銀行が支援という言葉を捨てて真に顧客と共に働くとき

銀行が支援という言葉を捨てて真に顧客と共に働くとき

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
<毎週木曜日 11:30更新>

銀行等は、債権者の優越的地位から顧客を支援するのではなく、顧客の財務部門を担うものとして、顧客と同じ立場で共に働くなかで、様々な金融機能へ需要を創造していくべきです。
 
 企業は、創業直後には、収入よりも支出が多いので、現金を失い続けます。会計的にいえば、損失が発生し続けるわけですが、資本が損失を吸収している限り、経営に障害は生じません。ただし、損失の発生が続けば、資本は減少していき、更なる損失を負担する能力を低下させていきます。そして、こうした事態は、創業時の企業だけではなく、どの企業においても、業況の一時的悪化によって、生じ得るわけです。
 銀行等の預金取扱金融機関の立場からすれば、現金流出の状況にある企業に対して、新たな融資を行うことは困難です。これは当然で、損失が拡大していき、資本が払底したときに、増資がなされなければ、資金が枯渇して、企業は破綻してしまうからです。しかし、逆に、銀行等が融資しないからこそ、資金が枯渇して、企業が破綻するといえなくもありません。
 
債務超過の企業に対しても、融資可能だということでしょうか。
 
 資本が払底してしまった企業は、いとも簡単に債務超過に転落しますから、常識的に考えて、銀行等として、そこへ融資することは困難ですし、ましてや、既に債務超過になっている企業に対して、更に融資することは、常識で考えても、不可能だと思えます。しかし、債務超過は、実は、会計上の認識の問題にすぎません。会計が捉えているのは、企業の過去の事実であって、企業の未来における現金創造の動態ではないのです。
 そこで、遠くない将来において、現金流出が止まり、逆に、現金創造が拡大していく見込みが十分にある企業については、融資を行い得ると考えられます。なぜなら、将来において企業が創造する現金によって、融資の弁済がなされ得るからです。逆に、銀行等として、こうした企業に対して、融資をせずに経営破綻に追い込むことは、社会的損失をもたらすことになり、また、有力な商機の逸失にもなるわけです。
 
金融庁のいう事業性評価に基づく融資ですか。
 
 金融庁は、近時の抜本的改革を経て、現在では、金融機能の強化を通じた経済の持続的成長を行政目的に掲げていますが、そのなかの最重点施策の一つとして、銀行等の預金取扱金融機関に対して、事業性評価に基づく融資の推進を求めています。そして、事業性とは、まさしく、企業の将来における現金創造能力のことなのです。
 従来の金融庁であれば、銀行等に対して、経営の健全性を確保する視点から、融資判断においては、直近数期連続赤字や債務超過等といった企業の過去の事実を重視するように求めたでしょうが、現在の金融庁は、経済成長の動因である企業の事業活動の活性化を支援する立場から、企業の将来における現金創造の動態を評価するように求めているわけです。
 
企業価値担保権というのは、その事業性を融資の担保に構成したものなのでしょうか。
 
 2024年6月7日に、「事業性融資の推進等に関する法律(事業性融資推進法)」が成立し、今年の5月25日に、施行されました。施行が大きく遅れたのは、この法律の中核である企業価値担保権について、それを商業登記簿に登記する仕組みの整備に長い時間を要したからです。
 法律の名称にある事業性融資とは、基本的には、かつて事業性評価に基づく融資と呼ばれていたものと全く同じですが、事業性という言葉には、より具体的な意味が付与されています。つまり、法律のいう事業性とは、企業が現金を創造する基盤のことで、動産、不動産、知的財産等の無形資産、人的資本などの不可分な結合体を意味しているのです。そして、法律の要諦は、この結合体を企業価値と定義し、新たに企業価値担保権を創出した点にあるわけです。
 
企業価値とは、一般には、企業が将来において創造する現金の現在価値のことではないでしょうか。
 
 法律のいう企業価値は、企業の将来の現金創造の基盤をなす有形無形の一切の資産の価値ですから、理論的にいって、その基盤としての企業価値が将来において創造する現金の現在価値に一致します。法律が巧みなのは、企業価値という名のもとで、将来において創造される現金の現在価値という抽象概念を転換して、現在において具体的に実在する資産の価値に構成し直したことです。こうして、企業価値は、具体的な資産によって構成されることで、担保に供され得るようになったわけです。
 
