公的年金は決して破綻しないし不公平でも不公正でもない

公的年金は決して破綻しないし不公平でも不公正でもない

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

公的年金は、ペイアズユーゴーのもとで将来財政の均衡が図られるので、破綻することはなく、国民全体の世代間相互扶助のもとで、家族制度の旧弊を打破したのではないか。
 
 英語には、ペイアズユーゴー(pay as you go)という表現があります。日本語にもなっていて、様々な場面で使われますが、言葉の基本的な意味は、消費するたびに、即座に現金で支払うことですから、要は、負債を残さないことです。そこから展開して、ペイアズユーゴーは、消費可能な保有現金を優先させて、その範囲内に、消費を抑制することになります。
 また、即座の支払いという条件を緩和すれば、ペイアズユーゴーは、一定期間、例えば、1年間において、収支の一致を求める規律、即ち、期中においては、消費過剰になって、一時的に負債の発生することがあっても、期末には、負債を残さないという原則になります。あるいは、表現を変えれば、期初に策定される予算において、支出予定額は収入予定額の範囲内でなければならないという原則を意味するわけです。
 
財政規律としてのペイアズユーゴー原則ですか。
 
 政府の年度予算の策定において、財政赤字の拡大を阻止するためには、支出の増加は、収入の増加の範囲内でなければならず、収入の減少があるときは、それ以上の支出の減少がなくてはなりません。財政規律としてのペイアズユーゴー原則とは、新たな支出が計画されるときに、既存の支出の削減と増税だけによって、財源を確保させて、財政赤字を拡大させないように、即ち、負債を増加させないようにするものです。
 しかし、負債とはいっても、政府には貸借対照表がないのですから、財政規律のペイアズユーゴーには、国債の発行残高を増加させないという程度の意味しかありません。しかも、ペイアズユーゴーの徹底は、将来税収を減少させ得て、その結果、将来財政は悪化するかもしれませんし、逆に、国債の発行残高を増加させたとしても、将来税収の増加をもたらすのならば、むしろ、将来財政は改善するかもしれません。
 
日本銀行が無限に債務を拡大できるのと同じことですか。
 
 日本銀行には、政府と異なり、一応は貸借対照表があります。しかし、日本銀行は、シニョレッジ、即ち、通貨発行権によって収益を得ることができるので、負債を無限に拡大でき、仮に巨額の債務超過になったとしても、通貨に対する信認が揺らがない限り、業務に少しも支障をきたしません。同様に、国債の発行残高は、政府の信用力に対する信認が揺らがない限り、無限に増加させ得るわけです。しかし、ここでは、通貨や政府の信用に対する信認が維持されるためには、負債に上限があるという点が決定的に重要です。
 
負債の無限増加も、ペイアズユーゴーですか。
 
 ペイアズユーゴーは、通常は、消費可能な現金の範囲内に、消費を抑制することを意味しますが、逆に、消費を維持するために、消費可能な現金を調達することも意味し得ます。現金の調達手段こそ、借金なのですから、消費拡大のために、負債を増加させることも、実は、ペイアズユーゴーの別の側面なのです。要は、論点は負債の上限なのであって、ペイアズユーゴーは、負債上限に達するまでは、消費の拡大であり得て、負債上限に達したときに、負債を増加させない規律に転じるのだと考えられます。
 あるいは、むしろ、この二つの両極のペイアズユーゴーの中間に、真のペイアズユーゴーがあるというべきです。つまり、ある将来へ向けた期間を定めたときに、その間の消費と負債による現金調達との間で、様々に変わる状況に応じて、ときに消費を抑制しつつ、ときに負債を増加させつつ、適正な均衡を成立させることこそ、真のペイアズユーゴーなのだと考えられるのです。
 
