金融機関は、法律上、顧客の最善の利益を勘案する義務を負っていますが、事業や家計の必要性に基づかない金融機能を提供すれば、必ず、その義務に背いた事態になるのです。
生活や事業の必要上、支出が予定されているので、手元に資金を留保していたところ、事情が変わって、支出が不要になったとき、または、資産の譲渡等により、手元に資金の余剰が生じたき、そうした使途の決まっていない資金は、どうされるべきか。あるいは、新たに支出の必要性が生じて、資金が不足するときは、どうすべきなのか。金融とは、こうした課題に応えることであり、それ以外ではあり得ないのです。
しかし、こうした課題は、資金需要の変更、即ち、新たな支出を計画することで、あるいは逆に、既定の支出を見直すことで、金融によらずに、解決することができます。金融機関は、当然のことながら、金融機能の提供による課題解決を提案するわけですが、顧客の状況を仔細に検討するときは、金融機能によらない解決、即ち、資金需要の内容の再検討によって、顧客の最善の利益が実現することもあるはずです。
顧客の最善の利益を勘案する義務ですか。
「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」は、2023年11月に、改正法として成立したのですが、その第二条において、全ての金融機関に対して、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」との義務を課しています。金融機関は、金融機能の提供において、顧客の最善の利益を勘案すべきだというのですが、より重要なのは、金融機能を提供しないことが顧客の最善の利益に適うときは、提供してはならないという意味を含むことです。
貸さぬも親切の立法化ですか。
かつて、小原鐵五郎は、信用金庫業界において指導的地位にあったのですが、「貸すも親切、貸さぬも親切」という名言を残したのです。貸さぬも親切とは、顧客の資金使途を検討したとき、それが不動産投機のようなものであれば、貸すことによって、顧客の利益を害する可能性があるので、貸すべきではないという意味ですから、まさしく、法律の主旨を先取りしていたわけです。
さて、貸すも親切の意味は自明のようですが、法律の主旨を徹底させれば、金融機関として、貸すことが顧客の最善の利益に適うときは、必ず貸さなくてはならないという意味も含むことになります。当然に、金融機関は、融資対象としての顧客の適格性を審査するわけですが、さて、ここで大きな問題は、貸すことは顧客の最善の利益に適うが、顧客の経済状況から判断すれば、貸すことはできないという事態があり得るのかという点です。
これは答えのない難問ですが、一つの例を示せば、債務超過に陥っている企業に新たに融資することは、従来の金融機関の常識からすれば、ほぼ不可能ですが、債務は、企業が将来において創造する現金によって、弁済されるのであって、過去の損失の結果にすぎない債務超過は、将来の弁済能力の評価において、考慮される必要性が小さいとも考えられるわけです。このように、法律の目的は、従来の常識について、金融機関に再考を促すことにあるのです。
資金の運用については、運用させるも親切、運用させないも親切となるのでしょうか。
運用させないも親切というのは、例えば、手元に資金をもっている人がいて、株式や債券、あるいは投資信託等で運用しようとするとき、その申し込みを受けた金融機関として、その人の経済的状況や手元資金の性格を考慮したとき、顧客の最善の利益に反する可能性があると判断したときは、断るべきだということになります。もっとも、より現実的には、預金に滞留させることを含めて、運用対象の選択に関して、再考を促すために、助言を提供することになるわけです。
運用させるも親切というのは、預金に滞留させる資金の最適化の問題であり、より具体的には、預金の最小化という課題です。これは、超低金利が長らく続いている間は、預金の相対的魅力度が高かったわけですから、金融における重要な課題ではなかったのです。しかし、環境が一変して、資本市場の金利、より具体的には、国債の利回りが預金金利を大きく上回る現状においては、金融機関は、預金に資金を滞留させることの意味について、顧客と真剣に対話しなければならないのです。
企業の場合、基本的には、新たな資金需要の創造で、手元資金の余剰を解消するということですか。
