投資信託の下取り制度があってもよくはないか

投資信託の下取り制度があってもよくはないか

森本紀行
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規模の小さな投資信託を整理するためには、使い勝手の悪い併合という制度を用いるよりも、生命保険におけるように、投資信託にも転換を認めるほうがよくはないか。
 
 投資信託の併合は、日本の投資信託業界の重要な課題となっていますが、その背景には、規模の小さな投資信託が大量に存在していることについて、多年にわたり、様々な面における効率の悪さが指摘されてきた事情があります。しかし、2014年に併合を促進するための法律改正がなされているにもかかわらず、併合は全く進展していません。その理由の一つに、法律の構造の問題もあるのです。
 
そもそも、投資信託の併合とは、どのようなことでしょうか。
 
 「投資信託及び投資法人に関する法律」(以下投信法)の第16条は、投資信託の併合を行うためには、内閣総理大臣への届出が必要だと規定していますが、同法は、併合を定義する条文を欠いているために、同条において、併合に括弧書きを付して、「受託者を同一とする二以上の委託者指図型投資信託の信託財産を一の新たな委託者指図型投資信託の信託財産とすること」と定義しているのです。
 他方で、「信託法」は、定義を定めている第2条において、その第10項として、「この法律において「信託の併合」とは、受託者を同一とする二以上の信託の信託財産の全部を一の新たな信託の信託財産とすることをいう」としています。そもそも、この2007年9月30日に施行された新しい「信託法」に定義されるまで、信託の併合という制度自体が存在しなかったので、投信法は、「信託法」の施行に際して改正されたときに、上のような形式で投資信託の併合を取り込んだわけです。
 
併合は金銭信託の例外になるのですか。
 
 投信法第8条第1項は、「委託者指図型投資信託は、金銭信託でなければならない」と規定しています。金銭信託においては、金銭が信託されるわけですから、信託から信託財産を移転させるときには、金銭によらなければならなくなり、信託財産を現金化する必要が生じます。これに対して、併合においては、金銭信託であることに例外を設けて、消滅する投資信託から存続する投資信託に、信託財産を直接に移転できることとされているのです。
 
ETFも投資信託ですが、なぜ、ETFでは現物供出が可能なのでしょうか。
 
 実は、投信法第8条第1項には、「主として換価の容易な資産に対する投資として運用することを目的とする投資信託であって受益者の保護に欠けるおそれがないものとして政令で定めるものを除く」という長い括弧書きがあって、この括弧書きで規定されているものこそ、ETFなのです。故に、ETFは、金銭信託ではない投資信託として、同条同項の例外をなしているのです。
 
併合において、信託財産の現物移管だけが問題ならば、別の方法もあり得るのではないでしょうか。
 
 かつて、厚生年金保険法は、厚生年金基金が投資運用業者との一任契約によって資産運用を行うときは、特定金銭信託を使うことと規定していたため、代行返上による確定給付企業年金基金への移行に際して、資産の現物移管ができないという問題を生じました。そこで、政府は、法律改正により、特定金銭信託に限るという制限を撤廃し、金銭信託を包括信託に変更することで、現物移管を可能にしたのです。
 また、2014年の投信法改正において、政令第12条第4号によって、上場有価証券等の換価の容易な資産に投資する投資信託であって、適格機関投資家向けの私募によるものについては、ETFに近い取り扱いが認められて、金銭信託である投資信託の例外として、現物設定と現物償還が可能になりました。
 しかし、上の二つの例は当事者間の合意によるものであって、故に、任意の取り決めができるのですが、普通の公募投資信託の併合においては、資産の現物移管とともに、受益者の同意を不要とし、制度的に全ての受益者を拘束する仕組みが必須の要件になります。実際、2014年の投信法改正は、併合に際して、受益者による書面決議を不要にできる範囲の拡大が主たる目的だったのです。
 
ETFにも併合はあるのでしょうか。
 
 国内ETFについては不詳ですが、海外ETFについては、運用会社からの一方的な通知による併合事例が知られています。例えば、ある事例においては、新たなETFが作られ、新ETFは、消滅する複数のETFから資産を譲受し、同時に債務も引き受ける方法で、併合を実現しています。そして、受益者は、消滅ETFの受益証券の1口当たり純資産価格の合計額と等価の新ETF受益証券を受領していますから、要は、受益証券の等価交換がなされているのです。
 
一般に、併合は受益証券の交換になるのでしょうか。
 
 普通の投資信託の併合も、消滅する投資信託の受益証券に換えて、存続する投資信託の受益証券が交付されるので、受益証券の交換という手続きになるのです。このとき、存続すべき投資信託を新たに設定するのか、併合される投資信託の一つを存続させるかは、法令上は両方とも可能と解釈されるので、事務上の都合等で決められることだと考えられます。
 
