東京電力の値上げ認可申請に関する消費者委員会の「考え方」

東京電力の値上げ認可申請に関する消費者委員会の「考え方」

森本紀行
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内閣府消費者委員会は、6月19日に、「東京電力の家庭用電気料金値上げ認可申請に関する消費者委員会としての現時点の考え方」を公表しています。今回は、そこで提起されている問題点に論評を加えようということですね。
 
 東京電力の規制部門の料金値上げ認可申請が経済産業省に対してなされたのが5月11日、その前日の10日に、消費者委員会は委員長声明をだしています。そこでは、「消費者委員会としては、電気料金の値上げが国民生活に与える影響の大きさに鑑み、経済産業大臣に対し、下記のとおり、先の建議への適切な対応等を改めて要請する」とし、「適切な審査」、「公聴会の適切な開催」、「適時適切な情報提供」をあげています。
 「先の建議」とは、消費者委員会が2012年2月28日にだした「公共料金問題についての建議」のことで、そこでは、電気料金について、以下のように述べられています。長いですが、引用しておきましょう。
 「経済産業省は、電気料金の決定過程の透明性等を確保する観点から、「電気料金制度・運用の見直しに係る有識者会議」における議論の結果等を踏まえ、料金を決定するために必要な情報の提供等に努める必要がある。
 なお、電気料金については、今後、厳正な原価評価が行われるものと理解しているところ、当該評価を行った結果、適正な料金水準を上回っていると判断された場合に、電気事業法第23条に基づく変更命令(「値下げ」)が確実に行えるよう、法令等の見直し・整備を含めた検討を行うことが望ましいと考える。」
 この委員長声明のあと、消費者委員会は、5月29日の第90回および6月12日の第92回と19日の第93回の三回の委員会で、東京電力の料金値上げを取り上げ、19日に、「東京電力の家庭用電気料金値上げ認可申請に関する消費者委員会としての現時点の考え方」を公表するわけです。
 

この「考え方」は、経済産業省における認可手続きとの関係で、どのような意味をもつのでしょうか。
 
 枝野経済産業大臣は、「消費者委員会の意見も聞きながら、しっかりと審査を行ってまいりたい」といっているのですから、それなりに重要な意味をもつのではないですか。
 消費者委員会としては、この「考え方」で指摘されている事項については、「経済産業省において電気料金審査専門委員会にご報告していただくとともに、そこでの議論において適切に反映されることを期待する。また、今後、電気料金審査専門委員会で査定方針の考え方を出されるものと考えるが、その内容とともに、下記の疑問や課題がどのように反映されたかについても当委員会で説明をうかがう機会を設けたい」としています。
 要は、最終的に消費者委員会の指摘がどう活かされるかは、経済産業省の問題であるわけですが、活かされるにしろ活かされないにしろ、その理由について、経済産業省は消費者委員会へ説明しなければならない、ということですね。
 

さて、「考え方」では、どのような考え方が提起されているのでしょうか。
 
 私の印象としては、当たり前といえば当たり前ですが、やはり消費者の目線での問題提起なのだなと感じました。
 面白い例が、「日本原子力発電等からの電力の購入がないにも関わらず、購入電力料として、平成24~26年度で年平均約1千億円を支払うことについて、その理由が不明確ではないか」という疑問点です。これについては、6月20日付けの東京新聞が、一面トップで大きく報道していました。
 何のことかというと、東京電力は東北電力と日本原子力発電の二社の原子力発電所から電気を購入する長期契約をしているのですが、向こう3年間、当該施設の稼働を見込んでおらず、故に購入電力量がないにもかかわらず、年間1千億円以上の代金支払いを予定していることについて、疑義が呈されているのです。いうまでもなく、問題なのは、当該費用が東京電力の電気の原価に含まれていることなのです。
 この費用支払いの理由について、東京電力は、「長期の契約関係に基づき、原価算定期間中の運転を見込んでいないユニットについても、各年度に必要と見込まれる維持運営費や安全対策等の固定費を受電権利割合に応じて織り込」んだとしています。この契約のなかでは、「対象ユニットの運転開始から運転終了までの長期間にわたり、発生電力の受給を行うこと、ならびに受電会社は受電権利割合に応じた費用負担をすることとしている」とのことなので、電気の購入がなくても、費用が発生するという説明です。
 なお、この契約については、経済産業省の「電気料金審査専門委員会」でも問題になっています。どういうわけか、こちらの委員会で東京電力が説明に用いた資料のほうが、消費者委員会での説明資料よりも、はるかに詳細です。やはり、専門家には専門的に、素人の消費者には簡単に、ということでしょうか。
 さて、消費者の目線で考えるならば、この費用の支払いは納得できないかもしれません。しかし、経済原則としては、あるいは契約上の義務としては、検討の余地のないくらい明白に、払うのが当然ではないでしょうか。少なくとも、東北電力との契約においては、「基本料金」として、「発電の有無にかかわらず固定的に必要となる費用(減価償却費、人件費、修繕費、委託費、賃借料、廃棄物処理費、損害保険料、固定資産税等)」が定められているのですから。
 一方、日本原子力発電との契約は、少し構造が違うようです。どうやら、「基本契約の中では電力受給の終期や料金について明確な記載をしていない」ということらしいのです。ただし、「発電所の営業運転開始から営業運転停止までの契約継続義務があること及び卸供給料金規制により適正原価にて費用負担することについて、お互いが認識・合意している」とのことです。
 特に、日本原子力発電という会社自体の設立背景として、「運開当時から卸電気事業者として電力会社以外への供給が事実上あり得ず、国を挙げて原子力を開発していくという時代背景の中で電力会社へ電力を卸売りするために建設した発電所について、廃止までの間、電力を受給することは当然の前提であったこと」という事情のあることが、有力な理由とされています。
 要は、契約に明確な定めがなくとも、東京電力が電気を買い取る権利を有している以上、逆にいえば、日本原子力発電は、電気を売る義務を負っている以上、原子力発電施設を稼働可能な状態に維持しておかなければならず、そのことに要する費用は、当然のこととして、東京電力が負担しなければならない、ということです。これは、契約の信義則上も、社会的公正の見地からも、まったく当然のことだと思います。なぜ、そこに疑義が呈せられるのか、かえって理解しがたい。
 

