割は、決して小さくないと思います。
 

一部に「代行メリット」があれば、別の一部には、「代行デメリット」がなければならず、それこそ、保険の相互扶助原理を悪用した不公平な手法だったのではないでしょうか。
 
 理論的に不公平が生じたのは、間違いないと思います。つまり、「代行メリット」のある企業なり、業界なりが、厚生年金基金を作って厚生年金本体から離脱すれば、残された厚生年金本体の母集団には、「代行デメリット」が生じるような偏りが生じたはずだからです。このことの問題性は、当然ですが、当初から厚生省は承知していたのです。にもかかわらず、厚生省は、厚生年金基金の普及のために、政策的に、「代行メリット」を利用したのです。
 今となれば、この仕組みの不適切性は、反省されなければならないでしょう。当時から、こうまでして基金の普及を図るのは、基金が増えれば基金の常務理事等の役職も増え、結果的に社会保険の関係者の「天下り」先も増えるからだ、という憶測がありました。厚生年金基金の存立基盤を再確立するためには、基金制度の欠陥も含めた歴史全体の批判的総括は不可欠です。
 ただし、私が強調したいのは、欠点の総括ばかりになって、その利点や社会的意義を切り捨ててしまうのは片手落ちだ、ということです。歴史の総括の結果は、厚生年金基金の廃止に帰結するとは限りません。むしろ、建設的に、厚生年金基金の本来の意義を活かす方向で、技術的に必要な修正を施すことで、その基盤を再確立できるものと思われますし、また、その方向で関係者が努力すべきものとも思われるのです。
 

いずれにしても、厚生年金本体という大きな母集団から切り離されたことで、設立当初こそ「代行メリット」があったかもしれませんが、その後は逆に、小さく切り出された母集団の歪みによる不利益が目立つようになってきた、というのが厚生年金基金の誤算であるわけですね。
 
 総合型厚生年金基金の場合、業種ごとに作られたことが、特定業種の衰退に対して、全く抵抗力をなくした原因です。紡績業などが代表例でしょうが、ある時期に栄えた後で衰退をはじめると、当初の加入員が非常に多く、その加入員が年金受給者になるにつれて、現役の加入員が急減していくのだから、堪ったものではありません。制度上、そのような歪んだ人口構成の母集団のなかで収支を均衡させなければならないので、現役の掛金率を大幅に引き上げなくてならなくなるのです。
 結果として、同一の給付に対して著しく割高な掛金負担が生じるので、企業としては馬鹿馬鹿しくてやっていられないということになります。そうなると、順次脱退していく企業がでるのは当然ですが、企業が脱退すると、加入員が抜ける一方で、その企業に勤めていた年金受給者は残りますから、安易に脱退を認めると、企業間で深刻な不公平が生じ兼ねません。
 一方で、脱退を認めないのは、企業の自由意思に対する過剰な拘束になる。であれば、脱退は認めるが、脱退時に将来的に生じる収支差の清算を義務づける制度を導入する。そうなると、今度は、子会社や関連会社で基金に加入していない傘下企業へ従業員を転籍させるという脱退の偽装が行われるというように、完全に相互扶助原理が崩壊した後では、加入各社の間の利益の衝突が起きる。こうして、相互扶助の利益が完全に逆転し、損失負担の連帯責任と、その不公平性が強調されてくるようになるのです。
 こういう事態が、総合型厚生年金基金の転落と崩壊の代表的構図なわけです。ここだけをとらえれば、もはや、思想的な意味でも、経済的な意味でも、制度存立の基盤がないのだから、基金制度自体を廃止するのが健全だ、という議論がでてくるのは避けられません。それが一気に噴だしたのが、まさに、今この日の現状です。
 しかし、こうした事態が、総合型厚生年金基金の全体に生じている一般的現象かというと、決して、そのようなことはないのです。報道姿勢等には、極端な少数の限界事例の強調が目立つように思われます。実際には、大多数の総合型厚生年金基金では、依然として、設立時の理念に従って、業界共通利益のために、基金存立のために、関係各位による必死の努力が行われているのです。そのような基金の懸命の努力に対して、少数の極端な事例を取り上げ、歴史的経緯を無視し、政府としての可能な対策を検討する義務を放棄し、安直なる厚生年金基金廃止論を政策として論じるがごときは、断固阻止しなければならない暴挙といわざるを得ないのです。
 

厚生年金基金の存立へ向けて、政府としての可能な対策には、どのような方法があり得るでしょうか。
 
 その議論へ行く前に、誤算には、低金利の定着という資産運用面での誤算もあって、先に、そちらの議論もしなければならないのですが、人口動態の誤算だけで紙幅を費やしすぎた感があります。誤算です。多くを、次回以降の論考に譲らざるを得ません。
 なお一言だけいっておきますが、厚生年金基金制度の再構築の方向性については、改めて相互扶助原理へ遡った本質的検討をしなければならないのだと思います。これは、厚生年金本体の改革論についても、確定給付企業年金と確定拠出企業年金との比較検討についても、同じことがいえると思います。
 確実にいえることは、誰にも自分の余命がわからない、ということです。早世した人の原資で長生きする人の給付をするという相互扶助の原理は、年金費用負担の合理化と効率化のためには、絶対的に不可欠の要素であること、このことを軸にした議論を展開しないと、とんでもなく大きな誤謬を犯すことになります。
 
以上


 次回更新は5月31日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。