企業の資金調達の目的と企業統治論

企業の資金調達の目的と企業統治論

森本紀行
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企業が資金調達を行うに際しては、資金使途が明確でなくてはなりません。具体的な使途もないのに、金利が低いので社債を発行しておこうとか、多額の現金を留保し続けるとか、これはもう、企業財務の技術的問題ではなくて、企業統治論の本質的問題です。今回は、資金調達の問題を通じて、企業統治論へつなげようという試みですね。
 
 結論を先にいえば、企業が保有する資産を経営上必要なものに厳格に限定し、かつ、その資産を保有するための資金の調達構造(資本構成)を最適化すれば、適正な企業統治が成立するであろうということです。
 ただし、このとき、巷にいくらもある安直な企業統治論のように、株主の利益が最大化されているということは適当ではないでしょう。単なる株主の利益の最大化ではなくて、株主以外の債権者等をも含む利害関係人の総体について、相互の利益の均衡が実現しているというべきです。
 これは当然のことでしょう。企業にとって、保有する資産の必要性を徹底的に考え直すことは、自己の事業の競争力の源泉を徹底的に考え直すことと同じでしょうし、その最低限の資産を保有するための最適な資本構成を考え直すことは、株主と債権者との間の利害の合理的な調整を実現することになるからです。
 こうして最適な資産構成の実現のために最適な資本構成を維持することは、企業統治の基本ですが、このことは株主の利害を債権者に優先させることではあり得ません。株主にとって最適であることは、債権者にとっても最適であることを意味しなければならないからです。
 

では、まず、企業の資金調達の目的から始めましょう。
 
 資金調達の目的から始めることは、金融の機能を軸に置いた分析をすることです。最適な資本構成のひとつの側面は、調達目的に対する最適性、即ち、最適なる金融機能の実現にあります。株式、社債、融資といった資金調達の道具が先にあるのではなく、資金調達の目的が先にあって、その目的の実現のための最適な道具の選択と組み合わせが工夫されるのです。その工夫の理論が最適資本構成の理論であり、それが現代の企業金融理論や投資理論の源流になっており、その先に企業統治論があるのです。
 企業の資金調達目的には、三つあるのだろうと考えられます。運転資金、設備投資資金、危険準備、この三つです。ここでいう資金は、資本といってもいいでしょう。ただし、他人資本というときの資本、あるいは資本構成や資本主義というときの資本であって、広義な意味です。自己資本という狭義の意味ではありません。あるいは、必要原資というほうがいいかもしれませんし、いっそのこと、元手という日常語のほうが原義に近いと思います。
 

では、運転資金からいきましょう。
 
 商業ならば、仕入れて販売する、製造業ならば、原材料を仕入れて加工して製品として販売する。いずれにしても、一定期間は、商品、製品、原材料などの在庫をもたねばなりませんが、その在庫を保有するためには資金がいります。また、ものの売買の約定からお金の決済までには一定の時間を要するので、その間のつなぎの資金も必要ですし、販売管理費等も売上に先行して支出がなされる場合が多いでしょうから、そのためにも一定の資金が必要です。これらが、運転資金です。
 このように、運転資金とは、要は、短期の時間をつなぐ資金です。金融とは、そもそもが、その基本的な機能は時間のつなぎです。お金は、事業活動を通じて生まれてきますが、お金が生まれるまでには時間がかかる。つまり、先にお金を使ってから、お金を回収するわけですから、時間のずれが生じます。このずれを埋めるのが、金融の機能です。
 

短い時間の金融機能が運転資金の調達なら、長い時間の調達が設備投資資金の調達ですね。
 
 原材料を仕入れて商品に加工して出荷するまでならば、作るものにもよりますが、比較的に短い時間でしょう。しかし、製造のための工場を建設するとなると、投資から投資回収までの期間は長くなります。この長い時間を想定した資金調達が、設備投資資金です。ここでの鍵は時間でしょうから、別に、目的が設備投資でなくとも、長い調達は便宜的に設備投資資金といっておいていいのでしょう。もっとも、企業経営において、設備投資以外に、どのような場合に長期資金の調達が必要となるのかは、ひとつの問題ですが。
 なお、鍵は時間の長短だけではありません。そのほかに、回転率、金額の多寡、不確実性の度合いなどを考慮すべきでしょう。
 

