いくらなんでも出鱈目な厚生年金基金の廃止論

いくらなんでも出鱈目な厚生年金基金の廃止論

森本紀行
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政府は、9月28日に、厚生年金基金を廃止する方向で具体的な準備作業に着手する、と発表しました。しかし、廃止という結論、その結論へ至る検討の経緯、廃止を正当化する根拠など、あまりにも出鱈目で認め難いですね。

 
 政府が厚生年金基金の廃止を導く論理は、完全に破綻しています。仮に、結論として、厚生年金基金の廃止がなされるにしても、その結論を導く論理と根拠は、政府が想定しているようなものではあり得ないと思います。逆に、基金制度の意義を歴史的経緯に遡って丁寧に科学的に検討するならば、そう簡単には廃止という結論を導くことはできないでしょう。
 要は、政府(というよりも民主党)は、AIJ問題という非本質的(厚生年金基金の問題とは直接に関係がないという意味で)な詐欺事件を手掛かりに、基金の資産運用一般について極めて安直かつ浅薄な問題性を抽出し、もって一気に基金廃止へ飛躍しているのにすぎません。
 同様な出鱈目な手法は、東京電力福島第一原子力発電所の事故を手掛かりに、規制に守られた電気事業と原子力発電の問題性を大衆迎合的に指弾し、無法な東京電力国有化を強行して電気事業改革(改革という名の無計画な施策)への道筋をつけ、挙句の果てに十分なる検討を経ることなく脱原子力発電を掲げるに至った、現民主党政権の暴挙と全くもって軌を一にするものです。
 私は、東京電力問題については、政府批判を1年以上にわたって展開し、その成果を一冊の本にまとめるほどの執念をもって取り組んできました。その背景には、金融というのは法律上の権利関係にすぎないのですから、法律の正義と社会的公正の確立していない国では金融は成り立たない、との強い危機感がありました。今、同様の危機感を、厚生年金基金問題について感じています。
 

基金廃止に至る厚生労働省での検討の経緯は、どうなっていたのでしょうか。
 
 AIJ詐欺事件が明るみにでた後、2012年3月14日に、厚生労働省は、省内に、「厚生年金基金等の資産運用・財政運営に関する特別対策本部」というものを立ち上げています。その設置要綱によれば、「AIJ問題に関連した実態調査の取りまとめを行うとともに、時代に即した厚生年金基金等の資産運用規制等の在り方を検討する」ことが目的とされています。その主な業務は以下の通りです。

 (1)厚生年金基金等の運用体制等に関する実態把握
    ①運用体制・プロセス等に関する実態調査
    ②厚生年金基金における国家公務員等の再就職状況調査
 (2)厚生年金基金等の資産運用・財政運営に関する今後の在り方の検討
    ①資産運用規制及び受託者責任に係る法令・通達の見直し案の策定(※)
    ②資産運用に関連する財政運営基準の見直し案の策定
    ※ 別途設置する有識者会議における議論も踏まえ、検討を行う。


 この「別途設置する有識者会議」というのは、「厚生年金基金等の資産運用・財政運営に関する有識者会議」というもので、2012年4月13日の最初の会合から6月29日の最終会合まで8回開催され、7月6日付けで報告書を纏めて終了しています。報告書とはいっても、「有識者」と称される人の勝手な意見の雑多な集積のようなものですが。
 事実、この報告書では、厚生年金基金が公的年金を代行しているという問題について、廃止と存続との両論併記となっています。即ち、「代行制度が厚生年金保険の財政に与える影響」の観点から一定期間をおいて廃止すべきという主張と、「代行制度が中小企業の企業年金の維持・普及に果たしてきた役割」の観点から、制度は維持すべきという主張の両論です。
 厚生年金基金のうち、単独の一企業で作る単独型と、一企業を中核にして子会社等を含めて作る連合型は、そのほとんどが、既に代行部分(公的年金を代行している部分)を国へ返上して、企業年金基金へ移行しています。現在問題となっている厚生年金基金の太宗は、同一業種等に属する多数の企業(多くは中小零細企業)で作る総合型です。総合型の場合、代行部分を返上すると、残りの給付が薄いため、存立が困難になってしまいます。総合型について、代行の廃止をいうことは基金の廃止をいうのと事実上は同じことなのです。つまり、有識者会議報告書は、基金廃止と基金存続の両論を併記していたのです。
 一方、特別対策本部の会合は、3月14日の初回に続いて7月26日の第6回まで開催されています。そして、なぜか長い間をおいて9月28日に第7回が開催され、そこで基金廃止の方向が唐突に確認されています。審議の経過はよくわかりませんが、一気に、「代行制度の今後の持続可能性は低く、他の企業年金制度への移行を促進しつつ、一定の経過期間をおいて廃止する方針で対応」との結論を導いたのです。
 今後の予定としては、「10月中に社会保障審議会年金部会の下に専門委員会を設置し、同委員会に厚生労働省の「厚生年金基金制度改革試案」を提示し、同案に対する検討を行い、年内を目途に年金部会としての成案を得る。同成案に則した法案の次期通常国会における提出を目指す」としています。
 なお、同日の9月28日の定例記者会見で、小宮山厚生労働大臣は、この特別対策本部の審議結果と今後の方向性について、記者の質問に対し、特別対策本部長の辻副大臣から報告させるとして、大臣自身が基金廃止を支持しているかどうかについての言明を避けました。さらに、小宮山大臣は、「今後はその懸案がたくさんありますので、社会保障制度審議会などで検討いたしまして、成案が得られれば次の通常国会に提出をするということもあると考えています」と述べ、特別対策本部のほうでは、社会保障制度審議会で成案を得て次の通常国会への法案を提出する、という既定路線であるかのような明確な予定を掲げているのに対し、成案が得られれば次の通常国会へ法案を提出することもある、として可能性に留める後退した表現をとっています。
 

