巨艦GPIFの丸木舟のような原始的素朴さ

巨艦GPIFの丸木舟のような原始的素朴さ

森本紀行
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投資においては、資産配分の決定が最も重要なのですが、配分には選択が先行し、選択には分類が先行するはずです。では、資産は、いかに分類され、選択され、配分されるべきか。
 
 投資の基本方針は、資産配分、よく使われる片仮名でいい直せば、アセットアロケーションとして、策定されるのが普通です。資産配分は、収益率を規定する最大の要因なので、その決定が最重要課題になるわけです。しかし、資産配分の決定は、複数の資産が選択された後に、その組入れ比率を決めることにすぎないので、真の最重要課題は、資産配分ではなく、先行する資産選択なのです。
 しかも、資産選択が適切かつ有効になされるためには、資産分類における上手な工夫が不可欠ですが、分類基準は選択基準に規定されるので、投資においては、最初に、資産選択の基準を定めることが究極の重要課題としてあり、次に、選択の利便性に即して資産を適切に分類することと、実際に投資対象とすべき資産を選択することとが続き、資産配分は、選択された資産の組入れ比率の調整として、最後に位置するわけです。
 
GPIFのウェブサイトにある開示資料を見ますと、極めて簡単な基本ポートフォリオになっていますね。
 
 GPIFは、年金積立金管理運用独立行政法人の英語名の略称で、公的年金の資産運用を担っていますが、直近の開示資料によれば、資産総額が約200兆円に達していて、その規模は世界最大級です。
 世界最大級の投資家には、それなりの人的資源配置を前提とした知的に洗練された投資手法が期待されますが、GPIFのいう基本ポートフォリオ、即ち、基本方針としての資産配分計画は、期待に著しく反して、原始的といえるほどに、単純素朴です。なにしろ、資産分類は国内債券、外国債券、国内株式、外国株式の四種類で、資産配分は各25%というわけですから。
 
素朴な資産分類にも、それなりの理屈があるのでしょうか。
 
 GPIFにおける資産分類の第一の軸は、流動性であると考えられます。流動性は投資対象の資産を売買するときに要する取引費用の指標で、高い流動性は小さい取引費用を、低い流動性は大きな取引費用を意味します。
 一般に、上場株式や公募債券のように、大きな公開市場、即ち、パブリックな市場で売買されるものは流動性が高く、プライベートエクイティ、不動産等の実物資産、ローン債権などのように、当事者間で、私的に、即ち、プライベートに売買されるものは流動性が低くなっています。GPIFは、流動性の高低で資産を二つに分類し、投資の原則として、パブリックな資産、即ち、流動性の高い上場株式と公募債券だけを選択し、プライベートな資産、即ち、流動性の低い資産を排除したわけです。
 
次の分類の軸は、債券と株式になるわけですか。
 
 企業の資金調達構造に基づいて資産を分類することは、投資の古典的手法であって、債券と株式は、それぞれ企業の負債と資本に該当していますが、現在では、企業の資金調達は、不動産等の実物資産の譲渡による方法が拡大するなど、非常に多様化していて、資金調達手法の多様化は投資対象の多様化に直結しているわけです。
 そこで、改めて資金調達構造に基づく資産分類を行えば、新しい資産種類が創造されるはずですが、それらの多くは、不動産等の実物資産、ローン債権、優先株式等のメザニンなど、流動性の低いものになりますから、GPIFでは、最初に流動性の低い資産が排除されている関係上、新たな分類の努力自体がなされていないようです。
 
三番目の軸は、日本の国境ですね。
 
 自国を中心にして自国の内と外とを区分するのは、どの領域においても昔からあることですが、現在では、古すぎて有効性を失っているどころか、弊害のほうが多そうです。投資においては、経済のグローバル化の進行とともに、国境を設ける考え方は後退していて、例えば、債券と株式においても、国境を設けないグローバル債券とグローバル株式という資産種類が主流として確立しています。
 
GPIFの素朴な資産配分は、素朴なりに有効なのでしょうか。
 
 四つに分類された資産に各25%配分するという計画は、資産配分が適当な数字の調整であること、即ち、言葉の優れた意味において適当な調整であることを示しているにすぎず、本質的な問題点は、債券と株式、日本の内と外という二軸を掛け合わせ、四種類の資産を作ったうえで、その分類に入らない資産を投資対象から排除していることにあります。
 ここでは、少なくとも二つの重大な欠陥を指摘できます。第一に、流動性の低い資産を排除していることです。GPIFが運用しているのは、公的年金給付のための積立金なのであって、資金性格上、高い流動性を維持する必要は少しもなく、逆に、資金性格の強みを利用して、流動性の低い資産のなかに、企業の資金調達の多様化が提供する魅力ある投資機会を発見すべきです。
 
