預金取扱金融機関による信用創造は、経済成長期には強力でも、成熟経済においては、創造的革新を誘発し得ないが故に、金融の主舞台は資本市場へ移転するのです。
銀行や信用金庫等の預金取扱金融機関の本業は、預金を原資として企業等に融資することです。さて、基本的なことでありながら、重要な事実として、融資がなされると、融資金は融資先の預金に振り込まれるので、預金が増加するわけです。
例えば、100の預金があって、その80%である80が融資されると、預金は80増加し、増加分の80の80%である64が融資されると、預金は更に64増加します。こうして、融資によって預金を増加させ、増加した預金からの融資を繰り返していくと、100の預金は、500の預金と、その反対勘定である500の融資に展開します。この預金と融資の相乗的増殖過程は信用創造と呼ばれていて、預金取扱金融機関の本質をなしているのです。
信用創造は、おそらくは、人類の歴史における最も重要な発明の一つです。なぜなら、経済が急速に成長していた段階においては、産業界は多額の資金を必要としたのですが、金融界は、信用創造によって資金量を大幅に増幅することで、旺盛な資金需要に応えることができたからです。別のいい方をすれば、経済成長の初期段階においては、富の蓄積が十分ではなく、信用創造によって、小さな富を何倍にも増幅させて、産業界に還流させる必要があったということです。
ところで、なぜ信用創造が可能なのでしょうか。
信用創造は、実物を情報化することによって、複製を作る魔法です。預金取扱金融機関の登場によって、現金の存在形態は、紙幣や硬貨等の物質の貨幣から、預金口座に記録される情報に転換され、決済は預金口座間の情報の付け替えによってなされることになったので、いかに多量の決済がなされても、社会全体としてみれば、出金と入金の情報が相殺されるだけになったわけです。故に、実在する富は、決済に備えた滞留から解放されて、情報化による複製のための原資に転化できたのです。
別の表現にすれば、社会全体の貸借対照表を作るとすれば、実在する富が資本に転化していて、その小さな資本を増幅する負債として、情報形態の融資があり、融資に見合う資産として、情報形態の預金があるということです。つまり、実在する富を基礎にして、その上に、情報化によって何倍にも増幅された預金と融資が形成されているのです。
更に別のいい方をすれば、信用創造とは、未来の富の形成の先取りなのですか。
事業活動の基本形は、先に資金を投じて何かを買って、それに付加価値をつけて売って、後に資金を回収することですから、事業者は、常に先に資金を必要とするわけです。そこで、融資の基本形は、投下資金を融資し、回収資金から弁済を受けて、付加価値のうちから、金利、即ち、回収までの期間に応じた資金の使用料を徴収することになるのです。
信用創造とは、この回収途上にある資金の総量が実在する富の何倍もの大きさになっている事態なのです。つまり、経済成長、即ち、事業活動による付加価値の創造によって、実在する富は増殖していくわけですが、それに先行して、より早く、より大きく、情報上の富、あるいは期待値としての未来の富が形成されるのです。
成熟経済においても、信用創造は必要なのでしょうか。
信用創造は、経済成長の初期段階においては、必須のものですが、経済の成熟化に伴い、富の蓄積が進行していけば、当然のこととして、その必要性が低下していくだけではなく、むしろ、成熟経済における新たな成長戦略にとっては、適さないものになっていきます。故に、預金取扱金融機関は金融の主役から脇役に転じて、替わって、資本市場が金融の主舞台に登場してくるわけです。
資本市場においては、資金調達をする企業は、社債と株式の発行を通じて、直接に、即ち、預金取扱金融機関を介することなく、社会に実在する富を吸収します。つまり、100の富が預金形態で存在するとき、それが社債や株式に変換されれば、その社債や株式を発行する企業の預金になるだけなので、換言すれば、預金の名義が変更になるだけなので、信用創造は起きないわけです。
そして、より重要なことは、富そのものは強靭であること、即ち、一時的な損失を吸収する能力があることです。つまり、企業は、損失吸収力のある強靭な富そのものを調達することで、それを大胆に不確実な未来に賭けていくことができるのです。成熟経済においては、過去からの連続性を断つような革新からしか成長が生じ得ない以上、その担い手である企業に対しては、大胆な賭けを可能にするように、資金供給する必要があるわけです。
