債券投資はイールドカーブとの果てしなき対話の継続だ

債券投資はイールドカーブとの果てしなき対話の継続だ

森本紀行
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イールドカーブは国債の利回りと満期までの年限の関係を示すもので、その分析は債券投資にとって極めて重要なものです。さて、イールドカーブは、どう読まれ、どう使われるべきか。
 
 一般に、投資採算を計測するのに、内部収益率が使われますが、それは、将来の回収資金の現在価値の合計が初期投下資金と一致するように、回収資金を割引く金利として、定義されています。国債の利回りとは、特定の国債の銘柄について、その将来の利息額と元本償還額の現在価値を現在の価格に一致させる内部収益率のことです。
 全ての国債について、縦軸に利回り、横軸に満期までの年限をとって作図すると、利回りと年限の間には一定の関係があるので、各点は、無秩序に散乱するのではなく、狭い銀河のように、帯を形成します。もっとも、より正確にいえば、帯が形成されるからこそ、利回りと年限との間にある関係が知られるわけです。
 イールドカーブとは、イールド、即ち、利回りの曲線で、この帯のなかに、数学的手法を用いて、各点との距離が一番小さくなるように、かつ滑らかに、引かれた曲線です。この曲線を引く技術は必ずしも簡単ではなく、そのこと自体が金融の専門家の固有の能力に属するのであって、金融界に共通の客観的なイールドカーブが存在するわけではありません。
 
イールドカーブ上の利回りは、純粋な金利でしょうか。
 
 国債には信用リスクはない、即ち、利息と元本償還の支払いに関する不確実性はないとみなされています。念のためですが、信用リスクがないのではなく、ないとみなされているだけです。そこで、一般的には、国債のイールドカーブ上の利回りは、純粋な金利、即ち、時間によって規定される資金の使用料だと考えられます。
 しかし、専門的な厳密性のもとでは、利回りは、時間に固有なのではなく、満期までの年限に固有なので、純粋な金利とはいえません。つまり、ある特定の将来時点において、年限の異なる多数の国債から利息が支払われますが、それらは、利回りが年限によって規定されているので、年限が違えば、異なる利回りで現在価値に引き戻されているわけです。
 そこで、イールドカーブとは別に、スポットレート、即ち、純粋に時間だけで規定される金利を推計し、それと時間との関係を示すスポットレート曲線を引く必要があります。推計というのは、現実の社会では、スポットレートで約定されることはなく、事実としてのスポットレートは存在しないからです。この推計には、イールドカーブを引くことに比較して、より高度な数学的技法が必要で、これも金融の専門家の固有の能力に属します。
 
国債がゼロクーポン債として発行されれば、事実としてのスポットレートができるのではないでしょうか。
 
 ゼロクーポン債とは、満期時に一括して期中の利息の合計額と元本の償還金が支払われる債券であって、その利回りは、満期までの時間に対応したスポットレートになります。故に、多様な年限においてゼロクーポン国債が発行されれば、スポットレート曲線が簡単に引けます。しかし、政府として、金融界の利便性のために、ゼロクーポン国債を発行することはないでしょう。
 なお、余談ですが、クーポンというのは、昔、債券が紙券として発行されていたとき、債券に付属していた利札のことで、それと交換に現金の利息が支払われたのです。金融界では、現在でも債券の利息をクーポンといいますが、これは古い制度の名残なのです。
 
イールドカーブとスポットレート曲線との間には、どのような関係があるのでしょうか。
 
 ゼロクーポン国債においては、イールドカーブとスポットレート曲線は一致するのですから、両者の不一致が生じるのは、満期以前に利息が支払われる点に起因します。この差異は重要であり、債券の投資価値の分析においては、イールドカーブとスポットレート曲線との適切な使い分けが必要ですが、両者の形状から判断されることについては、本質的な差はないので、以下では、スポットレート曲線の意味するところを検討します。
 
