アセット・アロケーションとアセット・セレクション

森本紀行
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資産の配分(アロケーション allocation)を考える前に、最初に、配分すべき資産の選択(セレクション selection)が先行しなければなりません。そして、選択には、更に、分類が先行します。

 まずは、資産を分類し、分類された中から投資対象を選択し、そして最後に、選択されたものの投資配分比率を決める、論理的には、そのような過程を経るべきものです。しかも、論理的に当然ですが、分類と選択が配分以上に重要な問題です。分類と選択を見直さずに、配分だけを取り上げて議論することに、どれだけの意味があるか、疑問です。

分類から検討しましょう。

実のところ、資産は、どうとでも分類できます。どうとでもなる、というのは、自由すぎて困ります。ですから、多くの場合、慣習に従うのです。どうやら、日本の企業年金基金などでは、日本の株式、外国の株式、日本の債券、外国の債券、その他(オルタナティブ alternativeという、便利な表現がありますが、要は、上記四つに当てはまらない、雑多のものを意味するようです)というように分けるのが一般的であるようです。
 企業年金連合会のウェブサイトにある「連合会の資産運用」の「年金資産運用の基本的考え方と運用概況」をみても、「国内債券、国内株式、外国債券、外国株式」の分類が明示されています。また、年金積立金管理運用独立行政法人のウェブサイトでも、「公的年金積立金運用の基本的な考え方について」の中の「基本ポートフォリオの考え方」で、同様な、「国内債券、国内株式、外国債券、外国株式、短期資産」の分類を見ることができます。
 それにしても、この企業年金連合会や年金積立金管理運用独立行政法人の分類の順番には、何かの意味があるのでしょうか。もしかすると、国内と外国の大分類が先行していて、次いで、それぞれを株式と債券に分けているのでしょうか。私は、「日本の株式、外国の株式、日本の債券、外国の債券」と書きましたが、これは、おそらくは、漠然たる意識の中で、株式と債券の区分を先行させていて、次いで、それぞれを、国内と外国に分けたのだと思います。
 分類という作業は、論理的・系統的に、大きな分類から、小さな分類へ降りていくものです。ですから、どのように系統立てるか、上の例でいえば、株式・債券という、資本構成(キャピタル・ストラクチャ)上の分類を先行させるのか、国内・外国という地域(そして、同時に通貨)別の分類を先行させるのか、ということが、方法論上の大きな差につながるのです。
 私のように、株式と債券という括りから分類を始めることは、実は、実務にも応用され始めていることです。グローバル株式やグローバル債券という分類です。いうまでもないですが、資本市場のグローバルな実質的統合は、もはや、動かすことのできない事実です。その中で、国別分類は有効でなくなりつつあるのです。
 国別分類の問題は、かつて2009年11月26日のコラム「エマージング投資の方法論」の中でも論じています。ご参照ください。この中では、更に踏み込んで、「中国の成長」とか「クリ-ン・エナジー」とかいうような、投資のテーマで分類することの意義にも触れています。まさに、資産の分類は、どうとでもなるということの例です。
 どうとでもなることの議論は、尽きることがありませんので、とりあえず、分類については、二つの重要な論点を指摘して、詳論は今後に譲りましょう。

第一の論点は、ガバナンスといいますか、投資の意思決定構造との関連です。

企業年金基金の資産運用を例に取りましょう。投資の全体の意思決定は、運用委託者の基金と、運用受託者の運用会社に分属しています。一般に、銘柄選択レベルの意思決定は運用会社に属し、資産配分の意思決定は基金に属すのが普通です。
 しかし、資産の分類は、どうとでもなるのですから、分類を変えることで、基金と運用会社の意思決定の分担も変えられます。エマージング株式を例にとれば、エマージング株式を一つの独立した資産として、その配分を基金の意思決定とすることもできますし、エマージング株式を含めた全世界の株式を広義のグローバル株式として括ると、そのグローバル株式への配分が、基金の意思決定になって、エマージング株式への配分は、委託を受けた運用会社の判断になります。
 一般に、資産分類を広く大きくすれば、運用受託側の運用会社の意思決定範囲が拡大し、逆に、狭く細かく分類すれば、運用委託側の基金の意思決定範囲が大きくなる。従って、分類方法の問題は、資産運用の技術論であると同時に、基金経営におけるガバナンス論でもあるのです。この点は、別の機会に改めて論じたいと思います。

