三井住友銀行の売れ筋の投資信託に潜む四つの疑惑

三井住友銀行の売れ筋の投資信託に潜む四つの疑惑

森本紀行
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「あんしんスイッチ」という愛称のもとで、三井住友銀行の売れ筋一位に輝いた投資信託は、安心を売るはずが、9000円の基準価額で繰上償還となり、不信を買いました。さて、この事案、どこが怪しいのか。
 
 「SMBC・アムンディ プロテクト&スイッチファンド」という投資信託は、「あんしんスイッチ」という大胆不敵な愛称のもとで、2017年7月28日に設定され、三井住友銀行の売れ筋一位に躍り出て、2018年6月には約2350億円の純資産総額に達しましたが、2021年9月2日に基準価額9000円で繰上償還になりました。この間、分配金は一円も支払われていません。
 この「あんしん」を豪語した投資信託は、「あんしん」を提供するはずの仕組みによって、逆に自壊したわけですが、自壊の可能性を予見できなかったとしたら、「あんしん」の仕組みに致命的な欠陥のあった疑いがあり、予見できたとしたら、その可能性について顧客に十分な説明がなされているべきでした。そこで、以下、この投資信託の運用と販売に潜む重大な問題点を検討します。
 
「あんしん」と大胆にも名付け得たのは、どのような仕組みによるのでしょうか。
 
 投資信託は基準価額10000円で設定されますが、「あんしんスイッチ」の場合は、それが下落して9000円に達したときに、繰上償還される仕組みでした。しかし、マイナス10%の最低保証では全く意味をなしませんから、基準価額が10600円に達したときに、最低保証が10000円に変更されるように決められていたのです。名称の「スイッチ」は、この最低保証の変更を意味します。なお、最低保証には保証料がかかりますが、それは年率0.22%に設定されていました。
 ここでの問題は、基準価額が10600円を超える確率が極めて高いと謳われていたことです。即ち、運用会社であるアムンディは、母国のフランス等での運用実績に基づく検証結果だとして、基準価額10600円を5年以内に達成した割合は80%以上、6年以内に達成した割合は90%以上だと営業資料に記載していたのです。
 極めて高い確率で最低保証が10000円になる、三井住友銀行の営業話法は、この点を強調したに違いありませんし、保証料の存在についても、抜かりなく顧客に説明していたはずですが、事実として起きたように、最低保証を付したことにより、逆に基準価額が9000円になってしまう可能性については、十分な説明はなかったのではないかと思われます。これが疑惑の第一点です。
 
基準価額が9000円になったのは、最低保証が原因なのでしょうか。
 
 「あんしんスイッチ」の運用戦略は、アムンディの資料によれば、全世界の債券や株式等の多様な資産に投資し、その配分を機動的に変更するもので、2020年2月末の資産配分は、株式17%、債券50%、短期金融資産等33%となっていました。なお、債券には、ハイイールド債券や、新興国の国債も含まれていました。
 その直前、2月20日に基準価額が最高値の10231円を記録していたのですが、その直後に、新型コロナウィルス感染症の拡大に対する懸念から、世界的に株式市場が急落します。そのなかで、アムンディは、急速に株式と債券の売却を進めて、4月末時点で、債券3%、短期金融資産等97%という資産配分にして、運用を停止したのです。このとき、基準価額は9156円にまで低下していました。
 いうまでもなく、株価は、一時的に下落しただけで、直ちに回復したのみならず、更に続伸して、今日に至っているわけですから、アムンディが株価下落以前の運用内容を維持していたのならば、今頃は、基準価額は10000円を超えたところで推移しているはずです。しかし、運用を停止していたアムンディは、株価反転の利益を全く得られなかったのです。
 
アムンディは、基準価額を9000円より上に維持しようとして、逆に9000円に至らしめたのですね。
 
 アムンディの運用手法は、9000円の最低保証を付した結果として、金融工学的には、9000円のプットオプションを複製するように、資産配分を変動させるものだったと考えられます。即ち、株式の下落が始まれば、基準価額の下落を阻止するように、株式の売却を進める、いわゆるポートフォリオインシュアランスの戦略をとっていたわけです。
 しかし、致命傷となったのは、オプション価格はボラティリティ、即ち、株価の変動率に依存していて、いわゆるコロナショックにより、ボラティリティが急騰したために、プットオプションを複製する費用が激増したことです。このことは、現実の事象として、株価が急速かつ大幅に下落したため、売却が間に合わず、売却が完了したときには、既に基準価額が9000円近くにまで下落していたことに現れています。
 第一の疑惑は、こうした帰結の生じ得ることは、運用戦略上、また金融工学の理論上、予測可能だったにもかかわらず、実際には、顧客には十分に説明されていなかったのではないかという点です。仮に、説明されていても、理解した顧客は皆無でしょうし、説明した三井住友銀行員のうち、自分で理解できていた人は稀であるはずです。
 
