一方に、冒険的投機に賭ける金鉱掘りがいるからこそ、他方で、金鉱掘りにスコップや酒を売る商売が大いに繁盛して、経済は成長するわけです。
企業は、事業活動によって、現金を創造する装置ですが、どのような事業においても、現金創造には必ず不確実性を伴いますから、一時的な現金流出、即ち損失の発生することは不可避です。故に、その一時的な損失を吸収するものとして、資本が必要になるのです。資本は、定期的な利息の支払い義務がなく、元本の弁済義務もないので、損失を吸収できるわけです。そして、企業は、その資本を調達するために、法律上の道具として、株式を発行するのです。
事業は、一時的な損失を資本に吸収させることで、持続可能になります。当然のことながら、資本の機能としては、損失の吸収という消極面ではなく、事業を持続可能にするという積極面が評価されなくてはなりません。事業は、短期的には現金を流出させても、持続可能性のもとで、中長期的には、現金を創造できるわけです。
資本は、成長のための原資の調達手段ではないでしょうか。
成長とは、企業の創造する現金の額の成長ですが、より狭く定義すれば、創造される現金のうち、資本に帰属する現金の額の成長です。資本に帰属する現金とは、要は、利益なので、成長とは、利益の成長になります。そして、株式の価値は、将来の利益の現在価値ですから、成長とは、株式の価値の成長になり、株式の価値の成長は、株価の上昇、および配当の支払い余力の拡大を通じて、株主にとっての現実的な利益になるわけです。
さて、企業は、成長を実現するためには、常に未来に向けて投資しなくてはなりません。投資とは、新たな現金創造の基盤を構築するために、先に現金を投じることです。つまり、投資とは、先に現金を流出させ、後で流出させた額以上の現金を回収することであって、成長とは、投資の連続的な成功のことなのです。そして、このとき、資本は、成長のための投資、即ち、先行的な現金流出を可能にするものとして、機能しているわけです。
こうして、資本の機能には、事業を持続可能にすることと、事業を成長させることとの二つがあるわけですが、事業を持続可能にするために、資本を維持することと、事業を成長させるために、新たな資本を調達することとは、不確実性の程度において、本質的に異なります。前者においては、不確実性が小さくて、損失に予測可能性があるのに対して、後者においては、不確実性が大きくて、賭けの要素を伴うわけです。
上場企業は、成長に賭けていく義務を負うわけですか。
上場とは、その本来の意味においては、新たな株式を発行して、成長のための資本を調達することです。なぜなら、賭けの要素の伴う資本の調達においては、上場によって、不特定多数の投資家を募る必要があるからです。上場の目的が成長のための資本の調達なのであれば、上場企業は、自明の前提として、成長という義務を株主に対して負うわけです。
しかし、実際には、上場企業のなかには、本来の上場目的を実現しておらず、株主に対して、成長という義務を果たせていないものが少なくないわけで、今後、株式市場改革の進展のなかで、成長できない企業の上場廃止と、新規に上場しようとする企業の厳選とが強く求められてくるはずです。
非公開企業においては、どのようにして成長を実現するのでしょうか。
企業は、事業の持続可能性のもとで、中長期的に現金を創造して、安定的に配当できている限り、株主に対する責任を果たしているのであって、実際、無数にある企業のうち、多くは、そのようにして存続しているはずです。そして、企業は、こうした状況にある限り、特定少数の関係者間で、資本の調達を完結でき、また、内部留保を用いて、成長のための投資を行うことができるので、上場する必要性をもたないわけです。
そもそも、企業経営の原則は、創造した現金から株主に配当を行い、その残余を内部留保して、成長のための投資を行うことです。上場することで、成長のための資本を調達する企業は、無数にある企業のうち、極めて特殊な例外的存在なのです。要は、企業は、上場せずとも、安定的に成長し得るのですが、成長を加速させるためには、あるいは、従来の成長軌道を離れて、革新により、不連続な成長を目指すためには、上場が必要になるわけです。
内部留保を超えて、投資しようとすることは、一種の冒険でしょうか。
