普通に働いて考えて自然に歳をとるなかに投資があるのだ

普通に働いて考えて自然に歳をとるなかに投資があるのだ

森本紀行
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専門的知見をもたない普通の投資家には、長期分散投資とインデクスファンドの利用が推奨されますが、加えて、健全な常識のもとで、社会の動きに関心をもち続けることが求められます。
 
 投資している資産の価値が毀損すれば、その資産の価格は下落しますが、このときの価格の下落は明らかに損失です。しかし、資産の価値が毀損しなくても、価格は下落し得ますから、損失ではない一時的な価格の下落があり得ることになります。同様にして、資産価値の増大に伴う価格の上昇は利益ですが、利益ではない一時的な価格の上昇もあり得るわけです。
 この論点は、投資における長期と短期の視点の差の問題として、誰でもが知っていることです。つまり、長期投資を支持する人、即ち、長期的な資産価値の増大を重視する人は、価値の増大の見込める資産を巧みに選択し、損失でも利益でもない価格変動を無視して、長期保有すべきだと主張し、投機を支持する人、即ち、短期的な価格の上昇を重視する人は、価格変動の原因としての価値変動に関心をもつ必要はなく、事実としての価格変動を巧みにとらえて、短期的な売却益を積み上げるべきだと主張するわけです。
 
長期投資も投機も、上手にすれば、共に成果を生むわけですか。
 
 長期投資を主張する人は、投機を否定的にとらえるわけですが、投機にも理に適う面があり、上手な投機はあり得るのですし、逆に、長期投資は、投資対象の選択を誤り、価値の毀損を被れば、損失に帰着するわけですから、下手な長期投資もあります。要は、長期投資と投機のそれぞれの領域において、高度な専門的技能を前提にすれば、どちらを選択するかは投資家の趣味に属することで、そこに良否、優劣、巧拙、適不適、善悪を論じる余地はないのです。
 
では、なぜ長期投資が推奨されるのでしょうか。
 
 個人だけではなく、年金基金等も含めて、普通の投資家には、高度な専門的知見はなく、投資判断に専念できるだけの時間的余裕もありませんが、この点、長期投資は、一般には、投資の一貫性の名のもとで、選択された資産を長期的に保有することだと理解されていますから、こうした投資家には相応しいわけです。
 また、価格の変動は、投資家の心理を動揺させ、狼狽させ、興奮させて、下手な投機のような投資行動を誘発させやすく、結果的に意図せざる損失が生じる場合のあることを考えれば、長期投資の一貫性は、心理的動揺に左右されない規律を導入するものとして、有益であると考えられます。
 
長期投資と並んで、なぜ分散投資が推奨されるのでしょうか。
 
 長期投資においては、長期保有することで価値が増殖していく資産を適切に選択しなければなりませんが、どう選択しようが、選択の誤りは避け得ませんから、分散投資が推奨されるのです。つまり、分散投資においては、投資対象の一部に選択の誤りがあるとしても、そこでの損失は他の部分で吸収されて、資産全体としてみれば、価値が増殖していくと仮定されているのです。
 
分散の極限として、インデクスファンドが推奨されるわけですか。
 
 日本株式や世界株式など、ある投資の領域について、その全体の動きを複製した投資対象はインデクスファンドと呼ばれています。インデクスファンドは、それが属する領域について、最もよく分散された投資対象であり、その領域全体において長期的に価値の創造がなされている限り、インデクスファンドの価値は長期的に増殖していきますし、加えて、取引費用が安いという利点もありますから、普通の投資家に相応しいものとして、推奨されるわけです。
 
分散投資には、投資の領域の分散も必要なのですか。
 
 投資対象の全体は極めて広く、株式や債券、日本の内と外などの様々な分類の軸によって、多数の領域に分割されています。つまり、多数の資産種類があるということであって、分散投資は複数の資産種類への分散投資でもありますが、今では、資産種類の多くについてインデクスファンドが提供されていますから、一般的な推奨としては、複数のインデクスファンドへの分散投資になるのです。
 
いわゆる資産配分ですね。
 
 資産配分とは、複数の資産種類について、長期的な視点において、その相対的な価値を評価して、資産全体における各資産種類への配分比率を決めることですが、一般的な推奨は、長期的に同じ資産配分を維持することになっています。背景の論理としては、長期的な資産間の相対価値評価は、そう頻繁に変わるはずもなく、故に、短期的に資産配分が変更されることもないということです。
 
