社債の信用格付は参考意見にすぎないのだから

社債の信用格付は参考意見にすぎないのだから

森本紀行
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社債には信用格付のあるのが普通ですが、格付は、多くの投資家にとって信用リスクの評価のために役立っているとしても、社債に必須の要件ではなく、単なる参考意見にすぎないのです。
 
 社債は発行体の負債ですから、利金の支払いと元本の償還について、債務不履行の可能性を伴います。この不確実性は信用リスクと呼ばれますが、社債に投資するものにとって、信用リスクを評価するための参考情報があれば便利ですし、社債を発行するものにとっても、投資家に利便性を供与することで、社債が円滑に消化されることは利益です。そこで、社債を発行しようとするものは、事前に外部の専門機関に依頼して、社債の信用格付を取得するわけです。
 
信用格付の付与は、法律上、規制されているのでしょうか。
 
 「金融商品取引法」の第二条は、この法律に登場する用語の定義集ですが、「信用格付」について、余計な注をとって引用すれば、「金融商品又は法人の信用状態に関する評価の結果について、記号又は数字を用いて表示した等級をいう」としています。なお、この定義集では、「社債」は「有価証券」に含まれ、「有価証券」は「金融商品」に含まれます。
 また、同第二条は、「信用格付業」について、これも余計な注をとって引用すれば、「信用格付を付与し、かつ、提供し又は閲覧に供する行為を業として行うことをいう」とし、「信用格付業者」については、同法の規定により「内閣総理大臣の登録を受けた者をいう」としています。
 
信用格付が規制される理由は何でしょうか。
 
 金融庁は、監督指針として、「信用格付業者の監督に関する基本的考え方」を公表していて、その冒頭に以下のように記していますが、ここに示された考え方や、法律による規制のあり方は、基本的に、世界の金融規制当局に共通であろうと思われます。
 「信用格付は、投資者が投資判断を行う際の信用リスク評価の参考として、金融・資本市場において広範に利用されており、投資者の投資判断に大きな影響を与えている。このような信用格付を付与し、公表している格付会社については、今般の金融危機に際し、利益相反の可能性、格付プロセスの妥当性及び情報開示の十分性等について、様々な問題が指摘されたところである。
 信用格付業者の監督の目的は、このような問題を踏まえ、信用格付業者の業務の適切な運営を確保し、その機能を適切に発揮させることにある。」
 
信用格付そのものを規制するわけではないのですね。
 
 金融庁は、信用格付業者を規制する法律の主旨として、「信用格付が将来の不確定な信用リスクについての専門的知見に基づき表明される意見であることに鑑み、個々の信用格付の実質的内容そのものを規制対象とすることは適当でないとの考え方」がとられていると説明しています。
 ここで、金融庁は、信用格付について、「将来の不確定な信用リスクについての専門的知見に基づき表明される意見」と再定義していますが、実は、法律の本文にも、「信用リスク評価の参考」と明記されていたわけです。つまり、規制においては、信用格付は専門的知見に基づく参考意見として利用されるにすぎないとの前提があるのです。
 
信用格付は、実際には、参考意見以上の働きをしているのではないでしょうか。
 
 社債の発行においては、有価証券に関する本質的な要件として、投資家が投資対象としての価値を評価できるために、発行体によって必要にして十分な情報開示のなされることが前提になっていて、当然のことながら、開示の内容と方法は高度に規制されているわけです。
 つまり、法制度上の原則としては、投資家は、開示情報に基づいて、自己責任のもとで、社債の価値を判断することになっているわけで、信用格付は、投資家が「信用リスク評価の参考」にするものにすぎず、投資家が信用格付によって社債の価値を評価することは想定されていないのです。
 しかし、金融庁の監督指針にある通り、信用格付は、「金融・資本市場において広範に利用されており、投資者の投資判断に大きな影響を与えている」わけであって、実態としては、多くの投資家は、独自の分析ではなく、信用格付によって、社債の価値を評価していると考えられます。つまり、信用格付には、制度上は、社債の価値評価の参考情報にすぎないのに、実際上は、社債の価値の指標として機能するという問題があるのです。
 
