スポーツ観戦という娯楽の延長線上に、娯楽性を更に増加させ、豊かにし、刺激的にするものとして、スポーツくじがあるのなら、射幸心を煽る広告は慎むべきではないか。
「スポーツ振興投票の実施等に関する法律」(スポーツ振興投票法)の第一条には、「この法律は、スポーツの振興のために必要な資金を得るため、スポーツ振興投票の実施等に関する事項を定め、スポーツを支える者の協力の下にスポーツを行う者の心身の健康の保持増進及び安全の確保等を図り、もってスポーツの振興に寄与し、国民の心身の健全な発達、明るく豊かな国民生活の形成、活力ある社会の実現及び国際社会の調和ある発展に資することを目的とする」とあります。
このスポーツ振興投票とは、第二条の第一号の定義によれば、「サッカー又はバスケットボールの一又は二以上の試合の結果についてあらかじめ発売されたスポーツ振興投票券によって投票をさせ、当該投票と当該試合の結果との合致の割合が文部科学省令で定める割合に該当したスポーツ振興投票券を所有する者に対して、試合に係る合致割合ごとに一定の金額を払戻金として交付すること」です。そして、第二号の定義は、第一号の「試合の結果」を「競技会の経過又は結果」に置き換えたものになっています。
スポーツ振興投票券とは、スポーツくじなのですか。
現在、WINNER、TOTO、BIGというスポーツくじが発売されていますが、これらは第二条の第一号、もしくは第二号に該当するスポーツ振興投票券の愛称です。そして、スポーツくじの発売元が日本スポーツ振興センターに限定されているのは、第三条に、「独立行政法人日本スポーツ振興センターは、この法律で定めるところにより、スポーツ振興投票を行うことができる」とあるからなのです。
スポーツ振興投票法は、賭博を合法化するための法律なのでしょうか。
「刑法」の第百八十五条には、「賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する」とあり、また、第百八十七条には、「富くじを発売した者は、二年以下の拘禁刑又は百五十万円以下の罰金に処する」とありますが、第三十五条には、「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」との規定があるので、賭博である競馬、競輪、競艇、オートレースは、「競馬法」等の法律により、行うことができ、富くじである宝くじは、「当せん金付証票法」により、発行可能になっているわけです。
例えば、「競馬法」においては、馬券の正式名称は勝馬投票券となっていて、賭けることは投票と呼び換えられています。同様に考えれば、スポーツ振興投票とは、サッカーまたはバスケットボールの試合の結果や、競技会の経過もしくは結果に賭けることになりますから、スポーツ振興投票法は、多種多様なスポーツのなかで、サッカーとバスケットボールに限って、賭博を公認したものになります。
しかし、日本スポーツ振興センターはスポーツ振興投票券をスポーツくじと略称していますね。
偶然の事象の生起について、賭博は能動的に予測するものであり、富くじは単に受動的に運を天に任せるものです。スポーツ振興投票券のなかで、WINNERとTOTOは、予測を伴うので、賭博ですが、BIGは、予測を伴わないので、富くじになります。そこで、日本スポーツ振興センターは、穏当な判断として、賭博性を小さくみせるために、くじという言葉を全体の総称に採用したのでしょう。
払戻金の割合は高いのでしょうか。
払戻金の総額について、第十三条は、「スポーツ振興投票券の売上金額に二分の一を超えない範囲内において政令で定める率を乗じて得た金額」としていて、「政令で定める率」は「百分の五十」となっていますから、払戻金の割合は、競馬における約75%と比較して、かなり低くなっています。宝くじの場合、2023年度の実績において、当籤金は発売額の46.7%なので、払戻率についていえば、スポーツくじは宝くじに近いわけです。
実は、「当せん金付証票法」は、その目的において、地方自治体の安直な資金調達手段の確保という色彩の強いもので、故に、宝くじの払戻率が低くなっているのですが、スポーツ振興投票法も、「スポーツの振興のために必要な資金を得るため」という目的を冒頭に掲げていることから、払戻率を低く設定しているのだと考えられます。
スポーツ振興投票は、必ずしも賭博の合法化ではないわけですか。