併合という制度があっても、使われていないのが現実だとしたら、むしろ、任意な受益証券の交換を可能にするほうがよくはないでしょうか。
 
 そもそも、二つの投資信託を統合しようとするときは、最も単純で簡単な方法として、消滅させようとする投資信託の受益者に解約してもらい、その同じ受益者に、存続させようとする投資信託を同じ金額だけ新たに購入してもらえばいいわけです。併合とは、単に、この解約と購入という二つの手続きを一体化させた制度であって、第一に、全ての受益者を拘束できるようし、第二に、解約による現金化を回避して、受益証券の等価交換を可能にしたものにほかなりません。
 しかし、併合は、法律上の制度とされることにより、極めて多くの制約のもとに置かれることになったため、利便性が著しく低下して、少しも併合が進展しないという皮肉な結果を生じています。そこで、原点に返って、消滅する投資信託の解約、および存続する投資信託の購入として構成し、別途、現金化を回避するために、受益証券の等価交換の仕組みを工夫すればいいのだと考えられます。
 
生命保険の転換と同様の仕組みですね。
 
 生命保険を解約し、その解約返戻金を一時払い保険料として、新しい生命保険を契約することは、現金化を介さない転換、即ち、旧契約の責任準備金を新契約の責任準備金に等価交換することによって、より簡易に実現できます。同様に、投資信託についても、金銭信託の例外措置を拡大することで、受益証券の等価交換を可能にすれば、顧客の利便性は増すはずです。
 
そうした個々の受益者ごとの対応では、規模の小さな投資信託を消滅させることは不可能ではないでしょうか。
 
 規模の小さな投資信託について、個々の受益者ごとの解約が進むと、更に規模が小さくなって、それでも一定の受益者が残り続けるので、事態は一段と悪化しますから、例えば、資産残高が定められた下限を下回ったときは、全受益者を拘束して、強制償還される制度などの工夫が必要です。
 
受益者の利益を損なう事態を招かないでしょうか。
 
 受益証券の等価交換、および受益者の書面決議を不要とする強制償還制度は、使われ方によっては、受益者の利益を損なう可能性があるために、投信法は、併合という特殊な目的に限定して、更に、併合が可能になる場合も限定して、許容しているわけです。しかし、そうした高度な制約を設けたことにより、併合は使われない制度になってしまったのですから、併合が受益者の真の利益に適うことだとすると、ここには、明らかに、制度の矛盾があるのです。
 
受益者の真の利益を守り、利便性を高める視点での再検討が必要だということでしょうか。
 
 受益証券の等価交換、および強制償還制度は、法律上の併合という著しく狭い枠を超えて、広く一般的な利用が可能なものです。当然に、予想される弊害もあるでしょうが、それと同じだけ、あるいは、それ以上に、予想される利点もあるはずですし、弊害には防止策も講じ得るのですから、弊害よりも利点を重視した制度改革があっていいはずです。
 また、併合が使われない実務上の理由は、それが特殊で例外的なものであるため、システム化されていないことです。それに対して、一般的な制度として、受益証券の等価交換、および強制償還制度が認められれば、頻繁に利用されるものとして、システム化され得るという大きな利点があります。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
投資信託の併合を容易にする法律改正から7年たって実績が1件しかないわけ (2021.12.2掲載)
最近のコラムですが、本コラムとの関連で改めて読んでいただきたい論考です。
投資信託の併合が一向に進んでいない件について、販売会社主導の悪弊と実務を反映していない法改正を原因として挙げ、業界全体として新たな投資信託の残骸を作らないために根本的な見直しを行う必要があると論じています。

投資信託は何の役にたつのだ (2018.8.30掲載)
投資とは消費を将来に繰り越すことであり、その消費目的から逆算された適正な期間と投資方法によって合理的に収益を得ることです。投資信託の普及において投資教育が言われますが、最も重要なのは技術的側面ではなく、目的があって投資をするという大前提です。老後生活資金の形成を例に投資信託の社会的意義について論じています。

口先だけの顧客本位で淘汰される金融機関とは (2017.6.22掲載)
「顧客本位の業務運営に関する原則」による顧客本位の徹底は各金融機関独自のプリンシプルに委ねられていますが、実効性のない努力目標だけを掲げている金融機関も存在します。
金融庁の「見える化」改革は口先だけの顧客本位を主張している金融機関を健全な競争環境の中で、市場原理によって淘汰される仕組みを作ることを目標としていると論じています。
(文責:翁)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。