再び、不動産なるものについて

森本紀行
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前回(2011/02/10)コラム不動産なるものについて


さて、不動産投資は不動産に投資することではないという、わけのわからない話の続きですが、そうはいっても、不動産投資というのは、不動産を取得することではあるのですよね。

 そうとも限らないといったら、なおさら話がややこしくなるでしょうか。正確にいえば、不動産を取得するのではなくて、不動産からあがる賃料を受け取る権利を取得するということでしょう。


つまり、それは不動産を取得することですよね。

 そのように簡単に考えてしまったら、投資の本源へ遡るという基本的な問いに答えられないのではないでしょうか。
 私は、株式や債券への投資について、何度も、紙を買っているのではない、といういい方をしてきたと思います。株式や債券というのは、総称して証券(だから「紙」です)というのですけれども、投資対象としての証券というのは、財産権を表章するもののことであって、投資価値は基礎にある財産権にあるのは自明です。
 証券という形態をとるのは、譲渡(権利の移転)の簡便性を高めるための技術的な問題なのです。というよりも、財産権としての側面からいうならば、証券の意味は、第三者に対する権利の対抗要件にあるのだと思います。法律上、財産権を第三者に対抗できなければ、投資対象として成立しないのは当然でしょう。例えば無記名証券であれば、占有によって権利を主張できる。逆に、その容易さが譲渡可能性を規定しているのです。
 不動産も同じでしょう。おそらくは、不動産の所有は、不動産にかかわる権利を主張するために必要なのだと思います。不動産にかかわる権利の登記という制度は、まさしく、そのためのものです。そもそもが、賃貸に出すという不動産の利用自体も、所有権を前提にしたことでしょう。
 不動産を投資対象にするということは、不動産を収益物件化すること、即ち賃貸の仕組みを作り出すことであり、その仕組みからあがる賃料を受け取る権利を保全することですが、その全過程において、不動産の所有が前提になっているのです。
 だから、不動産投資は、方法的前提として、不動産所有になるのです。所有しなくても、同等の経済効果と同等の権利の法律上の保全を実現できるならば、所有は必ずしも必要ではないのだと思います。しかし、不動産利用の方法における自由度の確保が、その利用から生じる賃料収入の量と質にとって決定的に重要な要素ならば、所有の重要性は高いでしょう。
 一方で、不動産利用の方法を工夫することは、不動産投資の専門家の仕事であって、投資家の仕事は、あくまでの財産権から生じる収益の稼得にあるだけでしょう。だとすると、所有は必要でないかもしれませんね。


話は、一段と、ややこしくなりましたが、見通しとして感じることは、ここに、不動産の管理経営と不動産にかかわる財産権を切り離す工夫の余地があるということですね。不動産の金融商品化というような。

 全くその通りなのですが、私は、投資対象をモノ化する考えを支持しないので、その名を冠した法律があるにもかかわらず、金融商品という言葉は用いません。金融商品という言葉は、用語としては不適切なものだとは思いますが、法律上の意味は、将来の収益を受取りと、対価として支払われる元本との関係を規定する約定、即ち財産権に関する契約関係に他なりません。
 契約関係が投資対象であり、金融商品なのです。商品という言葉から連想されるようなモノがあるのではありません。そして、商品と呼ばれるような契約の類型は、財産権を第三者に対抗するための要件を充足してれば、それでいいのです。
 いずれにしても、不動産の所有、不動産の経営管理、不動産からあがる収益の分配に預かること、これらの三つは、相互に関連するとはいえ、それぞれを独立したものとして扱えることが重要なのです。
 不動産投資にとっては、何よりも重要なのが、不動産からあがる収益の分配に預かることです。ここに尽きるのです。不動産の経営管理は専門家に委託すればいいのです。ここに不動産投資の資産運用業が成立する根拠があります。所有についても、絶対的に不可欠な要件ではありません。財産権としての権利の保全に必要な限りでのみ、所有が必要になるにすぎません。
 このことは、企業(事業)へ投資するときと同じです。企業の所有と、経営と、収益分配に参与する権利と、この三つは区別されて考えられています。企業に投資するときは、普通は、経営は経営者に任せるのです。投資において問題となるのは、所有と収益分配の関係だけです。株式投資は所有を含む投資ですが、融資、社債、劣後出資などは、所有を含まない収益分配の仕組みです。


企業への投資において、収益分配の仕組みを規定する契約構造をキャピタルストラクチャ資本構成)というのでしたね。不動産投資にもキャピタルストラクチャがあり得るということですね。

 そうです。ここで、キャピタルストラクチャの考え方をもちだすのは、はなはだ都合がいいのです。念のためですが、この用語に馴染みのない方は、「インカムと時間とキャピタルストラクチャ」を参照下さい。
 不動産を賃貸にだせば、賃料というキャッシュフローが生まれる。そのキャッシュフローが、不動産を投資対象として構成できる要件なのです。不動産投資は、この本源的なキャッシュフローを受け取る権利を取得することなのですが、理論的には、そのキャッシュフローの分配に、法律上の優先劣後の関係を導入できる。この優先劣後関係を定める仕組みが、キャピタルストラクチャです。
 ここでの最重要な論点は、賃料収入が変動し得ることです。賃料が減少してきたとしても、優先順位の高い投資家、例えば固定の金利を得るだけの債権者は、満額の利息を受け取るでしょう。しかし、最下位のエクイティの投資家へは、配当を受け取れなくなるかもしれません。逆に、賃料が増えても、債権者は金利以上の収益は得られませんが、エクイティの投資家は、賃料の増加分を享受できる。
 このように、優先順位の高い地位を得ている投資家は、収益が安定する一方で、長期的には収益が相対的に低く、優先順位の低い地位の投資家は、収益の変動が大きくなる一方で、長期的には収益が相対的に大きくなる、そうでなければ不公平だろうというのが、有名な「ハイ・リスク、ハイ・リターン」と呼ばれる理論的要請です。
 これが、なぜ理論的要請にすぎず、実証的に証明される(厳密な科学の意味では、証明され得ず、単に、統計的蓋然性に留まるのですが)ことを期待されるものにすぎないのかは、また別の機会に譲りましょう。


そうですね。不動産の話に戻すとして、不動産のエクイティの投資家というのは、不動産を所有している投資家で、不動産の債権者というのは、当該不動産を担保に融資している銀行などの債権者のことですね。

 そうです。不動産投資というのは、多くの場合、不動産を担保とした融資を組み合わせる場合が多いのです。つまり、キャピタルストラクチャをもつ場合が多いのです。おそらくは、個人の方が不動産投資(よくあるアパート経営を含めて)をなさるときも、機関投資家が不動産投資をするときも、ともに、そういう場合が多いのです。


しかし、不動産投資の目的が賃料収入を得ることだとすると、必ずしも融資を抱き合わせる必要はないのではないでしょうか。

 私も、融資は必ずしも必要ではないと思います。しかし、普通は融資をつけるのです。それには、それなりの理由があるのですが、もはや時間切れではないでしょうか。


それにしても、なかなか不動産投資は奥が深いようですね。ここしばらくは、不動産なるものについての話が続きそうですね。

 そう、次回は、「またまた、不動産なるものについて」です。

以上

次回更新は、2月24日(木)になります。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。