株式投資においては、専門家の自慢する銘柄選択方法の科学性よりも、方法の適用の一貫性と、売却規律が重要なので、個人投資家でも、専門家に勝てるかもしれません。
株式に投資する人は、特殊な動機でもない限り、株価の上昇を期待していると同時に、株価が下落する可能性も承知しているはずです。つまり、経済合理的な行動として、株式投資がなされるときは、必ず、株価下落による期待損失よりも、株価上昇による期待利益のほうが大きいわけです。この単純な理屈のもとで、投資を始めることは簡単ですが、始めた後は、株価の変動によって、期待が変化していくので、投資を上手に終了させることは、非常に難しくなるのです。
投資に終わりがあるのでしょうか。
財団とは、保有資産を運用して、そこから生じる収益をもって、設立目的である事業活動の原資にするものですが、そこでは、事業活動は永続する前提になっているのですから、資産運用も永続的になされます。事情は年金基金においても同じで、資産運用の収益をもって年金給付の原資にしているのですから、年金給付が永続的になされる限り、資産運用も永続的になります。そして、こうした投資家を顧客にして、資産運用を事業として行う投資運用業者においても、当然に、資産運用の永続性が前提になるわけです。
しかし、投資運用業者が株式投資を行うとき、運用資産の全体は永続する前提になっているとしても、個々の銘柄については、永続的に保有するはずもなく、適宜、売却して、他の銘柄に入れ替えます。実は、株式投資においては、銘柄の適宜適切な入れ替えが要諦なのであって、売却規律、即ち、一つの銘柄への投資を始めた後に、既定の条件が成就したときには、必ず売却するという規律ある投資行動が投資成果を規定するのです。
買うときに、売る決定をしておくということですか。
株式投資に限らず、投資運用業の基本は、投資判断の基準に適合する銘柄を買い、適合しなくなれば売るという一貫した基準の適用による投資行動にあります。そして、投資運用業者の投資哲学とは、投資判断の基準、即ち、投資対象の価値を評価する基準の独自性のことであり、その運用の巧拙は、基準を一貫して適用できるかという点に関係するわけです。
さて、投資運用業においては、価格と異なる価値の存在を否定し、価格が価値であるとする考え方があって、その実践がインデクス運用になっています。しかし、伝統的な主流派は、価値の存在を認めて、価値と価格は常に一致しているわけではなく、むしろ常に不一致であって、ただし、価格は、価値に基づいて形成されるので、価値に向かって動き続けると考えています。
そこで、伝統的な投資においては、独自の価値評価基準のもとで、価値よりも価格が低いときに買い、価値と価格が一致した段階で、売ることになりますから、買う段階で、売るための条件が決まっていることになります。そして、投資運用業では、価値が価格を上回っているとき、その差分も価値と呼ぶのですが、この狭義の価値の実現こそ、投資の本質だと考えられているのです。
狭義の価値は、買ったときではなく、売ったときに実現するのですから、投資運用業においては、売却規律、即ち、価値と価格が一致した段階で、躊躇なく着実に売ることが決定的に重要になります。故に、この売却規律を徹底できるかどうかによって、投資の巧拙が生じるわけです。つまり、いかに買うときの価値判断が適切でも、売却規律の徹底がなければ、狭義の価値は実現しないということです。
なぜ売却規律の徹底は難しいのでしょうか。
人は、常に冷静かつ合理的に行動できるわけではなく、心理的な作用の影響のもとで行動することは避け得ません。実は、売却規律の徹底を阻害するものは、常に、投資対象の大きな価格変動が引き起こす心理的動揺なのです。そこで、投資運用業に従事する専門家は、投資対象の価値評価を基準にすることによって、その動揺を克服しようとしているわけです。
つまり、専門家は、価格が大きく変動したとき、価値評価を再確認して、そこに大きな変化を認めなければ、価格変動を無視し、価値の変化があると考えるのならば、新たな投資判断を形成して、投資をやり直すのです。また、価格が変動していくなかで、価値と一致すれば、仮に、心理的には、価値以上に価格が上昇すると思っても、規律をもって必ず売却することで、再度、価値以下に価格が下落する可能性を排除するわけです。
普通の個人投資家の場合は、心理的動揺に基づいて、行動しやすいわけですね。