競馬等は、明確に、合法化された賭博であるといえます。なぜなら、競馬等から、賭博の要素をとってしまうと、競技としては成立し得ない、即ち、純粋な競技として、競馬等を楽しむ観客はいないと思われるからです。つまり、競馬等は、既にあった競技を賭博の対象にしたのではなく、賭博の対象となる新たな競技として、開発されたと考えられるのです。
それに対して、サッカーとバスケットボールは、賭博の対象として新たに作られた競技ではなくて、観客を動員できる競技として既に成立していて、「スポーツの振興のために必要な資金を得るため」という目的に最も適うものとして、特に選択されて、スポーツ振興投票の対象とされたにすぎないのです。故に、スポーツ振興投票は、形式上は合法化された賭博だとしても、競馬等とは一線を画するわけです。
では、スポーツ振興投票は、娯楽といえるでしょうか。
スポーツ観戦という娯楽の延長線上に、娯楽性を更に増加させ、豊かにし、刺激的にするために、スポーツ振興投票があるとすれば、スポーツ振興投票は娯楽なのであって、実際に、スポーツ観戦に付加された娯楽として、スポーツくじを買う人もいるはずです。もっとも、現実には、宝くじと同等のものとして、または、競馬等の一種として、スポーツくじを買う人も多いのでしょうが、それでも、娯楽として賭博を楽しむ人は、スポーツ振興投票よりも、競馬等を選好するだろうとはいえます。
競馬等にも、競技としての娯楽性があるのではありませんか。
例えば、日本中央競馬会のウェブサイトの記載によれば、2025年の広告のキャッチコピーは、「Hello, Special Times.」であって、その意味は、「競馬場で過ごす時間は、日常では味わえない特別な時間。初めて訪れる人には、初めての特別な時間が訪れ、訪れたことのある人にとっては、毎回違うドラマに出会える特別な時間です。競馬場という「特別な場所」、そこで過ごす「特別な時間」、それを気の合う「仲間」と楽しめたら、もっとスペシャルになる」とのことです。
つまり、当然のことながら、いかに合法化されているといえ、賭博の積極的な広告はあり得ないのですから、広告するとすれば、賭博としての競馬の魅力ではなく、競技としての競馬の魅力になるわけです。実際にテレビで放映されている広告をみると、競馬場で観戦する魅力が先にあって、そこに付加的な娯楽としての賭博があるという印象を醸成しようとしているようです。
スポーツ振興投票は、どの程度の規模で実施されているのでしょうか。
日本スポーツ振興センターのウェブサイトには、現時点で、2024年3月に終わる年度の決算が公開されています。それによると、スポーツ振興投票券の発売額は1209億円にすぎず、日本中央競馬会の2024年12月に終わる年度の決算では、勝馬投票券の発売額は3兆3439億円なのですから、スポーツ振興投票は、競馬とは比較にならないほどに、規模が小さいのです。
そこで、高額の当籤金を表示する広告になるわけですか。
宝くじの販売額は、2005年度の1兆1047億円が最高で、以来、減少を続けて、2023年度には、8088億円になっています。故に、退勢を挽回しようとして、高額の当籤金を掲げた広告が積極的になされているわけです。スポーツ振興投票においても、このような小規模に留まると、おそらくは、十分な存在意義を発揮できないので、宝くじと全く同様の広告がなされているのです。
しかし、こうした射幸心を煽る宣伝は、宝くじが犯罪である富くじの合法化であること、スポーツくじが犯罪である賭博と富くじの合法化であることを考えるとき、非常に大きな問題だと思われます。やはり、スポーツ振興投票は、娯楽としてのスポーツ観戦の延長上にあるべきで、それで成立しないのなら、宝くじとともに、廃止されるべきでしょう。
・賭博の合法化は競馬を超えてどこまでも(2025.7.3掲載)
近年のカジノ合法化を例に、国家・地方財政の抜本的な改革と賭博以外での非犯罪化の可否についても検討されるべき分野があることを指摘しています。
・元の身分が犯罪である宝くじに許される範囲はどこまでか(2025.6.26掲載)
宝くじの発売が自己目的化しているなか、本来の目的に立ち返って全く新しい合理的な地方自治体の資金調達手段を開発することが必要であると指摘しています。
・オプション取引は賭博か(2013.4.18掲載)
当コラムでは、オプションのような射倖契約が正当な金融取引として成り立つための条件を検討します。
(文責:広瀬)
次回更新は、8月7日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。