顧客本位が儲からないのは顧客本位でないからだ

顧客本位が儲からないのは顧客本位でないからだ

森本紀行
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<毎週水曜日 18:00更新>

金融庁は、金融機関に対して、顧客本位の徹底を求めていますが、金融界には、あるいは金融庁内部にすら、それでは儲からないだろうという意見があるようです。では、金融機関は顧客の利益に反したことで儲けているとでもいうのか。
 
 金融庁が金融機関に顧客本位の徹底を求めるのは、商業道徳の説教を垂れるためではなく、より大きな政策課題を実現するためであって、とりわけ投資信託における顧客本位に重点が置かれるのは、資本市場の強化拡大のためには、投資信託を通じた個人貯蓄の資本市場への流入が必要であり、更に、その先の課題である国民の安定的な資産形成に直結するからです。
 資本市場の強化拡大とは、企業の資金調達の主舞台を資本市場に移転させることですが、その目的は、投資信託の運用者等の投資家の影響力の行使により、資金調達を行う企業の経営改革を促すことであり、その先の目的は、企業の経営革新により経済の持続的成長を実現することであって、それが更に国民の安定的な資産形成に有機的に結合するわけです。
 そして、金融の主舞台が資本市場に移転していくことは、銀行等の預金取扱金融機関の機能の縮小につながるわけですが、その変化を個人貯蓄の保有形態の変化としてとらえ直せば、結果的には、預金から投資信託への移転となります。
 要は、金融行政の重点課題としての顧客本位は、金融構造改革による成長戦略において、改革の始点として、投資信託の質を高めて普及させることであり、同時に、改革の終点として、経済の持続的成長のもとで、投資信託が自律的に成長し続けていき、それが国民の安定的な資産形成に直結する環境を整備することなのです。
 
なぜ、その施策が顧客本位と呼ばれるのでしょうか。
 
 今となれば、歴史的経緯というほかありません。金融庁は、2014年9月に、改革路線の本格的な起点として、「平成26事務年度金融モニタリング基本方針」を公表し、投資信託について、フィデューシャリー・デューティーの徹底を求めて金融界に大きな衝撃を与え、更に、2017年3月には、それを「顧客本位の業務運営に関する原則」として具体化したのです。
 このフィデューシャリー・デューティーという英米法の専門用語は、投資信託などを運用する投資運用業者が負う義務を意味し、煎じ詰めれば、専らに投資家の利益のために働くことを命じるものです。そして、実は、米国と英国において、1980年頃から金融の主舞台を資本市場に移転させる構造改革が始まったとき、極めて重要な役割を演じたものだったのです。
 つまり、企業が株式や社債を発行して資金調達をするとき、それを取得する投資運用業者に重い義務が課されていれば、公正価格における取得が強制されますから、それを引受ける投資銀行も、間接的に公正価格における引受を強制されることになり、資本市場に規律が貫徹するわけです。このことは、当然に、金融庁も承知で、故に、遅ればせに日本の金融構造改革に着手したとき、最初にフィデューシャリー・デューティーを掲げたのです。
 それが顧客本位に変化していった背景として、日本では、投資信託を主導しているのは、投資運用業者ではなく、販売会社であるという特殊事情があって、フィデューシャリー・デューティーの適用を販売会社にまで拡大させる必要がありました。そうすると、英米法の概念と異なってくるので、顧客本位という日本語に改められたのです。
 
そうしますと、顧客本位とは、言葉の印象とは全く異なり、金融構造改革による成長戦略の根幹にある基本理念なのですね。
 
 米国における金融構造改革は、結果的に、大規模な産業構造改革につながり、米国経済を大きく成長させました。今日の米国を代表する巨大企業群の擡頭や、無数の新興企業群の成功は、高度に発達した資本市場の機能を抜きにしては、全く考えようもありません。この変化のなかで、投資運用業と投資銀行業は驚異的に発展し、伝統的銀行業の後退はあるにしても、金融界全体として、大きく成長したのです。そして、その根底には、フィデューシャリー・デューティーがあったわけです。
 日本の金融庁は、原理的には、こうした米国の金融構造改革を起点とした成長戦略を志向して、その基底に顧客本位を据えたのですから、金融界は、自らの飛躍的成長を目指して、顧客本位を徹底することで、構造改革を強力に推進すべきなのです。なぜなら、顧客本位の徹底は、規制や商業道徳というよりも、巨大な利益機会だからです。
 
銀行等にとって、経営を圧迫している預金が減るだけでも大きな利益ですね。
 
 銀行等にとって、融資が伸びないなかで、巨額な個人貯蓄が預金に滞留しているのは、いわば売れる予定のない在庫を大量に抱えるのと同じで、経営を強く圧迫しているのですから、顧客本位を徹底し、投資信託の質を高めて、そこへ預金を誘導することは大きな利益なのです。
 