企業価値担保権は、不幸にして行使される事態になったときには、企業価値が大きく毀損しているはずですから、担保としての意味をなさないのではないでしょうか。
 
 担保権が行使可能になるのは、融資先企業の現金創造が見込み通りに展開せずに、債務不履行等の事象が生起しているときです。このとき、企業価値は崩壊寸前になっているはずですから、企業価値担保権は、担保価値が失われるときに、担保が行使されるという構造矛盾を内包しています。
 しかし、当然のことながら、法律は、この矛盾を自覚していて、矛盾があるからこそ、矛盾を回避する方向に、即ち、担保権が行使されない方向に、銀行等と融資先企業とは協働すると想定しているのです。つまり、事業性融資の本質は、銀行等に対して、融資先企業への経営支援を求める点にあるのです。要は、融資は、受動的に回収を待つものではなく、支援、即ち、能動的な融資先企業への関与によって、回収するものだということです。
 
では、一般的にいって、融資の本質は、資金の供給ではなく、支援の提供だといえるのでしょうか。
 
 銀行等の預金取扱金融機関は、経済成長期に、即ち、産業界全体が高い事業性をもっていたときに、その機能を十全に発揮したのです。つまり、個々の融資先企業に問題が生じたとしても、融資先の全体としては、創造する現金を成長させつつ、更なる融資需要を生んでいたので、融資は、事業性を意識するまでもなく、自然に事業性融資になっていて、かつ融資量も増加し得たわけです。
 しかし、経済成長が進めば、成長率が低下していくことと、企業の内部留保の蓄積が進むことから、融資需要は減退していき、金融の課題は、産業界の資金不足に融資で応えることから、巨額に蓄積された国民の富の活用に転じます。日本は、とうの昔に、そうした転換期を迎えていたのですが、経済政策として金融構造改革に着目されたのは、2012年の第二次安倍内閣以降です。いうまでなく、こうした改革の流れのなかに、金融庁の行政方針の抜本的転換があるわけです。
 そこで、銀行等の預金取扱金融機関に対する金融行政の期待は、大きく変化することになります。その一つの方向こそ、企業価値担保権の活用により、従来の基準では融資し得なかった先にまで、融資対象を拡大していくことです。ここで重要なのは、企業価値担保権は道具の一つにすぎないことであって、預金取扱金融機関は、他の様々な創意工夫によって、従来の手法では融資できなかった先に能動的に融資していかなくてはならないのです。そして、その際、融資先への経営支援は常に不可欠の要素になるのです。
 
事業承継も重要な顧客支援の領域なのですね。
 
 現在の産業界の大きな問題は、経営者が高齢化して引退するに際して、多くの事例において、事業の承継が困難になっていることです。この困難の打開において、銀行等の預金取扱金融機関の果たすべき役割のあるのは間違いありませんが、しかし、より重要なことは、資本政策や後継者探し等の課題について、長い時間をかけて事前に様々な支援を提供して、円滑な事業承継がなされるようにしておくことです。
 あるいは、銀行等にとって、決定的に重要なのは、融資のための支援という貸す側の視点に立った発想からの脱却です。そもそも、支援という言葉は顧客との立場の相違を前提にしています。支援するのではなく、顧客の財務部門を担うものとして、顧客と同じ立場で共に働くなかで、融資に限らず、様々な金融機能へ需要が自然に生まれてくると考えるべきなのです。
  ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
銀行が融資先の企業価値を高める努力をする担保法制の創造(2024.4.11掲載)
「事業性融資の推進等に関する法律」は、融資業務の新たな可能性を広げる契機となり得るものと考えられます。

銀行等の信用創造は成熟経済では革新を生み得ないのだから(2025.11.27掲載)
預金取扱金融機関による信用創造の仕組みと、経済環境の変化に応じた役割について解説しています。

顧客の資金不足に融資で応えるだけの銀行に未来はない(2026.7.2掲載)
預金取扱金融機関では、経済成長期には顧客の旺盛な資金需要に応える融資事業が主役でしたが、成熟期を迎えた現在では、資金余力のある顧客に資金運用の手段を提供するなど、顧客の成長に寄り添った包括的な提案が求められます。
(文責:ティ)

次回更新は、7月30日(木)になります。
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録   
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。