アセットを分類する基軸とアセットアロケーション

アセットを分類する基軸とアセットアロケーション

森本紀行
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アセットアロケーション、即ち、資産配分は、投資の基本ではありますが、資産の配分より前に資産の選択があり、選択の前には資産の分類があるはずです。実際のところ、資産の分類など、単なる便宜にすぎないのですから、どうとでもなる、ならば、選択も配分も、どうとでもなる。どうとでもなる投資の基本というものは、さて、いかなる意味において基本たり得るや。
 
 何でも分類しないと気が済まないのは、人間の病かもしれません。そして、分類してわかったような気になるのは、人間の愚かさかもしれません。しかし、それが人間の性質なら、人間社会の便宜なら、社会的効率性のために、上手に分類したらいいでしょう。
 分類は、異なるものとして区分された二つのものの間に、差異があるのでなくては、成立しません。分類は、差異の認識です。差異は、もの自体に内在するのではなくて、認識主体である人間の側において、知識の整理のために、設けるものです。つまり、差異に従って、分類するのではなくて、分類という目的に従って、差異を見出すのです。
 

そうしますと、資産の分類においても、分類する目的があるのですね。
 
 分類は、おそらくは、どうとでもなるのだと思われます。しかし、自由すぎても困るわけです。分類を律する原理がなくてはいけません。いわば、分類の基本的な軸です。そして、その基軸は、分類の目的に依存するわけです。なにしろ、目的に従って分類するのですから。
 投資という行為について考える限り、資産の分類の目的は、資産配分の効率化です。投資の目的に即して資産を配分できるためには、配分の効率性と便宜に即して、前もって上手に資産の分類がなされていなくてはならないのです。
 しかし、分類以前の問題として、資産とは何かという外縁の確定が先決事項になります。配分には選択が先行し、選択には分類が先行し、分類には範囲の確定が先行する、ここでのアセットアロケーションをめぐる論議は、常に、原点への遡及を意図しているのです。
 

では、資産とは何でしょうか。
 
 資産とは、キャッシュフローを生むものです。この定義は、投資の世界では、少なくとも社会的責任を負う投資主体の間では、古くから確立しているものです。
 この定義によれば、例えば、不動産は、賃料収入を発生させている限りにおいて、資産です。ですから、更地を更地のままで保有することは、値上がり益を期待する土地投機としては、あり得ても、不動産投資としては、あり得ません。キャッシュフローを生まないものは資産ではなく、資産でないものは投資対象たり得ないからです。
 なお、この資産の定義は、会計基準における資産の定義と本質的に同じものです。ある企業において、設備として資産計上されているものが、その利用の実態についての精査を経たところ、久しく稼働を停止しており、将来においても再稼働の見通しがないと判定された場合においては、その設備は資産性を喪失するのです。つまり、簿価全額の減損が必要となるのです。
 この会計の考え方は、企業において資産とは、企業の事業活動に参画することで、事業キャッシュフローの創出に寄与している限りにおいて、資産であることを意味しているのです。
 

キャッシュフローを創出するものと、キャッシュフローの創出に寄与するものとは、少し違いますね。
 
 キャッシュフローを創出するもののほうが狭い概念です。企業は、多くの事業資産を稼働させながら、事業キャッシュフローを生み出しています。投資の立場からいえば、企業が保有する資産は、投資対象としての資産ではありません。それは、企業が利用する道具です、投資対象としての資産は、キャッシュフローを生み出す仕組みとしての企業そのものです。
 そこで、企業に投資する方法が問題となります。企業の貸借対照表においては、向かって左側に、キャッシュフローを生むための資産が計上されています。では、右側の負債資本勘定とは何でしょうか。それは、企業が創出した事業キャッシュフローを投資家に分配するための優先順位の秩序を示す表にほかなりません。
 この秩序のことは、資本構成と呼ばれます。具体的な投資は、この資本構成上の選択としてなされます。例えば、確実にキャッシュフローの分配がほしい投資家は、銀行のように、優先順位が高い債権(投資の立場からいえば融資)を選択するでしょうし、社債(やはり債権です)が発行されているのであれば、社債を選択するでしょう。
 株式は、資本構成の最下位ですから、キャッシュフローの残余に与る立場です。キャッシュフローが潤沢なら、あるいは増大していくなら、残余のほうに魅力があるのですが、逆に、キャッシュフローが貧しい、あるいは縮小していくなら、残余に価値はありません。このことが株式というものの基本性格を表しているのです。
 

資本構成というのは、資産分類の基本として確立したものですね。
 
 投資の世界においては、周知のように、最も基本的な資産分類として、株式と債券(債権)の区分が長年にわたって使われてきましたし、今後も、基本概念として、この分類は使われ続けると思われます。その理論的な背景として、資産分類は創出されたキャッシュフローの分配のあり方に基づくべきことが含意されているのです。
 資本構成は、企業だけでなく、不動産投資や、様々な実物投資等にも応用されています。例えば、REITという不動産投資法人の仕組みなどが代表例です。REITについては、投資家の選好により、銀行のように融資することも、投資法人債という社債に投資することも、株式に投資することもできます。これらの資本構成の選択は、原資産である不動産から生じた賃料としてのキャッシュフローの分配に与る地位の選択なのです。
 

