安倍首相よ、成長戦略のために厚生年金基金を守られよ

安倍首相よ、成長戦略のために厚生年金基金を守られよ

森本紀行
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厚生年金基金廃止案は民主党政権末期の出鱈目な政策でした。政権が代わり、賢明なる安倍首相のもとで、廃止案が廃止になると思いきや、厚生労働省は強引に既定路線を突き進んでいます。この暴走を何としても阻止しないといけませんね。
 
 冒頭、安倍首相にお願い申し上げます。厚生年金基金廃止案を撤回して下さい。これは民主党政権末期の出鱈目の置き土産にすぎません。しかも、安倍首相の掲げる経済成長戦略に真っ向から対立するものです。むしろ、基金の存続を盤石ならしめるような政策こそが、成長戦略の一つの柱になると信じます。
 この問題の最大の難点は、厚生年金基金について、その実態はおろか基本的な仕組みすら、国民は全くといっていいほどに理解していないことです。制度に加入している企業の経営者も、その従業員も、どうかすると年金受給者ですら、十分には理解していないでしょう。ましてや、ご多忙であられる政治家など、ごく限られた先生以外には、ご理解いただけていないと思われます。
 加えて、一般の方が関心をもって調べようとしても、あまりにも専門的かつ技術的要素が強く、なかなかに問題の本質を理解することはできないのです。結局のところ、厚生労働省が、圧倒的な情報の優位を活かし、一般国民の無知を利用して、厚生年金基金廃止にとって都合のいい絵を描き、不都合を隠していることに対し、政治的にも、国民世論的にも、有力な反論ができていないのです。
 しかし、賢明なる諸氏は、ことの本質を理解さえすれば、厚生年金基金廃止の不当性をも理解するはずです。ですから、今回は、できるだけ要領よく、ことの問題性について、その本質的な核心部分を解説し、より多くの人に、厚生年金基金の社会的意義を理解していただき、基金廃止に断固として反対する運動を支援していただけるようにしたいのです。
 

まず、厚生年金基金に対する一方ならぬ思い入れの背景について、話してください。
 
 厚生年金基金は、国の厚生年金本体に付随する特殊な官民連携の企業年金制度として、1966年に始まりました。以来、代表的な企業年金制度として発展を遂げていきます。規模の大きな企業は、単独もしくは系列企業との合同で基金を設立(「単独連合型」)し、退職金制度の年金化の受け皿などとし、中小零細企業は、業界団体等を設立母体にして集団で基金を設立(「総合型))し、国の厚生年金への上乗せ給付(「プラスアルファ」)を行うことで、雇用対策としての福利制度に利用してきたのです。
 その資産運用については、信託銀行と生命保険会社による独占が法律によって定められていましたが、1980年代の初めころから、日本の金融制度の閉鎖性の象徴として、アメリカ政府から開放を求める「外圧」がかかるなど、規制改革の動きが始まります。
 現実に厚生年金基金の資産運用を一部自由化するための厚生年金保険法の改正が施行されたのは、1990年4月1日です。私は、この第一次自由化に照準を合わせて、年金の資産運用の新しい事業を起こしました。いわゆる「コンサルティング」というものです。まさに、第一番に業を起こした先駆者だったのですが、このHCを始めるまでの13年の間に、それを大きな事業に育て上げました。
 この間、自分でいうのはおこがましいかもしれませんが、厚生年金基金をはじめとする企業年金の資産運用の発展に大きな貢献をしてきたつもりです。現在の年金の資産運用の基本的な仕組みが出来上がってくる過程の全体に、私は、深く広く、先進的に主体的に、かかわってきたのです。そして、その流れの先に今のHCにおける10年があります。通算23年、厚生年金基金の資産運用の歴史は、私の人生そのものです。
 

23年の生き証人として、資産運用だけでなく厚生年金基金の全体に精通したものとして、評論家ではない実務の経験者として、厚生労働省の廃止論の誤りを一言で総括してください。
 
 基金を廃止すれば、制度の加入員受給者の「プラスアルファ」部分の年金を受給できる権利は失われます。これは、法律で保護された国民の正当な財産権を政府自身が侵害することです。厚生労働省の職務は、この権利の保護にあったはずです。
 厚生労働省は、自己が所管する厚生年金本体の財政への悪影響を回避しようとするあまり、企業年金制度の監督者としての本来の責務を放棄し、自ら制度の加入員受給者の受給権を踏み躙ろうとしているのです。政府自身の利益を前面に打ち出し、制度の本来の社会的意義を無視するがごときは、本末転倒も甚だしい出鱈目行政というほかありません。
 

