日本銀行は、たとえ債務超過になろうとも、無限に債務を負担できる能力をもつからこそ、「人々が安心してお金を使える」環境を提供できるのです。
日本銀行の内田副総裁は、昨年の6月7日に、日本金融学会の2025年春季大会において、「業務からみた日本銀行」という表題のもとで、とても興味深い講演をされています。日付は少し古いのですが、判り易い語り口の内容は少しも古くなく、むしろ、今こそ読み直せば、多くの重要な示唆が得られるでしょう。
さて、内田氏は、「日本銀行の役割を一言でまとめるとすれば「人々が安心してお金を使えるようにする」ことです」と述べていますが、こうした簡明な表現は、日本銀行の業務に精通し、高度な専門的知見を有しているからこそ、可能となるものです。
この簡単極まりない説明は、続けて、「銀行券がクリーンで偽造券がないようにすることや、「お金の価値」すなわち「物価」が安定するようにすることは、まさにその具体化です。また、人々が「お金」と言うとき、持っている現金だけでなく、銀行に預けてある預金残高も想起するでしょうから、金融システムの安定を図ることも重要になります」と述べられるとき、その深い意味が理解されるわけです。
そして、より重要なのは、「中央銀行がこうした使命を追求することができる源泉は、業務面で、「支払完了性(ファイナリティ)のある決済手段」を提供できることにあります」という点です。支払完了性とは、その名の通りの簡単なことで、資金の決済を完了させる機能です。
なるほど、現金を交付すれば、決済は完了しますね。
日本銀行は、現金、即ち日本銀行券を発行することで、支払完了性を提供しています。また、人は、現金によらずに、銀行振込やクレジットカードなどによっても決済しますが、実は、そうした決済は完了していないのであって、日本銀行は、それを完了させるために、当座預金を提供しているのです。つまり、「金融機関同士や政府との資金の決済は、日本銀行の当座預金口座間の受払いで完了」するわけです。
日本銀行は、銀行券と当座預金という支払完了性のある決済手段を提供する唯一無二の存在として、そこから派生する様々な機能を用いて、「人々が安心してお金を使えるようにする」という目的を実現しているのです。そして、銀行券の発行と、当座預金の受入れは、日本銀行に負債を発生させ、しかも、その負債は無限に拡大できます。実は、この無制限な負債が日本銀行の本質なのであって、無制限だからこそ、どのような状況においても、常に、「人々が安心してお金を使える」わけです。
負債が無限に拡大し得るというのは、危険ではないですか。
現在では、金融政策の実現手段として、「「量的緩和」すなわち、国債の買入れによって長期金利を押し下げること」が採用されているので、そこに内田氏のいわれる「デリケートな問題」、即ち、日本銀行の無制限の負債がもつ危険性が潜みます。この危険性は、「財政ファイナンス」、あからさまにいえば、日本銀行による財政赤字の肩代わりという危険な事態に陥る可能性です。
故に、内田氏は、この国債買入れについて、「「財政ファイナンス」かどうかの線引きについて、私は、財政への配慮で適切な金融政策を曲げることがない、という点にあると考えていますが、「支払完了性のある決済手段」の使い方として、より手前で予防線を引くべきという考え方もありえます」と述べているのです。
しかし、実際には、この予防線は引かれていないので、「財政への配慮で適切な金融政策を曲げることがない」という規律については、その履行を制度的に保証するものはないのです。内田氏の発言は、おそらくは、制度的な保証がなくとも、日本銀行の独立性のもとで、規律は貫徹されるとの自負、もしくは自戒の念のもとでなされているのでしょう。
日本銀行は、どれだけ国債を保有しているのでしょうか。
内田氏の講演資料のなかに、日本銀行のバランスシートが二つあります。一つは、1998年度末のもので、規模が79兆円、資産側の長期国債が29兆円、負債側の銀行券が51兆円、当座預金が5兆円になっています。もう一つは2024年度末のもので、規模が729兆円、資産側の長期国債が574兆円、負債側の銀行券が118兆円、当座預金が530兆円です。
