決済手段は貝でもいいのだから通貨でも暗号資産でもいい

決済手段は貝でもいいのだから通貨でも暗号資産でもいい

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
<毎週木曜日 11:30更新>

決済手段は、決済手段として信任されている限り、貝でも、石でも、金でも、暗号資産でもよく、故に、中央銀行の発行する通貨でもいいわけですが、投資対象ではないのです。
 
 投資という言葉は広義に使用されますが、顧客の財産を一任で運用する投資運用業においては、投資は、法律上の問題というよりも、投資運用業者に固有の事業哲学、あるいは職業倫理に基づいて、狭く定義されています。例えば、投資対象となし得るものの範囲について、業界では、古くから、現金を創造するものに限るという定義が採用されてきました。
 この定義のもとでは、未利用の土地、現金、金、暗号資産、赤字が継続する企業の株式などは、日常用語では資産と呼ばれ得るにしても、厳密には投資対象としての資産ではないのです。しかし、未利用の土地は現金を生むように開発され得るのであり、現金、金、暗号資産は決済手段として現金を生む資産と交換され得るのであり、万年赤字企業も黒字転換の可能性を秘めるのですから、これらは潜在的な資産として、あるいは資産の定義の拡張として、一定の条件のもとで、投資対象に含めることもできるわけです。
 
なぜ資産は現金を創造するのでしょうか。
 
 資産が現金を創造できるのは、その背後に、現金の支払い義務を負う主体があるからです。例えば、企業は、資金調達の手段として社債や株式を発行し、資金提供者に対する責務のもとで、事業活動によって現金を創造し、社債の利息を支払い、株式の配当を行い、株式の価値を高めるからこそ、社債や株式が投資対象になるのです。また、不動産が投資対象なのは、それを賃借しているものに賃料を支払う義務があるからです。
 これに対して、現金、あるいは通用性の面から呼べば、通貨は、その発行体である中央銀行の負債であるにしても、そこに利息支払いの義務はなく、単なる決済手段にすぎないので、厳密な意味では資産ではありません。しかし、決済手段であるからには、資産の取得のために使用され得るのですから、潜在的な意味では資産なのです。
 あるいは、現金は、投資運用業においては、ある資産を売却し、他の資産を取得するときに、一時的に滞留するものとして、消極的に許容されるだけであって、積極的な投資の意図をもって、保有されることはないといえます。故に、投資運用業者の規律として、多くの場合、保有現金の最小化が図られているわけです。
 
金や暗号資産は、現時点では、決済手段とはいえないので、潜在的な意味でも、資産ではあり得ないのではありませんか。
 
 金は、遠い過去においては、決済手段であり、近い過去においても、決済手段である銀行券の裏付け資産でしたし、将来において、極端な政治的混乱が生じれば、決済手段としての機能を復活させるかもしれません。暗号資産は、社会のデジタル化とグローバル化が更に進展すれば、国家権力に依存する中央銀行の発行する通貨にとって替わって、無国籍な、あるいは非政治的な決済手段として、普及するかもしれません。故に、金や暗号資産については、現時点では決済手段であるとはいえないにしても、将来的に決済手段になり得ないともいえないのです。
 
決済手段を決済手段にするものは何でしょうか。
 
 決済手段は、貝であれ、石であれ、それを使用する人が決済手段だと信じるからこそ、その一般的な信認に基づいて、決済手段としての地位を確保するのであって、この使用者からの信認以外に、決済手段を決済手段にするものは存在し得ません。どの国家も、自国の中央銀行が発行する通貨の正当性を主張するでしょうが、政情が極端な混乱に陥れば、通貨は信認を喪失して、国民は他国の通貨や金、暗号資産を決済手段として利用するわけです。
 この点、金の特異性は注目されるべきです。金は、複製不可能性、属性不変化性、稀少性、唯一無二性のもとで、民族や地域を問わずに、歴史の諸段階を通じて常に、決済手段としての普遍的な通用性を維持してきたのであって、その特権性は簡単には揺らぎ得ないと思われます。暗号資産は、いわば金のデジタル化を志向しているものですが、金に匹敵する地位を確立する道程には、なお多くの課題が残されています。
 