人は、例えば、株式を買うとき、何らかの理由で気になる銘柄を選択し、いかに限られた範囲内のものだとしても、知り得た情報に基づいて、自分なりの論理を適用したうえで、期待利益を計算するのですから、大きな程度の差こそあれ、それなりに合理的な判断のもとで、行動しているのです。つまり、可愛い小物や洋服を衝動買いするように、株式を買う人はいないはずなのです。
しかし、それなりに合理的に買うことができたとしても、売るときには、必ずしも合理的ではあり得ないでしょう。なぜなら、専門家の場合は、価格変動から期待を形成しているのではなく、価値評価から価格変動を観察しているので、株価変動による心理的動揺を克服できるわけですが、普通の個人投資家の場合には、買った銘柄の株価変動による心理的な動揺は、直ちに期待形成に大きな影響を与えて、投資行動に直結しやすいと考えられるからです。
典型的には、株価が下落すると、心理的に動揺して、更に下がるとの期待が形成されて、売ってしまうことですが、実際には、こうした狼狽売りは、必ずしも、多くはないようです。おそらくは、別の心理的動機として、直ちに損失確定することに、躊躇を感じるからでしょう。しかし、株価が上昇に転じて、買い値に接近すると、安堵して、売ってしまうことは、普通に生じているようです。いずれにしても、こうした心理的動揺に左右される投資では、安定的に成果をあげることはできないのです。
個人投資家の場合、どうすれば心理的動揺を克服できるでしょうか。
やはり、投資の成果を規定するものは、売却規律なのですから、個人投資家の場合にも、専門家とは異なる方法で、売却規律を確立しなければならないと思われます。例えば、専門家のように、買うときに、売る基準、即ち、要は、目標株価を決めておいて、運よく、目標株価に達したら、更に上がるかもしれないという心理的誘惑を断ち切って、躊躇なく売ることです。
しかし、当然に、当面は、目標株価に達しそうもないという事態になり得ます。この場合、具体的な資金使途がないのであれば、保有し続けてもいいでしょう。どの銘柄についても、長期的に保有していれば、目標株価を超えることも、決して稀ではないからです。しかし、より望ましくは、専門家のように、改めて、自分なりの評価で、目標株価を修正して、株価が新しい目標株価を上回ったら、売り、そうでないのなら、継続保有すべきなのでしょう。
では、どのようにして、目標株価を決めればいいのでしょうか。
株式に投資する動機が射倖的な娯楽、即ち、競馬等のように、利益を生む偶然的事象への賭けなのなら、馬券を当てるのと全く同じように、自分流の好き勝手な方法を一貫して適用して、株式の価値を評し、目標株価を定めて、規律ある売却をすればいいのでしょう。株式投資の成果を規定するものは、専門家の自慢する価値評価方法の科学性よりも、方法の適用の一貫性と、売却規律かもしれないので、もしかすると、規律ある個人投資家は専門家に勝つかもしれません。
あるいは、株式投資の裏に消費計画のあることも、大事かもしれません。当然のことながら、株式に投資され得るような資金の裏には、例えば旅行のように、いくらでも変更可能な消費計画があるはずですから、株価変動による心理的動揺は、消費計画を変更することで克服され、消費計画を実行する決断は、規律ある売却につながるはずです。
・儲ける投資で損をして資産形成で豊かに消費して得をする(2026.10.22掲載)
資産形成とは、消費時期を先に繰り延べつつ、運用収益によって消費可能額を増加させるものであり、倹約して貯蓄することとも、資産を増殖させようとする投資とも本質的に異なります。資産が運用収益という副次的な収入を生み、それを原資にして働き方を変え、生き方の選択の幅が広がるときこそ、資産形成はその真価を発揮すると述べています。
・使途のある資金を運用してこそ真の投資なのだ(2020.5.21掲載)
本コラムでは、生活の必要から切り離され資金使途を欠いた資産形成は「資産形成のための資産形成」であり、投資ではなく投機にすぎないと指摘しています。資産形成は単に資産を増やすことではなく、老後や住宅購入、旅行など将来の具体的な資金使途を実現し、より豊かな生活につなげるために行うべきとしています。
・上手な投資の秘訣は金利生活者の資産分類だ(2022.7.28掲載)
投資の成果は資産配分に規定されるといわれますが、配分には選択が先行し、選択は分類方法に依存するため、投資における究極の課題は資産分類にあると述べています。資産分類の新たな軸を、現金創造の源泉の違いと、現金を受け取る権利の違いの2つを紹介しています。
(文責:内木)
次回更新は、11月12日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