厚生年金本体への悪影響というのは、いわゆる「代行割れ」のことですね。
 
 厚生年金基金の特色は、基金が厚生年金本体の給付を代行し、それに加えて基金独自の「プラスアルファ」を給付する仕組みになっていることです。本来は社会保険料として国へ収納される厚生年金の掛金も、代行給付の原資として基金へ収納され、基金の手によって運用されています。ゆえに、基金の理論的な債務は、国の厚生年金本体の給付に対応する債務(「最低責任準備金」)と、基金の独自給付である「プラスアルファ」に対応する債務(「数理債務」)にわけられ、その合計値の総債務に対応する資産が基金に留保されていなければならないわけです。
 「代行割れ」というのは、基金の資産額が、「最低責任準備金」の額を下回ることをいうのです。現状、そのような基金が少なからずあることは、事実です。法律上、基金が消滅すれば、厚生年金本体の給付に対応する債務は国へ戻ります。そのとき、「最低責任準備金」も国庫に収納されるのですが、「代行割れ」の状態で基金がなくなれば、国としては、給付原資を満額回収できなくなります。この可能性が、厚生労働省にとっての唯一の関心事であるわけです。
 

要は、基金が破綻する前に基金を廃止して回収できるものは回収しておこうということだから、政府による強引な借金の取り立てですね。
 
 まさに、そのとおりです。厚生労働省の認識は、「最低責任準備金」は国から基金へ貸し付けたものだということです。ところが、「代行割れ」というのは弁済原資の不足のことですから、その不足が大きくならないうちに強制的に制度を廃止して、回収を確実なものならしめようとしているのです。ただ、それだけのことです。何等の政策課題もない、自分の懐勘定だけのお粗末な施策にすぎないのです。
 代行制度というのは、国からの基金に対する一種の融資だとして、そのような仕組みの背景には、社会福祉制度の充実など、政策課題があったわけです。そうでなければ、このような制度が生まれるわけがない。厚生労働省は、その政策課題を完全に無視して、年金受給権すら踏み躙り、融資の安全性に疑問があるから何が何でも早急に回収するという滅茶苦茶なことをしようとしているのです。
 我が国の政府は巨額な債務を負担していますが、政治の目的は、債務の弁済にあるはずもなく、あくまでも本来の政策意図の実現をこそ目指すべきであって、その結果としての税収の自然増加による債務減少と財政健全化を図るしかないわけです。
 同様に、厚生年金基金が負う国に対する債務は、基金制度の背景にある総合的な政策課題の実現のためにあるのであって、その債務の弁済のために、政策課題が放棄されていいはずはないのです。むしろ、改めて政策課題に立ち返り、厚生年金基金の社会的機能を強化するなかで、基金の財政の健全化を図るべく必要な措置を講じるのが、本来の監督官庁としての厚生労働省の仕事なのです。
 厚生年金基金廃止論が財務省から財政健全化の一環として提出されたのなら、まだしも許せたのです。財務省案に対して、厚生労働省が制度の社会的機能を守る立場を表明し、省庁間の立場の差の調整のなかで、妥当な解を模索していく、これが本来の行政であり、政治でしょう。厚生労働省は、行政の職務の本旨すら全く理解していないのです。
 

守られるべき厚生年金基金の社会的機能とは何でしょうか。
 
 1966年に厚生年金基金が代表的な企業年金制度として発足したときの政策課題と、本質において何ら変わることはありません。それは、従業員福利の向上という雇用政策と、年金資産の長期産業資本への還流という金融政策です。
 安倍首相は、成長戦略に欠かせない要素として、雇用と金融への適切な眼配りをなさっています。歴史的には、厚生年金基金は、雇用の安定と老後の保障によって個人消費を支え、一方、蓄積された年金資産を長期産業資本の形成へと還流させる(信託銀行と生命保険会社による受託独占の背景は、両業態が代表的な長期金融機関であったからです)ことで、日本の経済成長を支えてきたのです。つまり、厚生年金基金設立の背景には、現在の安倍政権の成長戦略と同じ思想があったのです。
 

厚生労働省の主張は、経済環境が変わり、厚生年金基金の存在意義が失われたということのようですが。
 
 環境の変化によっても、成長戦略の根幹が変わるわけもなく、ましてや理念が変わるわけもない。変わるのは、技術的なところだけです。そもそも、厚生労働省に課せられた使命は、厚生年金基金制度の理念を守るために、環境変化に合わせた技術的な修正を行うことであったはずです。そのような適宜の適切な処置を怠り、挙句の果てに廃止というのは、呆れ果てた無責任の所業です。
 

