銀行等の持続可能なビジネスモデルとは何か

銀行等の持続可能なビジネスモデルとは何か

森本紀行
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銀行等は、存在理由である預金取扱業務の根底が揺らぐとき、新たな場所に、新たな存在意義を見出さなくてはなりませんが、それが金融庁のいう顧客本位という持続可能なビジネスモデルの構築なのではないか。
 
 お金は、現金として手元に置かれない限り、預金の形態として、即ち金融システムのなかの情報として存在します。また、商取引は、商品と現金との交換として決済されない限り、中間に何を介在させようとも、最終的には、預金を舞台に、買い手の勘定の減少と、それに対応する売り手の勘定の増加として決済されます。
 また、預金された資金は、融資として産業界に投じられ、産業活動を通じて、再び預金へと還流してきます。この資金循環のなかで、経済は成長していくのであり、表現を変えれば、経済が成長するなかで、資金は絶えず預金のなかを循環しているのであって、銀行等の預金取扱金融機関は、多数あっても、全体として一つの緻密な体系を構成して、産業活動と人々の生活を支える基盤となっているのです。
 この公共性を強く帯びた社会的機能のもとで、銀行等は、金融システムの安定性を保持するために、最高度に規制されざるを得ませんが、その中心的課題は、預金を原資にして融資することに絞り込まれます。つまり、預金は、貨幣と同じ機能を演じているために、元本保証が付されていて、それを原資に融資するには、予想される信用損失に対して、万全の備えが要求されるわけで、それが精緻を極めた自己資本規制なのです。
 
そうした事情のもとで、銀行等には、特有の共通した風土が形成されるわけですね。
 
 顕著なのは業界内部における同質性です。銀行等は、多数存在するにしても、実際には、一つの閉じた体系に属して同一の業務を行っているのですから、その内部における差は全くないのです。ところが、その業務が極めて特殊であることから、外の社会に対しては、特異性が生じます。例えば、銀行は普通の株式会社なのに、そこに勤める人が特別に銀行員と呼ばれるのは、特異性の反映で、銀行員という言葉が人の類型として用いられるのは、そこに共通の同質性があるからです。
 
例えば、どこが特異なのでしょうか。
 
 銀行等の融資姿勢は、必然的に損失回避的になります。合理的に予測される損失に対して、それを吸収できるだけの自己資本を規制によって保有しているとはいっても、損失は事後的に結果として発生するものであって、融資実行時においては、信用損失を発生させないとの原則のもとで、与信審査されるほかないからです。
 こうした厳格な与信審査のもとでは、当然のこととして、貸せない先が生じますが、銀行等が多数あっても、それらは同質なのですから、社会全体として、融資を受けられない人や企業等が生じます。これが金融排除と呼ばれる現象ですが、日本の場合、経済規模に比して資本市場が小さく、金融機能が預金取扱金融機関に集中しているために深刻化しやすく、金融庁は、特別に日本型金融排除と呼んで、是正を求めています。
 
一定基準以下の顧客を排除するのは、金融庁のいう顧客本位に反するということでしょうか。
 
 何が銀行等の顧客であるかは、実は、少しも自明ではなく、哲学的に難解な問題であって、金融庁も明快には答えられないでしょう。例えば、金融システムの安定性の保持という観点からは、融資先が限定されるのは当然で、排除された人や企業等については、別の金融業態によって救済されるべきだというのは、むしろ正論であって、実際、金融庁自身、銀行については、持株会社の下に別業態の兄弟会社の設立を認めて、銀行の枠を超えたところで、答えを模索してもいます。
 
銀行等の個人業務についても、顧客の定義は難解ですね。
 
 預金している人は顧客なのか、こう問われれば、銀行等に勤務している全員が無反省に肯定するはずです。しかし、確かに、決済機能の利用者としては顧客であるにしても、融資業務の視点から見れば、原材料の調達先なのであって、世の常識的な用語法では仕入先です。のみならず、預金者は預金せざるを得ないのですから、銀行等として、普通の意味における顧客認識はないわけで、ここでも、銀行の常識、世の非常識といえるのです。
 この点、さすがに金融庁は鋭くて、顧客本位の徹底を求めると同時に、金融機能に着目した施策の展開に転じていて、決済機能における顧客本位の徹底は、テクノロジーの高度化のもとで、預金の外で、即ち、非金融の領域で実現されるとの前提で、制度改革を推進しているのですから、もはや、預金者は顧客なのかと問われたとき、銀行等に勤務している人にとって、無自覚に肯定することは許されないのです。
 
