資本を自由に解き放って自己増殖させるために

資本を自由に解き放って自己増殖させるために

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

国民の富は、金利の上昇によって、預金から流出し、資本市場に流入していくのか、そして、資本の動態を活性化して、経済の潜在力を解放するのか。
 
 銀行や信用金庫等の預金取扱金融機関の本業は、預金を原資として企業等に融資することであり、その本質は信用創造にあります。融資がなされると、融資先の預金を増加させ、そうして増加した預金から更に融資がなされると、預金と融資は相乗的に増殖します。この仕組みが信用創造なのであって、これにより小さな富を何倍にも増幅させることができるのです。
 経済が若々しく力強く成長している段階においては、一方では、富の蓄積は未だ十分ではなく、他方では、産業界の資金需要は旺盛なので、信用創造は極めて重要な機能を演じます。実際、日本の高度経済成長は、政策的に預金取扱金融機関を高度に保護し、そこに国民の零細な貯蓄を集積させ、信用創造で大きく増幅させて、産業界に還流させることで、実現したわけです。
 
預金取扱金融機関は、高度に規制されていたからこそ、産業界に資金を供給できたのでしょうか。
 
 今も昔も、決済の基盤として、預金が社会的に重要な機能を演じている以上は、預金取扱金融機関の業務は高度に規制されざるを得ないわけです。故に、預金を原資にしている融資も、様々な制約のもとで実行されるほかなく、より具体的には、元利金を回収できる可能性の高い事案にしか、実行され得ないのです。そこで、かつての経済が未熟であった日本で、預金取扱金融機関が産業界への資金供給という機能を果たし得るためには、別の仕組みが必要だったのです。
 一つには、高度な規制は、同時に、参入障壁を著しく高くし、競争制限として機能するので、その反対効果として、預金取扱金融機関を厚く保護していた点が重要です。更に、金融に限らず、幅広く基幹産業の多くにおいて、高度な規制がなされていて、政策的に経済の不確実性が制御されているなかで、別のいい方をすれば、計画的に経済が統制されているなかで、融資の安全性が確保されていたわけです。
 
要は、信用創造と規制によって、疑似資本を創造したのですか。
 
 資本主義経済の本質は、資本に損失の可能性を吸収させて、企業が不確実な未来に賭けていけるようにすることです。つまり、企業は、損失を恐れずに、大胆に資本を未来に投じるからこそ、利益を生み出すのであり、資本は、不確実な未来に投じられるからこそ、利益を生んで、自己増殖していくのです。
 しかし、経済成長の初期段階においては、富の蓄積、即ち、資本が不足していれば、資本の自己増殖過程が起動し得ないという問題があります。そこで、日本の場合は、零細な富を預金取扱金融機関に集積して、信用創造で増幅させたうえに、緻密に設計された規制の枠組みによって強靭化することで、原初の疑似的な資本の形成を行ったわけです。
 
経済成長に伴い、資本の蓄積が進行していけば、信用創造と規制の必要性が低下するわけですね。
 
 資本が十分に蓄積された段階では、信用創造の必要性が低下しますから、預金取扱金融機関は金融の主役の座を降りて、その地位を資本市場に譲ることになります。資本市場においては、産業界は、社債や株式を発行することで、潤沢に蓄積されている資本を直接に調達して、それを未来の価値創造へ向けて大胆に投じていくわけです。
 また、政府の経済政策の主要課題は、資本の蓄積が十分ではなく、その損失負担力が小さくて弱いときには、様々な規制によって産業界の活動を制限して、損失の発生を制御する必要があったわけですが、資本が十分に蓄積された段階においては、全く逆に、産業界が損失を恐れずに大胆に行動できるように、規制の緩和や撤廃を進めることになります。そして、金融の主舞台を資本市場に移転させることは、まさしく、金融における規制改革なのです。
 表現を変えれば、経済の成長戦略としては、資本が小さくて弱いときには、規制によって資本の活動を保護して、その育成をはかるべきであり、資本が大きく強く育ってくれば、規制を緩和し、更には撤廃して、資本の自由な活動を促して、資本の自律的な自己増殖の力を解放すべきだということです。
 ちなみに、高市総理大臣は、就任早々、日本成長戦略会議を開催し、成長戦略の検討課題を公表していますが、そのなかに、「金融を通じ、日本経済と地方経済の潜在力を解き放つための戦略の策定」とあるのは、まさしく、資本の動態を活性化することで、経済の潜在力を解放するという意味なのでしょう。
 