少なくとも見かけ上は、これらの手続きは、基金制度の存続を前提にしたうえで、その資産運用と財政問題についての見直しを行うことを目的にしているようですが、なぜ廃止という極端な結論がでてくるのでしょうか。
 
 おそらくは、このような手続きは、基金廃止という結論先にありきであって、税金の無駄使いによる茶番なのでしょう。というのも、民主党の「年金積立金運用のあり方及びAIJ問題等検証ワーキングチーム」は、4月24日に、「AIJ問題再発防止のための中間報告」を纏めていて、そのなかで既に「厚生年金基金制度は、一定の経過期間終了後、廃止する」と明言されていたからです。つまり、厚生労働省の内部検討がどうであれ、「有識者」と称される人が何をいおうが、最初から政府民主党の方針は、基金廃止だったのです。
 

では、民主党が基金廃止を主張する根拠は何でしょうか。
 
 少し長いですが、中間報告から引用します。この引用以外に、基金廃止の理由を述べた箇所はありません。
 「大半の厚生年金基金においては予定利率が5.5%に据え置かれている。AIJ問題の遠因として、予定利率を引下げることによる財政上の負担に耐えられない厚生年金基金が、市場実勢より非常に高く設定された予定利率を達成するために、無理な運用を強いられたことが上げられる。この問題を放置しておくことが、新たな年金運用の失敗や年金財政の一層の悪化をもたらすことになる。今次の企業の経営環境や財務実態に照らせば、新たな企業負担を求めることでの制度改善は現実性が乏しく、厚生年金基金制度は、一定の経過期間終了後、廃止する」
 ちなみに、この基金の財政上の問題については、「バブル崩壊後の長期の中小企業の経営困難と長期のゼロ金利政策が厚生年金基金の年金財政の多大な負担をもたらしているにも関わらずその改革を先送りし続けた厚生労働省の年金行政の問題点も明らかになってきた」とも述べています。民主党の文書ですから、党としての政府批判はあり得ますが、さて、政権与党としては、いかがなものでしょうか。まるで、野党として自由民主党政権時代の仕事を批判しているようですが。
 

要は、5.5%と無理な運用、この二つしか基金廃止の理由はないのですね。
 
 そのようですね。しかし、この二つの論拠に科学的根拠の全くないことは、私は、既に別の複数の論考(末尾に掲げていますので、ご参照ください)で指摘しております。したがって、私の理解では、基金廃止にも科学的根拠はありません。
 それにしても、5.5%については、民主党に限らず、厚生年金基金制度の仕組みについての無知から、多くの論者が出鱈目な議論を展開していて、いつも困ったものだな、と思っています。今回の政府方針について何よりも疑問なのは、このような民主党のお粗末極まりない論理が、事態を熟知している厚生労働省の官僚のもとを、無批判に通過してしまっていることです。
 おそらくは、官僚も馬鹿ではありませんから、厚生労働省内部でも、民主党からの政治的圧力のもと、最初から基金廃止ということで検討がなされていたのでしょうね。要するに、政府は、難しい状況に陥っている厚生年金基金制度について、構造的要因を正面から取り上げて正面から打開策を提案することを放棄し、安直な廃止へ逃げることで、政治責任と行政責任の隠蔽を図っているのです。
 ゆえに、基金廃止先にありき、なのです。そこに論理はないのですから、国民に対しては、見かけ上一番わかりやすい説明をでっち上げればそれでいいわけです。まずは問題の背景として、5.5%という高すぎる予定収益率、高い収益率を求めるための無理な運用、無理な運用に付け込んだAIJ詐欺問題という、単純で浅薄な原因の連鎖を作り上げ、その改革には予定収益率を引き下げるしかない、それは大幅な掛金負担の増加を招くが総合型基金の加入企業に負担力がない、ゆえに基金の存続は困難、という短絡的な結論へ飛躍しているのです。表面的に単純でわかり易ければ、事実に反していても、論理が通らなくても、要は、国民をだますことができれば、それでいいということですね。厚顔無恥で、酷いものです。
 

そんな出鱈目が罷り通るものでしょうか。
 
 政治に責任のある国民の一人としては、出鱈目が罷り通るかどうか、などという問題の立て方は、あり得ないでしょう。無法な暴挙には断固反対する、暴挙の強行を阻止する、そのために自分の立場でできることをする、ただそれだけです。
 ただし、今回の民主党の基金廃止論は、それほど気合を入れて反対するほどのものでもないようです、客観的な政治情勢からみて、民主党案にすぎないものが簡単に成立するかどうかは大いに疑問だからであり、民主党も厚生労働省の官僚も、それを承知なのでしょう。小宮山大臣が含みを残したのは当然でしょう。なにしろ、自由民主党は基金廃止を支持していないのですから。
 民主党としては、内容はどうであれ、政治的な立場を明確にしておきたかったのでしょうね。脱原子力を巡る政治論と同じです。原子力と同じで、厚生年金基金の問題は、廃止か継続かというような単純な結論は出せっこないのです。ただし、政治ですから旗幟鮮明でないといけないので、とりあえずは、廃止か継続かをいわないといけない。ですから、民主党としては、基金廃止から議論を始めるという立場を表明しただけなのでしょう。それが、本当の基金廃止に結果するとは、到底思えません。
 

むしろ、今後、政治的に議論が活発化するなかで、厚生年金基金問題の深層(と真相)が明らかになってくれば、それでよいのですね。
 
 それでよいのです。そういう目的で、厚生年金基金問題に関する私のこれまでの論考は書かれているのです。ぜひ、ご参照ください。
 
以上


 次回更新は10月11日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。