証券会社の情報提供に価値はあるのか

証券会社の情報提供に価値はあるのか

森本紀行
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商品の販売には、その商品の推奨をともないます。営業とは推奨そのものです。証券会社の株式営業も、営業である以上は、何らかの推奨的要素を含むはずですが、では、その法律上の意味は何か。
 
 投資家が自ら調べ、自ら考え、独自に形成した判断で株式の売買を行う限り、証券会社としては、個別銘柄についての積極的な営業活動を行う余地は全くなく、その営業活動とは、手数料の低さ、執行能力、発注や報告の利便性、情報の提供能力などを競うことに限られるはずです。
 更に、株式の取引は、開示制度のもとで、投資家と発行体企業との間の情報の対称性を前提としていて、個別銘柄に関する限り、証券会社に固有の情報の優位はなく、仮に何らかの情報の優位があったとしても、その利用は厳に禁じられているのですから、情報の提供とはいっても、原理的には、一般的な経済情勢や市場動向に関する調査報告等に限られます。
 
個別銘柄について、公開情報を加工して分析調査することは、情報の提供ではないでしょうか。
 
 投資家は、株式の個別銘柄の調査に際して、証券会社の作成した分析資料を参考情報にするでしょうし、証券会社は、その資料の利用価値が投資家に高く評されることで、取引注文を貰えると期待するわけですから、証券会社の株式営業の実質は、個別銘柄の開示情報を分析加工し、投資家の判断の形成にとって有益な情報を提供することに帰着します。
 
参考情報とはいっても、要は、個別銘柄の推奨になり、投資判断の助言になるのではないでしょうか。
 
 証券会社の業務は、「金融商品取引法」によって規制されているので、その行為を表現する用語の選択においては、慎重にならざるを得ないわけですが、特定の銘柄について調査を行うこと自体、その銘柄に証券会社が注目しているからで、それを注目銘柄と称して顧客に情報提供すれば、社会通念上、値上がり期待のある銘柄として、推奨しているとみなされるでしょうし、調査の結論として、割安銘柄との評価を与えても、全く同様の効果を生むと考えられます。
 
事実上の助言でも、法律上の助言にならないということですか。
 
 証券会社が特定の銘柄の調査分析情報を顧客に提供することにつき、法律上、いかなる行為に該当するのかは、意外なことに、必ずしも明確ではないようです。
 まず、証券会社が株式の取引注文を受けることは、「金融商品取引法」第2条第8項にいう「有価証券の売買の媒介」に該当します。媒介というのは、株式の売買は取引所における市場集中取引によって成立しているので、証券会社は、取引の当事者ではなく、顧客のために取引の成立に向けて必要な努力をなすものであることを意味しています。
 次に、同法第35条は、証券会社の業務範囲を定めていて、本業に付随して行える業務を列挙していますが、その第1項第8号は「有価証券に関連する情報の提供又は助言」となっていて、証券会社による個別銘柄の調査分析資料の提供は、この付随業務に該当すると考えることもできます。
 しかし、同号には括弧書きがついていて、「第2条第8項第11号に掲げる行為に該当するものを除く」と書かれています。ここで除外されたのは投資顧問契約に基づく助言であって、投資顧問契約とは、「有価証券の価値等」に関し、顧客に対して「助言を行うことを約し、相手方がそれに対し報酬を支払うことを約する契約」であるとされています。
 つまり、法律は、独立した業務として投資顧問契約に基づく助言を定めていて、実際に、法律上の登録をして、顧客から報酬を得て、本業として助言業を営む投資顧問会社は少なからず存在するのです。
 
証券会社の付随業務としての助言と、投資顧問会社の本業としての助言との違いは、報酬の有無だけでしょうか。
 
 投資顧問契約においては、助言業者は、顧客に対して、価値のある助言を提供することで、その対価として、金銭の報酬を得ています。証券会社は、助言を提供しても報酬を得ていませんが、顧客は、証券会社の助言に価値を見出すが故に、その対価の支払い手段として注文を出し、委託手数料を落としているとみなせますから、価値の提供という意味では、両者に差はなく、報酬についても、支払い形態の差しかないとも考えられます。
 
社会通念として、無料のものと有料のものとの間には、質の差があると考えるべきではないでしょうか。
 
 証券会社の情報提供は無料なので質の保証はなく、投資顧問契約に基づく情報提供は有料なので質の保証があると正面から認めることは、証券会社の立場としては、あり得ないことでしょうし、逆に、顧客の立場からすれば、無料の情報提供について、有料の情報提供と同等の価値を認めることはあり得ないのでしょう。要は、証券会社の情報提供について、付随業務としての助言に構成しようとすれば、解き得ない難問を惹起するのです。
 故に、むしろ、証券会社の業務が法律によって規制されているとしても、社会通念上は、商業には必ず営業行為が含まれ、営業には必ず情報提供が含まれ、情報提供には必ず推奨的要素、もしくは何らかの助言的要素が含まれるのですから、証券会社の営業も例外ではないと考えるべきかもしれません。
 
