元の身分が犯罪である宝くじに許される範囲はどこまでか

元の身分が犯罪である宝くじに許される範囲はどこまでか

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

宝くじの発売は、本来は犯罪なのに、地方自治体の資金調達手段として、特別に合法化されています。さて、この身分のもとで、あの派手な広告宣伝で、庶民の夢を煽っていいものか。
 
 「刑法」第百八十七条には、「富くじを発売した者は、二年以下の拘禁刑又は百五十万円以下の罰金に処する」とあります。しかし、この犯罪は、宝くじの発売という名のもとに、堂々と盛んに行われています。なぜなら、「刑法」第三十五条に、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」との規定があるからです。
 「当せん金付証票法」という法律があり、それに基づいて、宝くじは発行されているのです。その第一条には、「この法律は、経済の現状に即応して、当分の間、当せん金付証票の発売により、浮動購買力を吸収し、もつて地方財政資金の調達に資することを目的とする」とあり、第四条は、この目的に従って、宝くじの発売元を地方自治体に限定しているわけです。
 
「当分の間」とは、どういう意味でしょうか。
 
 この法律が成立したのは、1948年7月5日です。つまり、「経済の現状に即応して」とは、戦後間もない復興期において、地方財政が極端な資金不足に陥っていたことを意味していて、当時の政府は、その窮状を救うために、この法律を制定して、「当分の間」の特例として、犯罪であるはずの宝くじの発行を認可したのです。
 では、財源として着目された「浮動購買力」とは何なのか。購買力は、明らかに資金ですが、浮動資金とは何か。おそらくは、この特殊な用語は、ほかでは使われていないものですが、その名の通り、浮いた資金、即ち、余った資金を意味したのでしょう。要は、終戦直後の貧しい日本にも、生活資金の余剰をもつ人は少なからずいたわけです。
 
浮いた資金なら、賭けに投じられてもいいというわけですか。
 
 宝くじでは、当籤番号は、まさしく籤引きという偶然によって決まります。一般に、偶然の事象の生起に関し、契約当事者の一方が一定の給付の履行義務を他方の当事者に負う契約は、射倖契約と呼ばれます。射倖契約の一例が宝くじの発売ですが、典型は、骰子の目が偶数ならば、一方が他方に一定金額を支払うという約定であって、まさしく、これが骰子賭博です。富くじや賭博など、射倖契約は基本的に全て犯罪なのです。
 射倖契約が犯罪とされる理由には様々なものを考え得ますが、基本的には、価値創造が全くないなかで、主催者、即ち、富くじの発売元や賭博の開帳者が確実に大きな手数料収入を得れば、参加者全体としては、また、個々の参加者についても反復継続すれば、確実に大きな損失を被るからです。実際、宝くじについても、それが地方自治体の資金調達になるということは、その分、購入者は確実に損失を被っているのです。
 こうした背景からすれば、「浮動購買力」という用語には、非常に重要な意味があったはずです。いかに地方自治体の資金調達という公益性を前面に立てても、宝くじの購入のために生活資金が投入されることを許容したのでは、法体系の整合性を欠く事態になってしまいますから、法律上は、浮いた資金だけを対象にするというほかなかったのです。
 
宝くじの場合、どれほど購入者の不利益は大きいのでしょうか。
 
 「宝くじ公式サイト」の「収益金の使い道」に、2023年度の実績が公開されています。それによれば、発売総額8088億円のうち、当籤金として購入者に支払われたのは、46.7%の3780億円にすぎません。そして、本来の目的として地方自治体に納められた収益金は、36.7%の2964憶円であり、残余の16.6%の1344億円は、発売に要する経費等です。つまり、宝くじを1万円購入すると、全購入者の平均値として、1660円が経費で消え、3670円が地方自治体に寄付され、4670円が戻ってくるというわけです。
 さて、1万円について4670円が戻ってくることは、5330円の価値のものを買って、1万円札を差し出し、4670円の釣銭を得るのと同じです。では、一体、何が買われているのでしょうか。また、仮に5330円の価値が地方自治体への寄付だとすると、そのうちの1660円が経費として消えて、純寄付額が3670円になってしまうのは、あまりにも経費効率が悪くないでしょうか。
 