長期国債の保有が驚くほど増加しているのは、金融政策において、劇的な量的緩和を実行したからであり、それに並行して当座預金が増加しているのは、日本銀行は、金融機関から国債を買入れるとき、資金決済の方法として、相手方の金融機関の当座預金を増加させたからです。当座預金が支払完了性のある決済手段であり、かつ無限に増加させ得るものだからこそ、こうしたことが可能になるわけです。
日本銀行は、この巨額な当座預金に対して、利息を払うのでしょうか。
日本銀行は、支払完了性のある決済手段として、銀行券と当座預金を提供していて、当然のことながら、銀行券に付利しないのですから、原理的には、当座預金にも付利しません。銀行券と当座預金は日本銀行の負債ですが、負債に付利されないこと、および、負債が無限に拡大できること、この二点に、通貨発行権をもつ中央銀行としての日本銀行の本質があるわけです。
しかし、2008年、世界的な金融危機に際して、補完当座預金制度が導入されて、当座預金に付利されることになりました。これは、まさしく、日本銀行の機能の本質的な転換でしたが、非常に興味深いのは、金利が0.1%とされたことです。実は、金利は、ゼロになってしまうと、金利として機能しなくなるので、金利の下限を設定する必要があったわけで、故に、0.1%にされたのだと考えられるのです。
この0.1%の金利は、2016年1月のマイナス金利導入時に、三層構造という特殊な金利設定方式が導入されたときも、基本的には維持され、2024年3月、金融政策の転換により、まずは三層構造が廃されたのち、7月に0.25%、2025年1月に0.5%、12月に0.75%と引き上げられてきたので、内田氏の講演のときには、0.5%だったわけです。
なぜ、当座預金に付利することにしたのでしょうか。
現在の超巨大な日本銀行のバランスシートには、過去の量的緩和政策の遺産として、一方には、巨額な保有国債が計上されていますが、他方には、その反対勘定として、多額な当座預金があります。金融政策を転換しても、国債保有の縮小には長い時間を要することが予想されたので、その間の金融政策の舞台として当座預金を活用するために、付利制度が導入されていたというわけです。
当座預金の金利が上昇すると、日本銀行の費用は著しく増加するのではないでしょうか。
内田氏は、1998年のバランスシートについて、「負債項目の多くを占める発行銀行券は無利息です。当座預金も無利息でした。一方で、資産サイドの国債や金融機関への貸出には利息が付きます。この差額は、通貨発行権を持つことに伴う収益(シニョレッジ)であり、支払完了性のある決済手段を「負債」として独占的に供給できることによるものです」と述べています。まさしく、これこそ、通貨発行権をもつ中央銀行の本来の姿なのです。
日本銀行は、この昔の姿を離れて、大規模な量的緩和に転じますが、その間、一方で、当座預金が激増しても、金利は基本的に0.1%にすぎず、他方で、保有国債から多額の金利収入が得られたので、巨額な利益を計上し続けていたのです。ところが、金融政策の転換以降は、内田氏が述べる通り、「当座預金の付利によって利上げを行う一方で、資産サイドは、金利が低い時に買った国債で固定されているため、逆ザヤが発生します。」
日本銀行は赤字になり、更には、債務超過に陥るのでしょうか。
単なる可能性の議論に意味はないので、内田氏は次のように述べられたのです。「一時的に赤字や(極端な場合)債務超過になったとしても、収益や資本はシニョレッジによる将来の収益で復元されますし、支払完了性のある決済手段を自ら供給できるため、支払いは常に可能です。実際に、FRBやECBを含めて多くの中央銀行が現在赤字を計上しており、その一部は債務超過になっていますが、業務や政策の運営に支障は生じていません。」
・なるほど金融政策は日本銀行の内側の業務から見るものか(2026.1.22掲載)
本稿では、日本銀行の内田副総裁の講演「業務からみた日本銀行」について、解説しています。
・なぜ銀行等の国債の評価損の発生が不可避なのか(2025.12.11掲載)
本稿では、過剰な預金がなぜ国債に滞留し、金利上昇で一斉に評価損が噴き出すのか。どの金融機関が特に危ういのか。評価損は本当に損なのか。そして、今ようやく動き始めた金融構造改革が何を意味するのか。これらを大局的に分析します。
(文責:広瀬)
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
