投資の基本は分類して統治することである

投資の基本は分類して統治することである

森本紀行
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資産分類は投資方法に大きな影響を与え、投資の技術の高度化は、必ず資産分類の変更を伴います。では、投資を効率化させるためには、どのように資産は分類されるべきか。
 
 上場株式という投資対象を地理的に最も広く定義すれば、地球上の全ての株式市場に上場されている株式の全体となり、それを理念的なグローバル株式と呼ぶとしても、実際上の最広義のグローバル株式は、各市場の整備状況、規模、諸規制などについて、現実的な取引可能性を考慮して、不適格な株式市場が除外されたものにならざるを得ません。
 そのようにして投資可能な範囲に限定された広義のグローバル株式は、エマージング市場、即ち、新興経済圏に属する国々の市場を含むにしても、通常は、フロンティア市場、即ち、エマージング市場よりも更に経済の発展度の低い国々の市場を含まず、逆に、エマージング市場が除外されて、先進経済圏だけを対象とした狭義のグローバル株式としても定義されています。
 
グローバル株式という分類は、まだ新しいようですが。
 
 最近まで、どの国でも、自国の株式と自国外の株式という分類がありましたが、経済のグローバル化に伴い、大企業の多くにおいて、多国籍化というか無国籍化が進行し、上場市場の国籍が意味を失ったので、自国の内と外の境が撤去されて、グローバル株式が成立したのです。これを逆に現時点からみれば、かつては、グローバル株式から自国の株式市場が除外されていて、外国株式という分類があったということです。
 当然のことながら、外国株式がなくなっても、自国の株式は独立した分類としてなくなりません。グローバル化する企業は主に大企業であって、数においては少なく、残りの大多数の企業は自国経済に固有の要素に大きな影響を受けているからです。つまり、依然として、自国の株式は、グローバル株式とは異なる性格をもつので、異なる分類になるのです。
 
分類とは、そもそも、似たものを一緒にし、異なるものを分けることでしたね。
 
 一般的にグローバル株式にフロンティア市場の株式を含めないのは、フロンティア市場の異質性が広く認知されているからで、グローバル株式にエマージング市場の株式を含めたり、含めなかったりするのは、先進経済圏の市場とエマージング市場との間に、連続性をみるか、異質性をみるかの見解の相違があるからです。
 そして、異質な投資対象については、異質だからこそ分散効果があるという判断のもとで、肯定的に評価される場合と、異質なものは排除すべきだとの判断のもとで、否定的に評価される場合がありますが、どちらの判断を選択するかは、投資の基本方針によって、あるいは投資哲学によって、投資家が好きに決めればいいことです。
 
否定的な排除の典型例は、社債における投資適格の考え方ですか。
 
 社債投資においては、信用リスク評価に格付が利用されていて、一般的にトリプルB格以上の社債を投資適格社債と定義し、ダブルB格以下の社債を投資対象から排除することが古くから行われていますが、この背景には、ダブルB格以下の社債においては、債務不履行が現実的なものとして顕在化しているので、投資適格社債とは性格を異にするとの判断があると考えられます。
 
逆に、ハイイールド債が肯定的な評価の事例ですか。
 
 ダブルB格以下の社債は、信用リスクが大きいので、イールド、即ち金利が高くなるために、一般には、ハイイールド債と呼ばれていますが、実は、イールドが高いが故に、投資適格社債とは異なる性格と魅力をもつものとして、広く認知されていて、一方では排除されていても、他方では普通の投資対象になっているのです。
 ハイイールド債に対する肯定的な評価が生じたのは、多くの投資家によって投資不適格なものとして排除されたために、需給に歪みが生じて、価格が価値よりも著しく低くなり、皮肉なことに、魅力的な投資対象になってしまったからです。現在では、ハイイールド債は立派な投資対象として認知されるようになりましたが、投資適格社債との間に隔壁が設けられている以上は、相対的な割安度は消えていません。
 