企業は、過剰な手元資金が生じたとき、負債の削減、配当、自社株買い、他社の買収、設備投資などで、資金需要を発生させて、手許現金の過剰を解消するように、様々な選択肢を検討することになります。金融機関の役割は、その検討において、適切な助言を提供することであって、資産運用の提案をすることは、原則として、あり得ないのです。
実は、このことは、企業に限らず、個人においても全く同じであって、何らかの都合で、手元に過剰な資金が生まれたときは、住宅ローンの返済等、様々な資金需要を作ることができるわけですから、金融機関は、そうした可能性の全体について、顧客と対話し、必要な助言をしたうえで、最終的な残余として、資産運用に振り向けられるべき金額を特定しなくてはなりません。そして、その金額に対して、顧客の年齢等の属性を考慮したうえで、最適な運用方法を提供すべきなのです。
しかし、金融機関は、個人に対する営業において、多くの場合、少しでも多くの手元資金を資産運用に振り向けようとするのではありませんか。
金融機能の必要性と、その提供方法のあり方について、企業向けと個人向けという本質的に異なるものがあるはずはありません。しかし、実際には、金融機関は、企業に対する営業においては、手元資金の余裕を発見したとしても、直ちに投資信託等による資産運用の提案をしないと思われるのに、個人に対しては、手元資金の余裕を発見しようと努め、そこに直ちに投資信託等を販売しようとするのです。
この奇妙な事態については、少なくとも、銀行等の預金取扱金融機関の場合には、これまで長らく、個人向け事業は、預金による資金調達であり、企業向け事業は、融資による資金運用であるというように、二つは本質的に異なるとされてきたことが深く関係しているのだと考えられます。
個人向け金融の本質とは、家計の動態が生み出す自然な資金需要と不足のなかで、その調整機能を提供することなのですか。
銀行等は、現状、自分の事業拡大のために、預金を集め、投資信託や生命保険を販売し、住宅ローン等の各種ローンを提供するなど、様々なことについて、相互に連関のない営業を展開していますが、実は、真の金融機能は、顧客の最善の利益を実現するために、資金の過剰と不足を調整するという一つのことしかないのです。銀行等に限らず、金融機関は、この一事に立ち返り、個人向けの事業を抜本的に再構築すべきです。
家計に密着した事業展開を構想すれば、例えば、住宅ローンは、住むことの提供のなかに解消するわけですね。
住むことの必要性のもとで、住宅を購入しようとするとき、資金が不足するので、住宅ローンが必要になるのです。しかし、資金が不足するのなら、賃貸住宅に住むことによっても、課題は解決できます。ここに、まさしく、貸さぬも親切という論点が生じるのであって、顧客の家計の状況によっては、賃貸のほうが最善の利益に適うこともあるのです。実際、現状、住宅価格の高騰のもとで、毎月の返済額を抑えるために、超長期の住宅ローンが組まれていることについて、顧客の最善の利益に適っているのかという疑問が提起されているわけです。
こうして、顧客の最善の利益を勘案していけば、住宅ローンが住むことの必要性に解消するように、預金、投資信託、生命保険、各種ローンなども、必ず何らかの家計の必要性に解消していきます。逆にいえば、家計の必要性に基づかない金融機能の提供は、必ず顧客の最善の利益に反するのであって、絶対にあり得ないということです。
・前原誠司先生が明らかにした「売らぬも親切」の立法化の意義(2024.1.18掲載)
金融サービス提供法成立前の財務金融委員会での質疑応答を取り上げ、成立後の金融行政の課題や法律自体の主旨がどういったものなのか解説しています。
・銀行等は融資削減の努力を徹底して融資を増やすべきだ(2026.6.18掲載)
預金取扱金融機関は法人融資においても「貸さぬ親切」を徹底すべきであると論じています。弾力的な運転資金供給が、顧客との共通価値の創造につながります。
・住宅ローンを不要にする住み方改革のすすめ(2017.4.27掲載)
顧客本位の観点から、住宅市場をどう構造改革すべきなのか論じています。人口減少の時代において、金融機関の住宅ローンだけを営業するビジネスモデルも変革を迫られています。
(文責:城)
次回更新は、11月5日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
