まだある債券投資の数学的道具の簡単早わかり

まだある債券投資の数学的道具の簡単早わかり

森本紀行
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債券の投資理論では、様々な難しい数学的道具が用いられています。それらを理解しない限り、債券投資はできないわけですから、ここで、簡単早わかり解説をしておきましょう。
 
 債券は、額面100について、満期時に元本100が償還され、定められた表面利率に従って、期中に利息が支払われるものです。満期日や表面利率などの条件は、発行時に確定していて、発行後は変更され得ないのに対して、市中金利は常に変動していますから、固定されている表面利率との間に差が生じます。その差は償還時の差損益で調整されるほかないので、債券価格が変動するわけです。
 例えば、3年満期の債券が表面利率5%で発行され、その直後に3年物の金利の1%の上昇があれば、金利差1%の3年分に対応した償還差益が発生するように、債券価格は下落します。つまり、単純に考えて、額面100に対して、概ね3下落するということです。逆に、金利が低下すれば、償還差損で調整されるように、債券価格は上昇します。
 こうした価格の変動に対応した償還差損益を年率に換算して、債券の表面利率に加減したものは、債券の利回りと呼ばれます。表現を変えれば、市中金利の変動に対応して、債券の利回りは変動し、故に、債券価格は、金利が上がれば低下し、金利が下がれば上昇するように、変動するというわけです。
 
イールドとは、利回りを英語でいったものですか。
 
 利回りを英語でいう必要もないのですが、イールドカーブという用語が定着しているので、利回りはイールドと呼ばれることが多いわけです。イールドカーブとは、利回りを縦軸に、満期までの年限を横軸にとった曲線のことで、債券投資の理論では極めて重要な役割を担うものです。
 
多数の債券について、利回りを縦軸に、満期までの年限を横軸にとったとしても、線にはならないですよね。
 
 国債の全銘柄について、利回りを縦軸に、満期までの年限を横軸にとって、図表に点描すれば、多数の点が幅をもった帯を形成します。イールドカーブは、その帯のなかに、各点との距離が一番小さくなるように、数学的な技法を用いて、作図された曲線なのです。つまり、同じ年限のところに、少しだけ利回りの異なる複数銘柄が縦に並ぶわけですが、それらの平均値を横につないで細かく折れ曲がった線を作り、それを平滑化して曲線にしたものがイールドカーブであるわけです。
 なお、債券には、発行体の信用リスク、即ち、利息支払いと元本償還の履行能力に関する不確実性を伴いますから、イールドカーブは、信用リスクがないとみなされている国債について作成されます。信用リスクのある社債等については、発行体の信用度に応じて、適宜、国債のイールドカーブに上乗せ金利を付加して考察すればいいのです。
 
同じ年限の国債なのに、なぜ利回りが違うのでしょうか。
 
 同じ年限10年でも、10年債として発行された直後の国債と、10年前に20年債として発行された国債では、表面利率や市場における取引量などの諸属性が異なります。故に、利回りが異なるのであって、理論的には、属性が同一の国債は、利回りも同一になるはずです。
 
イールドカーブの上方に位置する銘柄は、割安だと考えていいのでしょうか。
 
 イールドカーブを作図すれば、作成方法からして当然ですが、イールドカーブの上にのる銘柄は少数で、概ね半分の銘柄はカーブよりも上方に、残りの半分はカーブよりも下方に位置するはずです。そこで、イールドカーブが年限と利回りの平均的関係を意味しているとしたら、イールドカーブよりも上方に位置する銘柄は、利回りが相対的に高くて割安であり、逆に下方に位置する銘柄は、割高だと推定されます。
 しかし、イールドカーブ上の利回りと個々の銘柄の利回りとの不一致は、属性の差にも起因しているのですから、その属性差を消去しない限り、割安か割高かという科学的な判断は成立しません。実は、債券投資の技術の要諦は、まさに、この論点にあるのです。
 
属性差を消去するとは、どういうことでしょうか。
 
 属性差を消去するとは、金利と時間との間の純粋な関係を把握することです。純粋に時間の長さだけで規定される金利は、スポットレートspot rate)と呼ばれますが、その推計には、数学的に高度な技法が必要で、債券の投資理論のなかでも、最も難しい分野を形成しています。
 ここでは、金利を時間との関係だけで定義したものとして、スポットレートをとらえておけば十分ですが、スポットレートの利用方法を理解するためには、まずは、複利と内部収益率について、知る必要があります。
 
