資本市場の真の担い手は証券会社ではなくて投資運用業者だ

資本市場の真の担い手は証券会社ではなくて投資運用業者だ

森本紀行
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投資運用業の社会的機能は、資本市場における取引参加者間の情報の対称性を高めることで、資本市場の公正性を実現し、産業界の資金調達と個人の資産形成に貢献することではないのか。
 
 水産物等の卸売市場においては、卸売業者は、売り手である出荷者を代理し、仲卸業者は、小売業者や飲食店等の買い手を代理していますが、両者は、取引対象の商品について等しい情報をもっている、即ち、情報の対称性のもとにあるからこそ、対等な条件のもとで需給を均衡させて、公正価格による取引を成立させ得ているのです。
 ここでは、仲卸業者の商品価値を評価する能力が決定的に重要です。なぜなら、商品に関する完全情報は出荷者のもとにあって、卸売業者は、出荷者を代理することで、情報の優位を得ているのですから、仲卸業者は、豊富な商品知識をもち、練達した高度な目利きとして、商品を目で見て、即座に価値を評価できるのでなければ、情報は対称的にならないからです。
 
仲卸業者と、その顧客である小売業者や飲食店等との間にも、情報の対称性は成立しているでしょうか。
 
 仲卸業者は、商品知識や経験の豊富さにおいて、小売業者や飲食店等に優越していて、そこに情報の格差があるはずですが、小売業者や飲食店等も、それなりの商品の目利きなのですから、その格差は小さく、より大きな情報格差は、小売業者や飲食店等と、その顧客である消費者との間にあります。
 また、大手の小売業者等のなかには、売買参加者として、仲卸業者と並んで、卸売業者との直接取引を認められているものがありますが、こうした小売業者等は、当然のことながら、仲卸業者と同水準の商品評価能力を備えているわけで、その顧客である消費者は、非常に大きな情報格差のもとで購買していることになります。
 
情報弱者としての消費者を守るのは、小売業者等の社会的責務でしょうか。
 
 卸売市場では、取引当事者間の情報の対称性が前提にされ、しかも取引単位が大口になっていますから、情報弱者であり、かつ小口の取引者である消費者は、そこに参加できません。故に、仲卸業者と小売業者等は、消費者との情報格差を埋めて、大口を小口に分荷するという社会的責務を担うわけですし、社会的責務を担うからこそ、事業の成立基盤を得るのです。いうまでもなく、この社会的責務は、普通は、顧客からの信頼と呼ばれています。
 こうした市場原理は、資本主義経済においては、水産物等に限らず、全ての商品において成立しています。ただし、市場の存在形態としては、水産物等の卸売市場のような物理的な建物の空間であるのは例外で、多くの場合、業者の相互取引の連鎖が作る情報ネットワークになっているわけです。
 
金融商品についても、事情は同じですか。
 
 金融商品は、派生的には、ある金融商品を基礎にして、別の金融商品が創造されるにしても、根源的には、産業界が資金調達の手段として発行するものであって、その市場においては、基本的には、資金調達側の企業等を代理する専門業者と、資金調達側の投資家を代理する専門業者とによって、情報の対称性のもとで、取引のなされるのが原則なのです。
 しかし、金融商品には、他の商品と本質的に異なる特殊性があります。まず、現在では、資本市場、即ち金融商品の市場は情報空間のなかだけにあります。実は、証券取引所のような物理的建物が存在する場合にも、全ての取引は、その物理的空間内ではなく、取引所の情報空間のなかで執行されているのです。これは、金融商品が物質ではなく、電子信号化されている以上、当然のことです。
 また、金融商品においては、専門家だけに閉ざされた特殊な市場があるにしても、それは例外的で、個人投資家が直接に市場に参加できるようになっています。背景には、開示制度によって情報の対称性が実現されていることと、金融商品は、物理的なものではなく、情報化された抽象的な権利であるために、容易に取引単位を小口化できることがあるわけです。
 