では、なぜ、金融界では、顧客本位は儲からないという意見が有力なのでしょうか。
 
 米国では、40年も前、超インフレが終息に向かい始めて、金利が低下局面に転じ、著しく低迷していた株式市場に回復の兆しが見えたときに、改革が本格化したのですから、預金に対して社債と株式の相対魅力度が高く、個人貯蓄の資金移動が自然に生じ得たのです。
 ところが、現在の日本では、逆に超デフレが定着していて、元本保証つきで購買力保存効果もある預金の魅力度が高すぎて、簡単には資金移動は起き得ません。故に、政策的にインフレ目標が掲げられていますが、目立った進展はなく、顧客本位を徹底したところで、経済環境には勝てないという悲観論があるのです。
 
企業経営に悲観論はあり得ないですね。
 
 南洋の島に靴を売りにきた商人にして、誰も靴を履いていない事実から、これでは靴は売れないと悲観したら、商人の資格はないわけで、全員が靴を履くようになったら、そこに新しい靴の市場が創造されると楽観して、創意工夫を凝らすのが真の商人なのです。
 預金は減らないとの悲観論ではなく、預金の三割が投資信託に振り替わったら、利益率が大きく改善すると楽観し、そのために創意工夫をするのが経営者の仕事です。顧客本位は遵守されるべき最低限の要件にすぎず、金融庁は、同時に、儲けるための戦略として、持続可能なビジネスモデルの構築も強く求めているのです。
 
要は、儲からない顧客本位は、顧客本位ではないということですか。
 
 顧客本位を表層的にとらえて、細かな形式的な行為規制だと考えているような経営者のもとでは、金融機関は確実に淘汰されます。より正確にいえば、金融庁は、ビジネスモデルの優劣は顧客の支持によって判定されるとの前提のもと、顧客の合理的な選択行動を促すように、国民に対して適切な情報の提供を行うことで、顧客本位を徹底できない金融機関が淘汰されていく環境を整備しつつあるのです。
 いうまでもなく、淘汰されるのは儲からないからで、生き残れるのは儲かるからです。そして、儲かるかどうかは、どれだけ顧客の支持を得ているか、どれだけ顧客視点でビジネスモデルが設計されているかに依存します。金融庁の仮説によれば、顧客本位は儲からないといっている金融機関は、真に顧客本位なビジネスモデルを構築できておらず、逆に、それができている金融機関は、儲かるはずだということです。
 
むしろ、儲かるビジネスモデルが顧客本位だということですか。
 
 事業は必ず顧客起点で構想されるものなので、それが成功する限りは、必ず顧客本位なのですが、より正確に表現すれば、顧客起点で構想され、現実に顧客の支持を得て成功した事業をもって、顧客本位な事業というのです。
 つまり、金融庁のいう顧客本位には二面があって、第一は、資本市場機能の根底を支えるものとしてのフィデューシャリー・デューティーの徹底であり、第二は、顧客視点でのビジネスモデルの再構築を求めるもので、両者が相俟って、金融の構造改革が実現するのです。
 そして、金融の構造改革は、金融を新たな成長軌道にのせるだけではなく、産業構造改革に直結することで、経済の持続的成長につながり、それが国民の安定的な資産形成につながって、金融行政の目的は実現されるわけですが、その成否は金融界の顧客本位の徹底にかかっているのです。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
金融規制の強化による顧客本位の徹底 (2019.11.14掲載)
金融庁が顧客本位の業務運営を、ルール(規則)ベースではなく、プリンシプル(行動原則)ベースにしたのは、履行状況を「見える化」することで、顧客が金融機関同士の取り組みの優劣を比較できるようにするためですが、実際は、形式的なルール遵守のもと、実質的に顧客の利益に反する行為は後を絶ちません。本稿では、プリンシプルベースがより効果を生むためにはどうすればよいかについて提言しています。

銀行等の持続可能なビジネスモデルとは何か (2021.6.24掲載)
金融庁のいう顧客本位では、ビジネスモデルの再構築が求められています。とりわけ銀行等は、預金取扱業務の根底が揺らぐとき、新たな存在意義をどこに見出せばよいか。ビジネスモデルとは、顧客の特定であり、顧客不在から脱却し、決済と資産形成への業態転換により、改めて顧客を発見し、顧客本位を徹底することが必要であると論じています。

生活者が賢く金融機関を利用するとき (2020.6.4掲載)
顧客本位を考える際に、金融機関として、生活者の視点にたって預金に替わる多様な資産形成手段としての金融機能を適切に提供し、利用者の利便性を高めることが必要だと論じています。
(文責:神山)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。