厚生労働省は、もはや技術的な修正の限界を超えたといいたいのではないでしょうか。
 
 技術的修正により厚生年金基金存立のための基盤を確立できることは、制度の専門家であり技術的番人の組織である日本年金数理人会が、1月10日に出した意見表明のなかで、明瞭に述べているところです。
 要は、厚生年金本体の財政と基金の財政との間で過不足が生じないような完全な「財政中立性」が実現できさえすればよいのです。日本年金数理人会としては、そのための具体的な方法の提言を行ったうえで、その提言が実施されれば、完全な「財政中立性」が実現できるとしています。そして、基金廃止に対して、「あまりにも拙速である」として、反対を表明しています。
 なお、信託協会も、2012年11月26日に、意見書を発表し、基金廃止に反対しています。信託銀行もまた、制度の受託者として、年金受給権を守る責務を負う立場から、その専門的知見に基づき、反対を表明しているのです。
 厚生労働省がこれらの専門家の科学的意見を敢えて無視しようとすることは、断じて許されないことです。
 

雇用面での厚生年金基金の機能とは何でしょうか。
 
 ほとんどの規模の大きな企業は、代行返上を行い、厚生年金基金を確定給付企業年金基金に改組しています。現在残っている厚生年金基金は、2012年3月末で、577基金、そのうち、中小零細企業が業界団体等を核にして集まって作っている総合型厚生年金基金が494です。いまや、厚生年金基金は、中小零細企業に対する雇用政策の一つの柱です。大企業との処遇格差、特に退職給付にかかわる格差を埋める重要な機能が、厚生年金基金にはあるのです。
 なお、2012年3月末で、制度の加入員(現役の従業員)は437万人、年金受給者は293万人です。これほど多くの人の年金受給権が関係している問題です。しかも、そのほとんどが、中小零細企業の従業員と退職者であることの社会的意味を深く考えなければなりません。
 

金融面での厚生年金基金の機能とは何でしょうか。
 
 2012年3月末で、厚生年金基金の資産総額は、約17兆円です。いまでは、円安や株価の上昇で、18兆円くらいになっているのではないでしょうか。企業年金資産は、日本では、数少ない貴重な長期産業資本の源泉です。安倍首相の成長戦力を資金面から支える需要な要素なのです。
 また、安倍首相は、株価が産業界に与える心理的影響の重要性に着目しておられます。基金廃止になれば、この18兆円の資産が現金に換価されます。清算自体は10年の時間をかけるにしても、価格変動の大きな株式の処分は、先行してなされることが予測されます。仮に2割が株式だとしましょうか。廃止により、4兆円近い株式の売却が行われます。これが安倍首相の政策にとって悪影響を及ぼすことは、間違いありません。
 

厚生年金基金の運営については、管理体制の問題など、多数の構造欠陥が指摘されていますね。これも、厚生労働省の廃止論の有力な論拠のようですが。
 
 管理面で改善すべき点の多いことは事実です。しかし、厚生労働省は、AIJ詐欺事件のような特殊な事案を誇張し一般化して、自分に都合のいい筋書きを書いているにすぎません。いかにお粗末な厚生労働省でも、管理面での問題について、改善へ向けた指導監督くらいはできるはずです。それが仕事でしょう。要は、手抜き行政の極限、仕事放棄の結果が廃止論なのです。
 

資産運用の期待収益率も問題にしているようですが。
 
 この点についての厚生労働省の非科学的な主張と不当な世論操作に関しては、資産運用の専門家の立場から、私は激しい怒りを禁じ得ない。
 「最低責任準備金」対応の資産については、完全な「財政中立化」が実現できれば(できるというのが専門家の見解です)、厚生年金本体と同様の運用を行うことで、資産面でも中立化します。資産債務の両面で中立化すれば、均衡が崩れることはあり得ません。なおも厚生労働省が運用に問題があると主張するならば、厚生年金本体の運用に問題があると主張するのと全く同じことであり、天に唾する愚を行うものです。
 「プラスアルファ」部分の債務について、多くの基金で高めの収益率が予定されていることは、確かに事実です。しかし、それは、各基金の固有の経営問題です。常識的な期待収益率の仮定のもとで掛金と給付との均衡を実現できるように、各基金が経営判断を行うべきことです。その判断について指導監督していくのが、監督官庁としての厚生労働省の仕事です。
 
以上


 次回更新は2月21日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。