社会通念上、営業行為の対価を顧客に請求することはあり得ないのですから、証券会社が得ている委託手数料には情報提供の対価は含まれていないと解すべきでしょうか。
 
 商業において、営業に要する費用が顧客に請求されないという意味は、商品の原価には含まれずに、販売管理費になるというだけのことで、究極的には顧客の負担となります。同様に、証券会社の顧客に対する情報提供に要する経費について、それが営業活動に要する販売管理費だとしたら、委託手数料の原価にはならないとしても、究極的には顧客の負担となるはずです。
 そこで、証券会社の事業戦略として、顧客への情報提供を廃止し、販売管理費を削減して、その効果を委託手数料の引き下げとして顧客に還元することが考えられ、実際に、そうした戦略をとる会社もあるわけですが、この手数料格差は、情報提供の有無によって説明されるほかなく、ならば、情報提供に要する費用は、委託手数料の原価になり得ます。
 こうして、最初の難問を回避しようとして、別の難問を生じるわけですから、最初に戻り、委託手数料には、本業の「有価証券の売買の媒介」に要する費用のほかに、付随業の「有価証券に関連する情報の提供又は助言」に要する費用を含むが、付随業の費用は、付随だけに、それ固有のものとしてではなく、本業の費用に合算して徴収されていると説明するのが合理的かもしれません。
 
委託手数料の内訳を開示したとき、顧客の納得は得られるでしょうか。
 
 まさに、金融庁は、そこに問題意識をもっていて、「顧客本位の業務運営に関する原則」の原則4において、「金融事業者は、名目を問わず、顧客が負担する手数料その他の費用の詳細を、当該手数料等がどのようなサービスの対価に関するものかを含め、顧客が理解できるよう情報提供すべきである」と定め、更に4月12日には、「顧客本位の業務運営の取組方針等に係る金融庁における好事例分析に当たってのポイント」を公表し、原則4への金融機関の取組みを評価する際の着眼点を詳細に列挙しています。
 この金融庁の施策のもとでは、明確な方向として、委託手数料の原価の開示は不可避になると思われますが、費用との関係において情報提供の価値を評価しない顧客が増えてくれば、証券会社の伝統的な事業構造は大きく揺らぐことになります。そのなかで、情報提供を廃止して、委託手数料の引き下げを図る、あるいは、全く逆に、情報提供の質を高度化させることで他社との差別優位を狙うなど、証券会社の経営戦略の多様化が進むはずです。
 
委託手数料の無料化という戦略については、どう考えるべきでしょうか。
 
 手数料の無料化は、法律が本業としている「有価証券の売買の媒介」を営業活動として位置づけて、法律上の他の本業、もしくは付随業を新たな本業とすることですが、それが違法でない以上は、金融庁として、介入する余地は全くありません。しかし、俗に、ただほど高いものはないともいわれ、手数料の無料化の裏で、信用取引の金利収入など、顧客が実質的に負担する費用については、開示を求めざるを得ないでしょう。そして、開示された内容については、金融庁ではなく、顧客が評価を下すというのが今の金融行政の仕組みです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
セゾン投信で顧客本位を学べ (2017.5.18掲載)
金融庁は「顧客本位の業務運営に関する原則」のソフトロー化を通して、金融事業者が自主自律的に経営行動原則を定め、顧客本位を実現することを求めています。セゾン投信の「フィデューシャリー宣言」が顧客の利益になるように働こうとする高い倫理観を示している点で非常に優れていることを論じています。

投資信託の質の「見える化」は可能か (2018.3.29掲載)
金融構造改革のもとで、国民貯蓄は預金から投資信託になると考えられます。投資信託の品質保証のため、金融庁は「見える化」を掲げ、金融機関間で比較可能なKPI等の公表を通じた顧客本位の良質な金融商品・サービスの提供を推進してことを論じています。

投資信託のあるべき姿 (2015.6.25掲載)
本来の投資信託のあるべき形態は、投資家の資金が、専らに投資家の利益のために運用されることです。フィデューシャリー・デューティーには履行強制力があり、運用会社等の関係当事者は拘束される仕組みとなります。このような投資信託の理念形に対して、販売会社主導の色彩が強い日本の投資信託の現状と努めるべきことを論じています。
(文責:長澤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。