外国の通貨は、投資対象になるのでしょうか。
 
 外国の株式や債券等に投資すれば、外国の通貨に投資するかのようになり、また、一時的に外国通貨建ての現金を保有することになりますが、外国の通貨は、それ自体が投資対象ではなくて、投資対象を取得するための決済手段にすぎません。これは、日本の株式に投資しても、円という通貨自体は投資対象ではないのと同じことです。
 
為替変動によって差損益が生じるのですから、外国の通貨は投資対象ではないとしても、為替変動は投資対象になるのではありませんか。
 
 外国の通貨が投資対象でない以上は、多くの投資運用業者にとって、為替変動は積極的な意味では投資対象ではなく、意図的に為替変動で利益を得ようとすることは、投資というよりも、投機になると思われます。しかし、当然のこととして、外国通貨建ての資産に投資すれば、消極的な意味では、為替変動の影響を許容せざるを得ないので、その対処方針に投資運用業者の固有の投資哲学が現れるわけです。
 ここで、重要な意味をもつのがリスクテイクとリスク管理の峻別です。リスクとは、投資収益に関する不確実性であって、リスクテイクにおけるリスクとは、利益を得る期待のもとで、意図的にとられるリスク、即ち、投資対象のもつ本源的なリスクですから、リスクテイクとは、実は、投資そのものです。これに対して、リスク管理とは、リスクテイクに付随する意図せざる諸リスクについて、リスクテイクの意図を妨げないように、制御下におくことです。
 この枠組みのもとでは、外国通貨建ての資産に投資することは、意図的なリスクテイクですが、その結果として受容せざるを得ない為替変動に関するリスクは、必ずしも積極的に意図するものではないので、投資の本来の意図を損なわないように、何らかの適切な方法によって制御されるべき対象になるわけです。
 
具体的には、どのように制御されるのでしょうか。
 
 例えば、為替変動の影響を最小化させる手法として、為替ヘッジがあります。これは、外国通貨を取得すると同時に、先日付で売却する予約をしておくことですが、先日付で売却する予約は予約期間中に外国通貨を借り入れることを意味するので、金利費用が発生します。こうして、為替変動の影響を制御しようと思えば、どのような手法を採用しようとも、必ず理論的な費用が発生しますから、費用と効果との関係を最適化するものとして、投資の技法があるわけです。
 他方で、外国株式に投資するときは、原則として、為替ヘッジはなされません。なぜなら、どの国の企業であれ、程度の差こそあっても、事業活動はグロ-バルに展開されていますから、その現金創造には様々な通貨による取引が内包されていて、そこに非常に複雑な為替変動の相互相殺関係が働いていると考えられるからです。
 
ところで、決済手段として、金と暗号資産が誰の負債でもないこと、あるいは発行体をもたないことは、中央銀行の発行する通貨に対して、何らかの優位を形成するでしょうか。
 
 通貨という決済手段が中央銀行の負債だとしても、本来は、その負債の規模は大きくはなかったのです。なぜなら、経済活動のなかで、決済手段は高速に回転し続けているので、滞留する残高は、経済規模に比して、大きくはなり得ないからです。故に、決済手段は、経済取引の単位として信認されている限り、貝でも、石でも、中央銀行の負債でもいいのです。
 しかし、どの国でも、金融政策の手法が変更されて、中央銀行が金融機関から国債等を積極的に購入するようになったことから、その負債は超巨大化していて、例えば、日本銀行の場合、直近25年間で、約10倍になっています。しかし、中央銀行の負債は、理論的には、無限かつ無期限に拡大できるので、負債額に特別な意味があるわけではありません。要は、通貨の信認が揺るがなければ、それでよく、通貨の信認が揺らげば、投資自体が崩壊するので、投資のなかに、その可能性を検討する余地はありません。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
デジタル化の極限において日本銀行は不要になるのか(2026.2.12掲載)
銀行券消滅や円以外の決済普及は、日銀の政策手法を変え得るが、使命自体は不変であり、通貨の信認が鍵となるでしょう。

現金はデジタル化されても現金ならば財布に入るのか(2026.2.5掲載)
決済のデジタル化が進む中で、人々が安心してお金を使える環境を支える日本銀行の役割と、CBDCへの期待について解説します。

そもそも仮想通貨に価値はあるのか(2018.7.19掲載)
仮想通貨に本当の価値が生まれるためには何が必要なのか、また仮想通貨を中心とした経済の世界が将来成り立つ可能性があるのかについて、解説します。
(文責:加藤)

次回更新は、2月26日(木)になります。
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録   
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。