賭博の合法化は競馬を超えてどこまでも

賭博の合法化は競馬を超えてどこまでも

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

競馬を「スポーツエンターテインメント」といい切ってしまうと、他のスポーツについても、勝者投票券の発売を認めるべきだとの意見が強まるのではないか。
 
 骰子を投げて、どの目が出るかは、偶然の事象です。偶数が出たとき、一方が他方に一定金額を支払う約定をすれば、「刑法」第百八十五条の「賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する」との規定に抵触します。もっとも、同条には「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない」とのただし書きがついていますから、飴玉とか、おそらくは10円を賭けても、娯楽とみなされて、犯罪にはなりません。
 一般に、偶然の事象の生起に関して、当事者の一方が他方に一定の給付の履行義務を負う契約は、賭博に該当します。馬の競争において、どの馬が一着になるかは、偶然の事象ですから、勝馬に賭ける競馬は賭博です。その賭博が公然と行われているのは、「競馬法」という法律があって、その第一条の二において、「日本中央競馬会又は都道府県は、この法律により、競馬を行うことができる」としているからです。実は、「刑法」第三十五条に、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」との規定があるのです。
 
どこに競馬を合法化する根拠があるのでしょうか。
 
 「競馬法」第一条には、「この法律は、馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与するとともに、地方財政の改善を図るために行う競馬に関し規定するものとする」とあります。この規定が法律の目的だとすれば、合法化の根拠は、「馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与する」こと、および「地方財政の改善を図る」ことの二つであって、主として、中央競馬、即ち、日本中央競馬会の行う競馬は前者に、地方競馬、即ち、都道府県の行う競馬は後者に対応するのでしょう。
 
宝くじの合法化の根拠とは異なるのでしょうか。
 
 「刑法」第百八十七条には、「富くじを発売した者は、二年以下の拘禁刑又は百五十万円以下の罰金に処する」とありますが、「当せん金付証票法」という法律があって、宝くじの発行を合法化しています。その第一条は、明確に、「地方財政資金の調達に資することを目的とする」と規定していて、第四条は、この目的に従って、宝くじの発売元を地方自治体に限定しています。
 富くじにおいては、発売元は、賭博的娯楽を庶民に供することで、販売総額と賞金総額の差分を簡単に得られますから、富くじは、極めて安直な資金調達の方法として、長い歴史をもつのです。しかし、同時に、賭博性と安直さとの故に、取り締まりの対象ともなってきたわけで、富くじについては、歴史的に形成された尊重されるべき文化的価値があるとはいえません。だからこそ、明治以降、富くじの発売は禁じられてきたのです。
 実は、宝くじは、終戦直後の特殊な経済環境のもとで、資金調達手段としての安直性に着目されて、「当分の間」という限定をつけたうえで、特別に合法化されたのです。しかし、何ごとであれ、制度として開始されれば、その周辺に利害関係が固定し、自己の存立基盤を確保してしまうので、宝くじは、使命を終えた現在でも、居座り続けているわけです。
 
競馬には文化的背景があるということでしょうか。
 
 馬と人間との関係は非常に長い歴史をもっています。馬は、農耕、交通、物流等において、人間の生活に密着した存在だったのであり、競馬は、その文化的関係に根差したものとして、安易な資金調達手段としての単なる賭博ではなかったわけです。故に、「競馬法」は、資金調達よりも先に、「馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与する」ことを目的に掲げているのだと考えられます。
 
馬と人間との関係が希薄になった現在でも、競馬は文化的なものであり得るでしょうか。
 
 日本中央競馬会には、「日本中央競馬会法」という設立根拠法があって、その第一条は、同会の存在意義について、「競馬の健全な発展を図つて馬の改良増殖その他畜産の振興に寄与するため」としています。しかし、同会のウェブサイトでは、そこに続けて、「競馬施行の社会的意義は国民的レジャーを提供することにもあるといえます」との文言を付加しています。
 また、同会の「経営の基本方針」には、「私たちは、レースの迫力、馬の美しさ、推理の楽しみが一体となった競馬の魅力を高め、夢と感動を皆様にお届けします」、および「私たちは、歴史と伝統のある競馬の発展に努め、国際的なスポーツエンターテインメントとしての競馬を皆様とともに創造していきます」とあります。これらは、競馬は国民生活に定着した文化だという主張かと思われます。
 