運用戦略が保険を内包していたとしたら、年率0.22%の保証料は、何のために支払われていたのでしょうか。
 
 アムンディが9000円を意識することなく、本来の運用を継続できるようにすることが保証契約の目的だったとしたら、そして、実際に、アムンディが運用を停止することなく継続していたとしたら、不幸にして、2020年3月に9000円で繰上償還になっていたか、あるいは、幸いにして、今でも、基準価額10000円以上で存続しているか、どちらかです。そして、こうした両極を想定することこそ、顧客の一般的な理解であったはずです。
 しかし、保証会社として、こうした内容の保証契約を提供できるためには、アムンディから運用内容についての即時の情報を得て、適宜適切に反対ポジションを形成するなどして、高度なリスク管理をしなければならず、その費用は、到底、年率0.22%では賄えなかったはずです。
 故に、保証契約の内容としては、アムンディが運用戦略としてポートフォリオインシュアランスを行い、アムンディが自力で9000円を死守するとの大前提のもとで、それでも、アムンディが失敗して9000円を守れない可能性が残るために、その小さな危険についてのみ、付保されていたと考えるほかないのです。
 さて、ここに第二の疑惑が生じます。こうした保証契約の機能と目的について、三井住友銀行は、顧客に対して、正しく説明していたのでしょうか。実際には、基準価額が10600円になれば、最低保証が10000円になるという点のみが強調されていたのではないでしょうか。
 
保証会社がアムンディの親会社のクレディ・アグリコルであることも、疑惑を招きませんか。
 
 第三の疑惑は利益相反の可能性です。保証契約の内容が上述のものであれば、親のクレディ・アグリコルは、子のアムンディの失敗に保険をかけていたことになります。そして、事実として、親は、子に9000円を死守させることによって、子にかけていた保険が発動しないようにして、自分の利益を守ったのです。これが偶然の結果ではなく、意図されていたとしたら、顧客の利益を損なう露骨な利益相反です。
 
運用が停止された後、運用再開の可能性がないのに投資信託を存続させたことは、報酬稼ぎといわれても仕方ないですね。
 
 基準価額が9100円台に下落した段階では、運用を再開しようとすれば、基準価額は、いとも簡単に、9000円を下回る可能性がありました。しかし、他方で、運用を再開しなければ、信託報酬と保証料とマイナス金利により、近いうちに基準価額が9000円になることは確実でした。そこで、アムンディには、顧客の利益を守るためには、二つの選択肢しかなかったはずです。
 第一は、親会社に迷惑をかける覚悟で、運用を再開し、基準価額の回復に賭けることです。基準価額が9000円を下回れば、親会社に損失が発生しますが、9000円での償還が早まるだけで、顧客に実損はなかったはずです。第二は、重大な約款変更の手続きをとって、速やかに繰上償還を実施することです。そうすれば、僅かとはいえ、9000円よりも上の基準価額で償還できたはずです。
 しかし、アムンディは、運用再開の可能性を探るとして、一時的に債券の組み入れ比率を僅かに増やすことはありましたが、事実上、信託報酬と保証料とマイナス金利が基準価額を自動的に9000円に至らせるまで、放置したのです。この間、顧客は信託報酬と保証料を掠め取られたのではないか、これが第四の疑惑です。
 
販売会社に野村證券がいたことは、もはや滑稽ですね。
 
 三井住友銀行専用の投資信託だからこそ、名称にSMBCを含んでいたわけですが、そこに同一グループのSMBC日興証券が加わるのはいいとして、なぜ野村證券まで加わったのか。競合他社の売れ筋が羨ましかったのか、それともSMBCの信用力が欲しかったのか、疑惑でも何でもない、お粗末で滑稽な瑣事ですが、興味深いことです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
三井住友銀行の売れ筋の投資信託に悲惨な最後をもたらしたもの (2021.10.28掲載)
「あんしんスイッチ」が繰り上げ償還に至るまでの経緯を追っています。運用と販売は、顧客本位であったといえるでしょうか。顧客本位と投資信託の問題は、「三井住友銀行で一番売れている投資信託」、「新・三井住友銀行で一番売れている投資信託」でも取り上げています。当時の問題意識から、現状まで一連の流れが理解できます。

日本株をブラジルレアル建てにしてしまう投資信託の病理 (2014.12.11掲載)
投資信託には、預貯金と保険にかわる個人貯蓄の受け皿としての役割が期待されています。2014年当時には、日本株の市場リスクと通貨リスクの無関係な組み合わせによる投機のような投資信託が横行していました。形式的には、「顧客ニーズ」に適っているようにみえて、実質的には、真の「顧客ニーズ」をとらえることができていない事例もあり得ることに、十分に留意する必要があるということです。今ではこのような商品は珍しくなったものの、真の顧客本位にかなった商品提供という本質的な課題について再考させられます。

投資信託や保険なんてプッシュしなきゃ売れないだろう (2018.3.15掲載)
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(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。