クレディセゾンとスルガ銀行の提携が成功し得ないわけ

クレディセゾンとスルガ銀行の提携が成功し得ないわけ

森本紀行
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クレディセゾンとスルガ銀行の提携は、両社が厳格に規律を守れば、成果を生むはずがなく、成果と称するものが生まれるとしたら、両社の規律の弛緩のもとで、危険な帰結を招くかもしれません。
 
 金融仲介とは、資金余剰のあるものから資金を調達し、資金不足のあるものに融資することであって、その代表的な事業者が銀行や信用金庫等の預金取扱金融機関です。ここでは、預金取扱金融機関をバンクと呼んでおきます。なぜなら、バンクではない金融仲介事業者の総称として、ノンバンクという用語が定着しているからです。
 バンクの強みは、預金という便利な資金調達手段をもつことですが、預金には、決済等の重要な社会的機能もあるため、バンクの業務は最高度に規制されていて、その結果、融資対象の範囲が狭くなりがちです。そのため、バンクの限界の外に融資機会を求めるものとして、ノンバンクの存在意義があるわけです。つまり、資金を必要とするものは、バンクから排除されても、ノンバンクによって救済され得るのです。
 
そこで、バンクとノンバンクとの連携が模索されるわけですね。
 
 融資の市場をバンクとノンバンクとで截然と分断することは、金融理論の伝統においては、十分な根拠を有するにしても、常識的には、少し不自然に思えますし、テクノロジーの急速な進展は、決済における預金の特権性を動揺させ、バンクの存在意義の再考を促していることもあって、常に、様々な構想のもとで、バンクとノンバンクとの境界線を引き直そうとする試みがなされています。
 そのうち、最も新しい事例は、5月18日に発表されたスルガ銀行とクレディセゾンの資本業務提携ですが、公表文書に、「ノンバンク業態であるクレディセゾンと銀行業態であるスルガ銀行がシームレスに連携する」とあるように、バンクとノンバンクの断絶を解消しようとする試みであることは明白です。
 
シームレスな連携とは、具体的に何を意味するのでしょうか。
 
 まずは、自明の前提として、バンクとノンバンクとの連携が成立し得るのは、双方に利益があるからであり、更に明瞭なことは、バンクの利益とは、ノンバンクの機能によって、高度に規制されたバンクの枠組みを打破することであり、ノンバンクの利益とは、バンクの機能によって、資金調達の安定化を図ることです。つまり、バンクからすれば、ノンバンクの自由さが魅力であり、ノンバンクからすれば、バンクの預金が魅力なのです。
 故に、シームレスな連携とは、どのように具体化されようとも、その実質的な内容として、クレディセゾンは、銀行代理業を通じて、スルガ銀行の業容の拡大に協力し、スルガ銀行は、バンクであり続けることに変わりはなく、直接的な融資はバンクとしての制約の範囲内にとどまるのですから、クレディセゾンを通じて、間接的に融資対象の拡大を図ることになるはずです。
 
スルガ銀行のクレディセゾンに対する融資には、上限がありませんか。
 
 ノンバンクの融資先は、基本的に、バンクの融資先になり得ませんが、ノンバンク自体はバンクの立派な融資先です。なぜなら、ノンバンクにおいては、信用損失を吸収する自己資本があり、多数の融資先のなかで信用損失の可能性が分散されているからです。そこで、ノンバンクは、原理的には、資本市場からの資金調達を主軸にすべきとはいえ、実際には、バンクからの融資に大きく依存しているのです。
 ただし、当然のことながら、バンクは、高度な規律のもとで、多数のノンバンクに分散して融資します。この経営原則は絶対に不変ですから、スルガ銀行は、クレディセゾンと提携しても、そこへの融資額に厳格な上限を設けなくてはなりません。故に、普通に考えれば、この提携には、資金調達面でのクレディセゾンの利益はなく、融資量増大という面でのスルガ銀行の利益もないはずです。
 
では、なぜ、両社は敢えて提携するのでしょうか。
 
 バンクがノンバンクに融資できるのは、ノンバンクに自己資本があり、ノンバンクの融資先が分散されているからです。そこで、融資先の分散という条件のもとで、ノンバンクの自己資本を使って、バンクがノンバンクに融資するのと同等の仕組みを工夫すればいいわけです。
 一番簡単な方法は、スルガ銀行がクレディセゾンの信用保証のもとで融資先を拡大することで、そうすれば双方の利益になります。あるいは、クレディセゾンは、スルガ銀行に分散された融資債権の集合を譲渡して、資金調達することもできます。この場合、クレディセゾンは、自己資本を用いて特定目的会社等を設立して、そこに債権を譲渡し、スルガ銀行は特定目的会社等の発行する社債を取得すればいいのです。
 