宝くじを買う人は、どのような動機をもっているのでしょうか。
 
 「宝くじ公式サイト」には、2022年4月に日本宝くじ協会が行った調査の結果があります。それによれば、宝くじの購入理由は、「賞金目当て」(70.8%)、「宝くじには大きな夢があるから」(45.4%)、「遊びのつもりで」(33.1%)、「当たっても当たらなくても楽しめるから」(38.7%)となっていて、逆に、購入しない理由は、「当たると思わないから」(76.1%)、「全く興味がないから」(27.5%)、「ギャンブルだと思うから」(27.3%)となっています。
 要は、宝くじは、射倖契約として、「賞金目当て」の「大きな夢」を備え、しかも「遊び」として「楽しめる」ものなので、人を魅了するからこそ、売れているのです。しかし、他方には、多少の理性の働きのもとで、射倖契約だからこそ、宝くじを買わない人もいるわけです。いずれにしても、5330円によって買われているものは、地方自治体への寄付では決してなく、明白に「ギャンブル」なのです。
 
購入動機が射倖なら、宝くじを合法化するのは不当ではないでしょうか。
 
 人は、魅了されてしまうと、反復継続的に射倖契約に耽ることになりますが、射倖契約の本質として、反復継続すれば損失が累積していって、経済的に破綻するおそれを生じます。こうした事態を未然に防止することも、射倖契約を犯罪とする理由です。そして、おそらくは、宝くじを買う人は、反復継続的に買うのですから、宝くじの合法化には問題がありそうにも思えます。
 ところが、先ほどの日本宝くじ協会の調査結果には、「最近1年間で宝くじをいくら購入したかを聞いたところ、非購入者を含めた全体の平均では14,340円、購入者の平均では31,330円でした」とあって、宝くじは極めて少額の庶民的な娯楽なのです。このことは、地方自治体の資金調達という公益性に加えて、宝くじを合法化する別の根拠です。
 この点については、賭博に関する「刑法」第百八十五条において、「賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する」としたうえで、「ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない」と定めていることが参考になります。つまり、少額のものを賭けることは、賭博ではなく、娯楽なのです。
 
寄付としての効率の悪さについては、どう考えるべきでしょうか。
 
 庶民は、宝くじの購入という名目において、5330円を罪のない小さな娯楽に費消します。宝くじの発売元は、そうして得た5330円のうち、1660円を自分の経費として費消し、残余の3670円を地方自治体に寄付するわけです。法律は、この3670円の寄付を目的として、宝くじを合法化しているのですが、この寄付額に対して、1660円もの経費額は、不当に大きいのではないかとの疑義があります。
 特に、問題なのは、宝くじの発売に大きな広告宣伝費が投入されていることです。しかも、広告宣伝においては、地方自治体への寄付という公益性ではなくて、夢という射倖契約の特性が著しく強調されているわけで、庶民の射倖心を煽ってまで、宝くじを発売することは、法律の主旨に反する可能性があるのです。
 
宝くじの発売が自己目的化しているのでしょうか。
 
 少額の娯楽とはいえ、宝くじは、本来は犯罪である不合理な射倖ですから、庶民の消費行動が合理化していけば、自然と衰退すべきものです。そして、事実として、宝くじの発売額が緩やかな減少傾向にあるなかで、活発な広告宣伝によって、その減少を阻止するのは不当です。そもそも、法律は、戦後復興期の「当分の間」に限って、宝くじを許容したのであって、経済社会環境の激変により、「当分の間」は既に終了しているはずです。
 現在の宝くじでは、宝くじ発売の維持自体が目的化していているようです。宝くじの法律上の目的は、地方自治体への寄付であって、庶民に娯楽を供することは手段にすぎないのですから、宝くじの関係者は、原点の目的、今の流行り言葉でいえば、パーパスに立ち返り、不合理な宝くじを廃して、全く新しい合理的な手段を開発すべきです。そうすれば、不変のパーパスのもとで、破壊的創造によって、変革を断行した模範事例になるでしょう。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
なぜ宝くじの広告は許されるのか(2015.3.12掲載)
本記事では、宝くじなどの射幸契約の広告宣伝について政治・社会的観点からその正当性を論じています。

不正のなかに創造の芽がある(2019.2.28掲載)
本記事では、井原西鶴の浮世草子の物語になぞらえて、銀行や企業に必要な改革のあり方について論じています。

ディスラプトは破壊ではないぞ(2020.11.19掲載)
本記事では、部分的な改善を繰り返す連続性のある改革ではなく、非連続な破壊的創造による変革について解説しています。
(文責:城)

次回更新は、7月3日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。