回転率とは何でしょうか。
 
 時間の長短と回転率と必要資金の多寡とは、多くの場合、密接に関連していると思われます。つまり、小さな金額が短い時間のなかで数多く回転すれば、必要資金は小さくて済むということです。
 仕入れから販売まで1か月かかるとして、その期間を半月に縮めることができるならば、商品の販売量は同じで、必要資金量は半分にできる。つまり、資金の回転を年12回転から24回転に加速させるとき、販売量が一定ならば、資金量は半分となり、投入資金量を同じにできるならば、最大、販売量を二倍にまで増やせるということです。
 当たり前ですが、回転を速くすれば、在庫は小さくなるのですから、その維持のための必要資金量は減り、金融費用も低下します。逆に、回転が遅くなれば、在庫が膨らみますから、それだけ必要資金が増大し、金融費用が嵩みます。つまり、在庫という資産の保有について、必要最小限という基準を厳格に徹底することで、資金調達額を最小化できるわけで、まさに、高い経営効率は、資産と資金の効率運用に帰結するということであり、ここには、金融機能と企業統治の連関が明瞭にでています。
 もっとも、製品の市場動向や生産や物流の技術的制約などの事業固有の構造にかかわる問題は、金融の都合ではどうともなりません。それでも、与えられた諸条件のもとで、資産管理や財務管理の問題として、改善の余地はあるものです。例えば、商品等の実物の回転と資金の回転の違いに注目することなどです。
 

商品の決済と資金の決済の時間のずれですね。
 
 慣行に基づく商取引の実態は、それぞれの分野に長い歴史があることもあり、極めて複雑です。商品と代金を交換で決済する現金決済は、むしろ例外かもしれません。多くの場合、代金の決済は事後的に行われ、その時間の差が、運転資本の調達を必要にさせているのです。つまり、売掛債権という流動資産に見合った額の流動負債が発生している場合が多いということです。また逆に、買掛債務という流動負債に見合って商品在庫が発生しているという具合に、商取引の慣行のなかに運転資金の調達が内包されることもあります。
 こうした商慣行等の制約のなかでも、財務戦略の立場からは、いろいろと工夫の余地があります。例えば、売掛債権を期日前に譲渡すれば、それを維持するための負債を減らすことができるなどです。売掛債権の譲渡は、資産の売却というかたちでの資金調達ですが、これにも古い歴史があり、古典的な手形の割引や、資産担保証券の発行を使った流動化まで、多様な方法があります。これも、売掛債権という流動資産の保有の最小化により、資金調達額を最小化する事例です。
 企業の立場からは、運転資金の調達については、多様な工夫の余地があるわけですし、銀行等の金融機関の立場からは、単なる融資という枠を超えた総合的な金融機能の提供という課題があるのです。財務の効率化と、銀行等の金融機関との適切な関係の構築、これも企業統治論の重要な分野でしょう。
 

商取引のなかで多様な債権債務関係が発生しているとしたら、低い調達費用に対して高い運用収益が対応している場合もあるのではないでしょうか。
 
 売掛債権に内包している金利は、意外に高い場合が多いでしょう。一方、それに見合う銀行借り入れ等の調達費用は低い場合が多い。だとしますと、低利な調達で高利な運用ができているはずですので、金融収益が内包しているはずです。これは、いわば、取引先との取引条件設定における地位の優越の結果ですし、また別の面からみれば、構造化された取引のなかで商流の安定化を図っているとも見られ、企業の重要な競争力の源泉になっているのです。
 表面的な見かけ上の数字からは、旧式な慣行に基づく非効率と見えるもののなかにも、企業の本当の力の源泉が隠されている場合もあります。巷の企業統治論などは、表層的な現象をとらえているだけのものもあるようですが、企業経営の実態に即した深い分析をまって初めて見えてくる企業の真の力もあるのだと思われます。
 

