投資においては価格変動を無視できるものが勝つ

投資においては価格変動を無視できるものが勝つ

森本紀行
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • mixiチェック
<毎週木曜日 11:30更新>

保有資産の現金創造が安定していれば、その価値は金利以外の要因では大きくは変動せず、価値が変動しても、期待収益額は大きくは変動しないので、価格変動は無視され得るのです。
 
 機関投資家とは、意思決定機関をもった投資家という意味ですから、最高意思決定機関の統制のもとで、投資を行う法人のことです。つまり、機関投資家においては、投資は、法人の事業活動の必須の要素として重要な機能を演じていて、故に、最高意思決定機関の統制下におかれているのです。重要な機能とは、いうまでもなく、法人の事業活動の原資を投資によって得ることです。
 ここでいう事業とは、例えば、年金基金においては、年金給付であり、投資、即ち、年金資産の運用によって得られる収益は、給付原資の重要な構成要素になっているわけです。また、財団には必ず設立目的としての事業活動があり、財団とは、その存在の本質として、財団資産の運用によって、事業活動原資を得るものなのです。保険会社や銀行等の金融機関においても事情は同じで、ここでは、外部から調達した資金を運用するのが事業の本質なのですから、調達費用以上の収益をあげてこそ、資産運用の目的を達成できるわけです。
 
事業は永続的なので、投資も永続的になるわけですか。
 
 機関投資家の投資は、背後にある事業が永続するのですから、当然に、永続的になされます。永続的であるとは、運用資産の総体については、清算、即ち、売却による現金化は決して起き得ないということであり、そうであれば、その時価変動は、原理的には、無視され得るということです。なぜなら、そもそも、時価は清算価値であり、清算が予定されているときにのみ、意味をもつからです。
 ただし、時価変動は、原理的には、無視され得るとしても、時価が著しく下落するときは、事業の永続性に疑義の生じることもあり得るので、現実的には、無視され得ないのであって、どの機関投資家においても、危機的な事態に備えた制度的な手当てが必ずなされているのです。
 他方で、機関投資家の投資においては、投資収益が事業活動のために支出され、しかも、事業計画のもとで、予定支出額が決まっているのですから、それに応じた投資収益を安定的に得ることが非常に重要な意味をもちます。そして、実は、この安定的な収益の稼得こそ、投資の本質を示すものなのです。なぜなら、投資対象としての資産は現金を創造するものであって、資産分類は現金創造のあり方の違いに基づいているわけで、投資とは、資産全体について、現金創造が安定するように、適切な資産配分を行うことだからです。
 
資産配分とは、どういうことでしょうか。
 
 資産分類の基礎になるのは国債です。なぜなら、国債は、現金創造の源泉として、金利しかもたないからです。この単純な国債に、発行体の債務履行能力に関する一種の保証料を加えれば、社債ができるように、多種多様な現金創造の源泉を付加することで、様々に異なる種類の資産が生まれるわけです。
 国債から生じると期待される現金は固定した金利なので、ほぼ確実に期待が実現するわけですが、そこに現金創造の源泉を追加していくと、創造されると期待される現金は大きくなりますが、それに応じて、期待の実現に関する確実性が低下していきます。例えば、株式においては、現金創造の源泉が多くあって、期待収益が大きいと同時に、その実現に関する不確実性も大きくなるのです。なお、不確実性の大きさは、価格変動の大きさとして、具体的に現れます。
 故に、資産全体について、期待収益の期待値をおけば、理論的には、それに対応して、最も不確実性が小さくなる資産配分、換言すれば、最も価格変動が小さくなる資産配分が決まり、逆に、許容できる不確実性の限界、換言すれば、許容できる価格下落幅の最大値を決めれば、それに対応して、最も期待収益が大きくなるような資産配分が決まります。この資産配分の理論こそ、投資の基本中の基本なのです。
 
ところで、清算を予定した投資もあり得るでしょうか。
 
 投資は機関投資家だけのものではありませんから、例えば、個人投資家の投資戦略として、事前に清算が予定されることもあり得るでしょう。しかし、清算を予定すれば、要は、安く買って、高く売るということになるのですから、多くの場合、投資というよりは、投機と呼ばれるべき事態に陥ります。よく長期投資の重要性がいわれますが、その具体的な意味は、要は、清算を予定するなということです。
 ただし、法人は永続するので、永続的に投資できるのですが、個人の場合は、寿命があるのですから、投資は必然的に有期になります。つまり、個人の投資は、資産形成の段階、即ち、働きながら老後の豊かな生活のための資金を形成する段階と、形成された資産を取り崩していきながら、豊かな老後生活を送る段階に分けられるわけです。
 