複利とは何でしょうか。
 
 投資理論では、全てが複利の考え方で統一されています。例えば、5%の利率で5年間運用するとしたとき、単利とは、100に対して合計25の利息を得て、100が125になることであり、複利とは、100が1.05の5乗倍、即ち127.63になることであって、差の2.63が利息の上の利息なので、複利と呼ばれるのです。
 このとき、現在価値100と将来価値127.63とは、金利5%のもとで等価だということです。つまり、現在価値100について、5%の複利で増殖させれば、将来価値127.63となり、逆に、将来価値127.63を5%で現在価値に引き戻せば、100になるのです。なお、この現在価値へ引き戻すことを割引といい、割引に用いる金利を割引率といいます。
 金利が高くなると、同じ現在価値に対して、将来価値は大きくなるのですが、それを別の表現にすれば、同じ将来価値に対して、現在価値は小さくなるということであって、逆に、金利が低くなれば、同じ将来価値に対して、現在価値は大きくなるわけです。こうして、金利変動に応じて、債券価格が変動するのは、将来の利息額と元本償還額の現在価値が変動するからなのです。
 
次に、内部収益率とは何でしょうか。
 
 投資とは、現時点で、資金を投じて、将来時点で、投資資金を回収することであって、投資収益率とは、初期投資額と総回収額を比較したときの増加率ですが、数学的には、内部収益率として定義されています。つまり、内部収益率とは、回収額の現在価値が初期投資額と一致するようになる割引率のことなのです。
 債券の利回りは、自明のこととして、債券の投資収益率、即ち、内部収益率でなければならず、故に、将来の利息の支払い額と元本償還額の現在価値が債券価格に一致するように定められた割引率になるわけです。なお、内部収益率は、英語ではinternal rate of returnなので、多くの場合、その略称でIRRと呼ばれます。
 
内部収益率の難点を是正するのがスポットレートなのですか。
 
 例えば、満期5年の国債の利回りが3%で、満期10年の国債の利回りが5%だとすれば、5年債の5年後の元本償還額の割引には3%の金利が使われ、10年債の5年後の利息の割引には5%の金利が使われていることになります。実は、スポットレートの算出とは、この不合理を正そうとする試みなのです。
 つまり、内部収益率としての利回りは、銘柄に固有のものなので、同じ時点で発生する利息支払いや元本償還でも、銘柄が異なれば、異なる割引率が適用になるのに対して、スポットレートを用いれば、銘柄とは無関係に、同じ時間ならば、同一の割引率を適用できるということです。
 
スポットレートを用いて算出された国債の現在価値と価格を比較すれば、割高割安の判断ができるわけですね。
 
 全ての国債について、スポットレートを用いて現在価値を計算し、それと実際の取引価格を比較したとき、現在価値のほうが価格よりも低い銘柄は割高で、現在価値のほうが価格よりも高い銘柄は割安だと判断されます。そして、この評価技法は、現時点における債券投資の基本になっているのだと考えられます。
 
しかし、その評価方法は、スポットレートの推計方法に依存してはいないでしょうか。
 
 スポットレートは、その推計方法を数学的に緻密にしても、国債の市場価格から推計されている事実は変えようがなく、市場価格から推計されたスポットレートを用いて国債の理論価格を求め、それを市場価格と比較することは、循環であるとの疑念を生じさせます。しかし、いかなる分析にも、仮定から出発し、分析結果によって仮定を再検証する側面があり、循環的であることは否定できないのです。
 むしろ、より大きな問題は、スポットレートを用いて割安と判断された銘柄の多くがイールドカーブの上方にあるのなら、簡便なイールドカーブによる割安判断でも、実務上は十分ではないのかという論点です。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
複利のマジックがマジックであるわけ (2023.1.19掲載)
債券では、理論上の期待収益は再投資の実行を前提としたものですが、再投資には付随リスクが生じていて、再投資する際に金額や投資利率、年限等の条件が異なると結果に差異が生じます。債券における複利の概念や効果を整理しています。

投資の極意はS字カーブにあり (2022.9.15掲載)
本来、価値と価格は連動しますが、価値に対して価格が相対的に安くなる場所が生じます。この現象を図示すれば、S字のカーブを描きますが、このS字カーブの理論を用いて投資の極意を解説しています。

価値の変動と価格の変動 (2009.12.17掲載)
債券の理論価値と市場価格の間に格差が生じる時、債券の本源的な価値を分析し、価格の変動要因を本源的か、市場要因か見極めたうえで投資機会を発見できる人こそ、投資のプロであるということを述べています。
(文責:林)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。