現金はデジタル化されても現金ならば財布に入るのか

現金はデジタル化されても現金ならば財布に入るのか

森本紀行
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<毎週木曜日 11:30更新>

デジタル化が進展するなか、人々の金銭支払いにおける習慣が変わるとき、現金は無くなるのか。あるいは、現金がデジタル化されるのか。そもそも、現金とは何か。
 
 日本では、流通している硬貨と紙幣の単位は、1、10、100、1000、10000というように、10の累乗数が基本となっています。そして、補助的に、5、50、500、5000があるのは、使用に際して、必要な硬貨と紙幣の数を少なくして、利便性を高める工夫です。実際、5000円札があるからこそ、9000円は、紙幣9枚ではなくて、5枚になるわけです。
 さて、金額毎に必要な紙幣の枚数は、1000円1枚、2000円2枚、3000円3枚、4000円4枚、5000円1枚、6000円2枚、7000円3枚、8000円4枚(10000円札のお釣り2枚)、9000円5枚(同1枚)ですが、ここに2000円札を加えると、それぞれ1枚、1枚、2枚、2枚、1枚、2枚、2枚、3枚(お釣り1枚)、3枚(同1枚)となり、必要枚数が減少します。
 
そういえば、一時期、2000円札がありましたね。
 
 少し古くなりましたが、日本銀行の内田副総裁は、昨年の6月7日に、日本金融学会2025年度春季大会において、「業務からみた日本銀行」と題する講演を行い、そのなかで、「多くの方々の財布には入っていないと思いますが、二千円札は現役の銀行券です。例えば沖縄県では相応に流通しています」との事実を指摘しています。
 更に続けて、「「整数論として、おつりまで考えたときに最も合理的な貨幣の単位系は3の乗数倍です」という研究結果のあることを紹介し、「その代わりに、「2」と「5」を組み合わせると、3の累乗に近い貨幣単位の分布を作ることができます。つまり二千円札の発行は、数学的にとても合理的だったのです」と述べています。
 
なぜ、沖縄県以外では、2000円札は使われないのでしょうか。
 
 内田氏は、「便利なはずの二千円札が普及していないのは、準備期間が十分でなかったという事情もありますが、「良いものを作ればみんなが使う」という考えだけでは、決済手段は決まらないという教訓でもあります。決済は取引の双方の了解のもとで行われますので、人々の習慣が支配します」としたうえで、「こうした決済手段の「経路依存性」は、新しい決済手段を提供したり、決済システムの未来像を設計するときに心にとめておくべきことです」と述べています。
 
デジタル化で、人々の習慣は変わるのでしょうか。
 
 人々の習慣が決済手段を規定するというよりも、現に普及している決済手段によって、人々の習慣が規定されている面のあることについて、内田氏は、「わが国の場合、銀行口座での引き落としのほか、振込の割合が大きいのが特徴です。これは1973年から稼働している全銀システムによって、これらが極めて便利にできていることが背景です」とし、また、「わが国の銀行券残高は、低金利になる前で比較しても、他国よりも多くなっています。これには、現金を持ち歩いても安全であることや、そのもとでコンビニエンスストアを含めてATM網が発達しているという背景があります」としています。
 ならば、決済手段の利用環境を変えれば、人々の習慣も変わりそうなものですが、実は、そうならないことについて、2000円札の事例が引き合いに出されたのです。しかし、経済全体のデジタル化が急速に進行しているなかで、内田氏は、「決済システムが全体として、デジタル社会の中で高い安定性と効率性を発揮するために、中央銀行がどのような形態の「支払完了性のある決済手段」(中央銀行負債)を提供すべきか、設計していく必要があります」と述べたわけです。
 
「支払完了性のある決済手段」(中央銀行負債)とは、どういう意味でしょうか。
 
 支払完了性とは、決済を完了させる機能で、日本銀行は、支払完了性のある決済手段を提供できる唯一無二の存在なのです。第一の決済手段は日本銀行券、即ち、現金です。自明のこととして、現金の交付によって、決済は完了します。第二は当座預金です。銀行振込やクレジットカードなどによる決済の場合は、日本銀行の当座預金を通じて、金融機関相互の受払いがなされるときに、決済が完了するわけです。
 銀行券の発行と、当座預金の受入れは、日本銀行の負債になりますが、普通の意味における負債ではありません。なぜなら、一般に、どの経済主体にとっても、負債には、量的に限界があり、時間的に期日がありますが、日本銀行の場合は、負債を無限に、かつ無期限に拡大できるからです。実は、こうした負債の無限性があるからこそ、日本銀行は、いかなる状況においても、経済活動の根底にある決済の完了性を提供できるのです。
 