現在の日本では、資本の蓄積が十分な水準に達しているようですが、なぜ未だに預金取扱金融機関が金融の主役なのでしょうか。
 
 おそらくは、1980年以降のイギリスやアメリカにおける金融制度改革に続いて、日本でも、昭和の最後の時期、あるいは遅くとも平成の始め頃には、同様の改革が本格化して、現在では、金融の主舞台は資本市場へ移転し終えているはずだったのでしょう。しかし、ここでは詳論を省かざるを得ませんが、当時の諸般の事情のもとで、そうした改革は実行され得なかったのです。
 再度、金融制度改革が重要な政策課題に浮上するのは、2012年12月の第二次安倍内閣発足のときです。しかし、金利は資本市場の動態を規定する主要因なのですが、その金利が全く機能していない状況のもとでは、改革は起動し得なかったのです。長いときを経て、ついに金利が動き始めた今、改革が始動し得る状況になったということです。
 
資本が十分に蓄積されている現在において、預金取扱金融機関の融資に対する需要は減退しているのではないでしょうか。
 
 資本の蓄積が充実しているなかで、産業界の融資に対する需要は、当然至極のことながら、長期的に低迷しています。ところが、依然として、預金取扱金融機関が金融における支配的機能を演じていて、そこに国民の富の多くが預金として集積されていますから、融資の供給能力は、需要を大幅に超過しているわけです。そして、この供給能力の超過分は、主として、国債への投資に振り向けられてきたのです。
 ここには、明らかに、構造的な矛盾があります。国民が銀行等に預金をして、銀行等が国債を買うという余計なことをするくらいなら、無駄な迂回を排して、国民が直接に国債を買えばいいわけです。しかし、同じように金利がないのならば、元本保証のある預金から国債に、国民の富が移転するはずもなかったのです。長期間わたって、金利のない状況の続いたことは、ここに大きな問題を残したということです。
 
現時点では、金利が動き始めたことの弊害が先行しているのではないでしょうか。
 
 金利の上昇による国債の価格の下落は、どの預金取扱金融機関にも、金額に程度の差こそあれ、評価損を発生させています。評価損は、自己資本を実質的に減少させるだけのことで、直ちに深刻な問題になるわけではありませんが、例えば、評価損を維持すれば、低利回りの国債を保有し続けることになって、長期間にわたって毎期の業績を押し下げるなど、一定の影響は避け得ないわけです。
 
金利の上昇によって、預金は流出するでしょうか。
 
 財務省は、個人向け国債を発行していて、その発行条件は、預金と比較したときに、既に十分に魅力のある水準に達していますが、発行額は少しも増加していません。政府は、国民の安定的な資産形成という名のもとで、NISAの拡充などを通じて、預金から資本市場への資金の移転を促そうとしていて、実際に、グローバル株式等の投資信託の販売が好調だとされているなかで、最も基本的な投資対象である国債が真っ先に人気化しないのは、いかにも奇妙です。
 さて、最後に、極めて重要な問いを三つ掲げておきましょう。第一に、金利の更なる上昇によって、預金の流出は加速していくのか、加速するとして、どこに国民の富は向かうのか。第二に、預金取扱金融機関にとって、預金の流出は、信用創造の逆転として、本質を揺るがす問題なのですが、現経営陣に、その対応能力はあるのか。第三に、産業界にとって、資本市場で資金調達するためには、投資家に信頼される経営態勢を構築しなければなりませんが、現経営陣に、その対応能力はあるのか。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
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(文責:城)

次回更新は、12月11日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。