投資とは、その名の通り、資金を投じて資産を取得し、資産が創造する現金を得ることですから、投じられた現金と、回収される現金との比率として、利回りが重要な意味をもつのです。
投資対象としての資産は現金を創造するものと定義されます。故に、その価値は将来において創造される現金の現在価値になります。しかし、将来において創造される現金は、現時点においては、確実には知られ得ず、単に、既知の情報に基づいて、合理的手法を用いて、期待値として形成されるにすぎません。この期待値、即ち投資対象の価値は、当然のことながら、時間の経過とともに、新たな情報が既知となっていくのに従って、変化し続けますから、要は、不確実なのです。故に、投資には不確実性があるといわれるわけです。
投資に不確実性があるといわれるとき、より一般的には、投資対象の価格が不確実に変動するという意味に解されています。なぜなら、資産の価格は、理論的には、資産の価値の変動に伴って、それに対応するように変動するからです。あるいは、市場で成立している価格は事実なのですから、事実から説明するのが穏当だとすれば、価格が不確実に変動する背景には、必ず価値の不確実な変動があるということです。
資産は、価値変動を規定する変数の違いによって、分類されるのですか。
資産の価値を規定する変数は、資産の異なるのに応じて異なっていて、この違いによって、資産は分類されているわけです。例えば、債券のうち、国債は、金利という一つの変数だけで価値が規定されていて、故に、最も単純な構造をもつものとして、資産分類の基準になっているのです。
基準という意味は、国債は、そこに発行体の債務履行能力という変数を加えると、社債になり、為替という変数を加えると、外国債券になるように、順次に、国債に異なる変数を加えていけば、より複雑な資産が生まれてくるということです。こうして、通常の資産分類においては、最も変数の多い資産として、株式があるわけです。そして、より高度な投資の技法においては、様々に変数の構成を変えることで、新たな資産種類を創造できるのです。
変数が多いほど、価値変動、あるいは、それに応じた価格変動は大きくなるのでしょうか。
確かに、株式は、価値を規定する変数が多い資産であり、同時に、価格変動の大きな資産ですが、おそらくは、価格変動が大きいのは、変数の多さによるのではなくて、発行体企業が創造する将来利益の成長性を変数に含むためです。なぜなら、理論的には、成長期待の変化は、遠い将来までの全期間の利益の総額に影響を与えて、価値評価を著しく大きく変化させ得るので、それに応じた価格変動が非常に激しいものになり得るからです。
変数が多いほど、価値と価格の不一致が大きくなるでしょうか。
国債の場合、価値を規定するのは金利変動だけであり、逆に、金利変動は国債の価格の変動によって生じるわけですから、価値と価格は概ね一致しているというほかありません。より厳密にいえば、国債の価値評価は、金利変動に関する期待に基づいて形成され、価値評価の変化に伴う国債の価格変動は、実際に金利を変化させるのですから、価値と価格は循環的に相互に作用し合っていて、両者は常に一致する方向に動いているわけです。
しかし、社債の場合は、事情が異なるはずです。例えば、発行体企業の債務履行能力に影響を与え得る事象が生じたときは、実際の影響の程度が知られるよりも前に、即ち、価値の変化が明らかになる前に、価格は先行して変動することが多く、その結果、価値と価格との間に乖離が生じると考えられます。この乖離は、時間の経過とともに、価値評価に必要な情報が増加していけば、価格が価値の方向へ変化していくことで、縮小していくわけです。
株式の場合には、価値を規定する多くの変数について、日々、様々な事象の生起が影響を与え続けているなかで、事実として価値が変化する前に、価格は常に先行して変化しているわけで、価値と価格は、時に乖離を著しく大きくしながら、一致することなく複雑に絡み合って、それでも、長期的には、同一方向へ動いているのだと考えられます。
投資とは、価値よりも低い価格で、資産を取得することでしょうか。
投資とは、第一義的には、あるいは戦略的には、資産の価値を得ること、即ち、資産を取得して、時間の経過とともに、その資産が創造する現金を稼得することです。しかし、投資には、第二義的に、あるいは戦術的に、資産を価値よりも低い価格で取得することが含まれます。いうまでもなく、資産を取得するときは、より安い価格で取得したほうが有利だからです。