日本銀行は決済手段のデジタル化を検討しているのでしょうか。
 
 中央銀行デジタル通貨Central Bank Digital CurrencyCBDC)について、日本銀行は、2020年10月9日に、「中央銀行デジタル通貨に関する日本銀行の取り組み方針」を公表していますが、そこには、「日本銀行では、現時点でCBDCを発行する計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に的確に対応できるよう、しっかり準備しておくことが重要であると考えている」と書かれています。
 そして、2021年4月5日より、実証実験のうちの「概念実証」が開始され、これが2023年3月に終了した後、翌4月から「パイロット実験」が始まっています。パイロット実験では、「実験用システムの構築と検証」として、「日本銀行が構築する実験用システムで性能試験等を行うとともに、実験用システムに実装しない機能についても各種机上検討を行う」とされ、「CBDC フォーラム」として、「日本銀行が事務局となり、リテール決済に関わる民間事業者と幅広いテーマについて実務的な議論・検討を行う」とされています。直近の進捗状況は、 2025年 5月23日に公表されている報告書に書かれています。
 
そもそも、CBDCとは何でしょうか。
 
 日本銀行が提供している決済手段は、銀行券と当座預金ですから、それをデジタル化すれば、銀行券に相当する一般利用型CBDCと、当座預金に相当するホールセール型CBDCになるわけですが、日本銀行が構想しているCBDCは前者ですから、現金と全く同じように、スマートフォン等によって、使用可能なものです。
 
CBDCは財布に入らないので、どこに入れておくのでしょうか。
 
 究極のCBDCのあり方は、国民の全員が日本銀行に口座をもつことですが、当然に、そうした極限型は想定され得ないので、日本銀行は、「一般利用型CBDCを発行する場合、中央銀行と民間部門による決済システムの二層構造を維持することが適当である。すなわち「間接型」の発行形態が基本となる」としているわけです。
 しかし、CBDCが民間の預金取扱金融機関の預金として存在し、決済が当座預金を通じて完了されるのなら、現状と何も変わらないので、CBDCは、現金と同じであるのならば、預金取扱金融機関によって保管されるとしても、決済は当座預金を経由しないで完了するのだと思われます。
 この点について、内田氏の講演では、「具体的な仕組みとしては、まず、必ず必要になる個人との接点(インターフェイス)の部分は、いずれにしても、基本的に民間の事業者が担うべきだと思います。個人の多様なニーズに応えることは公的機関である中央銀行には難しいからです。その中で、利用者にとって便利なインターフェイスや、それを生かしたイノベーションが生まれるのだと思います」とされています。
 
現金は無くなるのでしょうか。
 
 日本銀行の現在の公式見解は次の通りです。「当面、現金の流通が大きく減少する可能性は高くないが、仮に将来、そうした状況が生じ、一方で民間のデジタルマネーが現金の持つ機能を十分に代替できない場合には、現金と並ぶ決済手段として、一般利用型CBDCを提供することが考えられる。なお、現金に対する需要がある限り、日本銀行は、現金の供給についても責任をもって続けていく。」
 そもそも、現金は、預金を通じて、既にデジタル化されているので、CBDCが絶対に必要なわけではないのです。しかし、「民間のデジタルマネーが現金の持つ機能を十分に代替できない場合」もあり得るのですから、日本銀行としては、CBDCの発行が可能になる条件を整備しようとしているわけです。
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
なるほど金融政策は日本銀行の内側の業務から見るものか(2026.1.22掲載)
日本銀行の内田副総裁の講演「業務からみた日本銀行」を題材に、金融政の実現について、日本銀行の業務の視点から論じています。

強力無比の日本銀行は債務超過で更に債務を増加させ得る(2026.1.29掲載)
支払完了性のある決済手段を唯一提供できる存在という前提から、日本銀行がどのように社会的な役割を果たしているのかを解説しています。

仮想通貨の本質は暗号なのか経済圏なのか(2018.9.6掲載)
中央銀行デジタル通貨は法定通貨ですが、仮想通貨は違います。仮想通貨の独自性とその展開可能性について論じています。
(文責:城)

次回更新は、2月12日(木)になります。
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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。