ベンチマークのベンチマークのベンチマークが良識ある専門家

ベンチマークのベンチマークのベンチマークが良識ある専門家

森本紀行
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投資の世界では、評価指標としてのベンチマークが重要な役割を演じていますが、さて、ベンチマークは有益なのか有害なのか。ベンチマークのベンチマークが必要ではないのか。
 
 投資の成果は、投資対象と投資環境によって規定されますから、投資の巧拙を評価するためには、市場、即ち、投資の対象となる範囲を確定し、確定された範囲毎に、投資環境の動向が測定されなくてはなりません。例えば、東京証券取引所という市場に上場されている株式を対象とした投資戦略があって、その投資収益率を評価するときは、同一期間における市場全体、即ち、全上場銘柄について計測された投資収益率と比較しなければならないのです。
 こうした投資収益率を評価するときの外部参照基準は、投資の世界では、ベンチマークと呼ばれますが、もとの英語のベンチマークは、測量の水準点のことで、転じて、参照の基準を意味するようになったものです。そして、ベンチマークには、市場指数が使われますが、市場指数というのは、投資対象毎に定義された市場の全体について、総合収益率を計測し、それを指数化したものです。
 
市場指数は、価格指数ではないのですか。
 
 市場指数には価格指数もありますが、投資収益は、総合収益、即ち、利息配当金等の収入と価格変動との合計なのですから、投資成果の評価には、総合収益率を使わなくてはならず、その比較対象としてのベンチマークについても、理論的には、価格指数ではなくて、利息配当金等の収入を考慮した総合収益率指数が使われなくてはなりません。
 実際、専門家が投資成果を評価するときは、例えば、価格指数である東証株価指数(TOPIX)そのものではなくて、それに配当金収益を加味して修正を施して、総合収益率指数に変換したものが利用されています。こうして、現状、多種多様な市場の定義、即ち、投資対象の分類が行われていますが、その各々について、総合収益率の指数化されたベンチマークが専門家によって作成されているのです。
 
絶対値としての投資収益率が決定的に重要なはずで、ベンチマークとの比較に何の意味があるのでしょうか。
 
 実際の投資収益率がマイナス10%だとしても、ベンチマークがマイナス20%であれば、プラス10%と評価されるわけですが、誰がどう考えても、プラス10%という評価よりも、マイナス10%という事実のほうが圧倒的に重要です。実際、個人投資家の多くにとって、ベンチマーク評価は無益無用でしょう。
 しかし、投資の世界には、年金基金等の機関投資家や投資運用業者があって、大きな社会的責任のもとで運用をしていて、こうした社会的責任を負う投資家にとっては、説明責任を果たすことが極めて重要な仕事なのであって、ベンチマーク評価は、そのための必須の要件になっています。
 
市場の動向で、投資成果を説明するということですか。
 
 説明責任とは、説明の対象となる事実の原因について、誰にでも検証可能な客観的事実によって説明することですが、例えば、マイナス10%という投資成果の事実について、その原因を問われたときに、ベンチマークもマイナス10%ならば、いとも簡単に説明できるわけです。
 なお、投資の基本は分散ですから、どの投資家も、複数の投資対象に分散投資しています。そこで、資産全体についてベンチマークを設定するためには、投資対象毎にベンチマークを定めて、資産配分、即ち、各投資対象への配分比率の加重をかけて平均をとる必要があります。こうして算出されたベンチマークは、複合ベンチマークと呼ばれます。
 
実際の投資収益率とベンチマークとの差異は、説明され得ないのではないでしょうか。
 
 説明責任とは、別のいい方をすれば、責任の所在を説明することですから、実際の投資収益率のうち、ベンチマークで説明される部分についての責任は、誰にも帰し得ないことになり、ベンチマークとの差異についての責任は、機関投資家自身に帰属することになります。ちなみに、機関投資家の機関とは、その責任を負う主体のことです。
 投資運用業者の投資収益率については、ベンチマークで説明される部分は、顧客の責任に帰されるものです。なぜなら、ベンチマークとは、顧客が投資運用業者に委託するときに、投資対象として指定した範囲に対応するものだからであって、投資運用業者は、むしろ、顧客の指示に従って、ベンチマークを参照して投資する義務を負うわけです。
 また、実際の投資収益率とベンチマークとの差異は、投資の巧拙を示すもので、投資運用業者は、それが傾向的に正の値になることをもって、事業目的としているのですから、投資運用業者の責任に属することは自明です。そして、投資運用業者には、差異についての説明責任があるというよりも、ベンチマークを下回ったときの言訳の必要性と、ベンチマークを上回る根拠についての営業話法があるというべきです。
 