個人の場合、資産形成から資産取り崩しに転換するとき、その時点での資産の時価が決定的に重要になるのではないでしょうか。
 
 確かに、資産形成には終点があり、終点において形成されている資産の時価は重要なのですが、より重要なのは、その時点での資産配分です。つまり、個人の資産形成においては、初期段階における収益性重視の投資から、最終段階における安全性重視の投資へと、次第に、投資方針、より具体的にいえば、資産配分が変化していくべきなのです。
 一般論としては、株式等の価格変動の大きな資産の構成比は、収益性が重視される初期段階において最大となり、老後生活の開始が意識され始めてきて、安全性が重視される最終段階で、最小になります。極端な例として、老後生活の開始時において、現金100%という資産配分になっていれば、資産の時価変動はなくなっているわけです。
 
機関投資家の投資においては、どのように資産配分の変更がなされるのでしょうか。
 
 機関投資家の投資の場合、経済環境の絶えざる変化は、資産種類ごとの期待収益に様々に異なる影響を与えるので、予定される事業支出との関係で、資産全体の期待収益を一定の範囲内で維持しようとすれば、必然的に資産配分が変更になります。しかし、ここで重要なのは、期待収益を維持するだけではなく、同時に、価格変動の可能性についても、許容できる範囲内に留めるべきことです。
 
国債の金利が低下すると、期待収益の実現が困難になるのではありませんか。
 
 確かに、国債の金利は全ての資産の期待収益の基礎になるので、それが低下するとき、期待収益を維持しようとすれば、より大きな価格変動の可能性を許容しなければならなくなり、資産価格が大幅に下落するときには、深刻な事態を招きそうです。
 しかし、金利が低下し、資産の平均的な期待収益率が低下しても、資産の時価が増加していれば、期待収益額は低下するとは限らないわけです。表現を変えれば、期待収益率が低下するのは、資産時価が上昇するからで、簿価、即ち、資産を取得するのに投じられた現金額に対する関係では、利回り、即ち、資産が創造する現金を簿価で除した値は大きくは変化しないということです。故に、大きな価格変動の可能性を許容する方向に、資産配分を本質的に変更する必要はないわけです。
 
金利の低下によって、なぜ資産時価が上昇するのでしょうか。
 
 資産の理論的な価値は、資産が将来において創造する現金の現在価値です。将来の現金を現在価値に割り引くには、一般に、国債の金利が基準値として使われていますから、国債の金利が低下すれば、資産の価値は上昇するわけです。資産の時価、即ち、資産の現時点での価格は、現時点で評価される資産価値を反映するはずですから、金利が低下すれば、時価は上昇すると考えられるのです。
 
資産価格の変動よりも、資産価値の変動のほうが重要だというわけですか。
 
 保有している資産の現金創造が安定していれば、その価値は金利以外の要因では大きくは変動せず、金利によって価値が変動しても、期待収益の実金額は大きくは変動しないので、価格変動は無視され得るのです。こうして、機関投資家や資産取り崩し期にある個人投資家にとっては、資産の現金創造が安定するような資産配分が決定的に重要になるわけです。
 
 ≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
長期投資は短期投資の無期限連続(2017.3.2掲載)
機関投資家や個人投資家に関わらず、投資は、特定の目的を持つことを前提としているため、必ず期限があるものです。運用視点の長期と運用資産の性格における無期限について述べています。

賢い投資家が安眠できるのは時価変動の心配がないから(2022.6.23掲載)
投資において重要なのは投資対象の価値と、投資規律に基づく適切な売買であり、漠然とした長期投資ではなく常に価値を精査することの重要性を論じています。

投資対象の時価には清算価値としての意味しかないのだから(2025.11.13掲載)
機関投資家は永続的な事業活動という目的があるため一般的には利回りを重視しますが、何らかの要因で回収予定より先に制度等が清算される可能性がある場合、時価が重要な意味を持つと述べています。
(文責:林)

次回更新は、11月27日(木)になります。
ご登録いただきますとfromHCの更新情報がメールで受け取れます。 ≫メールニュース登録 
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。