開示制度によって情報が対称的になるというのは、幻想ではないでしょうか。
 
 実質的に情報が対称的になっているかどうかは、投資家の情報分析力に依存するわけですから、どうとも評価し得ない問題です。そこで、開示制度は、平均的な知識と思考能力を備えた普通の人を想定して、その人が投資対象の価値の分析を十分に行えるように、必要最低限の情報の開示を発行体に求めることで、情報の対称性が成立したとみなしているわけで、制度設計としては、それ以上のことは不可能なのです。
 
十分な情報分析力をもたない投資家が資本市場に参加していることは、制度設計上の前提なのでしょうか。
 
 例えば、株式市場では、開示情報の分析を十分に行うことなく、株価変動だけを見て売買することが普通になされています。こうした投機的、もしくは心理的行動は、適法になされる限り、自己責任原則のもとでは、規制されるべきものでは全くないどころか、市場に流動性を供給するものとして、市場の制度設計上、むしろ不可欠のものだと考えられます。
 ここで、流動性の供給とは、ある重大な事象が生起したとき、専門的知見をもつ投資家は、類似した投資判断を形成する可能性が高く、売り一色、もしくは買い一色というように、同一方向への売買行動が誘発されるのに対して、投機や心理的動揺のように、全く異なった行動様式をとる投資家がいて、反対方向の売買を行えば、需給が調整され得るということです。
 
資本市場においても、公正価格を実現するのは、他の商品の市場と同様に、専門的知見をもった取引業者なのでしょうか。
 
 主流をなす理論は、専門的知見の有無、経験の深度、行動動機などについて、様々に異なる投資家がいて、好き勝手に取引するからこそ、価格の公正性が保証されると考えています。金融商品以外では、高度な専門的知見に基づく取引が価格の公正性を保証していることに対比したとき、ここにも金融商品の特異性があるわけです。
 この背景としては、水産物等の一般の商品の場合、専門家によって客観的な価値評価が確定するのに対して、金融商品の価値は、評価者の主観に大きく依存していることがあります。故に、市場参加者を専門家以外に拡大し、多様な主観的評価を戦わせることで、価格形成に客観的妥当性が付与されると考えられているのです。
 
では、資本市場において、何が専門家の役割なのでしょうか。
 
 主流派の理論を徹底すれば、専門家の価値評価に基づいて価格が形成されるのではなく、市場に現にある価格が価値を示していることになりますから、価値評価にかかわる専門的知見は不要になります。実際、そうした理論的背景のもとに、パッシブ運用、即ち、インデクス運用が普及拡大しているわけです。
 他方で、反主流派は、専門的知見を有する投資家間の主観的評価の平均として、価格の基礎が形成されおり、専門的知見をもたない個人投資家等は、その投機的、あるいは心理的行動により、価格形成の攪乱要因になっていて、この価格の攪乱は、アクティブ運用の機会、即ち、専門的知見をもった投資家に、より安く買い、より高く売る機会を与えていると考えているのです。
 
市場参加者のなかでも、専門的知見をもつ投資家が最も重要なのでしょうか。
 
 金融商品に関する完全情報は発行体にあるのですから、発行体を代理する投資銀行、即ち、証券会社の引受部門は圧倒的な情報の優越を確保します。これに対抗し得るのは、最高度の専門的知見をもつ投資家、とりわけ顧客を代理して投資を行う投資運用業者に限られますから、その資本市場における役割は極めて重要なのです。これは、水産物等の卸売市場において、買い手を代理する仲卸業者の役割が最も重要であるのと同様です。
 
故に、資産運用の高度化が金融庁の最重点施策になるわけですか。
 
 投資運用業者が顧客の信頼に応えて投資の技術を磨けば、投資信託の品質の改善を通じて、個人の資産形成に資するばかりか、産業界の資金調達の高度化を実現して、経済の持続的成長にも貢献できるわけですから、投資運用業の健全なる発展が金融庁の行政目的になるのは、当然のことなのです。
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パブリックな企業金融と比較しつつ、プライベートな金融が、非常態でも対応可能な点や、積極的な経営関与により顕在化したリスクから脱却できることなど優れた面があることを解説しています。

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(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。