金融理論的には、信用保証にしても、資産流動化にしても、閉じた提携関係ではなく、不特定のバンクとノンバンクとの間の広く開かれた関係のなかで行われるべきではないでしょうか。
 
 バンクとノンバンクは、共に金融仲介事業者なのであって、金融仲介の基本原則は、不特定多数からの資金調達と不特定多数への融資にあります。バンクとノンバンクの関係についても、バンクは、多数のノンバンクに分散して融資し、融資先のノンバンクが更に多数の先に分散して融資するのが基本です。
 スルガ銀行とクレディセゾンの提携においては、スルガ銀行のクレディセゾンへの与信の集中は、表面的には融資の集中がなくとも、実質的には別の形態で必ず生じるはずです。このことについて、クレディセゾンの融資先と信用保証先が分散しているので、与信集中ではないと考えるのか、クレディセゾンという法人への与信集中と考えるのかは、高度に微妙な問題です。
 
スルガ銀行のバンクとしての規律が問われるわけですか。
 
 スルガ銀行は、2018年10月5日に、金融庁から業務改善命令を受け、不正の背景にあった創業家との関係の断絶を進めるなか、ノジマは、創業家に関連した株主から、スルガ銀行の株式を取得し、銀行法上の主要株主になって、スルガ銀行と資本業務提携をします。
 この特殊事情のもとでは、両社間に十分な事前の協議がなかったと想像され、提携は成果を全く生むことなく解消されて、スルガ銀行はノジマの保有株式を自社株として取得しています。おそらくは、提携が進展しなかったのは、バンクの特殊性を理解しなかったノジマからの提案に対して、スルガ銀行は、バンクとしての規律のもとでは、対応し得なかったからでしょう。
 実は、スルガ銀行はノジマから買い取った自社株をクレディセゾンに譲渡したのであって、さすがにクレディセゾンとは十分な事前協議をしたのでしょうが、ここにも、スルガ銀行の特殊な事情が働いているのは事実です。更に、クレディセゾンは、金融庁の監督下になく、子会社のセゾン投信の中野会長を更迭した事案に顕著にみられるように、ノジマと同じく金融行政について完全に無知です。
 
スルガ銀行にバンクとしての規律があれば、クレディセゾンとの提携は成功し得ないのですね。
 
 この提携において、何らかの成果と称するものが生じるとしても、その背後に、スルガ銀行の健全性を損なう事態の進行がないように祈るほかありません。もっとも、スルガ銀行の業務改善計画が依然として結了していないことを考えれば、スルガ銀行には極めて強い規律が働くはずですから、クレディセゾンの思うようにはならないでしょう。
 いずれにしても、金融庁からすれば、提携が真の成果を生むのなら、それでよく、提携から問題事象が生じれば、スルガ銀行の主要株主としての限りにおいて、クレディセゾンの責任を問題にすればよく、提携が成果を生むことなく解消されても、それでいいのです。
 
問題はクレディセゾンの経営規律でしょうか。
 
 バンクにおいては、高度な規制のもとで、法令遵守によって、規律が働きます。ノンバンクにおいては、安定的な資金調達の必要性によって、規律が働くのであって、ノンバンクの資金調達が資本市場を主軸にすべきなのは、資本市場の強い力がノンバンクに規律を働かせるからです。
 スルガ銀行とクレディセゾンの提携は、スルガ銀行の法令遵守面における規律を弛緩させ、クレディセゾンの資金調達面の規律を弛緩させるとしたら、極めて危険なものになるでしょう。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
スルガ銀行の何がいけないのか (2018.6.14掲載)
当コラムで言及のあるスルガ銀行ですが、本関連コラムを起点に7回にわたりコラムを連載しています。顧客本位の業務運営と密接にかかわるコーポレートガバナンスについて論じています。

火種を抱えるクレディセゾンは即座にセゾン投信中野会長と和解すべきだ (2023.6.22掲載)
クレディセゾンとスルガ銀行の提携には種々の論点があり、まずは顧客本位を前提とした課題の対応に専念すべき、と述べています。

バンクとノンバンクとの間の越え難き壁を越えるには (2023.7.20掲載)
金融制度の視点からバンクとノンバンクは、明確に棲み分けてこそ、それぞれの存在意義が光るのであって、両者の厳格な規律のもとでの連携はあり得ても、安易な提携や統合はあり得ないことを述べています。
(文責:林)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。