融資業務については、個人向けも法人向けも、顧客は明瞭ですね。
 
 顧客は自明ですが、では、顧客本位の徹底とは、どういうことを意味するのか。例えば、顧客が余裕をもって弁済できる範囲に融資額を抑制しようとすることは、法人顧客の財務状況や個人顧客の家計を心配してのことで、顧客本位であるとしても、同時に、銀行等の利益の視点から、無理な弁済計画のもとで不良債権化することを心配してもいるのです。
 確かに、こうした事態においては、銀行等は、単に自分の利益を追求するだけではなく、顧客との共通利益を志向しているといえます。しかし、融資を受けようとする顧客には、その資金によって実現すべき目的があるわけですから、顧客の課題解決を支援するという視点で、貸すべきかどうかを考え、貸すべきという判断のもとで、貸せる工夫をすることこそ、金融庁のいう顧客との共通価値の創造、あるいは顧客本位なのであって、単に貸せるか貸せないかという視点で顧客を審査することとの間には、本質的な差があります。
 また、金融庁は、顧客本位だけではなく、リスクテイク、即ち、責任をもって融資することも求めているのですが、これは、自己資本の存在意義として、普通の企業においては、能動的なリスクテイクのためにあるのに対し、銀行等においては、受動的な損失回避のためのものに過度に傾斜しているとの認識のもとで、金融の常識、世の非常識という古典的問題の是正を意味しています。
 
投資信託の販売においても、顧客本位は難しいのでしょうか。
 
 投資信託は、預金と違って元本保証がなく、非常に種類が多くて、それぞれに投資対象や方法が大きく異なるために、その販売においては、顧客に対する説明等の手続きの適正性が求められ、実際に法令等による規制も存在していて、当然のことながら、銀行等においては、その法令遵守が徹底されるわけです。
 さて、この場合、法令遵守は、顧客の真の利益の視点で、法令の主旨に基づいてなされるのか、それとも、銀行等の利益の視点で、責任を追及されないように単に形式を整えているだけなのかは、判然としません。実際、事実として、形式的には完全な法令遵守のもとで、実質的には顧客の利益に反する投資信託の販売がなされていたのであり、現在でも、問題事例が一掃されたわけではありません。
 
では、顧客本位であるためには、何をなすべきでしょうか。
 
 そもそも、投資信託の販売という表現自体、銀行等の視点における法令上の手続きをいうのであって、顧客本位の徹底を求める金融庁は、顧客の視点での資産形成に呼び替えています。資産形成の目的や方法は、顧客の生活の違いによって、様々に異なり得ることですから、銀行等として、真の顧客本位を徹底しようとすれば、当然に、顧客の家計の課題を直視し、その解決のために最適な提案をすることになります。
 このことは、顧客本位の視点においては、融資業務の本質が顧客の課題解決支援であったのと同じですから、銀行等は、顧客の資産形成支援に関して、何らかの責任を負うこと、即ちリスクテイクが求められるわけです。ただし、リスクテイクは、融資の場合は、信用損失の可能性を許容することですが、投資信託の場合は、損失の可能性を許容するのは顧客であって、銀行等は、その損失を補償できない以上は、提案の質を保証することに帰着します。
 
預金から投資信託への転換は、提供する貯蓄手段の変更ではなく、新たなビジネスモデルの構築なのですね。
 
 ビジネスモデルとは、顧客を特定することです。銀行等にとって、事業の本質を規定する預金取扱業務においては、顧客不在から脱却し、決済と資産形成への業態転換により、改めて顧客を発見し、顧客本位を徹底すること、並びに、融資業務においては、貸すべき先の顧客を特定して顧客本位に転換すること、この二つが金融庁のいう持続可能なビジネスモデルの構築にほかなりません。
≪ 関連する論考をご紹介いたします ≫
預金が消滅する近未来社会の構図 (2019.7.18掲載)
経済成長期においては預金には信用創造を伴う点に必要性がありましたが、資金の蓄積過剰である現代においてその価値は失われたといえます。預金取扱金融機関から預金をなくした場合、信用創造を伴わない金融構造への転換、即ち、金融の資本市場化が必要だと論じています。

ルールを上手に破る銀行が勝つ (2018.3.8掲載)
銀行の現在の融資審査のあり方は標準化、合理化によって手抜きが引き起こされていることを指摘し、これからは、事業性評価の観点、即ち、未来へ向けた企業の事業キャッシュフロー創出能力を評価して融資するような、ルール主義からの脱却が必要であることを論じています。

金融のない社会のほうが望ましい (2017.2.2掲載)
顧客の真の利益を追及していくと、金融を必要としない社会に行き着くということを、融資や住宅ローン、生命保険、預金それぞれに則った顧客本位の在り方をもとに論じています。
(文責:長澤)

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森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。