GPIFでは、運用の多様化と称して、オルタナティブ資産なるものへの投資を始めているようですが。
 
 現在のGPIFの投資方針では、債券と株式に属さないものがオルタナティブ資産と命名されて、そこに最大で5%まで配分可能になっています。現状、オルタナティブ資産の定義は狭く、プライベートエクイティのほか、実物資産のインフラストラクチャと不動産の三つが認められているだけです。
 ただし、直近の開示資料によれば、オルタナティブ資産への配分実績は総資産全体の1%にも達しませんし、オルタナティブ資産の導入によっても、四資産種類への各25%配分という基本ポートフォリオが変更になったわけではなく、オルタナティブ資産は、それぞれの性格に応じて、何らかの不明の方法で、四資産種類へ配属されているようです。
 
5%以下のオルタナティブ資産というのは、暫定措置なのでしょうか。
 
 GPIFのいうオルタナティブ資産とは、少なくとも現時点においては、プライベートな資産、即ち、流動性の低い資産のことのようですから、理屈上は、これを導入した段階で、新たな資産配分計画として、流動性の高い資産95%以上、流動性の低い資産5%以下という方針が採用されたのだと思われます。
 しかし、方針として5%以下、事実として1%未満という現状においては、流動性の低い資産の内訳を規定する段階にないということであって、いずれ、流動性の低い資産への配分が引き上げられていくに従い、その内訳が問題となり、内訳が議論される過程において、債券と株式という単純な二分類も見直されていくのでしょう。
 
第二の欠陥は何でしたか。
 
 グローバルな視点の欠如、別のいい方をすれば、自国中心の発想です。GPIFのように、投資方針として自国内への配分比率を決めること、逆にいえば、自国外への配分比率を決めることは、自国中心の視点に立っているからできることで、グローバルな視点に立てば、自国の内外の比率は、結果として自然に変動していくことになります。
 つまり、国内株式への配分と外国株式への配分を各25%にするという方針を決めると、グローバル株式市場における日本株式の位置がどうなろうと、日本株式への投資比率は不変ですが、国内外の株式を統合してグローバル株式という分類を作り、グローバル株式への配分を50%とする方針にすれば、日本株式のグローバル株式における位置の変化に応じて、日本株式への投資比率はグローバル株式の内部で変動していくわけです。
 
GPIFは、意図的に、自国中心主義を採用しているのではありませんか。
 
 自国中心の方針が技術的な未熟さの現れなのか、独自の思想なのかは、不明です。しかし、自国中心主義が思想、あるいは政策だとしても、投資の技術的洗練の見地からいえば、例えば、資産分類において、外国株式を廃止して、替わりに日本を含むグローバル株式を設けることで、グローバル株式30%、日本株式20%とする方針にすることもできるわけです。
 
ところで、プライベートエクイティは株式でしょうか。
 
 GPIFのように、先にパブリックかプライベートかという分類を定めていると、プライベートエクイティは、株式である以前に、プライベートな資産なのですが、株式という分類を先行させれば、プライベートな資産である以前に、株式なのであって、こうした分類軸の適用の順番も、投資の技術なのです。さて、GPIFが四種類に資産を分類したとき、先に適用したのは、自国の内外という軸なのか、それとも、債券か株式かという軸なのか、どちらでしょうか。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
アセット・アロケーションとアセット・セレクション (2010.3.4掲載)
投資収益を規定する資産の分類については、運用委託者と運用会社の責任の範囲を明確にするガバナンスが重要であるとともに、ボラティリティ削減の分散効果が有効となるように、市場構造の変化に合わせた資産分類の見直しが必要だと論じています。

資産運用に腕前の良し悪しはあるのか (2010.10.28掲載)
特定分野の銘柄選択よりも、資産構成が運用成果に大きな影響を与えます。年金基金を例にとると、運用会社に何を任せるかが重要です。運用会社が運用の巧拙を発揮できるような運用委託の工夫がなされるべきです。

賢人の独裁と凡人の集団統治、どちらの害が少ないか (2017.11.30掲載) 
エンダウメント・モデルを例に、機関投資家の意思決定のあり方を論じています。
(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。