「馬の改良増殖」のために競馬があるのではなく、競馬のために「馬の改良増殖」があるという倒錯に陥っていませんか。
 
 競馬には、競馬自身の振興を図るという自己目的化した側面がありますが、競馬の振興とは、競馬の文化的価値を高めることで、資金調達手段としての機能を強化することです。そして、資金調達の目的には、「畜産の振興」とあって、この畜産は、馬に関する事業を超えた広い範囲の畜産業を意味しているのです。
 地方競馬の場合には、都道府県の資金調達が目的ですが、地方競馬全国協会への交付金を通じて、同協会から畜産事業に対する助成がなされています。また、「競馬法」第二十三条の九は、「都道府県は、その行う競馬の収益をもつて、畜産の振興、社会福祉の増進、医療の普及、教育文化の発展、スポーツの振興及び災害の復旧のための施策を行うのに必要な経費の財源に充てるよう努めるものとする」と定めています。
 
日本中央競馬会は調達資金を国庫に納付するのでしょうか。
 
 「競馬法」では、馬券の正式名称は勝馬投票券で、勝馬投票券の売得金とは、勝馬投票券の発売額から、無効となった勝馬投票券に対する返還金を控除したものであり、勝馬投票の的中者に対する返戻金は、売得金の70%以上80%以下となっていて、現状では約75%となっています。そして、「日本中央競馬会法」第二十七条は、第一項において、売得金の10%、第二項において、剰余金の二分の一を国庫に納付させています。
 つまり、売得金を100としたとき、約75が的中者に返戻され、10が国庫に納付され、約15が日本中央競馬会の運営費に充当されて、剰余が生じたときは、その半分が国庫に納付されるわけです。2024年度の実績では、第一項の納付金が3343億円、第二項の納付金が323億円となっています。なお、国庫納付金の使途は、「日本中央競馬会法」第三十六条において、「畜産振興事業等に必要な経費」と、「民間の社会福祉事業の振興のために必要な経費」とに充当されることになっていて、後者は納付金の約四分の一とされています。
 
約75%の返戻率は、かなり高いですね。
 
 法律で高い返戻率を定めているのは、おそらくは、競馬の賭博性を少なくするためです。なぜなら、賭博が犯罪とされる理由の一つは、開帳者が不当に高い胴元手数料を課すことだからです。なお、宝くじの場合、2023年度の実績において、当籤金は発売額の46.7%にすぎないのですから、宝くじの不当性は明瞭です。
 
競馬を「スポーツエンターテインメント」といってしまうと、競馬の特権性が揺らぐのではないでしょうか。
 
 現状、競馬のほかに、競輪、競艇、オートレースが特別法によって賭博罪の適用から除外されていますが、この四種類に限定されていることについて、合理的理由を見出すことはできません。水面下では、他のスポーツについても、勝者投票券の発売を認めるべきだとの意見があるはずです。また、賭博の非犯罪化については、スポーツに限る必要はないとの議論もあります。実際、カジノを含む統合型リゾートについて、「特定複合観光施設区域整備法」が既に成立しています。
 ここには、極めて重要な論点が二つあります。第一は、賭博のほかにも、非犯罪化の可否について検討されるべき分野があることです。代表例は、大麻等の使用の合法化です。第二は、国家財政と地方財政については、資金調達手段の多様化だけではなくて、民間資本の活用等の抜本的な改革が必要だということです。この点、カジノを含む統合型リゾートについて、政府が幅広い公共政策のなかに位置付けていることは当然なのです。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
元の身分が犯罪である宝くじに許される範囲はどこまでか(2025.6.26掲載)
地方自治体は不合理で非効率的な宝くじを廃して、全く新しい資金調達手段を開発する必要があることを指摘しています。

隅田川は羊羹のように流れて観光業に至る(2020.12.17掲載)
企業経営や観光において、モノからコトへの転換の重要性を、俳諧を例に用いて解説しています。

ディスラプトは破壊ではないぞ(2020.11.19掲載)
ディスラプトの定義についての解説ののち、産業構造の真の改革について論じています。
(文責:翁)

次回更新は、7月10日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。