第二の論点は、分散効果の問題です。

前回のコラム「アセット・アロケーション再考」でも触れましたが、資産間の相関の高まりによって、分散投資による全体ボラティリティ(敢えて、リスクといわずに、ボラティリティということについては、2月18日のコラム「投資の損失とリスクとボラティリティ」をご覧ください)の削減効果が低下している可能性が、指摘されています。この問題、市場構造の問題のように受け止められているのですが、それは間違いです。正しくは、分類方法の問題として捉えるべきです。
 もともと、資産分類は、特性の違うことを前提に区分しているのであって、その特性の中にボラティリティも含むのです。各資産のボラティリティのパタンが異なるからこそ、分散投資がボラティリティ管理の意味で、有効になるのです。その管理が有効でなくなるのは、資産の問題ではなくて、分類の問題です。改めて、ボラティリティのパタンが異なるように、資産分類を変えればよいのです。
 現に、グローバル株式という新しい分類などは、国別分散効果の低下を前提にしているのです。グローバル株式の中で更に分散効果を考えるときは、当然ですが、もはや国という基準は出てこない。業種とか、テーマとか、規模とか、そういう新しい分類基準が考え出されるのです。
 市場の構造が変われば、当然に、資産の分類も見直さなければならない。旧態依然たる分類に従ったままで、分散効果の低下を論じるのは、おかしなことです。投資は、もっと創造的な営みでなければならないのです。

ということで、分類の議論に整理をつけたところで、もはや、紙幅が尽きつつあります。最後に、タイトルにもつけたアセット・セレクション、選択の問題に触れましょう。

 選択には、基準が必要です。私は、その基準に、インカムという概念をあげています。この点は、1月14日のコラム「価値と価格とインカムとバリュー」で論じています。ご参照ください。要は、資産というのは、そもそもが、保有することによる自然な本源的収益がある(これは、当然で、収益を生まないものは、定義により、資産ではあり得ません)のであって、その本源的収益の高さが、選択基準の第一のものだということです。ちなみに、バリューという概念は、ある資産について、本源的価値(本源的収益に見合った妥当な価格)よりも価格が下がるような状況では、その資産の配分比率を増やす投資行動をいうのです。
 第二の基準として、1月21日のコラム「投資のオポチュニティーと金融の社会的機能」では、オポチュニティーという概念をあげています。これは、銀行等に課せられる資本規制に起因する資本市場の構造的な問題として、特殊な本源的収益を生む状況(まさに、機会であり、オポチュニティー)があることを意味しています。この同じ状況は、同時に、クレジットという投資機会も創出しているのです。この点は、2月 4日のコラム「クレジット投資の魅力」で論じていますので、ご参照ください。また、今月10日開催のセミナ「クレジット投資の魅力~信用供与メカニズムの構造問題と投資機会~」でも、取り上げています。ぜひ、ご参加ください。
 ということで、選択基準として、インカム(および配分基準としてのバリュー)とオポチュニティー(その重要な要素としてのクレジット)を取り上げました。本当は、まだ、リクィディティ(liquidity 流動性)という基準などもあるのですし、これら概念の適用としての、具体的な選択(および配分)の方法論もあるのですが、詳論は、また、別の機会に譲ります。

以上

次回更新は、3/11(木)になります。
森本紀行

森本紀行(もりもとのりゆき)

HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月当時のワイアットに入社し、日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。