投資運用業者にとって、言訳責任のほうが重要かもしれませんね。
 
 ベンチマーク評価には、投資運用業者の行動を説明しやすい方向へ傾斜させる弊害があります。例えば、株式投資において、銘柄を厳選して少数に絞り込めば、ベンチマークの収益率が高いときに、著しく劣後した結果を生じて、まさに説明のつかない事態に陥る可能性があるからです。しかし、説明は投資の目的ではありませんから、説明しやすさの追求は、投資の能力の発展を阻害するだけのことです。
 
機関投資家が投資運用業者に委託するとき、どのような責任関係になるでしょうか。
 
 機関投資家の総合収益率と複合ベンチマークを比較したときの差異は、確かに投資運用業者の巧拙を示すものですが、機関投資家自身の責任が問題とされるときには、投資運用業者の選択の巧拙に関する責任が問われることになります。つまり、機関投資家は、自己の責任のもとで投資運用業者を選択して委託するのであって、そのことで責任が投資運用業者に転嫁されることはあり得ないのです。
 
投資運用業者の選択責任を放棄するのがインデクス運用ですか。
 
 インデクス運用とは、ベンチマークと同じ投資収益率が実現するように、投資内容をベンチマークの属性と一致させることです。機関投資家がインデクス運用を利用する背景には、いくつかの理由があるわけですが、投資運用業者の選択に関する責任の放棄は、必ずしも自覚的に意図されることではないにしても、重大な帰結であることは間違いありません。しかも、インデクス運用の拡大は、投資運用業者の説明しやすさの追求と相まって、投資能力を低下させるという更に重大な帰結を招いているのです。
 
資産配分に関する責任は、確実に機関投資家自身に帰属しますね。
 
 例えば、資産全体のうち20%が日本株に配分され、その全てがインデクス運用であるとして、日本株のベンチマークの収益率がマイナス10%であるときは、その他の要因にして変化なければ、資産全体の収益率はマイナス2%になりますが、表層的な説明責任のもとでは、このマイナス2%は、客観的な事実で説明されるので問題はないことになります。
 しかし、実は、マイナス2%は、ベンチマークの収益率がマイナス10%だけでは説明され得ず、当然のことながら、より重要なのは、日本株のインデクス運用に対する20%の資産配分についての説明なのです。つまり、資産配分は、運用基本方針として、長期的に変えない前提で、策定されているわけですが、説明の本来の対象は、運用基本方針の妥当性なのです。
 
資産配分を評価するベンチマークが必要だということですか。
 
 評価とは、実行可能なことに対して、現に実行していることの効果の測定です。現に実行している資産配分の効果は複合ベンチマークによって測定されます。そこで、投資可能な全ての対象についてベンチマークを定義し、全ベンチマーク収益率について時価加重平均値をとって、資本市場ベンチマークと名付ければ、それが複合ベンチマークを評価するベンチマークになります。
 
しかし、実行可能なこと自体、投資の能力によって規定されますから、その能力を測定するベンチマークが必要ではないでしょうか。
 
 機関投資家の資産管理責任者について、能力のベンチマークを定めるとしたら、その地位に就くのに相応しいものとして、社会的に要求される良識と専門的知見を備えた人がもつ平均的能力になります。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
インデクス運用は、常識に照らして、まともな行為なのか (2009.10.29掲載)
市場指数は証券の価格の平均値です。市場参加者が全員インデクス運用をめざしたならば、証券価格は変動しなくなります。インデクス運用は、アクティブ運用が機能している限りでのみ意味があることを論じます。

責任なきところ投資成果なし (2017.11.16掲載)
機関投資家の資産運用には、個人責任を組織責任へ転換し、それによって意思決定する必要があります。機関投資家の資産管理の責任配賦など、ガバナンス体制の在り方を論じます。

安っぽいSDGsとESGで儲けようとする君たちへ (2020.3.19掲載)
SDGs、ESGの議論はベンチマークやインデクス運用の議論と同様に、本来は特定の目標のもと創立された概念であるものの、過大評価されると同時に本来の目的とは離れ、単なる宣伝効果として用いられがちです。SDGs、ESGの概念と普及するための課題について論じます。
(文責:ティ)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。