では、融資によって調達される資金は脆弱なのでしょうか。
預金は、決済の基盤として、社会的に重要な機能を演じているので、元本が保証されているうえに、預金総量は、実在する富を何倍にも増幅させたものなのです。融資は、こうした預金を原資にしている以上は、元本回収の確実性が高くない限り、実行され得ないのであって、要は、損失吸収力がなく、資本市場で調達される資金が強靭だとすれば、脆弱だといえます。
経済成長の初期段階において、融資によって資金調達をしていたにもかかわらず、なぜ企業は不確実な未来に賭けることができたのでしょうか。
経済成長は、その初期段階において、政策的に計画的な資源配置がなされない限り、より具体的には、基幹産業の多くにおいて、規制による競争制限がなされない限り、自然には起動し得なかったと考えられます。実は、預金取扱金融機関は、最も高度に規制されたものとして、蓄積の不十分であった富を独占的に吸収して、それを信用創造で増幅して、不確実性が政策的に制御されていた産業界に対して、資金供給していたわけです。
経済成長が軌道に乗れば、政策的に規制緩和がなされて、競争が経済の新たな原動力になるわけですか。
経済成長が進行するにつれて、高度な規制は、経済の効率性を損なうものとして、更なる成長にとっての桎梏となってきます。故に、政策的に規制緩和がなされて、適正な競争を原動力として、経済を効率化させる方向に路線転換がなされるのです。しかし、競争原理の導入は、事業活動の不確実性を高めますから、金融においても、規制改革が断行されなくてはならず、金融の主舞台は不確実性を吸収できる資本市場に移行することになります。
資本市場においては、資金調達する企業は、より有利な調達条件を求めて競争することで、また、資金供給する金融機関は、より有利な運用条件を求めて競争することで、経済を効率化させ、創造的な革新を誘発させて、富の増殖に貢献するわけです。
高度に成熟した日本経済において、なぜ、依然として、預金取扱金融機関が金融の主要な担い手になっているのでしょうか。
1980年頃から、イギリスとアメリカにおいては、長く続いた経済の停滞を脱却するために、金融制度改革が断行されて、金融の主役は、預金取扱金融機関から、資本市場に変わりました。それから40年以上の歴史のなかで、アメリカは、数多くの革新的な巨大企業を生み出して、世界経済の成長を主導するに至ったわけです。
日本でも、当然のことながら、同じ時期に、金融制度改革の構想があったわけですが、実現はしませんでした。その結果か原因かは不明ですが、預金取扱金融機関の過剰な融資能力は不動産に向けられて、いわゆるバブルを生じ、その崩壊に伴う金融危機が起こるなかで、長いこと、抜本的な改革をなし得る好機は訪れませんでした。そして、2012年12月、第二次安倍内閣の発足に伴い、金融制度改革が改めて取り上げられ、今日に至るわけです。
日本の金融改革は進んでいるのでしょうか。
金融政策として、金利をなくしてしまえば、資本市場への資金の移動は生じ得ません。同じように金利がないのなら、元本保証のある預金が有利だからです。今、漸く、金融政策が正常化に向かうなかで、金利が復活してきて、40年以上もイギリスやアメリカに遅れて、金融制度改革が起動し得る条件が整ったわけです。全ては、これからの問題です。
・銀行の食文化革命(2016.9.8掲載)
預金の特権的地位を誇っていた銀行の変革について、信用創造の話を踏まえて論じています。
・預金が消滅する近未来社会の構図(2019.7.18掲載)
銀行等は、預金取扱金融機関として、預金によって事業の本質を規定されていますが、実際には、業務の多くは預金がなくとも実行可能であり、金融改革の要諦は、預金のない世界を構想することではないのかと論じています。
・資本市場の真の担い手は証券会社ではなくて投資運用業者だ(2022.10.27掲載)
投資運用業の社会的機能は、資本市場における取引参加者間の情報の対称性を高めることで、資本市場の公正性を実現し、産業界の資金調達と個人の資産形成に貢献することなのではないかと論じています。
(文責:広瀬)
次回更新は、12月4日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