企業にとって、内部留保から投資するのが原則だとしたら、それを超えて投資することは、大きな不確実性に賭けていく冒険なのであって、むしろ、投機と呼ばれるべきです。そして、投機のための資本を調達する場こそ、株式市場であり、上場の本来の意味は、株式市場に集まる投機資金を吸収することです。そもそも、資本主義経済は、その起源をベンチャー(venture)、即ち、投機的冒険にもつわけで、ベンチャーなくしては、事業の飛躍的成長はないわけです。
この点、アメリカの株式市場は、確かに、投機的冒険の場として機能していて、巨大な先進的企業を輩出してきたのですが、日本の株式市場の場合は、これまでのところ、大胆な事業構想と成長戦略のもとで、大規模な資本調達を行い、急成長してきた企業の事例は少なく、ましてや、巨大企業に成長した事例は皆無といっていい状況です。さて、ベンチャー精神を欠いているのは、資本を調達する企業なのか、供給する投資家なのか。いずれにしても、ここに改革されるべき日本の課題があることは間違いありません。
上場企業は、金鉱掘りのようなものですか。
金鉱掘りは、成功確率が著しく小さくて、しかし、奇跡的に成功すれば、巨万の富をもたらすものとして、投機の代表です。さて、多くの投機的冒険家が金鉱掘りに資金を投じれば、投じられた資金は巨額になって、金鉱を掘る人に、スコップや鶴嘴などの資材、日常品、酒類などを売る業者に流入します。故に、古くから、投資の格言に、金鉱よりもスコップというのがあるのです。
この格言は、金鉱掘りの裏にあるスコップの製造販売業は、安定的に現金を創造するので、金鉱掘りよりも、投資対象として、優れているという意味です。しかし、ここでの本質的な論点は、金鉱掘りがいなければ、スコップ製造販売業は魅力的な投資対象にならないことです。投機は常に資本主義経済の原動力なのであって、少数の巨大な上場企業の投機的成長があることで、無数の非公開企業の安定的成長が実現するのです。
上場していることの利点が大胆な投機なら、非上場であることの利点は何でしょうか。
外部環境が変動するなかで、事業の一貫性を堅持すれば、一時的な損失の発生は不可避です。故に、その損失を吸収して、事業を持続可能にするために、資本が必要とされるのです。つまり、資本の機能の本質は、単に事業を持続可能にすることではなく、事業の一貫性のもとで、事業を持続可能にすることなのであって、事業は、一貫した思想と手法に基づいて遂行されるからこそ、中長期的に現金を創造できるのです。
事業の一貫性を堅持するためには、上場していないほうが好都合です。上場していれば、業績について、株主に対する説明責任を負うので、どうしても、損失回避の方向に圧力を受けて、その結果として、事業の一貫性が損なわれやすいからです。非公開企業の利点は、外部からの雑音に煩わされることなく、事業の一貫性を堅持できることであって、実際、上場企業においても、事業の一貫性を再構築するために、非公開化を行う事例が少なくないのです。
一貫性とは何でしょうか。
企業は、外部環境が変化するなかで、それに対応して、常に自己変革していくべきだとしても、一貫させるべき何か、即ち、変え得ない何かをもっているはずで、それが企業に固有の存在意義なのですから、一貫性とは、企業の独自性を規定するものです。一貫性の代表例はブランドですが、それは、不変の品質を保証するものとして、商品に押された消し得ない焼印なのです。
・そもそも何のために株式を上場しているのか(2020.10.22掲載)
上場は成長のための資本の調達を目的にするものです。本稿では、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップシップ・コードなどが、成長資本の調達という観点でどのように位置づけられるか解説しています。
・金鉱よりもスコップ、チャイナよりもグレーター・チャイナ(2008.10.16掲載)
同じ収益源泉に投資するなら、より安全なものを選んだほうが良いというコラムです。例えば、金鉱については、掘る人より、道具などを提供する事業者、中国の成長に投資するなら、中国株より、中国の成長から恩恵を受ける企業へということです。
・没個性で同質の銀行が新奇で個性的な業態に解体するとき(2026.5.21掲載)
資本市場改革進めば、これまで成長資本の調達の中心であった銀行も役割の変更を迫られます。本稿では、そうした時代の変化に際して、有り得べき預金取扱金融機関の今後の姿について検討します。
(文責:城)
次回更新は、9月10日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