公的年金のペイアズユーゴーは、その真のペイアズユーゴーなのでしょうか。
 
 公的年金についての一般的理解は、国民は、保険料を支払うことで、権利として年金を受給する、逆にいえば、政府は、保険料を受領した対価として、年金給付の義務を負うというものでしょう。故に、政府の公的年金債務というものが観念されて、年金積立金管理運用独立行政法人が巨額の年金積立金を保有して、その運用をしていることもあって、公的年金には貸借対照表があって、負債と資産の均衡が図られていると想像されているのだと思われます。
 こうした政府の年金給付債務を観念することから、公的年金制度の破綻の可能性を論じるものが少なからず存在するのですが、公的年金は、基本的には、ペイアズユーゴーで維持されていて、少なくとも5年に一回の財政検証を行うことで、年金給付と給付原資の調達との間において、長期的な均衡の回復が図られているのですから、論理的に、破綻し得ないのです。
 そして、公的年金のペイアズユーゴーには、理屈上は、年金給付という消費を与件として、保険料収入、および年金積立金の取り崩しと運用収益という消費可能現金を調整する方向と、逆に、保険料収入、および年金積立金の取り崩しと運用収益という消費可能現金を与件として、年金給付を調整する方向とがありますが、実際のペイアズユーゴーは、その中間において、給付と給付原資との間に均衡を保つように、常に全体の再調整を繰返すものして、機能しているわけです。
 
公的年金のペイアズユーゴーの場合、財政規律における負債上限に該当するものは何でしょうか。
 
 公的年金においては、それが適正に維持運営されている限り、年金受給者の最低生活水準を保障するために、年金給付額の下限が堅持され、現役勤労層の可処分所得水準を維持するために、保険料負担に上限が設けられるはずです。しかし、一方に、給付の下限があり、他方に、保険料の上限があれば、理論的な可能性としては、片方を維持するとき、もう片方が維持できなくなる事態が生じ得ます。故に、年金積立金が存在していて、給付下限と保険料上限との間の矛盾を回避できるように、機能しているのだと考えられます。
 
ところで、公的年金のペイアズユーゴーは、なぜ賦課方式と日本語に訳されるのでしょうか。
 
 公的年金のペイアズユーゴーにおいては、年金受給者は、一方では、年金積立金があるので、自分自身が支払った保険料累積額から、年金給付を得るといえなくもありませんが、他方で、より基本的には、自分より年齢の若い赤の他人が現時点で支払っている保険料から、年金給付を得るわけです。賦課方式という言葉は、こうした世代間の相互扶助について、年金受給者の給付原資を調達するために、現役の勤労層に対して、保険料が賦課されていると表現しているのだと考えられます。
 公的年金に対する批判には、財政的に破綻するという主張と並んで、世代間の相互扶助は不公平であり、不公正だという主張があります。この財政的に破綻するという主張は、ペイアズユーゴーに内包している世代間の相互扶助の原理によって、簡単に退けることができますから、要は、公的年金への批判は、世代間相互扶助の公平公正性に関する論点に収斂するわけです。
 
公的年金は公平公正なのでしょうか。
 
 公平公正性という高度な問題に関して、簡単な答えはありませんから、二つの例をあげます。第一は、代表的な相互扶助である生命保険契約です。さて、死亡しなかった人に保険料は戻りませんが、死亡しなかった人は、そのことを不公平であり、不公正だと考えるでしょうか。また、死亡した人は、保険金を受取人に残すことになりますが、もはや死亡しているので、そのことの公正公平について、考える能力を喪失しています。
 第二は、家族内の世代間相互扶助です。古くは、社会道徳、あるいは倫理規範として、親は子を養育する義務を負い、子は老いた親に孝行をつくす義務を負うとされていましたが、現代の個人主義的立場からは、こうした家族内の世代間相互扶助は、不公平であり、不公正だと見えないでしょうか。実は、公的年金には、こうした古い家族秩序を打破し、国民全体の世代間相互扶助に転換することで、国民を家族の束縛から解放した面があるのでないでしょうか。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
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(文責:王)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。