三井住友銀行の売れ筋の投資信託に悲惨な最後をもたらしたもの

三井住友銀行の売れ筋の投資信託に悲惨な最後をもたらしたもの

森本紀行
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「あんしんスイッチ」、この三井住友銀行の一番の売れ筋だった投資信託は、安心ではなく、不信を残して、繰上償還されました。一体、何が起き、何が問題だったのか。
 
 2017年から翌年にかけて、三井住友銀行で一番よく売れていた投資信託は、「あんしんスイッチ」という愛称の「SMBC・アムンディ プロテクト&スイッチファンド」でした。設定日は2017年7月28日で、翌年の6月には、約2350億円の純資産総額に達しています。名称にSMBCとアムンディを含むように、アムンディが運用し、後に販売会社が拡大していくものの、当初は、三井住友銀行だけが販売していたものです。
 
元本保証のない投資信託に、「あんしん」という愛称を用いるとは、大胆ではありませんか。
 
 「あんしん」と名付け得たのは、元本価値の90%が保証されていたからです。つまり、投資信託の基準価額は10000円で始まりますが、それが下落して9000円に達したときには、そこで繰上償還される仕組みになっていて、日本初の最低保証だと謳われていたのです。なお、9000円の最低保証価額は、「あんしんスイッチ」では、「プロテクトライン」と呼ばれています。
 
マイナス10%の最低保証では、顧客は少しも安心できないと思われますが。
 
 「あんしん」と豪語するからには、それなりの工夫がありました。つまり、「プロテクトライン」は、基準価額が10600円に達したときに、10000円に変更になるので、その先、顧客は損をしないという安心を手に入れることができるはずだったのです。なお、名称に「スイッチ」とあるのは、この「プロテクトライン」の変更を意味しています。
 
高い確率で、しかも速やかに、基準価額が6%上昇しない限り、顧客は簡単には安心できませんね。
 
 営業資料によれば、「あんしんスイッチ」の運用会社であるアムンディは、同様の商品を母国のフランス等で運用していて、その実績をもとにして、「旗艦ファンドの過去の実績を用いた検証を行ったところ、プロテクトラインが9000円から10000円になる条件(基準価額が6%以上上昇)を5年以内に達成した割合は80%を超え、6年以内に達成した割合は90%を超えました」とされていました。
 
6年以内に年率1%程度の収益率になる確率が90%以上だと、そもそも、最低保証は不要ではないでしょうか。
 
 この営業資料の検証結果は、最低保証の有無とは関係がないと思われますが、ならば、「あんしんスイッチ」は、「プロテクトライン」を付さなくても、十分に面白い投資信託だったのです。しかも、最低保証には、当然に、保証料がかかっていて、それは年率で0.22%なのですから、最低保証を外せば、その分、期待収益率は上昇するわけです。
 
具体的な運用戦略の中身は、どうなっていたのでしょうか。
 
 営業資料には、「世界の株式、債券および短期金融資産など、さまざまな資産へ投資し、資産配分を機動的に変更することにより、基準価額がプロテクトラインを上回るように運用しつつ、安定的な収益の獲得を目指します」とありましたが、この説明では、上手に運用しますという以上の意味はありません。
 
運用内容が不明では、年率0.22%という保証料の妥当性を確認できないようですが。
 
 1000万円を預金から引き出して、全額を「あんしんスイッチ」に投資することと、100万円だけを預金から引き出して、その100万円を160万円に増殖させる努力をすることは、6年以内に100万円が160万円になる確率を90%以上にできれば、全く同じ価値をもちます。
 つまり、100万円を160万円に増殖させる努力において、6年以内の達成確率が90%であるとの前提のもとで、100万円が無に帰する可能性に基づいて、年率0.22%という保証料が算定されていると考えれば、感覚的な理解は得られます。
 
0.22%は妥当なのでしょうか。
 
 保証料の妥当性については、判断のしようもありませんが、直感的には、保証料を含めた信託報酬等の総額が年率で1.45%程度であることを考えれば、1000万円の全体に信託報酬を払うことは無駄であり、900万円を預金に置いたまま、5年間で100万円を160万円にする努力に励んだほうが合理的です。また、同じ運用内容で、最低保証を外して、期待収益率を引き上げたほうが魅力的です。
 
設定されてから4年以上経過しましたが、基準価額は10600円を超えたのでしょうか。
 
 2021年9月2日、「あんしんスイッチ」は、基準価額が9000円に達したことで、繰上償還になりました。2017年7月28日から2021年9月2日まで、基準価額の最高値は10231円、最低値は償還価額の9000円でした。なお、いうまでもなく、分配金は1円も払われていません。
 
一体、何が起きたのでしょうか。
 
 基準価額が最高値の10231円を記録したのは、2020年2月20日ですが、その直後に、新型コロナウィルス感染症の拡大に対する懸念から、世界的に株式市場が急落したのです。アムンディの2020年3月17日の公表資料には、「世界株式の下落率は2020年2月21日から3月13日までに24.12%となっています。あんしんスイッチ®の基準価額も同期間6.86%の下落と、下落率は抑えられているものの、2020年3月13日の1日の下落率はファンド設定以来最大となりました」とあります。
 