消費者委員会は、「その理由が不明確ではないか」と指摘しているのであって、支払い自体が不当だとはいっていないようですが。
 
 それは、「電気料金審査専門委員会」での議論でも、同じようですね。どうやら、東京電力が、「基本契約書等については、非公開を前提とした契約であることから、公開の場における開示につきましてはご容赦下さい」といっていることが問題視されているようです。
 日本原子力発電との契約については、東京電力自身が、「料金について明確な記載をしていない」というくらいですから、一体、どうやって施設維持費等を算出したのか、「理由が不明確」といわれても仕方ないのかもしれません。もっとも、最終的には、東京電力の説明のように、「電事法第22条第1項の規定により、「卸供給料金算定規則」に基づいて、卸供給事業を運営するに当たって必要であると見込まれる原価等を算定し、経産大臣に届出したものでなければならない」のだから、その妥当性について疑義を呈するのは、根本的に東京電力のいうことは信じないというに等しく、それも問題だろうと思うのですが。
 

仮に、東京電力による支払いが妥当だとして、それを原価に含めていいかどうかは、また別問題ではないでしょうか。
 
 他社の施設だろうが、東京電力自身の施設だろうが、電気の安定供給の視点から、長期的な観点に立脚して、最適なものとして、電源構成が構築されている以上、その電源構成を維持するために保有しなければならない施設について発生する費用は、全て電気の原価でなければなりません。重要なことは、電気の安定供給体制を維持するのに必要な電源構成であって、現実に稼働している最低限の電源構成ではありません。
 これも、消費者の目線で考えれば、現実に稼働している施設に関連する費用のみが原価と思われるでしょうが、稼働していない施設でも、安定供給体制維持のために稼働が予定されている施設については、その関連費用は原価でなければなりません。
 この点に関連して、「考え方」では、「福島第一原発5、6号機及び福島第二原発について、レートベースから外れる一方、減価償却費等は原価に含まれていることについて問題はないのか」としていますが、これも、最適電源構成の問題を長期の視点でとらえる限り、おかしな疑問です。
 確かに、時間を輪切りでとらえて現時点での電源構成を考えれば、レートベースから外れた施設は、レートベースの定義により電源を構成していないのですから、その費用は原価ではないように思われます。しかし、時間の長期継続の中で電源構成を考えれば、未償却価値を残して構成から外れた施設の費用も、当然に原価になるのではないでしょうか。
 

他に、「考え方」のみどころはあるでしょうか。
 
 消費者の目線という意味では、一番わかりにくいのが、「公的資金が資本注入された東京電力においては、事業報酬率について、事情変更としてその実情に即した算定方法が考えられないか」という指摘でしょうね。これは、実は、前回の論考で検討した事業報酬率3%に対する批判の一つなのです。
 原価算定上、必要総資本の70%を他人資本で調達する、即ち、銀行等からの借り入れと社債の発行で賄う、ということになっているのですが、東京電力は、その金利費用として、電気事業連合会加盟10社の実績値を用いているのです。ところが、事実上の国有企業になる以上、民間の電力会社に適用される金利ではなくて、日本国政府に適用になる金利(当然に低い)を使うべきではないのか。これが、第一の批判です。第二の批判は、いうまでもなく、残りの30%の自己資本部分の利潤率が高すぎるという批判ですが、この点は、前回の論考で詳細に検討したので、繰り返しません。
 さて、事実上の国有企業になる東京電力に適用になる金利は、国債並みでいいのか。一見そのようにも思えますが、では、事実の問題として、東京電力が社債を発行したら、国債と同等の金利になるのかというと、おそらくは、そのようにはならない。そもそも、社債の発行自体が不可能な状況になっている企業が、どうして国債並みの金利の社債を発行できようか。
 もしも、原価算定上、国債並みの金利を想定できるとしたら、それは、政府が明示的に東京電力の債務を保証する場合だけでしょうね。ところが、政府は明示的な債務保証をしないのだから、やはり、民間の電力会社としての金利が妥当なのです。これも、消費者目線では、事実上の国有企業だから事実上の政府による保証があるのも同じ、ということでしょうが、金融の理屈からは、明示的な保証を付けない限り国債と同等にはならない、ということです。
 

消費者目線というのは、しばしば矛盾を含みますね。事実上の国有企業の社債は安全という人が、同時に、事実上破綻している企業の自己資本部分に利潤は不要ともいうわけですからね。
 
 そうです。事実上の国有企業という意味が、一方で、金利は国債並み(政府並み)に低くていいという意見になるのならば、他方では、東京電力の社員の給与は国家公務員並みでいいという意見になるのかというと、そうではなくて、給与を論ずるときは、事実上の国有企業の意味が破綻して救済された会社になって、もっと給与を引き下げろという意見になる。
 事実、「考え方」では、「公的資金が資本注入された状態にある東京電力の従業員、特に幹部社員の給与や厚生費等の人件費について、他の公益企業(ガス会社等)と同レベルを維持することは一般の理解を得られにくいと考えられないか」との指摘があります。
 しかし、既に長くなったので、東京電力の社員の待遇問題については、次回にしましょう。

以上


 次回更新は7月5日(木)になります。

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。