資産の価値が同じなら、取得価格に関係なく、資産から創造される現金は同じではないでしょうか。
ここで重要な意味をもつのが利回りです。確かに、資産価値が同じなら、どの価格で取得しようとも、創造される現金の期待値は同じですが、利回り、即ち、取得に要した金額によって一年間に創造される現金の期待値を除した値は、取得価格が低いほど、高くなります。つまり、投資とは、資金を投じて資産を取得し、資産が創造する現金を得ることですから、利回りは、投じられた現金と、回収される現金との比率、即ち、投資効率を年率で表示するものになるわけで、故に、高いほうがいいのです。
利回りが取得価額で決まるのなら、投資においては、時価の変動は重要ではないのでしょうか。
資産の取得価額は、帳簿に記載される価格という意味で、簿価と呼ばれますから、利回りは現金創造の期待値を簿価で除したものになります。ある資産について、創造される現金の期待値が二倍になれば、その価値は二倍になり、市場で形成される価格、即ち、時価も対応して変化して、二倍になるはずです。このとき、簿価に対する利回りは二倍になり、資産の時価評価額は簿価の二倍になりますが、簿価を時価で評価替えすれば、簿価が二倍になるので、利回りは変わりません。
この事態を解釈する、あるいは説明する方法について、利回りを重視して、簿価は変わらないが、利回りが二倍になったというのか、あるいは、時価を重視して、利回りは変わらないが、簿価が時価による評価替えで二倍になったというのかは、投資についての基本的な考え方によることです。つまり、投資とは、背後にある永続的な事業活動のために、必要資金を資産から稼得することだとすれば、当然に、費消できる現金の指標として、利回りが重視されるのです。
機関投資家の投資目的は、永続的な事業活動のために、必要資金を得ることですから、そこでは、利回りが重視されているのでしょうか。
機関投資家は、法人としての存立目的に従って、永続的な事業として、投資を行っています。例えば、年金基金は、給付原資を得るために、財団は、財団の設立目的である事業活動の原資を得るために、保険会社や銀行等の金融機関は、資金調達費用に見合う投資収益を得るために、投資を行っているわけです。こうした機関投資家の投資においては、資産が創造する現金は、投資目的に従って、費消されていくのですから、投資効率の尺度としては、利回りが最適なのです。
しかし、実際には、時価が重視されているのでしょうか。
そもそも、資産の時価は、将来において創造される現金の総額の現在価値ですから、要は、清算価値、即ち、投資を終了させて、資産を売却したときに得られる現金額なのです。つまり、期間の定まった投資においては、時価は非常に重要な意味をもつわけです。しかし、逆にいえば、永続性のある投資においては、本来は、時価は重要な指標ではないのです。
ただし、ある特殊な状況においては、投資の永続性の背後にある事業自体について、廃止されてしまう可能性があるわけで、事業が廃止になれば、その時点で資産が清算されるので、時価は決定的に重要なものになるのです。例えば、企業年金においては、制度の健全性を測定する指標について、継続基準と非継続基準という二つの異なる基準があって、非継続基準は制度の解散を想定したものですから、そこでは時価が極めて重要な意味をもっているわけです。
・賢い投資家が安眠できるのは時価変動の心配がないから(2022.6.23掲載)
投資において重要なのは投資対象の価値と、投資規律に基づく適切な売買であり、漠然とした長期投資ではなく常に価値を精査することの重要性を論じています。
・簿価計上されている資本を時価評価するものとしての純資産倍率(2024.7.25掲載)
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・資産運用の本来の目的と「簿価主義・含み益経営の正しさ」(2009.8.6掲載)
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(文責:岸野)
次回更新は、11月20日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。