要は、投資適格社債とハイイールド債との間の資産配分の問題ですね。
 
 社債の全体が投資適格社債とハイイールド債とに分割されたことにより、投資方針として、両者間の比率を任意に決定することが可能になっています。つまり、ハイイールド債を排除したい投資家は、投資適格社債に限定した投資を行えばよく、ハイイールド債に魅力を感じる投資家は、逆に、ハイイールド債に多めの投資配分を行えばいいということです。
 
オーバーウェイトとアンダーウェイトの問題ですか。
 
 グローバル株式に占める日本株式の比率は、日本株式の実力というか、世界における評価を反映して、日々変動していますが、グローバル株式に投資すれば、この変動する比率を自然なものとして受け入れることになります。それに対して、グローバル株式に加えて、日本株式にも投資することは、グローバル株式市場における日本株式の占める自然な地位を超えて、日本株式をオーバーウェイトすること、即ち、日本株式に相対的に多く配分することです。
 また、投資対象を基本的に投資適格社債に限ることは、社債市場全体におけるハイイールド債の自然な地位に対して、ハイイールド債をアンダーウェイトすること、即ち、配分をしないこと、あるいは、配分を相対的に小さくすることであり、逆に、ハイイールド債をオーバーウェイトすることは、投資適格社債に加えて、相対的に多めにハイイールド債に配分することです。
 こうして、投資戦略とは、グローバル株式や社債などの投資の領域において、そこで適切に分割分類された複数の投資対象について、相対的な魅力度の評価に基づいて、オーバーウェイトやアンダーウェイトを行うことであり、投資の技法とは、投資戦略を実行しやすいように、決められた投資対象領域について、適切な分割分類を行うことなのです。
 
資産分類は運用委託の構造を規定していませんか。
 
 個人投資家についても、年金基金等の機関投資家についても、資産配分の決定は投資家に帰属すると考えられているのですから、資産分類は、投資家の意思決定構造を規定するものとして、極めて重要ですし、投資家から運用受託している投資運用業者においては、資産分類の定義は、運用委託された責任範囲を限定するものとして、重要な意味をもちます。
 例えば、投資家がグローバル株式を運用委託し、それがエマージング市場を含む広義のものと定義されているときは、エマージング市場への配分比率は、グローバル株式全体における時価占率を基準にして、投資運用業者が決めることですが、エマージング市場を含まない狭義のものと定義されているときは、投資家は、別途、自分で配分比率を定めて、エマージング市場に投資することになります。
 
投資運用業者への権限移譲の問題ですか。
 
 資産分類を広く大きくすれば、運用受託側の投資運用業者の責任範囲が大きくなり、逆に、狭く細かく分類すれば、投資家の意思決定する範囲が大きくなります。故に、分類方法の問題は、投資の技術論であると同時に、年金基金等の機関投資家の場合には、経営統治の構造に関する重要な事項になります。なぜなら、投資運用業者との間の権限委譲の構造によっては、より巧みに投資の機会を捉え得る可能性があり、逆に、機会を失する可能性もあるからです。
 つまり、例えば、株式と債券との間の配分比率は、多くの場合、投資家の意思決定に属することですが、グローバル株式の内部において、エマージング市場と先進経済圏の市場との配分比率を決めることは、高度な専門性を求められることですから、むしろ、投資運用業者に権限移譲されるべきことであって、逆に、そうした専門的判断を投資家が行うのであれば、それを可能にするだけの人材の確保が必要だということです。
 
社債投資において、対象を投資適格社債に限ることは、投資家側に専門的能力がないからですか。
 
 能力だけではなく、組織構造の問題もあります。ハイイールド債の投資妙味は、投資適格社債との間の相対価格変動にある場合が多いのですが、一般に、投資家内部の意思決定は、市場環境に機敏に対応できるほどには、柔軟には設計されていません。投資家のなかに専門性を育成するとしても、適切に組織構造が設計されていないと、専門性は活きないのです。
 
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(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。