スポットレート曲線には、将来の金利が内包されていることですね。
 
 投資理論は経済学の一部門であり、経済学の基本は一物一価です。つまり、例えば、2年間の資金運用を考えるとき、2年のスポットレートで2年間運用することと、1年のスポットレートで1年間運用し、1年後の1年のスポットレートで次の1年間運用することとは、等価です。故に、1年後の1年のスポットレートが計算できるわけです。
 順次に、2年の3年のスポットレートについて、更に3年の4年のスポットレートについて、同様の計算を展開していけば、1年のスポットレートの将来推移が得られますから、これを一般化すれば、スポットレート曲線からは、単位期間のスポットレートの将来推移が得られるということです。こうして計算される将来の単位期間のスポットレートは、フォワードレートと呼ばれます。
 
逆に、将来のフォワードレートの推移が現在のスポットレートを規定しているのでしょうか。
 
 経済学において、なぜ金利が時間に規定されるのか、なぜスポットレートの曲線ができるのかは根源的な問いであって、故に、金利の期間構造の分析、即ち、スポットレートを推計し、その曲線の意味を考えることが古くからの課題になってきたのです。今のところ、有力なのは期待仮説であって、将来の金利、即ち、フォワードレートの変化を織り込むことで、スポットレートの曲線ができるというものです。
 
フォワードレートの上昇を織り込むから、スポットレート曲線が右肩上がりになるわけですね。
 
 金利の期間構造を考察する背景には、景気が拡大と後退を循環的に繰り返し、それに応じて金融政策も引締めと緩和を循環的に繰り返し、故に、金利は上昇と低下を循環的に繰り返すとの基本仮説があります。それが期待仮説の根拠になっているわけです。
 つまり、期待仮説とは、金融政策が緩和されれば、その段階において、将来的な引締めが予定されて、金利上昇期待が生じ、逆に、金融政策が引締められれば、将来的な緩和が予定されて、金利低下期待が生じるとの仮説なのです。なお、金融政策の転換は急激にはなされないので、金利は緩やかに変化すると仮定されています。
 期待仮説のもとでは、例えば、金融政策緩和時には、将来的な緩やかな金利上昇が見込まれることになります。故に、時間が長くなるほど、その時間に対応するスポットレートは少しずつ高くなっていくので、スポットレート曲線は滑らかに右肩上がりになるわけです。しかし、次の金融政策の転換までは期待され得ないので、ある時間を超えた先は、金利が横這うとの期待になって、スポットレート曲線は平らになっていきます。
 
イールドカーブについても、同じことがいえるのでしょうか。
 
 スポットレート曲線についていえることは、イールドカーブにも基本的に妥当します。現実に観察されるのは、理論的なスポットレート曲線ではなく、イールドカーブですから、通常は、上記の議論は、イールドカーブについて展開されるのです。
 
金融政策とイールドカーブの形状との関係について考察することが債券投資の要諦なのでしょうか。
 
 歴史的な事実として、イールドカーブがインバート(invert)すること、即ち、右肩下がりになることは珍しく、それが長期間継続することは更に稀です。では、どのような局面において、インバートしたイールドカーブが現れるのか。また、イールドカーブの傾斜が緩くなることをフラトニング(flattening)といい、逆に傾斜がきつくなることをスティープニング(steepening)といいますが、では、どのような金融政策の転換が予想されるときに、フラトニングやスティープニングは生じるのか。
 イールドカーブの形状は常に変化し、その変化は背後にある金融政策の動向を暗示します。債券投資とは、その暗示の解読にほかなりません。そもそも、金利の期間構造については、期待仮説のほかにも諸仮説がありますが、いずれも、検証されるべき仮説というよりも、国債市場で生起する事象を観察するに際して活用されるべき思考の枠組みなのであり、あるいは、常に検証され続けて、検証が終わることのない仮説なのです。
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(文責:広瀬)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。