なぜ銀行等の国債の評価損の発生が不可避なのか

なぜ銀行等の国債の評価損の発生が不可避なのか

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

現状、銀行や信用金庫等には、国債投資による大きな評価損があるとみられています。さて、これは投資に失敗なのか、どのような事情が背後にあるのか。
 
 日本では、戦後復興から経済成長の初期段階に転じる過程で、産業界に大きな資金需要が発生したのですが、国民の富の蓄積は未だ十分ではなかったので、政策的に、銀行や信用金庫等の預金取扱金融機関を厚く保護し、そこに零細な貯蓄を集積させて、産業界に積極的に融資させたわけです。
 その後、一方では、富の蓄積が進行し、他方では、高度経済成長が終わり、低成長が定着するにつれて、産業界の資金需要が低迷し始めたので、おそらくは、昭和の終わり、遅くとも平成の始めには、金融構造改革、より具体的には、金融の主舞台を預金取扱金融機関から資本市場に移転する改革がなされるべきだったのです。しかし、様々な複雑な事情が絡み合うなかで、2012年12月の第二次安倍内閣の発足まで、実際の改革は始動しませんでした。
 しかも、改革は、確かに始動したとはいえ、当時は、資本市場の動態を規定する金利が機能していなかったので、本格的には展開し得ませんでした。そして、今、金利が動き始めて、預金から資本市場へと、国民の富が移動する条件が整ったわけです。ただし、いうまでもなく、条件が整うことは最低限の要件にすぎず、金融構造改革の実現のためには、多くの解決されるべき問題が残されているのです。
 
なぜ金融構造改革が必要なのでしょうか。
 
 産業界の事業活動は不確実な未来への賭けであり、資本主義経済体制は、資本の厚みのなかに、不確実性、より具体的には、事業活動から生起し得る損失を吸収することで、産業界の大胆な賭けを可能にする仕組みです。産業界の賭けは、損失を含みつつも、総体としては利益を創造して、経済を成長させるわけですが、これを資本の側からいえば、資本は、産業界の賭けを可能にすることで、ときに損失を被りつつも、より大きな利益を創造して、動態的展開のなかで自己増殖するということです。
 しかし、経済成長の初期段階においては、国民の富、即ち資本の蓄積が十分ではなく、その損失負担力が小さくて弱いのですから、成長を資本の自由な動態的展開、即ち、産業界の自由な賭けに委ねることはできません。そこで、様々な方法で産業界の活動を計画的に統制する必要があったわけで、そうした緻密な政策的な制度設計のなかに、預金取扱金融機関の機能があったのです。
 経済成長が進展し、資本の蓄積が十分な水準に達すれば、政策的には、産業界が損失を恐れずに大胆に行動できるように、別のいい方をすれば、資本の自由な自己展開を認めるように、規制の緩和や撤廃等の改革を進めることになります。資本市場は、その名の通り、資本が自由に活動する場なのであって、金融の規制改革においては、金融の主舞台は、高度に規制された預金取扱金融機関から、自由な資本市場に移転することになるのです。
 
金融構造改革の実現にとって、解決されるべき問題とは何でしょうか。
 
 預金取扱金融機関は、金融構造改革が適切な時期になされなかったために、現在に至るも、金融の中心的な担い手になっています。つまり、経済の低成長が定着し、産業界の融資に対する需要が長期的に低迷するなかでも、蓄積された国民の富は資本市場へと解放されずに、預金に滞留しているのです。そして、この構造的に過剰となっている預金は、厳格な規制の枠組みのもとでは、主として、国債への投資に振り向けられるほかないのです。
 現下の問題は、金利の上昇によって、国債の価格が下落し始めたために、どの預金取扱金融機関にも、金額に程度の差こそあれ、評価損が発生していることです。評価損は、直ちに重大な事態を招くものではないにしても、自己資本を実質的に減少させるのですから、経営規模に比して評価損が著しく大きい場合には、経営への深刻な影響は不可避になります。
 