しかし、株価は、短期間に下落以前の水準を回復し、その後は、大幅に上昇して、今日に至っているはずですが。
 
 この株価の一時的な下落に対して、9000円の最低保証がなければ、そして、アムンディが下落以前の運用内容を維持していたのならば、今頃は、基準価額は10000円を超えたところで推移しているはずです。しかし、基準価額が9000円に接近したことで、アムンディは運用を停止したので、株価反転の利益を全く得られなかったのです。
 具体的には、先の3月17日の公表資料によれば、「短期金融資産等の比率を60%程度まで引き上げるなど、リスクを抑えた資産配分」に変更され、更に、6月24日の公表資料によれば、5月末時点で、米国国債3.5%、短期金融資産等96.5%という資産配分になったのです。なお、この5月末の基準価額は9148円でした。
 
運用が再開されることはなかったのでしょうか。
 
 7月以降、アムンディは、米国債や投資適格社債の組み入れを少し増やしたものの、運用成績を全く改善できないなか、2021年3月22日の公表資料において、「早期の基準価額の回復の可能性は非常に低い状況である」と認めるに至りますが、このときには、運用を再び停止していて、3月末の基準価額は9041円となっていました。そして、ついに、8月4日に、基準価額が9000円となり、繰上償還が決定されたのです。
 
純資産総額は、どのように推移したのでしょうか。
 
 純資産総額が最大に達して以降、基準価額は低迷していて、10000円を回復するまでに、450億円ほどが僅かな損失のもとで解約され、最高値に至る過程で、250億円ほどが僅かな利益を得て解約されています。基準価額急落後は、10%近い損失のもとで解約が進み、繰上償還決定時には、320億円程度しか残っていませんでした。
 
顧客の損失のうえに、業者の利益があったのですね。
 
 アムンディと三井住友銀行以下の販売会社は、合計で年率1.2%程度の信託報酬を得ており、アムンディの親会社で、最低保証を提供していたクレディ・アグリコルは、年率0.22%の保証料を得ていて、そのことが急落した基準価額を9000円に至らせるのです。また、4年と1月間の累積では、5.3%ほどが業者の所得になっていて、それが顧客の損失の少なからざる部分を形成しています。
 
最低保証の仕組みに欠陥があったのでしょうか。
 
 保証会社とアムンディは親子関係にありますから、そこに重大な利益相反の可能性を指摘できます。株価急落後、アムンディが9000円を意識して運用停止したことは、保険理論を運用手法に適用したものですから、最低保証と運用手法に内包している保険が重複していた可能性があるのです。
 つまり、保険理論上、付保対象の危険は与件であって、保険者に変更できるはずもありませんが、この最低保証は、保険金が支払われる可能性が生じたときに、保険者が子会社を通じて付保対象の危険をゼロにする仕組みになっていて、最初から無意味な保険だった、少なくとも、結果的には、無意味なものとして終わった、それにもかかわらず、年率0.22%の保証料が発生していたという疑いがあるわけです。
 
販売時の営業話法も気になりませんか。
 
 極めて高い確率で最低保証が10000円になる、販売時、この点が強調されたであろうことは、想像に難くありませんが、さて、それは、投資信託の販売話法として、妥当なものか、逆に、こうした話法が可能になるように投資信託を設計することは、顧客の利益に適うことなのか、大いに疑問です。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
新・三井住友銀行で一番売れている投資信託 (2017.11.9掲載)
2014年頃の個人向け投資信託では、分配金を高くして人気を得るために、投資家に不釣り合いのリスクをとった商品が横行していました(ご参考「三井住友銀行で一番売れている投資信託」)。それから3年後の2017年、激変した環境を象徴するように登場したのが今回の「あんしんスイッチ」です。元本割れで強制償還されたわけですが、当時から、元本の90%を保証するために高い保証料を払う必要があるのか、「安心」という言葉で投資家に誤解を与える恐れはないのかと懐疑的でした。

投資信託における系列重視は悪か (2015.8.13掲載)
投資信託における系列重視は、自由競争による運用の高度化を妨げるのみならず、販売会社が受け取る販売手数料の合理性も疑われます。一方、投資運用業者自身が販売を行う直販は、投資家が信認して投資運用業者を選んでいるのであって、主体は投資家なのです。

投資信託に満足している人は騙されているのか (2015.1.28掲載)
毎月分配型の投資信託が嘗て問題になりましたが、そこに顧客の満足があったことは否定できませんが、顧客満足は、真の「顧客ニーズ」ではありません。金融機関が、短期的な視点で、目先の手数料等の増獲を目指せば、顧客利益を損ない、投資信託の市場拡大を妨げ、結果的に、長期的には、大きな機会損失につながると論じています。
(文責:杉本)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。