環境が変化するなかでも、同じ資産配分を維持するのでしょうか。
 
 資産の価格変動は価値変動がなくても生じますから、価格は、価値よりも高くなることも、低くなることもあります。つまり、資産配分の前提となる資産間の相対価値が大きく変化しなくとも、相対価格は大きく変化し得るわけです。このとき、価格変動は時価基準における資産配分を変動させますから、同一の資産配分を維持するためには、価格が上昇した資産を売却し、価格が低下した資産を買い増すことになります。この操作がリバランシングです。
 
リバランシングは、結果的に、安く買って、高く売ることになるわけですか。
 
 相対価値の変化がないときに、相対価格変動を利用してリバランシングを行えば、必ず、価値よりも高い価格で売り、価値よりも低い価格で買うことになります。故に、長期投資において、同じ資産配分を維持することは、何度も反復されるリバランシングを通じて、付加価値を生み続けるということであって、このリバランシグの効果が同じ資産配分の継続を正当化しているわけです。
 
資産間の相対価値が変化すれば、資産配分も変更になるのでしょうか。
 
 リバランシングは、あくまでも、資産価値の相対的関係が大きく変わっていないことを前提にしていますから、例えば、価格の下落の背後に価値の毀損があるときに、リバランシングによって価値の毀損したものを買い増すのは不適切です。ところが、価格変動の裏には、価値変動の可能性が常に潜んでいるわけです。故に、盲目的なリバランシングは危険です。
 つまり、長期投資とは、長期的に同じ資産配分を維持し続けることではなく、長期の視点において、資産価値の相対的関係に変動のないことを常に確認し、変動があれば資産配分を変更していくことなのです。別の表現をすれば、長期投資とは、決められた資産配分を維持することではなく、長期の視点で、日々新たに資産配分を決定していくことであって、資産配分が変更にならないのは、日々の決定が同じになるからにすぎません。
 
普通の投資家には、資産価値を常に評価し続けることは不可能ではないでしょうか。
 
 普通の投資家でも、資産配分は自分で決定しなければならず、自分で決定したからには、そのときの根拠を忘れることはないでしょう。資産価値を常に評価し続けるとはいっても、当初の根拠について確信の揺らぎのないことを日々確認するだけのことであって、要は、世の動向に関心をもち、注意し続けるということにすぎません。
 
少なくとも、誰しも歳をとることには注意を向けますね。
 
 資産配分の根拠となる相対的な価値評価には、単なる資産の価値の評価だけではなく、投資家の投資目的、投資期間、損失に対する耐性などとの関連を含みます。つまり、例えば、老後の豊かな生活のための資産形成において、年齢が高くなるにつれて、価値変動の大きな株式の組み入れ比率が逓減していくべきなのは、株式の投資対象としての価値評価とは全く別に、投資期間が短くなっていくことに基づくわけです。
 また、企業年金の資産運用の平均的動向において、株式の組み入れ比率が低下してきたのは、制度の成熟が進み、給付支出が掛金収入を上回るようになってきたからであり、同時に、株式全体における日本株式の比重が低下してきたのは、日本株式の投資対象としての価値の相対的低下を反映しているわけであって、ここでは、高度な専門的判断が働いているというよりも、普通の人の常識が働いているのです。
 要は、投資という特別な世界があるわけではなく、誰しも、社会との関係において、生きて暮らして働いているわけで、投資は、その日常のなかにあってこそ、自然と成果を生むのです。長期分散投資とインデクスファンドの利用は、投資を日常化する工夫にすぎません。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
アセット・アロケーション再考 (2010.2.25掲載)
価値の毀損による価格変動はリスクで、ランダムな市場変動であるボラティリティとは異なり、このリスクとボラティリティを区別することが本来の投資です。本コラムでは、ボラティリティの管理手法としての分散投資について論じています。

使途のある資金を運用してこそ真の投資なのだ (2020.5.21掲載)
資金使途のない資産形成は、投資ではなく投機ですが、短期であれ、長期であれ、資金使途がないように見える場合でも、究極的には必ず資金使途が想定されます。顧客の生活上の資金使途を理解し、最適な方法を提供することが金融の役割であると論じています。

賢い投資と楽しい投機で豊かに暮らすために (2021.10.21掲載) 
資産形成には投資計画を合理的にするための消費計画が必要です。長期投資か投機の選択は投資家の自由ですが、使途のない資金を、投機として楽しむことも可能です。金融機関による投機の押し売りは許されませんが、投機を悪と決めつける投資教育はむしろ人々への投資信託への関心を妨げる要因となると論じています。
(文責:神山)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。