長期の設備投資資金についても効率化の余地は大きいでしょうか。
 
 アセットファイナンスの領域です。片仮名を使わない主義で一貫しているなかで、ここだけ片仮名を使うのもおかしいのですが、それでも適当な日本語が見つからないので、アセットファイナンスと呼んでいる分野の可能性です。
 設備は不動産等の独立した投資対象として構成できる場合が少なくありません。事務所用や居住用の不動産、商業施設(店舗など)、物流関連施設(倉庫、港湾、空港など)をはじめ、道路、鉄道軌道、上下水道などの基盤施設、航空機や船舶などの輸送用機器に至るまで、多くの事業用設備が独立した投資対象になっています。さすがに、特定事業構造に密接につながった工場等の製造設備の外部化は難しいでしょうが、電気のように一般性のあるものは、既に発電施設や送電施設の投資対象化が進んでいます。
 企業の事業用資産が独立した投資対象になるということは、その建設維持に要する資金調達が不要になるということですから、これは、企業の長期資金の調達における革新です。ここでも、鍵となるのは、施設という資産保有の必然性です。
 いうまでもなく、企業の事業経営に不要な資産は、単に売り切ればいいのです。これこそが、企業統治論の極めて重要な論点です。不要な資産のなかには、取引先の株式等の有価証券や過大に保有している現金も含まれるかもしれません。政策持合株式や現金の保有は、保有することの利益の正当性が証明される限り、必要な資産ですが、証明され得ないならば、不要な資産です。ここにも、企業経営の実態に即した判断が必要です。
 事業の継続に欠くことのできない資産ですら、売却後の利用の継続について支障がないようにできる限り売却できるというのが、アセットファイナンスの考え方です。逆にいえば、企業が利用するからこそ、安定した賃料等の収益が見込めるので、資産に価値が生じるのであって、ゆえに独立した投資対象に構成できるということです。
 

最後に、危険準備を目的とした資金調達とは何でしょうか。
 
 企業経営に不確実性はつきものです。資金調達の側面からいえば、もしも企業が予定した通りに事業が進捗するならば、例えば予定した価格で調達したものが予定した価格で予定した数量販売できるならば、必要資金は最小化するでしょう。ところが、当然ですが、企業としては、予定通りにいかないことを前提にして、余裕をみた資金調達をします。この余裕分が、危険準備です。
 運転資金については、経験的に過去の業績推移から、必要資金の見積もりは精緻にできるでしょうから、資金調達の合理性を保ちやすいと思われます。つまり、危険準備を最小化できるということです。
 ところが、長期の設備投資資金となると、不確実性が大きくなります。新規に建設している設備の稼働開始が遅れれば、それだけ資金負担が多くなりますし、稼働後に製造される商品の出荷価格も数量も不確実ですし、原材料価格等の原価の推移も不透明です。不確実性が大きくなれば、危険準備も大きくしなければならず、調達額が増えてしまいます。
 

そこで工夫されたのが株式による資金調達ですね。
 
 社債や融資等の債務負担は、事前に条件が決められ、期日が切られていますので、将来の危険準備の調達としては、不都合です。もしも、不確実性を吸収しようとすれば、金額の大きさで対応するしかありません。それでは、経営効率が悪い。ですから、危険準備の調達には、株式が使われることが多いのです。株式とは、期限も金利も定められていない出世払い債務のようなものですから。
 

出世払い債務のようなものに、投資価値はあるのでしょうか。
 
 この問題は、私が長年にわたって追求していることです。現在では、株式が単なる危険準備としてしか機能しないならば株式に投資価値はない、と考えるに至っております。日本の株式市場の低迷の理由のひとつも、ここに見出しております。
 論点は、不確実性は正負の両方向に同じだけあるということです。危険準備といういい方は、負の方向を強調したにすぎません。裏には、正の方向での不確実性、即ち、成長の可能性があります、というよりも、なくてはいけません。株式に投資する投資家の期待は、いうまでもなく、成長にあるわけで、不確実性の正の側面が現れない限り、株式に投資価値はないのです。
 不確実性を正の方向に転じるとは、不確実性を経営努力によって制御することです。不確実性を制御するとは、巷のいい方を使えば、リスクを制御(リスクをとることではなくて)することであり、要は、設備投資計画等の経営計画の執行における確実性を高めることです。これが企業統治の最大の課題です。この意味において、企業統治なきところ株式に投資価値なし、という原則が成立するのです。

以上

 
 次回更新は5月16日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。