不動産なるものについて

森本紀行
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不動産なるものについてというのは、コラムの趣旨からして、不動産投資について、ということだと理解してよろしいのでしょうか。

 そうですけれども、いきなり、話を混ぜっ返しますが、不動産投資は、不動産に投資することではないのです。


まさか。では、何に投資することなのでしょうか。

 不動産を賃貸に出すことから生じる賃料収入に投資することです。投資というのは、キャッシュフローに投資することなのです。賃料を生まない不動産は、投資対象としての不動産ではありません。不動産の全体が投資対象なのではなくて、賃料を生む不動産だけが投資対象なのです。
 ですから、思い切って、不動産が投資対象なのではなくて、賃料が投資対象だといったほうが、頭の整理にはいいのだと思いますが、いかがでしょうか。


頭の整理というよりも、頭の混乱のもとではないでしょうか。

 混乱の後に整理がくるのです。発想の転換というのは、そういうものでしょう。


しかし、不動産の値上がり益については、どう考えたらよいのでしょうか。値上がり益は、賃料ではないですが、しかし、不動産投資の一つの目的ではないでしょうか。

 何が目的で、何が結果にすぎないのかは、もはや哲学の問題です。私は、哲学的に、不動産の値上がり益は、結果であって、目的ではないといいたい。
 逆に質問しますが、不動産価格が上昇するから賃料が上昇するのでしょうか。賃料が上昇するから不動産価格が上昇するのでしょうか。


なるほど、みえました。賃料収入が目的だとすると、賃料が上昇するから不動産価格が上昇すると考えないわけにはいかない。不動産の賃料が目的であって、不動産の価格上昇は結果だと。

 そうです。冷静に考えればわかるはずですが、もしも、賃料ではなくて価格上昇を目的に不動産を取得するならば、それは、多くの場合、短期的な転売を目的としたもので、投資というよりも投機でしょう。
 もともと、投資目的での不動産の取得は、賃料の上昇を見込まないでも投資採算が合う価格でのみ、実行されるものでしょう。だから、不動産価格(というよりも賃料)の上昇がなくても、定義により、不動産投資は収益を生むのです。
 もしも、賃料が上昇すれば、価格も上昇するでしょうから、二つの有利な状況が実現するでしょう。第一は、いうまでもなく、保有し続けたとしても、賃料の上昇分が収益率を高めるということ。第二は、もしも、譲渡の意思があるならば、取得価格より高く売却できるので、所有期間の利回りを非常に高いものにできるはずだということ。この二つですね。
 後の場合は、優れた投資のようにはみえるのですが、一方で、売ってどうする、という問題はありますよね。仮に価格が上昇したとしても、不動産を所有することの目的が長期的に安定した賃料収入を得ることであるならば、賃料の上昇だけで十分なのかもしれませんね。
 少し脱線しますけれども、この「売ってどうする」というのは、重要な論点なのです。機関投資家の資産運用のように、永続的な活動として投資を行う限り、資産の売却は、より有利な投資機会への入れ替えとしか行われ得ません。つまり、理屈上は、全ての資産が並行的に価格上昇するならば、資産間の相対的な魅力度は変化しないでしょうから、資産の入れ替えの機会としての価格上昇自体が意味をなくすということです。
 しかし、資産価格の変動は資産毎に跛行します。同じ資産種類の中でも、個別銘柄、個別物件毎に跛行します。そこに有利な入れ替えの機会が発生する。価格変化は、そのような機会の提供としてのみ、意味があるのでしょう。だとすると、必ずしも価格の上昇だけが問題なのではなくて、下落も含めた相対的な価格変動が問題だということです。


話を不動産に戻して、その価格の下落ですが、賃料が低下したら、不動産価格は下がりますね。

 賃料が低下する事態というのは、二通りあります。一つは、当然ですが、賃料の水準というか、相場が下落してしまうこと。もう一つは、稼働率が低下することです。ただし、この二つ、おそらくは、稼働率が低下するから、賃料水準も低下する、というような関係に立っているのでしょう。
 商業用にしても、住宅用にしても、物件の供給が過剰になれば、空室が生じるでしょう。空室を埋めるためには、賃料を下げざるを得ない。そのようにして、物件の供給と需要の関係が賃料を規定するのは、一般の経済原則と同じなのでしょう。


相互規定関係にあるとはいえ、あえて比較すると、賃料と稼働率のどちらが投資判断にとって重要でしょうか。

 おそらくは稼動率なのでしょう。賃料を下げてでも、100%近い稼働率を維持していれば、キャッシュフローを生み続けることはできます。しかし、稼働率が一定限界を下回れば、賃料キャッシュフローは経費を下回り、投資価値を失ってしまう。極端な話し、完全に空室になったら、不動産投資としては意味をなさなくなります。


それにしても、最近の東京の街を歩くと、商業ビルの空室が目立つようですね。

 少し心配ですね。何か、悪いことの予兆でないことを祈るのみです。それにしても、よくみると、全てのビルが平均的に稼働率を下げるということでもないようですね。地域、立地、規模、築年数、用途など、一つ一つの建物毎に固有の性格があります。それに応じて稼働率も違ってくるのでしょう。
 また、管理技術の差もあるのかもしれません。立地に適したテナント政策ということもあるでしょうし、外装や共有部分の整備などによっても、賃料や稼働率が違ってくるのだと思います。更には、思い切った用途の転換や改装によっても、不動産の価値を高めることはできるのでしょう。


そのような物件の選択と管理の技術、価値を高める経営能力、そこに、不動産投資が一つの事業として成立するための条件があるのですね。

 技術だけでもないみたいですね。東京のあちらこちらで進行中の巨大な開発案件を見ますと、もはやこれは単なる開発ではなくて都市改造だな、と思わせます。普通は、立地条件は与件でしょうが、都市改造のような大規模な開発をすると、立地条件自体が動いてしまいますね。価値を高めるという意味では、究極の戦略だと思います。
 ただし、問題は裏に動く巨額な資金の調達です。巨大開発を行うためには、巨額な資金を投入する必要があります。そのような資金調達能力もまた、不動産事業には不可欠なのでしょう。


そこに不動産金融の役割があり、不動産投資の機会がある。

 そうですね。不動産開発の立場からみたときの資金調達は、投資の立場からみたときには、不動産投資の機会です。不動産投資は、不動産に投資することではなくて、賃料に投資することである。更には、不動産投資は、不動産金融の機会に投資することである。


ますます頭の混乱する話ですね。

 混乱の先に整理がある。しかし、時間切れですから、整理は次回以降にしましょう。

以上

次回更新は2月17日(木)になります。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。