なぜ、金融庁の指針に、「今般の金融危機に際し」とあるのでしょうか。
 
 今般の金融危機とは、明らかに、2008年のリーマンの破綻に端を発した金融危機のことで、その原因とされるのは、サブプライム、即ち信用リスクの大きな住宅ローンを原資産とした資産担保証券です。常識的に考えれば、こうした債券の信用格付は、原資産の信用リスクを反映して、低いものになるはずですが、実際には、トランチングtranching)という手法を使って、高い信用格付をもった債券が大量に発行されていたのです。
 トランチングという造語のもとになっているのは、フランス語で一切れを意味するトランシュ(tranche)で、トランシュはトランシェと片仮名書きされるのが普通です。つまり、トランチングとは、一塊の原資産の集合について、優先順位の異なるトランシェを切り分けることなのですが、こうして切り分けられた優先順位の高いトランシェには、高い信用格付が付与されていたわけです。
 比喩を用いれば、健全なトランチングは、四角形を同じ面積と同じ底辺をもつ三角形にすることで、元の四角形よりも高い部分を創出する技術ですが、サブプライムに適用されたトランチングは、元の四角形よりも底辺を短くして、元より高くなる部分の面積を不自然に大きくしていたので、いとも簡単に倒壊して、資本市場に大混乱を引き起こしたのです。
 こうしたことから、金融庁をはじめ、世界の金融規制当局は、良識をもってなされたトランチングの結果に信用格付が付与されたのではなく、逆に、格付手法を逆手にとって、高い信用格付を得ようとする明瞭な意図をもって、トランチングのなされたところに、危機の真因をみたはずです。故に、金融庁は、金融危機と信用格付との関連について、敢えて言及しているわけです。
 
金融危機によって、信用格付に対する規制が強化されたのでしょうか。
 
 法律により、信用格付業者の登録が求められるようになったのは、金融危機後の2010年4月からです。しかし、既に述べたように、金融庁は、信用格付の内容についての規制を行わないとの姿勢を明確にしています。つまり、規制当局としては、信用格付は参考意見にすぎないとの原則のもとで、信用格付業者を監督下におくとしても、信用格付自体の規制は不適当と考えているわけです。
 実際、金融危機の真の原因は、信用格付を巧妙に利用した発行体側にあったのではなく、信用格付を妄信した投資家側にあったはずで、投資家がトランチングの仕組みを正確に理解し、慎重な投資行動をとっていれば、金融危機は回避できたと考えられますから、規制当局としては、投資家に対して、信用格付は参考意見にすぎないとの注意喚起をし、自己責任原則の再確認をするほかないのです。
 
信用格付は、専門的知見をもたない投資家のためにあると考えてはいけないのでしょうか。
 
 社債市場の原理原則は、開示規制によって投資家と発行体との間の情報の対称性が実現している以上、投資家は自己責任のもとで行動するというものですから、制度上は、専門的知見をもたない投資家には、投資しないか、投資するために専門的知見を身に着けるか、専門家に委託して投資するかの三つの選択肢しか想定され得ないわけで、専門的知見をもたない投資家のために信用格付があるとはいえないはずです。
 
しかし、事実としては、信用格付は専門的知見をもたない投資家によって利用されていますね。
 
 金融庁は、信用格付業者に「その機能を適切に発揮させる」といっていて、おそらくは、信用格付の事実上の機能として、専門的知見をもたない投資家を社債市場に呼び込んでいて、その発展に大きな寄与をしていることを認めているのですが、信用格付だけを信じて損失を被る投資家がいたとしても、自己責任原則のもとでは、制度上の保護に値しないとも考えているはずです。
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(文責:岸野)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。