どのような預金取扱金融機関に、深刻な影響があり得るでしょうか。
 
 預金取扱金融機関の事業構造の基本は、預金等によって資金を調達し、融資等によって運用することですから、基礎的な利益構造は資金運用収益と資金調達費用との差分を稼得することになります。数多くある預金取扱金融機関の間で、資金調達費用についてみると、金利費用は概ね等しくとも、店舗経費等の付随費用については、経費効率が異なるのに応じて、大きな格差が生じます。当然に、無店舗のインターネット上の銀行において最も低く、地域密着型の地域金融機関において最も高くなります。
 資金運用収益の格差を規定するのは、基本的には、融資において、信用損失を回避しつつ、より高い金利を稼得する能力ですが、いわゆる預貸率、即ち、預金総額のうち、融資に運用されている金額の比率の差も大きな要素です。なぜなら、融資の金利は国債の金利よりも高いのですから、預貸率が高いほど、資金運用収益が大きくなるからです。
 そして、非常に重要な意味をもつのが国債の金利構造、即ち、満期までの年限別の利回りです。国債の利回りは、極めて長い期間にわたって、著しく低い水準に定着してきましたが、年限が長いほど高くなる構造を維持してきました。故に、高い利回りが追求される過程では、長期の国債、即ち、満期までの年限の長い国債が選好され易かったのです。ところが、年限が長いほど、金利が上昇したときの価格の下落幅は大きいのです。
 さて、以上の論点を総合すれば、預金取扱金融機関のなかで、資金調達費用が高く、預貸率が低いところは、国債投資への依存度が高いだけでなく、長期の国債に傾斜し易いことがわかります。該当するのは、一般論としていえば、経営規模が小さく、有力な産業の乏しい地域に営業基盤のあるところですが、そのなかには、経営規模に比して著しく大きな評価損を抱えるものがあり得るわけです。
 
評価損は実際の損失なのでしょうか。
 
 評価損は、金利が低下すれば解消しますから、単なる一時的な評価の問題で、実際の損失ではないといえます。しかし、今回の金利上昇については、上がれば下がる、下がれば上がるというような循環的な現象とはみなし得ないでしょう。なぜなら、資本市場の動態を機能させるための構造的な改革に伴う金利上昇だとすれば、金利のあるべき場所として、絶対的な水準が訂正されたのだと考えられるからです。ただし、更なる金利上昇の可能性は別問題であって、循環的なものにもなり得るでしょう。
 
では、既に発生している評価損については、必ず実現するのでしょうか。
 
 評価損の実現は避け得ないと考えられますが、問題は実現方法です。第一の方法は、先に低利回りの国債を売却して、評価損を実現し、利回りの高くなった国債に入れ替えることです。この場合は、長い時間をかけて、毎期の利益によって、損失を回復することになります。第二は、評価損を実現せずに、長い時間をかけて、順次に進む償還によって、自然に減少させることです。この場合は、低利回りの国債の継続保有が機会損失を発生させるので、長期間にわたって、毎期の利益を押し下げます。
 この二つの方法には、時間軸上の展開以外に違いはないので、預金取扱金融機関に固有の事情に即して、適切な方法が選択されればいいのです。ただし、自己資本の範囲内で評価損を処理できないような極端な事例においては、非常事態に対応する特別な方法が検討されなくてはなりません。
 
今回の損失の発生には、経営判断の誤りがあるのでしょうか。
 
 預金取扱金融機関の経営の基本は、資金の調達期間と運用期間とを概ね一致させることです。なぜなら、金利は時間で規定されているので、両期間の差異が小さければ、金利が変動しても、調達費用の変動と運用収益の変動が概ね相殺されて、経営に大きな影響を与えないからです。
 預金取扱金融機関の経営においては、金利変動の影響の中立化として、費用と収益の変動の一致、負債と資産の価値変動の一致、資金の流出額と流入額の一致など、様々な要素が理論的に考慮されています。故に、預金による調達は非常に期間が短く、長期の国債による運用は非常に期間が長いとしても、そうした表面的な不一致だけでは、評価損の発生について、経営判断の妥当性を評価できません。背後の事情は非常に複雑なのです。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
資本を自由に解き放って自己増殖させるために(2025.12.4掲載)
資本が蓄積した日本では融資需要が減り、預金偏重が構造的矛盾を生む。金利正常化で資金は預金から資本市場へ移る可能性が高まり、金融機関は信用創造の逆転に直面し、企業も投資家の信頼に耐える経営改革が問われるでしょう。

銀行等の信用創造は成熟経済では革新を生み得ないのだから(2025.11.27掲載)
成熟経済では、預金による信用創造は成長を生まないため、損失吸収力のある資本市場が資金供給の主役となる。日本は改革が遅れたが、金利正常化により資本市場中心の金融改革がようやく動き出す段階にあるでしょう。

預金が消滅する近未来社会の構図(2019.7.18掲載)
預金は決済の基盤として残るが価値創造機能は失われつつあり、信用創造も成熟経済では不要化。金融は資本市場中心へ移行し、銀行は預金依存を捨てノンバンク化・機能分割へ向かうべきで、経営者は「預金なき世界」を前提に発想転換が迫られるでしょう。
(文責:加藤)

次回更新は、12月18日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。