資産の原点にキャッシュフローをおくということは、同時に、投資の目的がキャッシュフローの獲得にあることを意味するのですね。
 
 キャッシュフローを生むものとして資産を定義した瞬間から、投資とはキャッシュフローの創出への参画となり、故に、そのこと自体において、投資の目的がキャッシュフローを得ることであるといっているのと同じになるのです。
 ただし、どのような構造のキャッシュフローを求めるかは、投資家ごとに異なります。より多く欲しい、より大きな確実性が欲しい、より早く欲しいなど、投資家の選好は、背後にある資金性格に応じて様々です。
 投資家の求めるキャッシュフローの構造は、投資対象の資産の構成を工夫することによって、自由に設計することができます。この設計のことを、資産配分、即ち、アセットアロケーションというのです。これが、投資の原点です。従いまして、原理的に、資産を分類する基本的な軸とは、投資家の側におけるキャッシュフローの設計の便宜にあるということになります。
 

そうしますと、キャッシュフローの属性を規定するものが基本軸になりそうですが、多い少ないという量、確実性という質、遅い早いという時間などが代表例でしょうか。
 
 実際、資産構成という分類について、よく検討してみると、量、質、時間の三軸は、全て織り込まれていることがわかります。
 最上位の融資は、キャッシュフローの質という意味では、保証されていますが、その分、量としては、約定金利以上に増加し得ず、また、時間についていえば、通常は、中短期に期限が到来して元利が回収されます。故に、銀行のように、質と早期回収を重視する立場からは、投資対象として、望ましいキャッシュフローの構造をもっているのです。
 それに対して、最下位の株式は、キャッシュフローの質という意味では、何の保証もなく、その分、量としては、あくまでも期待の次元ではあるにしても、大きな成長も見込めるのですが、時間的には、配当として回収できるまでに、相当の長期を要するというものです。故に、年金基金等の長期投資家の立場からは、長期的なキャッシュフローの増獲を期待する限り、取組み可能な対象になっているのです。
 

キャッシュフローの源泉も重要な軸ではないでしょうか。
 
 源泉の分類にも、更に、様々な軸が考えられます。例えば、企業のように、キャッシュフローの源泉として、企業活動というような働きがあるものと、不動産や船舶のように、人間の活動というよりも、物自体としてキャッシュフローの創出力があるものとは、投資対象として、かなり異なるものです。
 また、これは簡単な話ですが、企業がキャッシュフローを稼得してくる源泉として、国や地域、あるいは産業別の分類が考えられます。実際、国別配分などは、古くから使われている資産分類の軸です。
 こうした源泉における分類は、「一つの籠に卵を盛るな」という格言を高度に洗練した方向で、いわゆるリスク分散の手法として、資産配分においては、重要な役割を演じているのです。
 

キャッシュフローの創出過程というか、時間的な段階においても、資産区分は成立するようですね。
 
 先ほど、更地は、キャッシュフローを生まないから、投資対象ではないといいました。しかし、その土地のうえに開発がなされる前提であれば、今はキャッシュフローがなくても、将来のキャッシュフローを生む対象として、投資対象に構成することもできます。
 不動産やインフラストラクチャの開発などは、完成してキャッシュフローを生む段階に達すればもちろんのこと、その前の開発段階から、将来のキャッシュフローへの投資という意味で、一つの独立した資産分類になりますし、企業でも、ベンチャー企業というものは、今の事業キャッシュフローというよりも、将来の事業キャッシュフローを投資対象としたものですから、同じ株式でも、一つの独立した資産分類になるのです。
 

キャッシュフローを生む前が投資対象なら、キャッシュフローを生まなくなってしまったものも、再生という意味で、投資対象になりますね。
 
 企業と事業は異なる概念です。企業には、事業を統合する経営機能があるからです。良い事業といえども、良い経営のもとではキャッシュフローを生んでいても、悪い経営のもとでは、事業固有の本来的理由からではなく、キャッシュフローを生まなくなることは、十分にあり得ることです。
 そうしたキャッシュフローを生まなくなっている事業は、経営改革によって、近い将来に高い確率で、再生し得るわけですから、かえって魅力的な投資対象になるわけです。
 

ほかにも、分類の軸は、投資の意図に即して、自由に、創造的に、実践的に、考えられるわけですね。
 
 固定的な資産分類などなく、ましてや、固定的な資産分類のもとに、固定的な資産配分を維持するなどという投資の非科学は、あるまじきことです。何よりも大切なことは、資産の定義と分類を考え抜くことによって、投資の本質が少しずつ明らかになっていくことなのです。
 有名な事例として、金(ゴールド、金の地金)は、キャッシュフローを生まないので、投資対象ではないという通説に対して、金がキャッシュ自体の根拠であった金本位制の歴史を考えれば、金融システム自体に対するヘッジ資産としての意義があるという議論から、金価格の高騰が生じたことは、投資の本質論の深化を示しているといえましょう。
 また、キャッシュフローへ着目することで、資産価格の上昇の背景には必ず期待キャッシュフローの上昇がなければならないことが見えてきて、そこに、本質的な価値の上昇と、単なる投機的価格の上昇の区別が見えてくることも、投資の科学の深化に貢献してきているといえます。
 アセットアロケーションが投資の基本であるという意味は、このような資産の定義と分類をめぐる投資の本質論のなかにこそ、見出されるべきです。
以上

 
 次回更新は6月19日(木)になります。
≪ アーカイブから今回に関連した論考 ≫

2010/06/05掲載「アセットアロケーションという誤謬について
2010/03/25掲載「アセットアロケーションとアセットの分類を考える軸
2010/03/18掲載「アセットアロケーションと分散効果
2010/03/11掲載「アセットアロケーションとガバナンス
2010/03/04掲載「アセットアロケーションとアセットセレクション
2010/02/25掲載「アセットアロケーション再考

≪ アーカイブから今週のお奨めは「リスク管理」≫
2014/05/22掲載「冒険者はリスクを冒さない
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。